ピアニスト實川風が紡いだ、情景の浮かぶ音楽世界

レポート
クラシック
2018.11.16
實川風

實川風

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「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.10.14ライブレポート

クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。10月14日に登場したのは、ピアニストの實川風だ。

東京藝術大学附属高校・東京藝術大学を首席で卒業。同大学大学院(修士課程)を修了した實川風は、山田千代子、御木本澄子、多 美智子、江口玲、マルクス・シルマー各氏に師事して研鑽を積んでいる気鋭のピアニスト。 2016年カラーリオ国際ピアノコンクール(カラーリオ・イタリア)にて第1位受賞。2015年ロン・ティボー・クレスパン国際コンクール(パリ・フランス)にて、1位なしの第3位、最優秀リサイタル賞、最優秀新曲演奏賞を受賞などをはじめとした、輝かしい受賞歴を誇り、イタリア国内でのリサイタルの他、上海音楽祭、ソウル国際音楽祭、ノアン・ショパンナイト(フランス)・アルソノーレ(オーストリア)に出演。これまでに、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、東京ニューシティ管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団、千葉交響楽団などのオーケストラとも数多く共演している。

そんな實川がサンデー・ブランチ・クラシックに3回目の登場を果たすとあって、 LIVING ROOM CAFE & DININGに期待が高まる中、柔らかな微笑みを浮かべて實川が登場。ドビュッシーのベルガマスク組曲の中で、最もポピュラーに知られている『月の光』の演奏がはじまった。

實川風

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静謐な演奏に、集中力の高まったLIVING ROOM CAFE & DININGの空気

街並みの屋根屋根を美しく照らす月の光や、吹き渡る風の音を感じさせる『月の光』を實川の静謐で澄み切った音色が描き出していく。ドビュッシーならではの和声感も美しく、全体に強い音=フォルテではなく、遠くまで響く音=フォルテ。弱い音=ピアノではなく、近くで囁く音=ピアノ、という感覚が貫かれている抑制の効いた見事な演奏に、 LIVING ROOM CAFE & DININGの空気が一気に集中していくのが感じられた。

實川風

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改めて自己紹介をした實川が「食事をしながら、会話をしながらクラシックを楽しむというコンセプトなのに、静かな曲からはじめたので、シーンとしてしまいましたね」と語って客席を和ませる。「30分間の演奏なので、情景の浮かぶ曲を集めました。しばし都会の喧騒を忘れてください」とのことで、続いたのはリストの『ワレンシュタットの湖畔にて』。リストがスイス旅行をした時に創られた楽曲で、爽やかな風と、キラキラと輝く水辺のイメージが、左手で表現される手漕ぎボートのオールの音と共に紡がれていく。テクニックを誇る華麗な曲の印象が強いリストだが、一転してこの曲には情景を丁寧に描写した静けさがある。サロンの寵児でもあり、時には曲芸のような演奏も披露していたリストの心根にあるもの、音楽への深い想いや真摯さが、實川のため息が出るほど美しい演奏によって伝えられる貴重な時間になった。

實川風

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「静かな曲が続いてどうなることかと」と、ここでも笑いを誘った實川が、次に演奏したのがシベリウスの『ロマンス』。「シベリウスの楽曲にはピアノ曲よりも、交響曲やヴァイオリンの印象が強いと思いますが、この曲もオーケストラを感じさせます」という實川の解説通り、静かな中にもクールさがある音色が重なり合い、多彩な楽器のイメージが立ち上がる。後半にいくほどに音楽の構築が大きくなりつつ、ひんやりとした音色は保たれて、演奏家の余力とスケール感を感じさせる演奏だった。

實川風

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柔軟なプログラム構成に、演奏家の感性と力量が伝わる

ここで「リスト、シベリウスはさほど弾かれている曲ではなく、コンサートでもなかな弾く機会がなかったので、今日是非聴いていただきたいと思いました」という話しから「ちょっとプログラムの予定を無視します!」という流れで、ルービンシュタイン編曲によるベートーヴェンの『トルコマーチ』が。ピアノ学習者にも大変人気のある発表会などの定番曲だが、「鍵盤の王者」とも讃えられる大ピアニストのルービンシュタイン編曲バージョンだけはあって、和声感も個性的。實川の持つテクニックも光り、間違いなく1人で演奏しているのに、まるで4手連弾のように聴こえるほど。ラストのピアニッシモまで軽快で楽しい1曲になった。

實川風

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この『トルコマーチ』が入ったことで、雰囲気がガラリと入れ替わったところで、「ショパンの……」と言いかけた實川が「いえ、変えます! コンサートで演奏するのは初めてなので、どうなるか?」と話しての演奏は、西村晃の『星の鏡』。水に映った星を思わせるように、静かに音が降ってくる。その音色はどこかで心への問いかけのようで、時折挟まる不安感のある音列が、音色の美しさをより際立たせていく。緊張感を保った余韻の残る演奏は、おそらく聴く者十人十色の受け取り方ができるだろう深さがあった。

そこからいよいよコンサートラストは、ショパン『スケルツォ2番』。「ピアノの詩人」と謳われたショパンの良さが凝縮された楽曲で、實川の演奏はダイナミックな中にも速いパッセージの音の粒が見事に揃い、壮大な世界観を楽々と手中に納めている。中間部の郷愁を感じさせるパートはたっぷりと歌い、華やかな技巧との対比も美しい。最もテクニックが必要なパートでもそのテクニックを誇るのではなく、美しい音色が維持され、終盤に向けて一気呵成に盛り上がった演奏に、万来の拍手か贈られた。

實川風

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その喝采に応えてのアンコールはヒナステラのアルゼンチン舞曲から『はぐれ者ガウチョの踊り』。ガウチョ=カウボーイと荒れ狂う牛が表現された激しい楽曲で、主に静けさのある曲で構成されてきたコンサートの中で、特段のダイナミズムが広がる。難易度の高い高速の演奏だが、弾いている實川はとても楽しそう。グリッサンドも華麗に弾き切り、大きな歓声が湧き起った。ピアニスト實川風の多彩な表現が伝わる、スペシャルな45分間だった。

楽曲の世界観をお客様と共有していきたい

演奏を終えた實川にお話しをうかがった。

ーー素晴らしい演奏をありがとうございました。サンデー・ブランチ・クラシックへのご出演は3回目となりましたが、改めて LIVING ROOM CAFE & DININGの雰囲気はいかがでしたか?

いつも感じることですが皆さんがとてもリラックスした雰囲気でいらして。お食事が終わった頃に登場するので、普段コンサートに出ていく時には、もっと皆さんの緊張が感じられる中に出ていくのですが、こちらはふわっとした空気の中で演奏を始められるのが楽しくて、心地よいです。

實川風

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ーー今日はまた特に静かで繊細な曲が多く、またプログラムもその場の判断で決定されたりもなさいましたが、選曲にあたってはどのように?

はい、途中で勝手に替えちゃったりもしたのですが(笑)、30分という演奏時間そのものが結構難しいんですね。リサイタルなどでは演奏に20分以上かかる作品を二つくらいは入れているのですが、全体が30分ですとそういう曲は弾けないので、小品を集めてどう組もうか? をいつも考えます。今回はドビュッシーではじめて、リストやシベリウスのゆったりと静かな小品を集めて弾いたらどうなるのかな?というチャレンジをしてみました。

ーーご自身の中でも挑戦だったのですね?

そうですね! だいたいゆっくりした曲の後には速い曲を挟んだりして、緩急をつけるように構成を考えるのですが、僕は音数が少なくてゆったりした作品がとても好きで。技巧的に難しいものですと、技巧の方に頭がいきます。それはそれでもちろんとても楽しいことなのですが、一方でお客様に音の世界に浸っていただける曲も大好きなので、今回はそちらを中心に集めてみました。

ーーその意図されたところがどんどん伝わってきて、 LIVING ROOM CAFE & DININGの空気も曲が進むにつれて研ぎ澄まされた静けさに包まれていきましたね。

そうでしたね、それはとても嬉しくありがたいことでした。自分自身も心地良かったですし、ある意味実験的な試みだったので皆さんがどう受け留めてくださったのか? も気になっています。

ーー音の世界から絵が浮かんでくるようで素晴らしかったですし、お客様の集中度からしても聴き入っていらしたことが十二分に感じられました。サロンコンサート等でも、今後こういうプログラムも素敵なのではないかなと。

ありがとうございます。それは嬉しいです。

實川風

實川風

ーーまた邦人作品にも積極的に取り組まれていますが、それはピアニストとしてのひとつの方向性と考えていらっしゃるのですか?

邦人作品や、20世紀後半以降くらいの作品は学生時代から興味があって、弾いてみたい曲も具体的に色々とあったのですが、やはり学校の試験があったり、さらにコンクールなどを受けている時には、そういう曲を弾く機会がなかなかないんですね。また、演奏家としてリサイタルを構成している時にも、ベートーヴェン、リスト、ショパン、ラフマニノフなどクラシカルなレパートリーにも好きな曲はたくさんあるので、そちらから勉強を重ねてきていました。でも最近になって、邦人作品などをコンサートで弾いてみたい、という気持ちが強くなってきて、20世紀以降の曲だけを集めたコンサートなども企画しました。クラシカルな曲と共に、こういう時代の楽曲も聴いていただけると良いなと思っています。

ーー實川さんの演奏を楽しみにされている方達にも、新しい出会いにもなるでしょうから、そうした意味でも素晴らしいですね。そんな活動を含めて、今後演奏家として抱いているビジョンや、夢などは?

今の話しともつながるのですが、現代の作品は弾くピアニストの層が分かれているところがありますし、聴く方の層も分かれているんですね。でも現代の音楽とひと口に言っても非常に多岐に渡っていて、今年はドビュッシーのメモリアルイヤーですが、ドビュッシーという人は音楽の形を変えた人、20世紀以降の作曲家に多大な影響を与えた人なんです。ですからドビュッシーをスタートにしてそこから現代音楽のひとつの方向性を見出すとすると、決して理詰めで考えて創られた曲が「現代音楽」というわけではなく、感覚的に「この音良いな」というところから紡がれた曲がたくさんあります。ですからドビュッシーからつながって違和感なく聴いていただける、その系譜に連なる様々な曲を弾いていきたいという気持ちがあります。ドビュッシーを聴く時と同じように、お客様に違和感なく自然に耳を開いて聴いていただけたらいいなと思います。さらに今後は、ピアノソロもコンチェルトのもと、色々なお仕事をいただくので、真摯に臨んでいきたいという想いは常にあります。ですが、弾くことにある意味でナーバスになってしまい、曲の細部に意識がいきすぎてしまっていた時期もあったので、今は曲の良さ、その世界観をお客様と共有できるようにしたいです。大きなコンサートホールですと2000人のお客様と空間を共にしますので、そのコンサート一つひとつを大切にし、自分自身も良い意味で楽しんで演奏していけたらいいなと思っています。

ーーさらなるご活躍を楽しみにしています。またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください!

ありがとうございます。ぜひまた演奏したいと思っています!

實川風

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取材・文=橘涼香 撮影=福岡諒祠

公演情報

サンデー・ブランチ・クラシック
 
11月18日(日)
藤田真央/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
11月25日(日)
荒井里桜/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
12月2日(日)
JPCO タンゴクラシック!
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
12月9日(日)
北川千紗/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html
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