【緊急連載】韓国の検閲(1) 韓国アーツ・カウンシルの検閲問題

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2015.12.7
取材・文・撮影 : 堤広志

取材・文・撮影 : 堤広志

 岡田利規と多田淳之介の共同主催による緊急イベントが、2015年11月28日(土)@東池袋・あうるすぽっとで行われた。二人はともに舞台芸術の祭典「F/T15(フェスティバル/トーキョー15)」に参加しており、それぞれ公演の本番で忙しい合間を縫ってのトークイベントである。テーマは「韓国の検閲」。今年に入り、日本でもにわかに話題となってきているこの問題について、実際に韓国で検閲に遭った経験を持つ二人のゲストを招き、その現状を聞いた。韓国では今、何が起こっているのか? そして、今後日本でも決して起こらないとは言えない“検閲”に、はたして対抗手段はあるのだろうか? 貴重にして重要なトークの内容を、6回にわたり連載する。 
岡田利規 Toshiki Okada

岡田利規 Toshiki Okada

岡田利規 Toshiki Okada : 演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰。1973年横浜生まれ。1997年チェルフィッチュを結成。2005年『三月の5日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005 ―次代を担う振付家の発掘―」最終選考会に出場。2007年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を発表し、翌年第2回大江健三郎賞を受賞。代表作『三月の5日間』は、クンステン・フェスティバル・デザール2007(ブリュッセル/ベルギー)で初の国外進出を果たして以降、アジア、欧州、北米の計70都市で上演されている。F/T15では、日韓共同制作による新作『God Bless Baseball』を2015年11月19日(木)~ 29日(日)@東池袋・あうるすぽっとにて上演し、「野球」を題材として、日韓+アメリカの歴史や文化を批判的に描いた。

多田淳之介 Junnosuke Tada

多田淳之介 Junnosuke Tada

多田淳之介 Junnosuke Tada : 演出家、俳優、富士見市民文化会館 キラリふじみ芸術監督、東京デスロック主宰。1976年生まれ、千葉県柏市出身。2001年東京デスロックを結成。古典から現代劇、パフォーマンスまで幅広く手がけ、韓国やフランスでの公演、共同製作など国内外問わず活動する。2010年より埼玉県・富士見市民文化会館 キラリふじみ芸術監督に就任。2013年、韓国の劇団「第12言語演劇スタジオ」(ソン・ギウン主宰)と日韓共同製作し、チェーホフ『かもめ』を日本統治時代の朝鮮を舞台に翻案した『가모메 カルメギ』で、韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人として初受賞。F/T15では、日韓共同制作による新作『颱風(たいふう)奇譚 태풍기담』を2015年11月26日(木)~29日(日)@池袋・東京芸術劇場シアターイーストにて上演し、シェイクスピア『テンペスト』を下敷きとして、20世紀初頭日本によって国を追われた朝鮮の老王族が南シナ海の孤島で王国再建を夢見る姿を描いて、日韓の歴史と文化、そして現在を照らし出した。また、2015年5月@安山ストリートアーツフェスティバルの『安山巡礼道』にも参加している。

チョン・ヨンドゥ Jung Youngdoo

チョン・ヨンドゥ Jung Youngdoo

チョン・ヨンドゥ Jung Youngdooダンサー、振付家、アーティスト。韓国生まれ。演劇を学んだ後、韓国芸術総合学院で舞踊を学び、人間の心理に焦点をあてたユニークな振付家・ダンサーとして、韓国を拠点に世界各地で活躍。2003年にDoo Dance Theaterを設立。2004年、横浜ダンスコレクション「ソロ・デュオコンペティション」にて、横浜文化財団大賞、駐日フランス大使館特別賞をW受賞。2006年、ダンスマガジンにて舞踊芸術賞を受賞。日本での活動も多く、マレビトの会(松田正隆主宰)『ディクテ』『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』など演劇作品への出演や、立教大学現代心理学部映像身体学科で特任准教授を務めるなど、その活動は多岐にわたる。今年2015年10月、韓国国立伝統音楽院(国立国楽院)のプログラム「金曜共感」に参加予定だった演出家パク・グニョンが排除されたことから、自らも参加をボイコットし、デモ(スタンディング)を行う。

コ・ジュヨン 高珠瑛 Jooyoung Koh

コ・ジュヨン 高珠瑛 Jooyoung Koh

コ・ジュヨン 高珠瑛 Jooyoung Kohインディペンデント舞台芸術プロデューサー。1976年ギョンギ道生まれ。梨花女子大学新聞放送学科を経て、ソウル・フリンジ・フェスティバル、チュンチョン人形劇フェスティバル、BeSeTo演劇祭などの舞台芸術祭のスタッフを務めた後、日本に語学留学。2006年より韓国アーツマネジメント・サービス(KAMS)で様々なプログラムを企画・担当。2012年からはインディペンデント・プロデューサーとして、韓国や日本のアーティストと作品を作るほか、翻訳者としても活動をしている。2011年にはセゾン文化財団のヴィジティング・フェローとして日本に滞在し、「日本舞台芸術においてのテンネン世代」についてリサーチを行い、新しい世代の日韓舞台芸術の新しい交流方法と可能性を探求している。今年2015年5月のプロジェクト『安山巡礼道』の助成金を申請していたが、韓国アーツ・カウンシル側の意向で選考から落とされる。

 

第1回 韓国アーツ・カウンシルの検閲問題

岡田 では、今日緊急で開くことになりましたイベントを始めます。まず、今日これだけのたくさんの方たちがここにいて下さっていることを、感謝いたします。えっと、岡田利規です。今日のイベントを多田淳之介さんと二人で主催することを急遽決めました。今、二人ともちょうど日韓の共同制作で演劇の演出を携わっていたのが、直接の理由です。

© Hiroshi Tsutsumi

© Hiroshi Tsutsumi

岡田 韓国で9月ぐらいから、検閲を巡る話題が現れてきたので、そのことを皆さんに紹介する機会を作りたいと思いました。それで、それに応じて下さった二人の方にお話をしてもらいます。まず、向って右の女性がコ・ジュヨンさんです。コ・ジュヨンさんはインディペンデント・プロデューサーです、制作者ですね。それで、そのお隣りがチョン・ヨンドゥさんです。ヨンドゥさんは振付家で、アーティストです。アーティスト側とプロデューサー側とそれぞれの立場の方を一人ずつ、今日は来てもらうことができました。そして、お二人とも、ただ韓国の芸術関係者というだけでなく、それぞれの個人的に関わったプロジェクトの中で、検閲というものに直面した経験をお持ちなので、それについて今日は話していただけたらと思います。では、今日はよろしくお願いいたします。

© Hiroshi Tsutsumi

© Hiroshi Tsutsumi

岡田 まず、僕がこのイベントをやろうと思ったきっかけから話を始めたいと思うんですけれども、Facebookでそのニュースを見たんです。僕が知ったニュースでは、韓国の演劇の演出家であるパク・グニョンさんという方がいまして、90年代の韓国の演劇の中でも中心的な人物とのことです。が、韓国の助成金を受けることを辞退するように強要されたという事実が明らかになったというところから端を発して、その後、一連の出来事、さまざまな出来事が。出来事というのは、そのアーティストや芸術の関係者が、それに対して抗議を始めたり、その後いろいろな問題が起きたりしたようだということを知りまして、そのことを詳しく教えてもらえたらなぁと思います。ヨンドゥさん、お話しをしていただけますでしょうか? というのは、ヨンドゥさんは、今申し上げたパク・グニョンさんが受けた検閲行為に対する抗議活動というものを個人的にされているからでもあります。お願いできますか?

ヨンドゥ とりあえずは、パク・グニョンさんの問題をめぐって一人で、国立伝統音楽院(国立国楽院)という施設の前で、一人でデモをしたことから説明をさせていただきます。その後に、去年から今に何が起こっているのかを説明したいと思います。私が国立伝統音楽院というところの企画で、毎週金曜日に行われる伝統音楽といろんなジャンルのコラボレーションのプログラム(「金曜共感」)に参加することになったのが2カ月前でした。その公演の2週後には、バク・グニョンさんと伝統音楽のバンドが組んで、またコラボレーションして上演するという企画でした。パク・グニョンさんは伝統音楽を通じて演劇をやるつもりだったんですけど、(私の)本番の4日前に、パク・グニョンさんの公演をキャンセルするっていう報せが入りました。それで、その理由は何かと聞いたところ、劇場が新しくできたんだけれども、その劇場は「演劇には向いていない」ということでした。でも、その劇場があらかじめ宣伝したチラシとか記事を見ると、その金曜日に行われるプログラムの趣旨というのは、伝統音楽といろんなジャンル、例えば演劇だったりダンスだったり、というジャンルとのコラボレーションを目指していると明記されています。だから、空間が演劇に向いていないからパク・グニョンさんを排除しますという理由は、とても納得できませんでした。それで、空間の問題じゃなくて、なぜパク・グニョンさんの作品を排除することになったか、それは何でだったんだろうと考えるには、パク・グニョンさんが政治的理由でどんな検閲に遭ってきたのかを語らなければなりません。

© Hiroshi Tsutsumi

© Hiroshi Tsutsumi

ヨンドゥ 2013年に、パク・グニョンさんは韓国の国立劇団で『カエル』という作品を上演したことがあります。その『カエル』という作品の中で、今の大統領であるパク・クネさんのお父さんのパク・チョンヒという元大統領を風刺する作品(内容)でした。で、国立の劇団なのに、そこで現在の大統領とそのお父さん、元の大統領を風刺する作品をしたということで、すごく話題を呼びました。その話題を巡って、意見は両方に分かれたんですけれども、「大統領を風刺する作品を国立劇団でやるのはふさわしくない」という意見もあったし、「国立劇団というのは政権のためのカンパニー(劇団)じゃなくって、国民のための空間だからそれが当たり前だ」という意見もありました。ほとんどの人たちは、「国民の劇団」という捉え方をしたと思います。

その後、今年の上半期に入ってから、パク・グニョンさんをめぐった、また2番目の検閲がありました。韓国の助成の中には、戯曲から選んで、助成金を出して、それを作品にディベロップして上演するという枠組み(演劇支援事業「創作産室」)があるんですけれども、それは演劇だけじゃなくて、ダンス、音楽とかも全部入っていて、それらも助成金をもらうために全部申請をします。その枠組みの中で、パク・グニョンさんは『すべての軍人はかわいそう』というタイトルの戯曲を出して、すごくいい点数をもらいました。この助成金の枠は、韓国のアーツ・カウンシルの助成の枠で、それを審査するのは、アーツ・カウンシルが呼んだいろんな専門家たちが審査することになっています。パク・グニョンさんがその審査会で、すごいいい点数をもらって、それをもらうことになったという結果をアーツ・カウンシルが聞いて、審査員に一人一人会って、面会をしながらいろんな説得を始めました。「パク・グニョンさんを排除しないと、この枠組み自体が無くなるよ」みたいな感じで、一人一人を面会しました。でも、5人の審査した人の中で、その説得を受けた(応じた)人は一人もいませんでした。なので、アーツ・カウンシルのスタッフたちが、直接パク・グニョンさんを面会することになりました。「あなたが自分で辞退しなさい」みたいな感じで説得をしました。「あなたが辞めないと、他の助成金も出さないことにするから」っていうことでした。

今まで話したのは、今年の上半期にあった出来事なんですけれども、これが今年の9月になって、いろんな新聞やテレビで取り上げられるようになりました。アーティストが作品をつくるために助成金を申請したんだけど、それを外からの審査員じゃなくて、公の組織にいるスタッフたちが「それはやめてくださいね」みたいなことで説得をしたわけです。あるテレビ局で、パク・グニョンさんを直接インタビューしたんですけれども、パク・グニョンさんに「こういう出来事は、誰がやらせたかを聞いていますか?」と聞いたら、パク・グニョンさんは「それはブルーハウスから」っていう風に、大統領がいるブルーハウス(青瓦台:せいがだい=大統領官邸)からっていう風に返事をしました。とてもあり得ないことがあったし、その後、私が体験した国立伝統音楽院のことがあったんです。

これまでも政府を批判したりするアーティストとか、本当に露骨なやり方で検閲することが多くなっています。だから、今まであった出来事をみて、今回、伝統音楽院で起こった「演劇排除」ということは、演劇っていうジャンルの問題じゃなくって、今までいろんな形で今の政権を批判してきたパク・グニョンさんに対しての検閲だったという風に受け取っています。なので、私は予定されていた自分の上演をボイコットして、伝統音楽院のはっきりした理由とか明解な理由を教えてくださいっていう風に主張しながら、デモを始めました。あと、その同じ企画の中に入っていた別の公演カンパニーもボイコットしているし、この企画自体は外部からのプロデューサーが企画したプログラムだったんですけれども、彼女(プロデューサー)も辞めました。その国立伝統音楽院は、今までの出来事についてのいろんな話し合いがあった、書き込みとかがあった掲示板を止めています。で、いまだに明解な答えはまだ出ていません。

チョン・ヨンドゥ氏のFacebookページより、韓国国立伝統音楽院(国立国楽院)前でのデモ(スタンディング)

チョン・ヨンドゥ氏のFacebookページより、韓国国立伝統音楽院(国立国楽院)前でのデモ(スタンディング)

岡田 ありがとうございます。今、その助成金のシステムはどうなっているんですか? つまり、助成金が渡されるということはいまだにストップしているのか、その機能はどうなっているか?

ジュヨン その枠組み自体は今も続けていて、その助成金で5つのチームが選ばれていたんですけれども、パク・グニョンさんだけがそれを辞めさせられて、他のカンパニーたちは今、公演を準備しています。

岡田 つまり、パク・グニョンさん以外にも、助成金をもらえることになったアーティスト/カンパニーがいたわけで、その人たちは今、まだ実際にはまだ受け取れていないわけですか? それとも、受け取ることになっているというその約束は有効なんですか?

 

ジュヨン まだ有効です。で、他の4つのカンパニーが「この公演をやるべきなのか」という議論も内部でもすごくあったらしいし、外側からも「あれは辞めて、アーツ・カウンシルに対しての抵抗した方がいいんじゃない」という意見もあったんですけれども、結局4つともやることにしています。

岡田 難しい問題ですよね。ありがとうございます。

イベント・データ
岡田利規+多田淳之介主催緊急イベント「韓国の検閲」
 日時:2015年11月28日(土) 15:45〜17:30
 会場:東池袋・あうるすぽっと エントランスロビー ※F/T15『God Bless Baseball』公演終了後
 登壇者:岡田利規/多田淳之介/チョン・ヨンドゥ/コ・ジュヨン 
アーティストリンク
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