天野天街&山田俊彦が語る、ITOプロジェクト『高丘親王航海記』【スペシャル連載Vol.1】
(左から)天野天街、山田俊彦。山田が手に持つのは今回使用する人形の一つ。 [撮影]吉永美和子(このページすべて)
「物や動きの面白さ、“人形の演技”に特化した舞台にしたいです」
関西に拠点を置く糸あやつり人形劇団の有志たちが、劇団の枠を超えて一つの作品を作り上げる「ITOプロジェクト」。中でも「少年王者舘」の天野天街を招き、2004年に発表した『平太郎化物日記(以下平太郎)』は、糸あやつりの固定概念をくつがえすような人形の数々と大胆な演出で、今でも「糸あやつり芝居の傑作」と語りぐさになっている。このタッグによる待望の新作が、何と14年ぶりに実現! しかもその作品が、澁澤龍彦の絶筆となった幻想小説『高丘親王航海記(以下高丘)』とくれば、またしてもとてつもない世界が生まれるのは確実と言えるだろう。そこでSPICEでは、この公演を3回に分けて紹介する連載を企画。まず第一弾として、脚本・演出の天野と、ITOプロジェクト旗揚げメンバーの一人で、人形の製作も手がける「人形劇団ココン」の山田俊彦のWインタビューをお届けする。
ITOプロジェクト新作『高丘親王航海記PV 稽古編』
■「『平太郎』では“こういうこともできるんだ”という発見がありました」
──ITOプロジェクトを立ち上げたきっかけから教えていただけますか?
山田 関西で糸あやつりをやってる人は多いんですけど、それぞれ小さな劇団なんで、あまり大規模な作品をやらないんです。でもたくさんの人が集まれば、もっと大きな芝居ができるんじゃないかと思って、2001年に立ち上げました。あと、飯室(康一/ITOプロジェクト旗揚げメンバー)さんは伝統的な糸あやつりをやっているので、それを広めていくこと。さらに糸あやつりの可能性を、もっと広げたいという意図もありました。そのためには外部の演出を頼んで、新しい芝居を作るのもいいんじゃないかと思ってたんです。
──その演出家として、当時人形劇は未経験だった天野さんに白羽の矢を立てたのは。
山田 僕は昔から、少年王者舘が大好きだったんです。それと天野さんの台本には、最後に舞台のアイディアを描いた絵が掲載されてたりするんですけど、「物」を使った面白いネタであふれてるんですよ。それって人形劇の面白さに通じるので、きっと人形劇を演出しても、すごいものができるんじゃないかと思いました。
天野 初めて会ったのは、2002年ですよね。
山田 そうですね。扇町ミュージアムスクエア(注:2003年まで大阪にあった小劇場。王者舘が必ず大阪公演に使用していた)の公演後に時間をいただいて、人形を一個見てもらったんです。それは鼻水が垂れて、すするだけの人形だったんですけど。
天野 でもその人形に、僕はいたく感動して。「一緒にやりたいなあ」と思って、それで2年後にできたのが『平太郎』でした。
山田 あの一個の人形から、いろんな可能性を広げてもらったんだなあと。
天野 そこから大変なことになりましたけどね(笑)。
──『平太郎』は、普段人形劇をあまり見ない観客ですら「これ、絶対普通の糸あやつりじゃないんだろうなあ」と思えるほど、ビックリするようなアイディアの人形が次々に出て来る、圧巻の舞台でした。やっぱり糸あやつりとしては、無茶ぶりみたいな演出が多かったんですか?
山田 最初天野さんは「舞台を作る上で、何か縛り(制限)が欲しい」と言ってたんですけど、(人形の)数は決めてなかったんで、とにかくすごい数の人形を作りましたね。
ITOプロジェクト『平太郎化物日記』プロモーション動画(舞台ダイジェストあり)
天野 そうそう。僕はそれが初めての人形劇の演出で、その一番ベースになるようなことを知らなかったから。本当に「何でもできちゃう」という風にやると、こっちとしてもアイディアが出しにくいので、「縛りが欲しい」と言ったんです。だから人形劇としてはギリギリだったり、あまりにも突拍子もないということよりも「アイディアで勝負できること」という風に考えました。でも山田さんが言われたように、数の縛りはなかったですね。
山田 (数を)縛っておけば良かったと思いました(笑)。あと難しかったのは、暗転とリズム。人形劇って案外完全暗転がないので「暗くなってる間に、ここにおらんとあかん」というスタンバイに慣れるのが大変で。あと少年王者舘もそうだけど、天野さんの作品はリズムが命の所があるから、それをとらえられるように人形を操作するのも苦労しました。
──『平太郎』が終わった時、お互いどこに一番手応えを感じましたか?
山田 最初は「大丈夫かな?」と思ったけど、最後には天野さんの理想に近づくことができたと思うし、「こういうことも糸あやつりでできるんだ」という発見もありました。あまり人形作りでは使わない素材も、実は意外と糸あやつりに合ってるんだなあ、とか。やっぱり天野さんからの提案がなければ挑戦しなかったことが、いくつかあります。
天野 僕が糸あやつりをやった一番始め(の作品)ですから、何が(人形劇として)新しいのか、新しくないのかはわからなかったんですけども。でも自分が発想した絵とか文が、ちゃんと実現して戻ってくるという感動がすごかったですよね、やっぱり。本当にそれがすごかった。絶対山田さんって悔(くや)しんぼというか……。
山田 悔しんぼ?
天野 「悔しいから絶対(言われた人形を)作ってやる」っていう、そのバトルみたいな感じが。
山田 悔しいというより「できましたよ」って言って、ビックリさせたいという方が大きいですね。天野さんが発想したことを実現するのはもちろん、「こういうこともできますよ」と上乗せして、ビックリさせたいという気持ちでやってました。
天野 うん、いつもビックリしてたし、どんどんアイディアがこういう風に(上向きに)なっていったし。今回も……まだ結果は出てないけど、すでに人形がますます複雑化していってます。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。
■「異形のモノがいろいろ出る『高丘』は、人形劇独自のことが一番しやすい」
──『高丘』は、平安時代に日本から天竺を目指した高丘親王が、数々の珍奇な出来事に遭遇しながらアジア各地を放浪するという、貴種流離譚の傑作です。この小説を題材にしたのは、どちらからの提案でしたか?
天野 山田さんです。
山田 そうでしたね。『高丘』はもともと好きだったので。ただ天野さんは、この作品を一度野外劇にしているから、最初は保留にしていたんです。でももう一回読み返したら「これが人形劇になればすごい」という手応えを感じたので、やっぱり提案してみました。
天野 他にもいろいろな作品が上がってはいたんですけども、やっぱり『高丘』は「あ、これだ」と思いました。人形劇独自のことが、一番しやすい作品だったからなんですけど。
──人形劇独自のこととは?
天野 原作を読んだことがある人ならわかると思うけど、いろいろ異形のモノが出てきます。もうその一点でしょう。
山田 動物のようでただの動物じゃない生き物とか、化け物じみた人間だとか。『平太郎』も妖怪がたくさん出てきたので、似た所はありますね。化け物って「物が化ける」だから、「物」を人間や生き物に化けさせる人形劇とは、非常に相性がいいんです。
天野 ただ『高丘』は(小さな話が連続する)『平太郎』と違って、全体が一つの大きな物語になってるんで。「いらんことばかりだなあ」という説明がいっぱい入ってるけど、その「いらんこと」がないと『高丘』にはならないという。脚本を書く方としてはそれが一番困ったし、時間がかかった所ですね。本当は全編、人形の動きの面白さだけでやりたいんだけど……。
山田 ストーリーの方も動かさなきゃいけないという。
天野 うん。そうなると、いわゆる普通の会話が多くなってしまうんですけど、僕の中ではどうしても、会話劇を人形でやる意味はないと思っていて。人形劇をやってる人にとっては、人間の動きをそのまま人形に置き換えるのも、当たり前の人形劇なのかもしれないけど、僕は出だしが『平太郎』だったから、そう思っちゃうのかもしれない。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。
山田 『平太郎』はストーリーを動かすとか一切考えず、どんどん(人形を)出していけば良かったから。
天野 そうなんですよ。だから徹底的に「物」の面白さ、動きの面白さ、アイディアの面白さだけで、全編ほぼ行けたんです。『高丘』もそのイメージだったけど、脚本にし始めたら意外と違ってて。ちゃんとドラマというか、会話というのが基本で進んでいく話だったんですよね。だから時間をこねくり回すとか、そういうのもだいぶ導入しなきゃいけなくなったということです。
山田 それで今回、台本が大幅に遅れたと(笑)。
天野 そうですね。だから山田さんが待ちきれんくなって……。
山田 僕の方からも、いろいろ提案した所がありますね。こちらとしては、早く人形の作業を進めたかったんで(笑)。もちろん天野さんの台本から出てきたネタがほとんどですけど、僕も天野さんの書いた(ネタの)落書きを元に「こうすればどうですか?」と一緒に考えたり、作ってみたい人形を提案したりしました。
天野 そうそう。何回も山田さんと会って話し合うという作業が、今回は多かった。お互いからの「どんなことができる?」というネタをどんどん組み込んで、それを返すみたいなやり取りでしたね。
山田 『平太郎』は台本の段階で、すでにたくさんのアイディアがあって、それを実現するので十分だったんです。だから前回と今回で確実に違うのは、お互いのセッションみたいな感じで作った部分が多いということですね。ただ自分から「やりたい」と言ってしまったネタが台本に入ってしまったら、「これは絶対やらなあかん」という厳しさが出てしまって。
天野 それはそっちの縛りですよね。
山田 今になって「あそこまで言わなきゃよかったなあ」と(一同笑)。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。
■「“糸がある”ということを、今回はさらに意識した感じがあります」
──天野さんは『平太郎』をきっかけに、様々な糸あやつり芝居を手がけるようになりましたが、今回特に注意を払っていることや、新たに考えていることはありますか?
天野 王者舘では「人間が一瞬で消える」というのをよくやってて、それは人間でやるとすごく面白いというか、ビックリするんですね。でも人形だったら、一瞬の暗転でバッといなくなれるのは、あまりにも当たり前なんです。だからそれだけじゃあ面白くないから、今回はもっといろいろ考えなきゃって思っています。
山田 今回は特に「マリオネットでそれをする?」みたいな、あまり今までなかったことを……特に「糸がある」ということを、さらに意識した感じがありますよね?
天野 そう。『平太郎』はそこまで深くは……ネタとして使ったりはしたけど。
山田 途中で人形の糸を切って動けなくするというのは、明らかに「糸」を意識したアイディアでしたね。
天野 ネタとしては、一番わかりやすいですよね。それをもっと複雑化したいし、今回ならそれがやれるだろうと。あと人形というのは、同じ人間を大量生産できる。そういう利点をちゃんと使って、前よりも面白くできたらいいなあと。
──確かに原作は、高丘親王がドッペルゲンガーに遭遇したり、アンチポデスの話が出てきたりと、「もう一人の自分」を意識せざるを得ないエピソードがしばしば出てきますが、人形劇ならそれを体現しやすいと。
天野 だからそこに、主観と客観のブレとか揺らぎとかを介在させると面白くなるはずだよね、っていうのが、こっちが勝手に考えた裏の設定(笑)。でも、同じ人が同じ場面に出て来るなんてことは人形劇じゃないとできないから、それは生かしたいと思います。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。
──人形の点数はどれぐらいですか?
山田 数え方にもよるけど、小さいものを入れると60体ぐらいですかね。
天野 『平太郎』より、点数はグッと少ない。
山田 ただ一つひとつの人形のからくりが複雑だから、その操作が大変ですね。しかも『平太郎』の時と違って、高丘親王たちとちゃんと絡みながら、ストーリーを展開させなければならないのが……からくりが失敗してしまったら、話自体が進まなくなるという。
天野 物語の流れが止まっちゃう。だから気楽な感じが『平太郎』よりもないですね。でも、最後の高丘親王の人形なんかは結構不可能系なので、このからくりがちゃんとできたらすごいなあと思います。まだ完成してないんだけど(笑)。
──あと本日の稽古を見ていると、『平太郎』では出てこなかった大掛かりな舞台転換などもありましたね。
山田 それが今回の、大変恐ろしい所です(笑)。これは飯室さんからのアイディアなんですよ。
天野 「舞台を動かしてもいいよ。そういうデカいこともできるよ」って言ってくださったんですよね。でも実際にやることになったら「ええ! 本当にやるの?」って(笑)。
山田 『平太郎』は、舞台自体はずっと平太郎の家なので、ほとんど場面転換をしなくても良かったんですけど、『高丘』はどんどん場所が変わっていくから、しょうがない所もありますね。でも舞台全体を動かすというのが、大変ですよねえ。
天野 自分で自分の首を締めたという感じもありますけど(笑)、でも本当に難しいことをやってるなあと思います。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』稽古風景。
山田 人間が舞台に乗ったままで、人形の受け渡しをするとか。あと舞台が動いてる間に(裏で待機させている)人形が見えてしまったらあかんし、その辺の稽古が本当にこれからですね。あと、リズムの段取りは最低限やらなきゃいけないし、それができたら人形の動かし方の完成度を高めないと。まだ演技とか表現を考える所までは、行き着いてないですからねえ。
天野 そうそう、それがこれから。皆が人形使いとしての深みまでいけないと絶対ダメだから、今現在は段取りの前の段階ですね。ただ僕の方も、変に面倒くさい台詞を書いちゃってるので、それをどんどん単純化して、もっと物や動きの面白さの方に特化していこうと思ってます。最初に言ってた「人形の演技」に、より特化した舞台にしたいですね。
山田 でもそれが上手くいけば……って言ったら良くないかもしれないけど、でも絶対すごいものになるのはわかってますから。今はその理想に向かって、いろんな壁を乗り越えていくという段階ですね。
天野 そうですね。面白くなるに決まってるから、ともかくそこを目指して、日々研鑽を積んでいきます……というので、(連載の)第一回はいいですか?(笑)
ITOプロジェクト新作『高丘親王航海記PV 対話編』
【スペシャル連載Vol.1】天野天街&山田俊彦が語る、ITOプロジェクト『高丘親王航海記』
【スペシャル連載Vol.2】ITOプロジェクト『高丘親王航海記』、糸あやつり人形の創作と操作の秘密に迫る
【スペシャル連載Vol.3】公演直前! ITOプロジェクト『高丘親王航海記』初の通し稽古をレポート
取材・文=吉永美和子
公演情報
〈東京公演〉
■日時:2018年4月5日(木)~10日(火)
■会場:ザ・スズナリ
※リピーター割引あり。半券提示で1,000円引(当日券のみ取扱)
※7日夜公演&9日昼公演終演後、ポストパフォーマンストーク開催。
7日ゲスト=巖谷國士(フランス文学者、『澁澤龍彦論コレクション』著者)
9日ゲスト=深沢拓朗(Puppet House店主)
〈兵庫公演〉
■日時:2018年4月20日(金)~22日(日)
■会場:アイホール(伊丹市立演劇ホール)
※21日夜公演終演後、ポストパフォーマンストーク開催。
ゲスト=上田誠(ヨーロッパ企画主宰、劇作家・演出家)
■原作:澁澤龍彦
■脚本・演出:天野天街(少年王者舘)
■出演:飯室康一(糸あやつり人形劇団みのむし)、植田八月(人形劇団おまけのおまけ)、竹之下和美(人形劇団おまけのおまけ)、永塚亜紀(人形劇団あっぷう)、阪東亜矢子(JIJO)、森田裕美(ダンク)、山田俊彦(人形劇団ココン)、よしだたけし(Puppeteer ポンコツワン)
■声の出演:知久寿焼
■問い合わせ:090-3673-4431(ITOプロジェクト事務局)
■公演サイト:http://itoayatsuri.com/news.html