六甲山で現代アートを堪能できる『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』が今年も開幕、SPICE編集部の心に風を吹かせた作品10選
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』 撮影=高村直希
秋の六甲山を舞台に、現代アートと非日常を味わえるイベント『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』が、今年も9月11日(土)から11月23日(火・祝)まで開催中だ。12年目の今回は、六甲山エリアの12会場とサテライト会場の有馬温泉エリアに全34組のアーティストの作品が展示されている。今年は六甲オルゴールミュージアムのリニューアルオープンや、旧六甲山カンツリーハウスにあった「旧パルナッソスの休憩小屋」が展示会場に加わり、装いも新たな六甲山の雰囲気が味わえる。また「六甲ミーツ・アート芸術散歩セレクション」として、過去の出展作品から3作品がJR三ノ宮駅前に特別展示中。一般公開に先がけて9月10日(木)に、プレス内覧会と各賞の授賞式が行われた。内覧会には、FM802 DJの土井コマキ(『EVENING TAP』(毎週水曜、木曜18:00〜21:00)『MIDNIGHT GARAGE』(毎週月曜24:00〜27:00))も初めてガイド役として同行。今年もSPICE編集部が独断と偏見で選んだオススメ作品10点を紹介しよう。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』「青い城」(河原雪花)
神様を生み出す人間の想像力を讃えるーー本濃研太「我々は神ではない」(グランドホテル六甲スカイヴィラ)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
グランドホテル六甲スカイヴィラのロビーには、本濃研太の「我々は神ではない」が展示されている。大迫力で鎮座するカラフルで不思議な立体物は、動物の形をしているもの、阿吽の狛犬のようなもの、トーテムポールのようにそびえ立つもの、前にも後ろにも顔がついたものなど、プリミティブでどこかコミカルな神様たち。大昔から人類は神様の形を想像してきた。その想像力の豊かさを讃えて作られた作品だ。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
素材は全て段ボールで、「折りにくく思い通りに造形するのが難しい素材だが、意のままにならない歪さが作品の味になっている」と高見澤清隆総合ディレクター兼キュレーター。FM802 DJの土井コマキは「色使いも綺麗で、この歪さがいろいろ訴えかけてきますね」と話していた。ぜひ隅々まで鑑賞して、異形の神様たちに出会ってほしい。
あなたはどんな言葉を選び、どんな話をしましたかーー穂波梅太郎「僕の話」(六甲高山植物園)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
六甲高山植物園を進むと、突如目の前に現れる大きな本たち。穂波梅太郎の「僕の話」は、コロナ禍で分断してしまった人との「コミュニケーション」をテーマに作られた作品だ。六甲山は昔禿山だったが、時間をかけて再生し、緑豊かな山になったことに着想を得た。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
縦に置かれた本の表紙を開くと中から立体造形が現れ、裏表紙には場面にちなんだテキストが書かれている。右側の本から順にストーリーが展開していくが、美しい絵画と直観的に訴えかけてくる緻密な立体物、そして鋭いテキスト表現には、心が反応する人も多いだろう。あなたはコロナ禍で何を思い、どう人とコミュニケーションをとったのか。ちなみに横置きの本には座ってもOKだ。自然豊かな植物園で、自分自身に問いかけてみてはいかがだろう。
母親の本音を、ブラックライトで照らし出せーーキリコ「mother’s murmur」(六甲高山植物園)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
ログハウス風のお土産ショップ「アルピコラ」の軒先に吊るされているのは、白い布製の幼稚園の通園グッズ。「mother’s murmur」には、3歳の娘の母親であるキリコの強烈なメッセージが込められている。「幼稚園の入園が決まると、お母さんはこれだけのものを手作りで用意してくださいと言われます。ミシンも持っていなかったし、手芸もやったことがなかったのに、皆がやらないといけない違和感。ミシンを買って、夜な夜な作る自分の心の葛藤や矛盾をテーマに作品を作りました」と語る。作品をよく観ると、「ひとりにして」「かたづかない」「I love you but……」といった言葉が蓄光糸で刺繍され、ブラックライトで照らすと「はんどめいど」という文字が浮かび上がる。「お母さんのシャドウワークに光を当てることで、実際はそこにあるけど見えていなかったことを浮き彫りにしたかった」とキリコ。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
壁側の作品は、日本に残る手作り信仰の歴史を遡りコラージュしたもの。こちらもブラックライトで照らすと、テキストが表れて読めるようになる。土井は「作品を観て「そうやねん!」と言ってる人たちが目に浮かびます」と一言。夜は作品の実力がより発揮される。ぜひ夜間開園も観ていただきたい。
ジェンダーを超えた感情を表現ーー松田美由紀「光彩」(森の音ミュージアム)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
昨年まで『六甲ミーツ・アート芸術散歩』会場の1つとしても親しまれていた六甲オルゴールミュージアムが、今年7月にROKKO森の音(ね)ミュージアムとしてリニューアルオープン。自動演奏楽器のコレクションは健在で、音に関わる環境の中でゆっくり過ごせる実験的施設になった。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
「SIKIガーデン〜音の散策路~」には、昨年出展されたアートユニットMATHRAXの作品で常設されている、撫でると優しい音色が聴こえる「木製の鳥」や、座ると自動的に学芸員作の番組が流れる「音のベンチ」複数人で協力して曲を奏でる「輪奏オルゴール」など、音にちなんだ野外展示を体験できる。ハンモックやチェアも設置されているので、アートを楽しみつつも、ゆっくりと過ごしてみてはいかがだろうか。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
そんな森の音ミュージアム本館のほとりにある池の周りをぐるりと取り囲むように、女優であり写真家でもある松田美由紀の「光彩」が展示されている。被写体は俳優・早乙女太一。「ジェンダーについて考える」というテーマで撮影された。大衆演劇のスターで、女方の着物を着た彼の写真が、モノクロとカラーでダイナミックに存在する。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
この美しい写真たちが、六甲の森の中でどのように見えるのか。そこで出会う眼差しは何をもたらすのか。わかる人は鑑賞者以外にいない。
ピアノを弾いて合唱をーー土谷享「ストリート・トイピアノ&六甲山トイトレッカー合唱団」(六甲有馬ロープウェー六甲山頂駅)
『六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2021』
六甲山と有馬温泉を結ぶ、六甲有馬ロープウェーの六甲山頂駅には、国籍も性別も様々な、トレッカー(旅行者)の格好をしたカラフルな人形が整列している。土谷享による「ストリート・トイピアノ&六甲山トイトレッカー合唱団」は、鑑賞者自身がトイピアノを奏でることで人形たちの合唱を聴くことができる、体験型の作品。
『六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2021』
土谷は世界で活躍するアーティストで、『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2010』以来11年ぶりの出展となる。スポーツやお祭りなどのモチーフを使い、鑑賞者を巻き込む作品作りが多い彼が、「カラオケに行けず、合唱もできない世の中で楽しめる作品はないか」と、六甲山の下見後に考えて生まれた最新作だそうだ。トレッカーたちをあなたの演奏で生き生きと輝かせてみよう。
摩耶山の廃墟と六甲山の歴史が融合ーーパルナソスの池「山々を泳ぐ方舟」(旧パルナッソスの休憩小屋)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
今年4月に六甲山アスレチックパークGREENIAに姿を変えた、旧六甲山カンツリーハウス内に立つ「旧パルナッソスの休憩小屋」では、淺井裕介・高山夏希・松井えり菜・村山悟郎の4人からなるアーティストグループ「パルナソスの池」の、廃墟を題材にした作品が展示されている。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
旧パルナッソスの休憩小屋は、80年前にゴルフ場のクラブハウスとして建設され、今なお建築当時の様相を残す。六甲山はこれまで、様々な文化圏や階層の人々に親しまれた山であり、富裕層の別荘地や、居留外国人が開発した歴史、進駐軍の施設だった歴史もある。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
4人は、六甲山に残る様々な廃墟を下見し、「廃墟の女王」と呼ばれる摩耶観光ホテルを作品化した。特別に許可をもらい、メンバーが廃墟の中に入り、約1ヶ月半をかけて制作をした作品の数々が、実際の廃墟のオブジェとともに展示されている。まるで廃墟の環境展示のようで、見応えたっぷりだ。また、4人とも画風が確立した絵描きで、1人が描いた上に他のメンバーが重ねて描くことで生まれる相乗効果も必見の価値あり。とにかく廃墟マニアには堪らない作品となっている。
胎内回帰する感覚ーー佐々きみ菜「はぐくみのみなもと」(六甲ガーデンテラスエリア 自然体感展望台 六甲枝垂れ)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
自然体感展望台六甲枝垂れの内部には、佐々きみ菜の「はぐくみのみなもと」が展示されている。六甲枝垂れの地下に下りる螺旋状の一本道が産道、内部が母の胎内のようだと感じたことから着想を得た作品。地下から上を見上げると、吹き抜けの天井に、レースでできた、赤く丸く美しい立体物が浮かんでいる。中心の風室の吹き抜けから広がる曼荼羅のような模様は少し傾斜をつけて作られているため、左右対称ではない。だがそれは展示状態を考慮して計算されたもの。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
昼間は空の抜け感と、水面や石に赤く写りこむレースの美しさを、夜はライトで照らされたレースの影が風で揺れる様子を楽しめる。不思議なあたたかさを感じながら、風・水・光・天候といった自然の素材が作品に及ぼす影響を観察してほしい。
工芸作品として繊細な美しさを放つ六甲山の植物たちーー岩谷雪子「みんな違う」(六甲山サイレンスリゾート)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
宝塚ホテルの別館として建てられた旧六甲山ホテルが、2019年、イタリア人の建築家ミケーレ・デ・ルッキによりリノベーションされた「六甲山サイレンスリゾート」。2階ギャラリーでは、『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2019』で公募大賞グランプリを受賞した岩谷雪子の作品「みんな違う」が展示されている。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
2年前は植物が駅舎の景観に馴染むように展示されていたが、今回は本人曰く「植物を工芸的に作ってみた」ということで、美術館に展示される工芸作品のように、植物の美しさや機能が際立つ立体造形として1点ずつショーケースにおさまったり、壁に掛けられたりしている。目を見張るほどの繊細さは言わずもがな。植物の愛らしさと逞しさに見とれること間違いなしだ。
風の教会との対話から生まれた映像作品ーー束芋「オクユク」(風の教会)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
建築家・安藤忠雄による「風の教会」では、招待アーティスト・束芋の映像作品「オクユク」が天井一面に展開され、空間全体がダイナミックなアート作品に仕上がっている。教会を肉体に見立てて描かれた天井画のアニメーションは、本展のために制作された貴重な作品。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
「天井画はその空間を延長する役割を持つ」との本人の言葉通り、天井から拡張した映像がこちら側へ迫力を伴って向かってくる。天井のシミや傷も作品の一部のようだ。一切の装飾がない風の教会だからこそ、より際立つ個性。映像を観ながら、自分の身体に湧き上がってきたものをじっくりと感じてみよう。
ファッション業界への問題提起ーー清水千晶「キオクノカナタへ」(天覧台/TENRAN CAFE)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
最後にオススメするのは、六甲ケーブル六甲山上駅の天覧台に展示されている、清水千晶の「キオクノカナタへ」。六甲山の様々な景色に溶け込んだ人物写真は、ポップでありながら、目にした瞬間、息を飲むほどの美しさと衝撃を与えてくれる。しかしながら作品に込められたのは、ファッションアーティストとして活動する彼女が、ファッション業界とそれにまつわる環境に投げかけた痛烈な問題提起。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
かつて必要とされていたが廃棄になった衣服やボタンなどの衣料廃棄物を集めて衣装を作り上げ、幾つもの工程を経て、数々のクリエイターと協力し完成させた。本作品は、公募大賞グランプリを獲得。TENRAN CAFEの中では、実際に撮影で使用された衣装や、作品制作の経緯がパネルや映像で観ることができる。ぜひロケ地も巡ってみてほしい。
総勢40名以上、3つのアーティストグループによる展示ーー「See Saw Seeds Distance ROKKO CHANG PONG」(六甲スカイヴィラ迎賓館)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
そしてぜひ観てほしいのが、「六甲スカイヴィラ迎賓館」に展開されている、神戸のアーティストグループ「C.A.P.(特定非営利活動法人 芸術と計画会議)」、フィンランドを拠点とする「Videokaffe」、ドイツの「Galerie Herold」による、総勢40名以上のプロジェクト。12のキーワードで展開され、作品数もかなり多いので、時間をたっぷり用意して鑑賞することをオススメする。
公募大賞グランプリは清水千晶「キオクノカナタへ」
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
内覧会の後は各賞の授賞式が行われた。公募大賞グランプリは、前述のとおり清水千晶の「キオクノカナタへ」。そして、記念碑台(兵庫県立六甲山ビジターセンター)に展示されている鐵羅佑の「かすむ」が準グランプリに選ばれた。グランプリはもちろん、準グランプリの躍動感のある鉄製の巨大オオサンショウウオも必見だ。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
高見澤総合ディレクターは、「全ての作品に共通しているのは、展示場所・展示エリアとの対話が非常に多くなされたこと。また工夫をこらし、感性を上手く取り入れて社会問題に言及した作品が散見される。こうしたことが本イベントの特徴と言ってもいいかもしれない」と述べ、「世界的にアーティストの作品発表が難しい状況が続いている。コミュニケーションの取り方や異質なものとの付き合い方も難しい時代に入ってきた。ただ、この混沌の中から新しい次の何かが生まれるのではという期待値もある。この取り組みが、新しい物差しの獲得、新しい価値との出会いを楽しめる、世の中の一助になればと思っている」と授賞式を締めくくった。
『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』
今年度の『六甲ミーツ・アート芸術散歩』は、世相を反映して生み出されたアーティストの内なる願いや叫びが濃縮された作品が多かった。分断が続く社会の中で、年齢・性別・国籍問わず多くの作家が参加する本展の意義や価値は非常に大きいと感じた。また、単純に六甲の自然で遭遇する現代アート作品の力強さに圧倒された。プレス内覧会のガイド役を務めた土井コマキが「自然や季節が変われば作品の見え方が変わる。光ひとつで違う世界を観せてくれるので、何度も足を運びたいなと思います」と述べていたように、2度3度と時間帯や季節を変えて訪れてほしい。『六甲ミーツ・アート芸術散歩 2021』は11月23日(火・祝)まで開催される。10月16日(土)からは『ザ・ナイトミュージアム〜夜の芸術散歩〜』もスタート。イベントや展示状況はHPをチェックしよう。
取材・文=ERI KUBOTA 撮影=高村直希
イベント情報
『六甲ミーツ・アート芸術散歩』は、六甲山上の観光施設を主な会場としています。オープンエアで六甲山の自然とアート作品を楽しみながら、各施設それぞれの魅力もお楽しみいただけます。各会場は、六甲山上バス(路線バス:有料)の他、徒歩での移動も可能です。