プリエールプロデュース『サンセットメン』──プロデューサーの有本佳子と作・演出の桑原裕子、俳優の川野太郎に聞く

インタビュー
舞台
2022.7.15
プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)左から、桑原裕子、有本佳子、川野太郎

プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)左から、桑原裕子、有本佳子、川野太郎


今年で20周年を迎えるプリエールの新作は、中年のおじさんたちにスポットを当てた『サンセットメン』。この作品は2年前に上演する予定だったが、緊急事態宣言で中止を余儀なくされた。それから2年後、現在、より充実した舞台に向けて準備をしているプロデューサーの有本佳子と、作・演出を手がける桑原裕子、俳優の川野太郎に話を聞いた。
 

■中年のおじさんたちの物語

──まずはじめに、プリエール20周年おめでとうございます。『サンセットメン』には60歳前後のおじさんが3人登場しますが、これはどなたの発案ですか。

有本 ありがとうございます。徐々にプランが変わっていったので、結果的には完全にオリジナルなんですけど、最初に思いついたのは、純烈さんというグループが、まだ、いまほどヒットしていないころからワイドショーで取りあげられているのを見たことがきっかけです。

 戦隊物のヒーローとして、一度はブレイクしたけれど、代替わりで次々に新しい人たちが出てくるから、活躍の場がなくなってしまう。そういう人たちが声をかけあって集まり、しかも、ムード歌謡コーラスグループを作ってがんばっている。そして、少しずつ人気が出てきているというトピックスを見て、面白い発想だなと思いました。

 後に紅白出場を果たされるなど、そのサクセスストーリーというか、一回、ちょっとがっかりしてからもまた輝くことができるように、知恵とアイデアでがんばる中年の人たちが、すごく面白かった。

 ピークを過ぎたというと変ですけど、そういう状況からさらにもう一回がんばっていく。再生していく。人は考えかたひとつで変われるというのは、テーマとしてすごく好きだったので、純烈さんに惹かれるところがありました。

 そことはぜんぜん別に、新しいお芝居を作りたい、ワクワクするものを作りたいと思って、桑原さんと新作について打ち合わせしたときに、「いま、純烈さんに興味があるんです」と話したところ、「ああ、面白いですね」と言ってくださったところから、だんだんこうなってきた感じはあります。

──はじめに純烈の話を聞いたときはどうでしたか。

桑原 2年前の、さらに2年前ぐらいのことです。最初にお話をいただいたときは、わたしは純烈さんのことをお名前しか存じあげなかったんですけど、何かを再生していこうとする男たちという設定にすごく惹かれたところがあって。

 昔の映画『フル・モンティ』のなかで、工場地帯の職を失ったおじさんたちが、もう一回、街を活性化させようとしてストリップショーを開くこととか、あと『マジック・マイク』という男性ストリッパーたちを描いた映画もあるんですけど、そこに紐づけたというか。「まだまだいけるんじゃないか、おれたち」と思っている人たちが、もう一度輝く物語をやりたいという気持ちはありました。

プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)のチラシ。

プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)のチラシ。


 

■同世代を生きる人たちへの励ましとして

──かつて地元で人気を博し、上京してさらに有名になるものの、その後、ヒット曲も続かずに戻ってくる歌手の話ですが、川野さんは同世代として、台本を読んで、どんな感想を持たれましたか。

川野 芸能界という厳しいところで長年やっていくのはいろいろある……山あり谷ありの世界だと思うんです。だから、自分にもやっぱりリンクするところがある。世の中的に言うと、同級生たちは定年退職が間近になっていたり、そろそろ人生も終焉に向かうのかなみたいな感じがあるんですけれども、いまは医学も発達してきてるし、人生100年時代とも言われてるしね。

 若いころに比べて、自分も体力が落ちてきてるし、そろそろ落ち着く役なのかなと思うところもあるんですけど、いいや、まだまだ挑戦してもいいんじゃないかなと。また、同じ年代で同じようなことを思っている方がいらっしゃるでしょうから、その人たちが自分も重ねて元気になるような、まだまだこれからだよという感じで読んでいきました。

──還暦は干支がひとめぐりして始まりに戻るわけですが、最後まで台本を読むと、また赤ちゃんから出発できるんじゃないかと思えるくらい、励ましをもらえる舞台になっています。

川野 そうですか。ありがとうございます。

プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)俳優・川野太郎。

プリエールプロデュース『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)俳優・川野太郎。


 

■コロナ禍から生まれたアイデア

──それに加えて『サンセットメン』が面白かったのは、なんらかの事情で時間が一日でループするようになってしまい、何日もくり返すことです。実際には人生は一回しか経験できないのに、『サンセットメン』の舞台になるキャバレー落暉館では、何度もトライできるでしょう? しかも、トライするたびに、人生にはいろんな道筋があって、考えかたをほんの少し変えるだけで、偶然も作用して、別の結末にたどり着くことができる。そのように豊かに過ごすことができる可能性が、ここにはいくつもあると思うんですよ。

桑原 うれしいです。

──さらに、時間のループにトライするのはおじさんたちだから、失敗のバリエーションをいっぱい持っている。失敗した経験がたくさんある人ほど、同じ轍さえ踏まなければ、より豊かなゴールに向かうことができるという励ましのような気がしました。

桑原 このくり返すという要素は、2年前の『サンセットメン』にはまったくなかったんです。何かを立て直す、再生していく男たちという設定自体はあったんですけれども、同じ日をくり返すという要素はなくて。

 2年前にコロナでできなくなったときに、すごく残念だったんですけど、一方で仕方がないという気持ちはありました。社会全体が混乱していたし、落ち込んでいたので、わたし自身もこの状況のなか、どうやってコメディをやればいいかわからないという感じでした。

 それから2年のあいだ、ずっとわたしたちはコロナ禍で自粛していて、ようやく少しずつ外に出られるようになりました。とはいえ、そのあいだも、緊急事態宣言です、外に出られるようになりました、また緊急事態宣言だから自粛してください……ということを何度もくり返したじゃないですか。それはいまも続いています。

 だからこそ、そのことを、ちょっとでもプラスに考えられないかなという気持ちはあったんですよね。鬱屈して、同じことをくり返している、閉じ込められている感覚があるいまだからこそ、昨日より今日をよい日にしよう、豊かな今日を生きようという……昨日より、もっと挑戦する今日を生きようと、同じ一日をくり返しながら登場人物たちが学んでいくし、感じていく。わたしたちのなかでも鬱屈した日常から飛びだすようなものにできたらいいなと。

──マスクをして自粛することのくり返しが、この作品に前向きに投影されている?

桑原 それはあると思います。この時期じゃなかったら、くり返す話にはなっていなかったと思うんですね。

プリエールプロデュース『サンセットメン』作・演出を手掛ける桑原裕子。

プリエールプロデュース『サンセットメン』作・演出を手掛ける桑原裕子。


 

■自分次第で世界が変わる

──同じ一日をくり返し演じることで、次第に見通しがよくなってきたりとか、変化はあるでしょうか。1度目の朝、2度目の朝、8度目の朝……とくり返しておこなうのは、どんな感じですか。

川野 やっぱり、自分次第で変わるのかなという感じがあります。世の中は人と世界で成り立っているんですけど、自分の心が変わることによって相手の出かたも変わってくる。そういう楽しみみたいなもの、学びみたいなものはありますね。だから、もしかすると自分次第でどうにでもなるのかなと。

──世界が変わっていく?

川野 世界が変わるし、相手も変わる。

──それはバタフライ効果のようですね。チョウの羽ばたきで生じた空気の動きが、「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいに、次の局面に影響を与えていくうちに、まったく別の結果になるといった考えかたにもつながっています。

川野 だから、世の中も、ひょっとして自分の思いとか心持ちによって、ぜんぜん変わるのかなと。ここだけじゃなくて、世の中全体も変わるのかなという感じにも思えますよね。

──舞台になったキャバレー落暉館だけではなく、この街とか、あるいは、もっと大きく言っちゃうと日本そのものが変わるかもしれない、元気になれるかもしれない。そのぐらいの可能性を秘めた作品ですね。

 

■諦めてしまった人たちに声をかけたい

──アル☆カンパニーに書き下ろされた『荒れ野』にも、ちょっとくたびれたおじさんが登場していましたね。

桑原 あれは特にくたびれた……(笑)

──たしかに、くたびれていましたが、そのなかには桑原さんしか見つけられない魅力がいくつも描かれていました。

有本 桑原さん、そういう人たち、好きですよね。

桑原 そうですかね(笑)。

有本 すっごい愛を感じます。

桑原 自分自身にそういう要素があるからだと思うんです。もし演劇をしていなかったら、わたしは子供のころから自分自身をいろんな人に見過ごされていくタイプじゃないかと思って生きてきたんですよ。ひとりっ子で、常に「わたしを見て、わたしと遊んで」といろんな人に言ってないと、おみそにされる子供だったので、つい共感しちゃう感じはあるんですよね。

──3人のおじさんたち。モロ師岡さんが演じる日向久一郎、川野太郎さんが演じる日向光太郎の兄弟、そしてデビット伊東さんが演じる初島竜也……

桑原 そうですね。たとえば光太郎さんも、空(から)元気で生きていますけれども、社会から無視されはじめて、ちょっと危機感というか、寂しさみたいなものを感じています。そういった寂しさにどうやって自分を慣らしていこうかとがんばってる人なんですけど、慣らすのはそこじゃなくて、がんばるのはそこじゃなくて、「あなたはもっと輝けるんだよ」と思ってほしくて。それはわたしも誰かにそう言ってほしいのかもしれません。

 だから、「このままでいいんだ、自分は」と思ってる人に、「わたしがあなたを見つけるから、あなたもあなたを見つけて」と言いたいです。

 ここに登場する人たちは、さっきの3人に限らず、実は割とみんな、いろんなことを諦めてる人たちなんですよ。マネージャーをやってる田野辺君(山口森広)も歌手になるのを諦めてたり、若い従業員の海太君(三津谷亮)もバンドを諦めてたり。なにかを諦めることを肯定的にとらえて、前に進んでいこうとする人もいれば、割り切ったふりをしてごまかしてる人もいて。

 だからといって「なにもかも諦めるな」と言いたいわけじゃなくて、それがどんな道であれ「進みたい」と思ってる人に、ささやかな追い風を送るようなお話にしたいと思いました。

 

■太陽は沈むときがいちばんまぶしい

──もうひとつ面白かったのが、ある人にとってなんでもない時間が、別の人にとってはかけがえのない時間で、後々まで残る記憶になっていくこと。たとえば、20年前にキャバレー落暉館で聴いたある歌は、当時は受験生だった円美(松村泰一郎)にとっては宝物のような体験として記憶の引き出しにしまわれている。その時間が、再び同じ場所で開花するといったように、時間と時間が予期しないかたちでつながり、新たにドラマを生んでいく。

桑原 分岐があるアドベンチャーゲームが好きだから、その人の選択によって運命が変わっていく物語が好きなのかもしれないですね。この選択を選んだらバッドエンド、この選択を選んだら次の面に行けるといったように。

──中年の3人だけがどうして時間のループに入っているのか、その理由はわからない。どうして3人だけが特定の1日をくり返すのか。

桑原 わたしのなかでは、そこはすごく考えました。まだまだ終わりたくないという人もいれば、時の移ろいで何かが変わってしまうのが怖いから、いまの場所に留まっていたいという人、これまでの人生に未練を残している人……

──そういえば、「強力な未練」という台詞がありました。

桑原 そうです。だから、もしかしたら、山本芳樹さんが演じる梶さんという役は、ずっと前から、ファンタジーではなく、リアルにループしてたキャラクターじゃないかと思ってるんですよね。

──自分でも気づかないうちに……

桑原 そうそう。20年前から未練を残して……

──自覚しないまま、毎日ループしていた。

桑原 梶という役は、長年、キャバレーで寡黙な従業員として変わり映えしない日を淡々とくり返してきた人なんですが、実は胸の内に強烈な未練を秘めていて、そういった彼の「念」みたいなものも「思い入れの深いキャバレーが終わる日」に作用しているのかもしれない。

──なるほど。毎朝、梶はガンガンガンと音を立ててみんなを起こしているくせに、自分は同じ時間をくり返していることに無自覚のままでいる。そこから無意識のうちに抜けだしたいと思って、全員を起こしているのかもしれません。

桑原 表面上はスピーディなコメディになると思うんですけど、演じるわたしたち、作っているわたしたちのなかでは、上辺の部分の「歌って笑って楽しかった」だけではなく、深層部分にある人生の悲哀も、とらえてやっていきたいという思いはすごくあります。

──川野さんがおっしゃったように、気持ち次第で、本当に未来が変わっていく。体験もがらりと変わる感じがしますね。

川野 だから、やっぱり、これでもういいやと思えば、そういう結果になるだろうし、いや、もっとと思えば、もっとになるだろうし。それによって人との関わりが変わってくるし、相手の対応も変わってくる感じがありますね。

 で、光太郎もそうかもしれないけど、人目を気にして生きているところがどこかにあって、「そうじゃないんだよ」ということにだんだん目が覚めていく。「あなた、自分だよ。いま輝きなさいよ」みたいに、自分がいまをどう生きるかについても、シーンをくり返しやることによって、相手も変わってくるといった面白さがあると思います。

──中年の人たち、夕陽の人たちだからこそ、最も大きな太陽を見せてもらえるという感じ。

有本 太陽は沈む直前がいちばんまぶしいですから。

──いちばんでっかい太陽みたいなものを感じさせてくれる舞台になりそうですね。

桑原 2時間見終わった後に、その背中を追っかけたくなる男たちになっていたらいいなと。わたしたちが憧れる男たちになって終わってほしい。(川野に向かって笑顔で)ふふふ、プレッシャーかけてる。

川野 そうですね。本当にそうなれば……

桑原 まぶしいな、かっこいいなと若い世代が思って終われたらいいですね。

プリエール公演『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)左から、モロ師岡、川野太郎、デビット伊東。

プリエール公演『サンセットメン』(桑原裕子作・演出)左から、モロ師岡、川野太郎、デビット伊東。


 

■劇中の歌に込められたメッセージ

──劇の見どころについて、言い残したことがあったら聞かせてください。

桑原 劇中の歌にもぜひ注目していただきたいですね。『荒れ野』で俳優として出てくださっていた中尾諭介さんが、オリジナルの曲を提供してくださっています。演者が心のなかで思っていても、台詞として言わない部分を歌にして反映されていますので、そこからもすごく力をもらっている感じがします。

 劇中では多くを語らず、逆に歌で見せられたり、伝えられることがある。だから今回は、歌といっしょにやる意味があるんじゃないかと思うんです。ただ歌謡曲やフォークソングを披露するというだけではなく、歌詞に役の心情や物語がリンクしている部分もあると思うので、注目していただけたらと思います。

川野 2年延期になり、その間に世のなかもだいぶ変わったし、閉塞感を持っている方もたくさんいらっしゃると思うんです。元気を失ったり、いろいろあると思いますけど、そういう方に見ていただいて、元気になって帰っていただきたい。そういう舞台にはしたいと思います。がんばります。

桑原 がんばりましょう。

取材・文/野中広樹

公演情報

プリエールプロデュース『サンセットメン』
 
■日程:2022年7月16日(土)〜24日(日)
■会場:東京芸術劇場シアターウエスト
■作・演出:桑原裕子
■出演:川野太郎、モロ師岡、デビット伊東、岩橋道子(ラッパ屋)、山野海(ふくふくや)、山本芳樹(StudioLife)、三津谷亮、小飯塚貴世江(キヨエコーポレーション)、山口森広(ONEOR8)、松村泰一郎
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