木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』、正解のない舞台に挑む稽古場を直撃
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』稽古風景。一番左が俊徳丸を勤める田川隼嗣。 [撮影]吉永美和子(このページすべて)
「玉手御前の姿が立ち上がってくれば、全体を貫く何かも見えるのでは」(木ノ下)
現代演劇の若手演出家たちが、『勧進帳』『義経千本桜』などの古典作品を、木ノ下裕一監修の元で上演するプロデュース集団「木ノ下歌舞伎」。2019年は、文楽や歌舞伎でもおなじみの『摂州合邦辻』(以下『合邦』)を、「FUKAIPRODUCE羽衣」の糸井幸之介上演台本・演出・音楽の音楽劇として上演する。木ノ下歌舞伎では約2年ぶりとなる完全新作で、京都の劇場[ロームシアター京都]のレパートリー作品を創作する企画「レパートリーの創造」の第二弾でもある。その記者会見を紹介したのに続き、現在[ロームシアター京都]で行われている稽古場に潜入。木ノ下と糸井の言葉を交えながら「今までで一番難しい作品」(木ノ下)という、その舞台の内容に迫る。
大坂(現在の大阪)の街を舞台に、大名・高安家のお家騒動にまつわる複数の人間ドラマを描く『合邦』。嫡男・俊徳丸と継母の玉手御前の禁断の愛、俊徳丸の許嫁・浅香姫の一途過ぎる愛、そして玉手の父・合邦が娘に抱く複雑な思い……などの様々な愛憎が、住吉大社や四天王寺などの実在の場所で展開されていく。大坂という街の上に、様々な人間模様によって大きな曼荼羅図を上書きしていくような、不思議なダイナミズムを持つ作品だ。ただ現代人から見ると、いろいろと不条理で解釈に困る部分が多いため、近年はクライマックスの「合邦庵室の段」だけ上演されることが多い。木ノ下は会見で「通し上演で見た、という気持ちになれるようにする」と断言していたが、果たしてどのような世界となったのか?
演出をする糸井幸之介(左)と、補綴(ほてつ)としてアドバイスを入れていく木ノ下裕一(右)。
ちょうどこの日は、冒頭のダンスシーンの稽古日となっていた。物語は現代の街の描写から始まり、そこに盲目のらい病患者・俊徳丸が現れる。俊徳はロックバラード調のソロナンバーを歌い出し、曲の合間には彼がこんな姿になった経緯が、走馬灯のように語られていく。原作に当てはめると、いきなり後半冒頭の「万代池の段」から物語を始め、前半の内容──俊徳と異母兄・次郎丸の跡目争いや浅香姫との三角関係、俊徳と玉手御前の危うい関係、そして突然病に倒れた俊徳が、己の境遇に絶望して高安家を出奔したことなどを、まるっとダイジェストで見せていくというわけだ。この時間軸のひっくり返し方が痛快で、なおかつ通し上演と同等の情報を短時間で得られるということに、うなるしかなかった。
「原作では俊徳に起こった出来事を時間軸通りに、前半をまるまる使ってたっぷりやってるんです。今回はそのエッセンスだけを抜き出して、糸井さんの曲の中にはめ込んでいく感じにしました」(木ノ下)
「現時点では、歌詞がまだちょっとできてない所がありますが、曲は大体仕上がってます。全体的にはテンポがスローで、自分では“遅すぎるんじゃないか?”って不安があるんですけど」(糸井)
「それは僕が、湿っぽいのを要求するからかもしれませんね。“ここで泣きたい!!”とか(笑)。やっぱり糸井さんは木ノ下歌舞伎に関しては、大きなドラマの中でちゃんと作用する楽曲という方向に、シフトしてくれてると思います」(木ノ下)
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』稽古風景。
また今回の台本では、幼い頃の玉手と合邦の会話や、玉手が高安家の後添いになる時のエピソードなど、原作には出てこない回想部分が多々見受けられる。そこは「原作のいろんな台詞から“多分こんなことがあっただろう”というのを想像して」(木ノ下)、糸井が創作したそうだ。前回糸井が参加した『心中天の網島』(2017年/以下『網島』)でも、治兵衛と小春の幸せだった時期を、原作の台詞から想像して新たに描き出したシーンがあったが、今回はその方法をさらに大胆に取り入れる形になっていた。
この狙いとしては、悪女なのか賢女なのか、恋に狂った女なのか愛情にあふれた母親なのか、その本性が実にミステリアスな玉手御前にアプローチする方法として、彼女の周りの人物たちをしっかり描くことにしたのが大きいそうだ。
「何か迫力は感じるけど、ピンと来ない所が多いというのが、原作を読んだ時の感想でした。作家的な血の通い方を感じないというか。かといって設定そのものを、違和感がないように書き変えるのも、あまり意味がない気がしたんです。だったら僕らが描きやすいディティール……具体的なエピソードを追加した上で、お芝居の中でのやり取りや感覚を、僕らにとっての“普通”に近づけてみようかなと。そこを固めていけば、意外と原作の荒唐無稽さが身近なものに感じられるんじゃないかと思いました」(糸井)
舞台美術の模型を見ながらプランを考える木ノ下裕一(左)と糸井幸之介(右)。
「何しろ玉手御前の行動が、現代人には感情移入しにくいのが、その荒唐無稽さの大本で(笑)。とはいえ近代的な視点から、彼女の心理に整合性を付けようとするのは、さんざん今までいろんな人がやってきて、しかも未だに決定打は出ていないんです。でも玉手以外の登場人物は荒唐無稽じゃないというか、意外と等身大な人ばかりなんですよ。だから俊徳や合邦などの人物像や行動を克明に、繊細に彫り上げることができれば、玉手のあの異様さが突出すると同時に、これまでとは違った感じで見えてくるんじゃないかと。でもまだそれは計算の中だけなので、これから立ち上がってきてくれればと思ってます」(木ノ下)
この日のダンス稽古自体は、振付の北尾亘にほとんど託されていた。北尾の振付はテクニカルというよりは、たとえば大船に乗ったような気持ちであるとか、流れ星が流れる様などをストレートに表現する、物語との連動を強く意識したような動きが中心だ。この稽古の間、演出の糸井と木ノ下は、舞台の模型を見ながら美術プランを話し合っていた。今回の美術は、2m以上はある10本の大きな柱と、直径50cmぐらいの12個の球を、シーンに合わせて役者たちが組み替えていくというものになっている。
「美術の島(次郎)さんに“〈玉〉手だから、玉っぽいのはどうですか?”って言ったら、本当に球が出てきました(笑)。でも数珠が重要なアイテムとして出てきますし、天体っぽくも扱えるんじゃないかなって」(糸井)
「ただこの美術、無限に可能性があって大変なんですよ。たとえば庵室一つ作るにしても、いろんな柱と球の組み合わせ方が考えられるわけですから。島さんも“どう使ってもいい”と楽しんでいる感じですし、本当に正解がないんです」(木ノ下)
今回の美術。10本の柱は、組み方次第で椅子や塀のようにも使用できる。
そして現場を見ていて気づいたのは、以前『網島』の稽古場を取材した時よりも、さらに俳優たちが積極的に意見を出していることだ。前回がほぼ初演の形に沿ったリクリエーションで、今回は完全な新作という違いがあるからかもしれないが、美術にしても振付にしても「ここ、こうしたら面白いんじゃないですか?」と、1のアイディアを5にも6にも広げていく。実際木ノ下も「歴代のカンパニーの中で、一番集中力が高いかもしれない」と言う。
「今回は糸井さんの作品か木ノ下歌舞伎か、もしくは両方に出たことがあって、すでにある種の信頼関係ができてる俳優さんがほとんどなんです。スタッフさんも何回もやってる人と、前からご一緒したかった人とのバランスがすごくいいんで、そういう意味では集中力が一番高いです。あと俳優陣が、超元気(笑)。公演一ヶ月前を切って、そろそろ疲れとか作品の進み具合が気になってくる時期なのに、そういうのをまったく表に出さない。だからある種、やりやすい現場になっています」(木ノ下)
「ただ、アイディアを出してくれるのが嬉しい時もあれば、情報が増えて混乱することもあるという、その両方が(笑)。でも僕自身は、それでイライラするようなことは少なくなってきましたし、現場が活性化するのでありがたいことだと思います」(糸井)
そしてこれからの課題は、「全体をボーンと貫く何かを見つけること」だと、2人は口をそろえる。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』稽古風景。
「前回の『網島』の時は、どこを古語のままで行って、どこを現代語にするかというのを決めるまでに、糸井さんと結構いろいろ話しあったんですけど、『合邦』は“あ、こっちだね”っていう合意が早かったですよね」(木ノ下)
「それはクリエショーンを重ねたことで、お互いが“こう考えてそうだ”というのを、前もってわかるようになったからじゃないかな。でもねえ、今のところ順調という気はしない(一同笑)」(糸井)
「現場は今までで一番やりやすいけど、作品が一番難しいので、プラマイゼロみたいな感じですね(笑)。それは結局、全体がつながるもの……今までやってきたことや考えてきたことが、全部“あー、そうだね”ってなる所が、やっぱり見えづらい作品だからなんです。『網島』の時は“これは愛と死の物語だ”というのが、ハッキリ見えたんですけど。でもあれもすぐにわかったんじゃなくて、作りながら見つけましたからね。もしかしたらさっき言った“玉手”の姿が立ち上がってくれば、全体を貫く何かも同時に見えてくるのかもしれないです」(木ノ下)
「あー、なるほど。両方一緒の問題なのかも」(糸井)
糸井版の『合邦』は、まさに内田慈が演じる玉手御前の存在が、大きなポイントとなりそうだ。残念ながら今回はその演技を見ることはできなかったが、数々の舞台で女性の魔性も純粋さも振り幅広く表現してきた女優なので、その多面性が存分に生かされた玉手となるのは確実だろう。また俊徳丸役の田川隼嗣も、初主演という気負いなど感じさせず、真っすぐかつしなやかに“俊徳”として存在していた。もしかしたら、かつてこの『合邦』をアレンジした舞台『身毒丸』で身毒丸を演じ、演劇界に大きな衝撃を与えた藤原竜也のような、恐るべき10代の登場に立ち会えるかもしれない。
原作の荒唐無稽さを活かしつつも、現代的な血の通った舞台に再生するであろう、木ノ下歌舞伎版『合邦』。公演の「剥き出しで、生きる」のキャッチ通り、現代の私たちが何となく持っている、善悪や美醜の物差しをことごとくへし折っていくような、激しい生き様が乱舞する舞台が立ち上がるその時を、心待ちにしたい。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』稽古風景。
取材・文=吉永美和子
公演情報
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』
■作:菅専助、若竹笛躬
■監修・補綴・上演台本:木ノ下裕一
■上演台本・演出・音楽:糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)
■音楽監修:manzo
■振付:北尾亘
■出演:内田慈、田川隼嗣、土居志央梨、大石将弘、伊東沙保、金子岳憲、西田夏奈子、武谷公雄、石田迪子、飛田大輔、山森大輔
《京都公演》
■日程:2019年2月10日(日)・11日(月・祝)
※10日はポストパフォーマンストークあり
■会場:ロームシアター京都 サウスホール
《愛知公演》
■日程:2019年2月15日(金)・16日(土)
※15日はポストパフォーマンストークあり
■会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
《神奈川公演》
■日程:2019年3月14日(木)~17日(日)
※16日夜公演はポストパフォーマンストークあり
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
■公式サイト:
http://kinoshita-kabuki.org/gappo(木ノ下歌舞伎)
https://rohmtheatrekyoto.jp/lp/gappou/(ロームシアター京都