劇団新派の魅力が詰まった『小梅と一重』と『太夫さん』が新橋演舞場で開幕! 花柳章太郎 追悼『十月新派特別公演』観劇レポート

レポート
舞台
2021.10.3
『太夫さん』(前列左から二人目より)喜美太夫=藤山直美、おえい=波乃久里子、善助=田村亮、長治=河合雪之丞

『太夫さん』(前列左から二人目より)喜美太夫=藤山直美、おえい=波乃久里子、善助=田村亮、長治=河合雪之丞

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2021年10月2日(土)、新橋演舞場で花柳章太郎 追悼『十月新派特別公演』が開幕した。花柳は、大正から昭和にかけて活躍した新派の名女方だ。そんな花柳と縁のある、『小梅と一重』と『太夫さん』が上演される。出演は、水谷八重子、波乃久里子、喜多村緑郎、河合雪之丞、そして客演に藤山直美、田村亮を迎える。水谷は82歳にして初役である『小梅と一重』に挑み、波乃と藤山が新橋演舞場で『太夫さん』で共演するのは約24年ぶり、田村は35年ぶりの新派公演出演だ。

■女優・水谷と新派の女方・河合の競演『小梅と一重』

『小梅と一重』の舞台は、芝居茶屋の二階座敷。押隈が飾られ、役者絵があしらわれた衝立があり、窓の外には、のぼりが並び立ち、雪が散らついている。

假名屋小梅(河合)は、新橋で人気の一流芸者だ。小梅は、門閥外の歌舞伎役者・澤村銀之助(喜多村緑郎。代役は喜多村一郎)と深い仲であり、銀之助の出世を派手にバックアップしてきた。しかし、銀之助はそれを素直に喜べない。小梅が、見栄のために自分をおもちゃにしていると感じはじめていたからだ。そんな折に銀之助は、新富町の下っ端芸者・蝶次(瀬戸摩純)と出会い、可愛がるようになる。銀之助と蝶次の仲を良く思わない、銀之助の番頭・兼吉(田口守)は蝶次に冷たく当たる。芝居茶屋の座敷で思いつめる蝶次。その様子を見て、足を止めたのが、一中節の師匠・一重(水谷)だった……。

『小梅と一重』(左から)兼吉=田口守、おかね=伊藤みどり、蝶次=瀬戸摩純、宇治一重=水谷八重子、澤村銀之助=喜多村一郎

『小梅と一重』(左から)兼吉=田口守、おかね=伊藤みどり、蝶次=瀬戸摩純、宇治一重=水谷八重子、澤村銀之助=喜多村一郎

『小梅と一重』は、大正8年初演の舞台『假名屋小梅』の1場面にあたる。タイトルロールの小梅は、明治期に実際に起こった殺人事件の犯人、花井うめがモデルとなっている。お酒に酔うと手が付けられない暴れよう。見どころは、そんな小梅と一重が相対するシーンだ。女優と女方が対峙するという意味でも、新派の魅力が詰まった一幕。

『小梅と一重』宇治一重=水谷八重子

『小梅と一重』宇治一重=水谷八重子

水谷は、一重を大きく深く勤める。ちょっとのことでは動じないが、蝶次や小梅との掛け合いから、決して鈍感なわけではないことが伝わってくる。河合の小梅は、茶屋の人々を蹴散らかして、派手に登場。邦楽の演奏が効果的に盛り上げる。その乱れっぷりにもかかわらず、姿が見えた瞬間の美しさと華やかさが、演舞場の客席を圧倒してワッと拍手がわいた。

『小梅と一重』假名屋小梅=河合雪之丞

『小梅と一重』假名屋小梅=河合雪之丞

衝立越しに小梅の腕を掴む一重、赤い襦袢の袖で涙をおさえる小梅など、1カット1カットが美しい絵となり、記憶に残る。一重の説得が小梅の心をとかしはじめ、小梅がただの酒乱、ただの派手好きというだけではないことが滲み出てきたところで幕となる。『仮名屋小梅』を全段通してみられる機会が待ち遠しい。

『小梅と一重』(左から)宇治一重=水谷八重子、假名屋小梅=河合雪之丞

『小梅と一重』(左から)宇治一重=水谷八重子、假名屋小梅=河合雪之丞

なお、喜多村は腹痛症状があったため初日を休演し、銀次郎の代役を勤めた一郎は、滞りなくドラマを繋いでいだ。緑郎に発熱症状はなく、新型コロナウイルスのPCR検査も陰性の結果であったことが報じられている。復帰の日程は決まり次第発表される。

■波乃と藤山が動乱の時代を描く『太夫さん』

続く演目は、『太夫さん』。北條秀司が花柳のために書き下ろし、昭和30年に初演された名作だ。舞台は、戦後間もない昭和23年の京都・島原遊郭。タイトルの「こったいさん」という響きに、はんなりとした作品を想像しそうになるが、男たちが猛々しく歌う労働歌をオーバーチュアに幕が開く。そこは宝永楼の台所。華やかな世界のバックヤードだ。外でストライキがはじまったことを、仲居や芸者たちが噂する。おえい(波乃)は、老舗の妓楼、宝永楼の女将だ。その日は、玉袖太夫(春本由香)が皆にある提案をする。おえいが、これに困り果てているところに、太夫志望の娘・おきみ(藤山)が連れられてくる。輪違屋の善助(田村)にも背中を押され、おえいは、おきみを引き取るのだが……。

『太夫さん』(左から)善助=田村亮、おえい=波乃久里子

『太夫さん』(左から)善助=田村亮、おえい=波乃久里子

宝永楼の朝は、せわしない。芸者や仲居が掃除をし、うろうろしながら歯磨きをし、芸者が首だけに白粉を残して客を見送るなどする。新鮮な光景で、人間味に溢れている。舞台美術は、宝永楼の歴史を感じさせる極めてリアルな設え。その舞台に立つ俳優たちも、新派が受け継いできた息づかいでそこに馴染み、世界を作る。仲居や芸者の会話が、あまりにも生き生きとしていたからだろう。舞台上の会話に混ざり、客席で思わず相槌を打つお客さんもいた。俳優の層の厚さを感じた。

『太夫さん』喜美太夫=藤山直美

『太夫さん』喜美太夫=藤山直美

おきみは、お世辞にも物覚えがいいとは言えない。しかし憎めない真っ直ぐな人柄を、藤山が体現する。歩き方ひとつ、荷物を抱える動きひとつにもコミカルな味があり、わんわんと泣く姿は観る者の泣き笑いを誘う。波乃のおえいは、厳しくも愛情深く接する。塩をまく姿さえ、美しく格好良かった。

おえいと善助の2人の夜は、「珠玉」と形容するにふさわしい。大きな劇場の大きな舞台で、わずかなで灯りのもとで語りあう。温かい会話に、火鉢の温かさが伝わってくるほど引き込まれた。後半には雪之丞も芸者役で登場し、華を添える。出演した全員が、息をあわせ一体となり……というものではなく、個々の息づかいでそこに生き、調和を感じさせた。その中心に、たしかに波乃の、おえいがいた。

『太夫さん』おえい=波乃久里子

『太夫さん』おえい=波乃久里子

水谷が勤める『小梅と一重』の一重、波乃が勤める『太夫さん』のおえい。個性は異なるが、2人の女性には人生の酸いも甘いも噛み分けてきたであろう、しなやかな強さと、愛情深さが感じられる。『十月新派特別公演』は、2021年10月2日(土)から25日(月)までの上演。

取材・文=塚田史香

公演情報

花柳章太郎 追悼『十月新派特別公演』
 
■日程:日程 2021年10月2日(土)初日~25日(月)千穐楽
■会場:新橋演舞場
 
■一、小梅と一重
原作 : 伊原青々園
脚色 : 真山青果
演出 : 成瀬芳一
 
出演
宇治一重:水谷八重子
澤村銀之助:喜多村緑郎
假名屋小梅:河合雪之丞
 
■二、太夫さん
作 : 北條秀司
演出 : 大場正昭

出演
おえい:波乃久里子
善助:田村亮
喜美太夫:藤山直美
 
 
※喜多村緑郎の休演に伴い、『小梅と一重』澤村銀之助役を喜多村一郎、『太夫さん』島原会旦那 岡野役を田口守がつとめる。詳しくは公式サイトで
 
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