フランス・オペラの魅力を詰め込んだコンサート『フランス・オペラに恋して』が開催目前ーー指揮者 佐藤正浩に聞いた

インタビュー
クラシック
2023.7.31
指揮者 佐藤正浩 (c)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

指揮者 佐藤正浩 (c)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

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これまでに数々の名演を生みだしてきた「住友生命いずみホール・オペラ」(大阪府大阪市)が、2024年に再スタートする。今回は、世界中の劇場で経験を積んだ屈指のオペラ指揮者 佐藤正浩によるプロデュースで、フランス・オペラの名作を3本届けてくれるという。イタリアやドイツ・オペラに比べると、いささか馴染みが薄いと思われるフランス・オペラだが、「その魅力は?」「イタリア・オペラとの違いは?」「オススメの作品は?」といった疑問に応えるべく、シリーズが始まる前の2023年8月6日(日)に『フランス・オペラに恋して』と題したプレ・コンサートが開催される。関西では、神戸市混声合唱団の音楽監督として知られる佐藤正浩に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。

●フランス・オペラの魅力は、メロディーとハーモニーの美しさ

――2024年から始まる「住友生命いずみホール・オペラ」に先駆けて、『フランス・オペラに恋して』というタイトルでプレ・コンサートが開催されます。出演者が、ソプラノ森谷真理、メゾソプラノ池田香織、テノール宮里直樹、バリトン甲斐栄次郎というオペラシーンの第一線で活躍している4名です。

住友生命いずみホールでは、2024年から私のプロデュースで、フランス・オペラの名作を上演します。それに先駆け、素晴らしい歌手にお集まりいただき、オペラ・シリーズで上演予定の作品の中から、おすすめアリアなどを歌って貰います。題して『「フランス・オペラに恋して」~ 4人の歌手、神戸市混声合唱団と共に』。日本ではなかなか上演のチャンスが少なく、今一つ馴染みが薄いと言われるフランス・オペラですが、聴いていただくと、テレビや映画で使用されている有名な曲も多く、音楽の美しさに魅了されると思います。フランス・オペラが日本であまり上演されない理由の一つが、フランス語の発音や音楽のスタイルに対して自信を持って対応できる歌手の少なさが上げられと思います。その点、今回出演いただく森谷さん、池田さん、宮里さん、甲斐さんは全く問題ありません。素晴らしい歌唱を堪能して頂けると思います。

歌劇『ランスへの旅』指揮:佐藤正浩(2010.4.住友生命いずみホール)  写真提供:住友生命いずみホール

歌劇『ランスへの旅』指揮:佐藤正浩(2010.4.住友生命いずみホール)  写真提供:住友生命いずみホール

――フランス・オペラのスペシャリストと言われる佐藤さんですが、イタリア・オペラやドイツ・オペラよりもフランス・オペラがお好きなのでしょうか?

そうですね。もちろんイタリア・オペラやドイツ・オペラを指揮する事もありますし、素晴らしい曲はたくさんあります。ただオペラは言語と直結しています。私自身、イタリア語やドイツ語も少しは話せますが、フランス語が英語と同等にいちばん話せる言語という点で、フランス・オペラが身近に感じ、扱いやすいと言えるでしょうね。それにフランス・オペラの魅力は、まだまだ知られていません。色彩豊かで叙情的なメロディーと、繊細なグラデーションで彩るハーモニーの美しさに加え、フランス語自体が持つ響きやアクセントは、それ自体が歌っているよう。今回のコンサートで採り上げるフランスの作曲家は、ビゼー、プーランク、フォーレ、マスネとほんの一部ですが、その音楽を聴いていただけるとフランス・オペラの魅力の一端が分かると思います。

指揮者 佐藤正浩  (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

指揮者 佐藤正浩  (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

――今回のコンサートで採り上げる曲について教えてください。まず最初はビゼーの『真珠とり』です。

ビゼーは私のライフワークで、東京芸術劇場のオペラ・シリーズでも、彼の作品を何本か採り上げて来ましたが、『真珠とり』は2018年に上演し、評判となりました。2024年から始まる私のプロデュースオペラの第1弾は、この作品になります。フランス・オペラのシリーズをスタートさせるということで、リスクを軽減する意味でも、東京芸術劇場のお客様の反応なども考慮して決めました。メインキャストが4人とコンパクトの割に、ドラマも良く出来ています。共感を得やすい友情がテーマというのも、良いと思います。1幕最初の友情の二重唱は、単独でコンサートでも歌われる曲ですし、テノールの歌うアリア「耳に残るは君の歌声」(通称、ナディールのロマンス)は、アルフレッド・ハウゼやポールモーリアの楽団でも人気のレパートリーとなっているので、ご存知の方も多いはず。そして、このオペラでは合唱も活躍します。私が音楽監督を務める、神戸市混声合唱団にもご期待ください。ビゼーの音楽は甘美なメロディーが特徴。オペラとして、日本ではまだまだ馴染みが無いので、この機会に紹介致します。

神戸市混声合唱団 (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

神戸市混声合唱団 (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

――次が、プーランクの『カルメル会修道女の対話』です。2022年11月に、神戸市混声合唱団と神戸市室内管弦楽団の合同公演で、プーランクの『スターバト・マーテル』と『グローリア』を佐藤さんが指揮されました。その際、お話を伺った時に、プーランク愛を語っていただきました。

プーランクの『カルメル会』は、2010年に広島のオペラルネッサンスで1度指揮をしています。大掛かりなオペラで、出演人数も多い割りに、日本での知名度は今ひとつという事もあって、なかなか上演は困難です。2005年に『カルメル会』の上演実績のあるいずみホールなら可能なのではと、このシリーズで採り上げる方向で現在調整中です。実は、私が所長を務める新国立劇場オペラ研修所の終了公演でも、『カルメル会』を2024年3月に上演する事が決まりました。指揮は信頼のおけるジョナサン・ストックハマーに依頼をしています。

歌劇『カルメル会修道女の対話』(2005.5.住友生命いずみホール)  写真提供:住友生命いずみホール

歌劇『カルメル会修道女の対話』(2005.5.住友生命いずみホール)  写真提供:住友生命いずみホール

――このオペラの魅力を教えてください。

ジョルジュ・ベルナノスの魅力的な台本に依るところは大きいのですが、しっかりとドラマ性が構築されていて、大変素晴らしいと思います。ヴェルディが中期から後期にかけて、台本に拘って作曲したのと同じ匂いを感じます。それと、なんと言っても美しいメロディーですね。プーランクがこの曲を作った時代は、十二音技法の世界が広がっていました。そんな中、20世紀の新しい和声を使った上で、美しいメロディーを追求して作品を作り続けた彼の勇気は素晴らしい。もちろん、十二音技法を用いた斬新な作品も否定しませんが、歌の基本、ベルカントの基本から、声の事をキチンと理解した上で、新しい作品を書こうという姿勢を貫いたプーランクは、稀有な作曲家だったと思います。声楽家の誰もが、彼に感謝するんじゃないですかね。

――『カルメル会』を20世紀最高のオペラと評価する声もあります。海外での認知度は相当高い作品なのでしょうか。

私も20世紀最高のオペラだと思っています。ヨーロッパやアメリカでは、ポピュラーなオペラになっているんじゃないでしょうか。誰もが知っているオペラとまでは言いませんが、この作品を好きな人は多いですよ。やるなら絶対に見に行くという人も……。昔、FM雑誌などで流行った「無人島に一つだけ持っていくCDは?」的な質問で言うなら、「無人島に一つだけ持っていくスコア」は、『カルメル会』ということになります。

住友生命いずみホール (c)樋川智昭  写真提供:住友生命いずみホール

住友生命いずみホール (c)樋川智昭  写真提供:住友生命いずみホール

――それほどですか。よくわかりました(笑)。そして次は、フォーレの合唱曲ですね。

オペラに混じって単独で合唱曲を演奏したら、違った清涼感や新たな世界が広がると思い、フォーレの『ラシーヌ賛歌』(神、永遠に在らしぬ)を採り上げます。崇高な神に対する愛、憧れを描いた、最もフランスらしい合唱作品だと思います。

――最後にマスネの曲が3曲並びます。

生涯に39曲のオペラを作ったマスネ。『マノン』や『サンドリヨン』、『エロディアード』、『ウエルテル』など、比較的上演される機会が多いオペラもありますが、一般的な知名度としてはヴァイオリンで奏でられる『タイスの瞑想曲』がいちばん有名だと思います。実はこの曲、歌劇『タイス』の間奏曲が『瞑想曲』として知られるようになったのです。今回のシリーズでは、歌劇『ウエルテル』をご覧いただこうと思っていますが、この機会に『タイス』と『エロディアード』の素敵なアリアも紹介させていただきます。『タイス』はフランスで全曲を観ましたが、フランスでもそれほど上演されるオペラではありません。『エロディアード』は、皆様ご存知のサロメの物語です。リヒャルト・シュトラウスのオペラとして知られていますが、マスネの手にかかるとこのようになります。一番有名なバリトンのアリアをお聴きください。

――歌劇『ウエルテル』は、ドイツの文豪ゲーテの小説『若きウエルテルの悩み』が原作です。「春風よ、どうして僕を目覚めさせた?」は、テノール歌手にとって不動のアリア1番人気ですね。

ウエルテルのアリアも素晴らしいのですが、私は大法官の娘シャルロットの心情を描き切ったオペラだと思っています。シャルロットは大好きな役で、彼女の心の葛藤が音楽で見事に表現されています。そして、ワーグナーの影響を受けたマスネのオーケストレーションにも注目してください。ビゼーの『真珠とり』とは違った響きを、皆様に聴いていただきたいです。これがフランス・オペラの奥深さであり魅力です。

指揮者 佐藤正浩 (c)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

指揮者 佐藤正浩 (c)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

●出演する歌手は、日本を代表する第一線で活躍するスターたち

――出演される歌手についてもご紹介ください。ソプラノは森谷真理さんです。

今回出演いただく皆さまは、それぞれがご自分の魅力を良くわかっておられて、その見せ方が上手な方たちです。森谷さんは、高いコロラトゥーラからドラマチックな低い声まで、何でも歌えてしまう器用な歌手です。声の美しさはもちろんの事、豊かな表現力に舌を巻きます。プーランクの『人間の声』でご一緒しましたが、役者としての力量にも驚きました。

森谷真理(ソプラノ) (c)タクミジュン

森谷真理(ソプラノ) (c)タクミジュン

――池田さんはワーグナーのブリュンヒルデのようなドラマティコなイメージが強いです。

フランス・オペラも素晴らしいですよ。これまでに東京二期会で2度、ご一緒しています。サン=サーンス「サムソンとデリラ」とマスネ「エロディアード」ですが、フランス語も見事に歌われる方です。圧倒的な声に加え、理知的な表現をされます。そして、周囲と自分の距離感がちゃんと図れる方で、決して出過ぎない方です。それでいて必要な時にはキチンとそこに居る。内省的な表現も上手な方なので、『ウエルテル』のシャルロットにぴったりだと思っています。 

池田香織(メゾソプラノ) (c)井村重人

池田香織(メゾソプラノ) (c)井村重人

――テノールは絶好調の若き俊英、宮里直樹さんです。

何と言っても美声ですよね。彼とは『真珠とり』をやりたいと思っていたのです。そう話したら、ずっと歌いたかった役だと言ってくれました。彼は最近とても強靭な声になって来たのですが、ナディールは少し柔らかい声でファルセットも混ぜながら歌って欲しい。『ウエルテル』は、最近力強い歌唱が流行りのようですが、私はそんなに強さは求めていません。彼が二つの役を、どう歌い分けるか楽しみです。 

宮里直樹(テノール) (c)深谷義宣

宮里直樹(テノール) (c)深谷義宣

――バリトンは世界で活躍する国際派の甲斐栄次郎さんです。

甲斐さんとは長い付き合いです。彼も美声が魅力ですね。そして揺るぎない歌唱技術と豊かな表現力。ノーブルな歌唱スタイルを持っている方で、フランスものは何の役でもはまる。前回の『真珠とり』でも、ズルガをお願いしました。今回もご一緒していただけるという事で、楽しみにしています。

甲斐栄次郎(バリトン)

甲斐栄次郎(バリトン)

――今回の聴きどころの一つに、佐藤さんが音楽監督を務める神戸市混声合唱団の出演があります。

『真珠とり』はコーラスが活躍する場面も多く、素晴らしい音響を備えたいずみホールのステージで、彼らの歌唱をお聴き頂けることが嬉しいです。コンサートでは『真珠とり』の合唱とは別に、フォーレの『ラシーヌ賛歌』を披露します。合唱曲としては最高に美しい曲で、彼らの実力を示してくれると思います。神戸市混声合唱団は合唱団と謳っていますが、オペラも歌える人材も育成しているつもりです。いずみホールのオペラでは、1回目こそ、厚めのコーラスが必要な『真珠とり』のため、全員合唱に集中してもらいますが、2回目以降は神戸市混声のメンバーから役付きで出演をお願いする人も出て来るはずです。

神戸市混声合唱団  (C)SHIMOKOSHI_HARUKI 写真提供:神戸市民文化振興財団

神戸市混声合唱団  (C)SHIMOKOSHI_HARUKI 写真提供:神戸市民文化振興財団

――それは楽しみです。育成という言葉が出ましたが、佐藤さんは今年度から新国立劇場オペラ研修所の所長をされています。今までにも増して、ご苦労が多いのではありませんか。

1年目はどうなるかわからないので、私自身がステージで指揮するような事は避けて、優秀な指揮者に任せるような采配をしています。オペラ研修所は、優秀な研修生を海外に送り出すプロジェクトなので、私は親のような存在です。彼らにどれだけ沢山の刺激やチャンスを与えられるか。色々与えても、それをちゃんと栄養にして力を発揮してくれるのか。ずっとと見ていなければなりませんし、決して大袈裟ではなく、寝ても覚めても彼らの事を考えています。神戸にいても、大学で学生に教えていても、常に研修生の事を考えているので、気疲れはします。まあ、覚悟していたことなのですが(笑)。

指揮者 佐藤正浩 (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

指揮者 佐藤正浩 (C)H.Ozawa 写真提供:神戸市民文化振興財団

――佐藤さん、色々とお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。

実際のオペラでは、大編成のオーケストラの調べに乗せて、歌手の歌声がコンサートホールに鳴り響きます。今回のコンサートでは、私がピアノ伴奏を務めます。オーケストラが奏でるパートを、ピアノ1台で弾く訳です。これをコレペティトゥール(コレペ)とよび、私はこれで欧米を廻り、生業としてきました。指揮者ケント・ナガノ氏や、アントニオ・パッパーノ氏のプロダクションでピアノを弾き、マエストロから直接フランス・オペラの真髄を学んで来ました。現在はどの稽古の現場でも、別に専門のピアニストがいるので、私が表立って直接ピアノを弾くことは有りませんが、今回は私のピアノ伴奏で、ソリストの皆さまに歌って貰います。このコンサートの聴きどころは、もしかしたらコレかもしれませんね(笑)。そして、「この曲、聴いたことがある!」「これ、フランス・オペラだったの!」といった事を気付いていただきたい。そして、もっとフランス・オペラを身近に感じていただきたい。このコンサートが、フランス・オペラの魅力を知る入り口となりますように願っています。住友生命いずみホールで皆さまのご来場をお待ちしています。

住友生命いずみホール   写真提供:住友生命いずみホール

住友生命いずみホール   写真提供:住友生命いずみホール

取材・文=磯島浩彰

公演情報

佐藤正浩プロデュース・オペラ プレ・コンサート
『「
フランス・オペラに恋して」 ~ 4人の歌手、神戸市混声合唱団とともに』
■日時:2023年8月6日(日)16:00開演(15:30開場)
■会場:住友生命いずみホール
■指揮・ピアノ:佐藤正浩(神戸市混声合唱団音楽監督)
■歌手:森谷真理(ソプラノ) 池田香織(メゾ・ソプラノ) 
    宮里直樹(テノール) 甲斐栄次郎(バリトン)
■合唱:神戸市混声合唱団
■演奏曲目:
G.ビゼー/『真珠とり』より
「燃えたぎる砂浜の上で」 「聖なる神殿の奥深く」
「ようこそ、見知らぬ方よ」「耳に残るは君の歌声」 「嵐は静まった」
F.プーランク/『カルメル会修道女の対話』より
「お父様、取るに足らない出来事ではありません」 「Ave Maria」
「なぜあなたはこうして目を伏せたまま」
G.フォーレ/「神 永遠に在らしぬ」 (ラシーヌの雅歌)
J.マスネ/:『タイース』より
「私は美しいと言って」
J.マスネ/:『エロディアード』 より
「儚いまぼろし」
J.マスネ/:『ウェルテル』 より
「ウェルテル、誰が私の心の中を」「春風よ、どうして僕を目覚めさせた?」
「終わらないで、ああこの絶望!」
■料金:一般 ¥7,000
    U-30 ¥2,500 【限定数/先着】小学生~30歳以下のお客様のための特別価格
■お問合わせ:住友生命いずみホールセンター 06-6944-1188
■公式サイト:https://www.izumihall.jp/
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