「他では絶対に見ることができないオペラにしたい」 矢内原美邦(演出・振付)が語る全国共同制作オペラ『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)は新たなチャレンジ
全国共同制作オペラ ヴェルディ/歌劇『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)全幕 (日本語・英語字幕付原語上演)が、2020年2月9日(日)白河文化交流館コミネス、2月16日(日)金沢歌劇座、2月22日(土)東京芸術劇場コンサートホールで上演される。国際的なクリエイター集団「ニブロール」を主宰する矢内原美邦がオペラ初演出を手がけ、スウェーデン・ヨーテボリ国立歌劇場総監督を務めるヘンリク・シェーファーが指揮する注目の舞台だ。主人公のヴィオレッタは同役を世界の名だたる歌劇場で披露しているエカテリーナ・バカノヴァ。アルフレードの宮里直樹、ジェルモンの三浦克次、フローラの醍醐園佳、アンニーナの森山京子ら実力あるソリストの演技にも期待できる。矢内原に意気込みを聞いた。
■鬼才が満を持してオペラに挑む
矢内原は大学で舞踊を専攻した後、1997年に結成した「ニブロール」において振付を担い、映像、音楽、美術などのディレクターと協同作業を行う。日常的な身体を扱いながらもパンチの利いた切実な表現が特徴でコンテンポラリーダンスの風雲児として国内外で活躍している。また「ミクニヤナイハラプロジェクト」では演劇活動も展開し、2012年に第56回岸田國士戯曲賞を受賞。さらに近年は近畿大学文芸学部舞台芸術学科准教授として後進を指導する。マルチプルな才能を発揮している鬼才だがオペラの演出をぜひやってみたかったという。
矢内原美邦
■ヴィオレッタは決して弱くない存在
ヴェルディの名作『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)の主人公ヴィオレッタは19世紀のパリの高級娼婦。青年貴族アルフレードと相思相愛になるが恋は成就せず、病を患って世を去る。演出に際して戯曲や小説も読み返し、ヴィオレッタの心情に寄り添いながらコンセプトを固めていった。「ヴィオレッタが死んでしまって人生を回想する場面から始めます。ここではヴィオレッタは決して弱くない存在で、自分で道を選びながら進んでいく演出にしています」と話し、封建社会の中で本来は弱い立場にあるヴィオレッタが恋に迷い、時代に翻弄されながらも強くポジティブに生きていく姿を描き出す。旧来とは違った視点からのアプローチだ。
ヘンリク・シェーファー (C)Maurice Lammerts van Buren
■現代と響き合う物語として再構築
舞台設定は現代もしくは近未来。「パリの社交界のイメージではないですね。乾杯の歌の場面ではグラスを持っていません(笑)」と語るように、何やらさまざまな仕掛けがある様子。そして「現代社会において、たとえばSNSの中での出来事が段々とリアルなことになったり、誰かがスケープゴートになったりします。ヴィオレッタも一つの生贄の象徴なのです」と語るように現在を生きる我々の物語として捉え直していく。
エカテリーナ・バカノヴァ
■映像などスタッフワークにも注目!
「ニブロール」と同じく美術や衣裳など各セクションのスタッフとの緻密かつ斬新なコラボレーションは見どころ。特に長年組む盟友・高橋啓祐による映像は今回も大きなポイントになりそうだ。「高橋くんの映像はニブロールの時ほど情報量は多くないのですが、白いスクリーンや紗幕を使うので照明と動きが合うし、とても美しいものになると思います」
(左)宮里直樹(撮影:深谷義宣auraY2) (右)三浦克次
■「動き」への半端ないこだわり
2019年12月からリハーサルに入り、まずはオーディションで選んだ5人の俳優・ダンサーに動きを付けた。「ヴィオレッタが死を回想する場面から始まり、きらびやかな世界に入っていきますが、そこには常に“影”がいることを彼らにやってもらいたい」という狙いだ。振りに関しては「あまりユニゾン(皆が同じ振付で踊ること)が好きではないので、曲に合わせるというよりも常に誰かの気持ちの象徴として身体があるようにしています」とこだわる。
(左)醍醐園佳 (右)森山京子
歌手やコーラスもどんどん動かす。「オペラっぽい芝居になりそうな所を全部そうならないようにやってみました。『さあ、あっちに行け!』といった時にドアの方に手をのばさないようにしたり、皆前を向きたがるのをどうにかしようとしたりしました。歌う時に指揮者を見るのは仕方ないのですが、たとえば言い合っている所では相手を見てそのシーンを始めてもらうようにしました」と説明する。
ヴィオレッタの衣裳デザイン(田中洋介)
「マエストロには理解してもらっている」とのことで、シェーファーとの意思疎通はばっちりなようだ。そしてソリストはもとよりコーラスも重要視して稽古を進めている。オペラはダンスや演劇に比べ大人数が関わるため大変さを感じることもあるというが、それでもロメオ・カステルッチらヨーロッパの前衛的なオペラ演出を引き合いに出しながら「日本のオペラに風穴を開けたい」と意欲満々だ。
(奥)ヘンリク・シェーファー (手前)矢内原美邦
■芸術は「現実」を意識させてくれる
演出にあたって一番大事にしたのは、観客に現実を意識してもらうこと。「現実を意識しないで日々を生きるのはとても簡単なことです。どうしてオペラをはじめとする芸術があるのかを考えると、私たちに日々の現実を意識させるからだと思うんです」と語る。観客の存在を時に犠牲者、時に傍観者といったように劇の中の要素として入れたいとも望んでいる。「ヴィオレッタの姿を通して、いま自分の置かれている状況や、どのように生きているのかを意識してほしい。何も考えずに日々が過ぎていくのとは全然違うと思うんですね」
美術デザイン(松生紘子 )
■渾身の舞台、話題を呼ぶことは必至
本番に向けての手ごたえを聞くと「何とかやり切れそうです。でも私が初めてダンスを作った時や初めて演劇を発表した時のように叩かれるかもしれませんね(笑)。『これはオペラじゃない!』と言われるかもしれない」と苦笑する。しかし「音楽を切ったり変更したりといった破壊はやっていません」と補足し「他では絶対に見ることができないオペラになると思いますし、そのつもりで皆さんも取り組んでくれています」と胸を張った。
リハーサル風景
「他では絶対に見ることができないオペラ」――パフォーミングアーツの第一線を走る矢内原が挑む『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)は、日本のオペラに大きな刺激をもたらすに違いない。
ヴェルディ/歌劇『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)全幕 演出・振付:矢内原美邦さんインタビュー
取材・文・撮影(リハーサル)=高橋森彦
公演情報
ヴェルディ/歌劇『ラ・トラヴィアータ』(椿姫)全幕
(日本語・英語字幕付原語上演)
<東京公演>
東京芸術劇場シアターオペラvol.13
■日時:2020年2月22日(土)14:00開演
■会場:東京芸術劇場コンサートホール
■料金:S席10,000円 A席8,000円 B席6,000円 高校生以下1,000円 ※他の席種は完売
■お問合せ:東京芸術劇場ボックスオフィス
電話 0570-010-296(休館日を除く10:00〜19:00)
https://www.geigeki.jp/
■日時:2020年2月9日(日)14:00開演
■会場:白河文化交流館コミネス
■料金:S席8,000円 A席6,000円 B席¥5,000円 C席¥3,000円 ※SS席は完売
■お問合せ:白河文化交流館コミネス
電話 0248-23-5300(火曜日を除く9:00〜20:00)
http://www.cominess.jp/
■日時:2020年2月16日(日)14:00開演
■会場:金沢歌劇座
■料金:SS席12,000円 S席10,000円 A席7,500円 B席5,000円 U22 1,000円
※U22は金沢歌劇座のみの取扱い。B席の中からお選びいただけます。枚数限定・要証明書
■お問合せ:金沢芸術創造財団
電話 076-223-9898(9:00〜17:00)
https://www.kanazawa-arts.or.jp/
■演出・振付:矢内原美邦
■管弦楽:
オーケストラ・アンサンブル金沢(白河公演、金沢公演)
読売日本交響楽団(東京公演)
合唱:コミネス混声合唱団(白河公演)
金沢オペラ合唱団(金沢公演)
新国立劇場合唱団(東京公演)
ヴィオレッタ:エカテリーナ・バカノヴァ(ソプラノ)※エヴァ・メイは体調不良のため降板
フローラ:醍醐園佳(ソプラノ)
アンニーナ:森山京子(メゾ・ソプラノ)
アルフレード:宮里直樹(テノール)
ジェルモン:三浦克次(バス・バリトン)
ガストーネ:古橋郷平(テノール)
ドゥフォール男爵:三戸大久(バス・バリトン)
ドゥビニー:高橋洋介(バリトン)
グランヴィル医師:ジョン・ハオ(バス)
ジュゼッペ:三浦大喜(テノール)
フローラの召使:杉尾真吾(バス)
使いのもの:井出壮志朗(バリトン)
■俳優・ダンサー:青木萌、内藤治水、原田理央、松井壮大、柳生拓哉