23歳の箏曲家LEO、コンサートでバッハやケージ、ライヒに取り組む理由とは
16歳で「くまもと全国邦楽コンクール」最優秀賞・文部科学大臣賞を史上最年少で受賞し、2017年、19歳でメジャー・デビューを果たした箏アーティストのLEOが、日本コロムビアの新人紹介の新シリーズ『7 STARS』に登場。『LEO<箏>×CLASSIC』のタイトルで、バッハやジョン・ケージ、宮城道雄、伊福部昭らの楽曲を演奏する。箏に魅せられた理由、そして今回のコンサートに向けての意気込みを訊いた。
――箏との出会いからおうかがいできますか。
僕はインターナショナルスクールに通っていたのですが、9歳のとき、音楽の授業で箏が全員必修だったんです。みんなで練習をして近所の神社で発表会をしたり、上手い子はソロで弾かせてもらえて。負けず嫌いな性格なので、ソロに選ばれたい気という持ちもあり、始めた当初から一生懸命練習していました。小学6年生から中学3年生の頃まで、広島県福山市で行なわれている『全国小・中学校箏曲コンクール』に毎年参加し、賞をいただいていました。
僕の中で大きな転機になったのが、中学2年生のとき、後の師匠となる沢井一恵先生のレッスンを受けたことです。先生のレッスンを受けて音楽の深さに目覚め、コンクールが終わった翌年から師事するようになりました。14歳のときに『全国小・中学校箏曲コンクール』でグランプリをいただき、その2年後、大人も出場する『くまもと全国邦楽コンクール』で優勝することができました。コンクールの審査員に日本コロムビアのプロデューサーさんも来ていて、そこからデビューのお話をいただきました。
15歳くらいの頃に、将来について家族と話し合い、そのとき既に僕はお箏でプロになりたい、と思っていたのですが、僕の家族には音楽家は誰もいないですし、最初は反対されました。僕の祖父はブライダル関係の会社を一代で立ち上げたビジネスマンなのですが、祖父自身が若かりし頃にバンドで挫折したという経験もあり、音楽の道に進むことに最初は賛成してもらえなかったんです。なので、まずは東京藝術大学を目指すことだけは認めてもらい、大学卒業までに音楽で食べていける見込みが立たなかければ音楽は辞めて、家の仕事を継ぐように、と言われていました。そんな約束の元、藝大に入学しましたが、そもそもこの業界で大学を卒業してすぐに音楽家として食べていけるということはめったになく、当時の自分はその厳しさをちゃんとわかっていなかったのでしょうけど……。2018年に『情熱大陸』に出たことをきっかけに、メディアに出演する機会も増え、また、色々なお仕事も頂けるようになり、家族からも応援してもらえるようになりました。
僕は、初めてふれた楽器がお箏なのですが、お箏に出会うまでは自分が音楽にそこまでのめり込むとは思っていませんでした。家族はマイケル・ジャクソンのファンクラブに入っていたり、祖父はビートルズが大好きですが、家族から音楽的に影響を受けたということはあまりないように思います。
――9歳のLEOさんの心を、箏はなぜそんなにもとらえたのでしょうか。
僕はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフで、両親が若くして離婚し、母の再婚相手が日本人で、そういった家庭環境から、自分のアイデンティティについて考えることが幼いときから多かったんですね。自分の日本人的な要素やアイデンティティを表現する上で、お箏という楽器が非常にしっくりきて。もともとシャイな性格だったので、お箏の少し内省的な表現といったものにも惹かれたんじゃないかと思います。
お箏の音色ってすごく儚いと思うんですね。弾いた音が減衰するのがとても速いですし、音量自体もヴァイオリンやピアノに比べたらあまり大きくない。そんな音量が小さくて、余韻が少ない楽器ですし、ちょっとガヤガヤしたところだったら下手したら聴こえないかもしれないのに、すごく余韻や響きに気を遣う。そういうところが好きですね。また、例えばショパンのような、音をたくさん連ねて演奏していくのではなく、余白を持ちながら、一つ一つの音にものすごく魂をこめて演奏するのも魅力的な点だと思います。
――さまざまな新たな試みもされていますが、箏にどんな可能性を感じていらっしゃいますか。
最近リリースしたアルバム『In A Landscape』ではクラシックの曲を中心に取り上げ、箏で西洋音楽をどのように表現するか、ということに力を入れたのですが、技術的、表現的にも新しい発見がありました。
例えば、今回バッハのヴァイオリン・パルティータを選曲したのですが、原曲のヴァイオリンとは違い、箏では音を持続させることができない。だからこそ、箏ならではの奏法を用いたり、装飾音を邦楽的な音型にする、といった表現を取り入れました。
ドビュッシーの『塔』(「版画」より)では、通常はお箏の曲には用いられないハーモニーが出てきますが、実際に演奏してみるとお箏の倍音と合わさり、美しい響きになると感じました。あと、三連符と二連符でわざとリズムをずらしたような音型が出てくるのですが、お箏で弾くと、西洋的なズレの感覚とは違う、まるで意図せずそうなってしまったかのような自然さがあり、それが逆にお箏らしい響きに聴こえたり。また、ライヒでは、あえてお箏らしさをすべて取り払って演奏した結果、逆に新鮮に聴こえる、といったこともありました。
西洋・クラシック音楽と日本の音楽との間には様々な違いがありますが、クラシックの音楽には制御された美しさといいますか、人間がコントロールしている美しさを持つ一方で、日本の音楽は自然そのものの美しさをすごく大事にしている、という違いがあるように感じます。その両方に共感できる要素がありますし、根底にある感性の違いを活かしてアプローチすることによって、聴き手の側にも新しい発見があるのではないかと思っています。今回のアルバムには聴き馴染みのある曲も多いと思いますし、日本人的な感性は誰しもが持っているものなので、シンパシーのようなものを感じてもらえたら嬉しいです。
――そのあたり、ご自身のアイデンティティ探究のお話ともつながる気がします。
僕はクラシックの楽曲を弾くときには、単に直観や西洋的なアプローチだけではなく、日本的なアプローチを理解した上で崩して取り組むように心がけています。僕が日本の文化を勉強するようになったのは大学入学後ですが、大学では、演奏面だけではなく、礼儀作法や人との接し方、先輩や先生を敬う気持ち、生活面、見た目などといったところから教えていただきました。やはり、音楽には自分自身の人間性がにじみ出るものなのですごく勉強になりましたね。真摯に向き合って、音楽を尊敬して、作曲された曲を尊敬して、すべてを読み解こうと取り組む姿勢など、大学での4年間がすごく大きかったです。
――今回のコンサートへの意気込みをお聞かせください。
アルバムでも表現しているテーマを生の演奏でお届けできたらと思っています。西洋的、日本的、双方の美しさを表現できればと。自然にクラシック音楽に聴こえる場面もあれば、クラシックの曲なのにすごく日本的に聴こえる瞬間もあると思います。
プログラムではジョン・ケージの曲も取り上げていますが、ケージは、「自然に鳴る音すべてが音楽だ」という視点を持っていて、意図しないものもすべて美しいとする。それは日本的、アジア的な芸術への考え方とリンクすると思っていて。なので、ケージの音楽をお箏で演奏することはすごく意味があると考えているんです。今回演奏する『In a Landscape』はとても美しい曲ですが、「意図しない部分」という点にも注目頂くと、一層おもしろく聴いていただけるのではないかと思います。
また、今回伊福部昭の『日本組曲』からも選曲しています。最近僕は、西洋的な考え方と、日本の音楽や魂といった要素を、融合というよりも、どのように共存させればよいか?ということを考えていて、その上でもこの曲に共感しているんです。楽曲には『盆踊り』や『ねぶた』『七夕』といったタイトルがついていますが、日本のお祭り的なリズムがあって、メロディが繰り返されてだんだんボルテージが上がっていく、しかし同時に西洋的なアプローチも盛り込まれていて、自分の考えを表現するのにぴったりな楽曲だなと思っています。
そして、沢井忠夫先生作曲の『楽』は、僕が箏を始めてからずっと弾いていて、死ぬまで弾き続ける大事なレパートリーだと思っています。忠夫先生は、作曲家たちにたくさん曲を委嘱して、現代邦楽ブームを作った一人ですが、忠夫先生自身が作曲したこの曲も、お箏で弾くとすごく説得力のある楽曲なんです。箏曲家が作曲しているので、すごく楽器が鳴るように考えられていて、迫力もありますし、お箏の曲としても非常に重要なレパートリーであり、思い入れの強い曲ですね。
――今後、どのように箏の魅力を広めていきたいですか。
コロナ禍をきっかけにYouTubeを始めたのですが、古典や箏曲以外にもジャズなど、ジャンルを超えて様々な曲を演奏しているので、箏に触れて頂く入口になったらいいなと思っています。今回のコンサートでクラシックを取り上げるのも、多くの人が知っている曲を弾くことによって、今まで箏の音楽を聴いたことがない方にも、演奏を聴いてもらうきっかけを作りたい、という思いがあるんです。僕自身、ジャンルの隔たりなく色んな音楽を聴くのが大好きなので、これからももっと新たなジャンルの曲に挑戦していきたいと考えていますし、その中から、興味のあるものを、ぜひ生で聴いていただければと思っています。
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=荒川潤
公演情報
【会場】王子ホール
【予定曲】
ダウランド:涙のパヴァーヌ
八橋検校:みだれ
沢井忠夫:楽
ほか
※内容は変更になる可能性がございます。