松本幸四郎×中村七之助、1月歌舞伎座取材会レポート~心中からはじまる物語『十六夜清心』で僧と遊女の恋を美しく描く
(左から)中村七之助、松本幸四郎
歌舞伎座の1月公演『壽 初春大歌舞伎』の第三部で、『花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)』、通称『十六夜清心(いざよいせいしん)』が上演される。清心役に松本幸四郎、十六夜役に中村七之助。ともに初役だ。
「心中からはじまるお芝居は珍しいです。前半の美しさと、そこから変わる爽快さ。そこをお見せできるようつとめたい」と幸四郎。七之助は「今までご縁がなく、(若衆役の)求女でも出たことがございません。清元の名曲もあり、とても良いお芝居です。今回はあまり上演されない場(面)もかかりますので、皆様に楽しんでいただければ」と語る。
歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」『十六夜清心』告知映像
お正月に心中の芝居を観るのはちょっと、と思う方もいるかもしれない。しかし今回は、通し狂言として、心中の後の物語も描かれる。その見どころ、役への意気込みを、幸四郎と七之助が取材会で語った。
■清心と十六夜、心中からはじまる物語
1859(安政6)年2月初演。所化の清心は仏につかえる身でありながら、遊女十六夜と深い関係になり、寺を追放される。心を入れ替えて再起の旅に出ようとするが、稲瀬川で、廓から抜け出してきた十六夜と出会ってしまう。十六夜は、お腹に清心の子どもがいて、廓に戻るわけにもいかず、死ぬしかないという。そんな十六夜を見殺しにできない清心は、心中を決意するが……。
『十六夜清心』左より、十六夜=中村七之助、清心=松本幸四郎 撮影:永石勝
幸四郎は片岡仁左衛門から、七之助は坂東玉三郎から、それぞれの役を教わっている。序幕「稲瀬川百本杭の場」の前半、心中に至るまでを、二人は清元の名曲とともに美しく立ち上げる。
幸四郎「音楽的にも視覚的にも美しいお芝居です。仁左衛門のおじさまから、前半が踊りになってはいけない、と教わりました。芝居の流れの中で、その形になることが大切なのだそうです」
七之助「玉三郎のおじさまも、まさに同じことをおっしゃっていました。音楽にのって展開していく中でも、そこに心がなくてはいけません。前半では清元をよく聞き、よく使うように。(踊りの)振りにならないよう、なにげなくきちんと。そこに情緒が出る、とうかがいました」
清心と十六夜の心中は失敗に終わり、十六夜は俳諧師白蓮に助けられる。清心は、自力で岸にたどり着く。さらに清心は、ひょんなことから人を殺めてしまう。罪の意識から、再び自らの命を捨てようとするが……。近年は、ここまでの上演が多かった。しかし今回は、その続きも描かれる。美しい序幕からは想像もつかない、ゆすり場も。
幸四郎「(死のうと思った)清心は、しかし待てよ、と心変わりをし、その後は同じ役でもガラっと変わります。その演じ分けがやっていて気持ちのいいところ、なのだそうです。お客様にも、そこを楽しんでいただけるようつとめたいです」
■没後130年、河竹黙阿弥の作品
作者は、幕末から明治にかけて活躍した河竹黙阿弥。2023年に、没後130年をむかえる。黙阿弥作品ならではの難しさとは。
幸四郎「七五調と言われる修飾の多い台詞を、いかにその人の生きている言葉として言えるか。覚えて言うだけではドラマになりません。そのバランスを踏まえ、どれだけ音楽としてお届けできるか。むずかしいですよね」
撮影時は「口は閉じても歯はあわせないよう意識した」と幸四郎。理由は「顔がほっそり見えるように」。 『十六夜清心』清心=松本幸四郎(撮影:永石勝)
七之助「今回も、理屈で考えては無理な話です。ある意味でお客様をだまし、あれよあれよという間に、次の段階へぽんぽんぽんといかなくてはいけません。それは歌舞伎の魅力でもあります。深く考えさせず、どんどん展開していく。唄うように運ぶところ、たっぷり聞かせるところのバランスと緩急が非常にむずかしい作品ですね」
「舞台での動きを想像して」撮影に臨んだと七之助。「事前にスチール撮影があると、よし! という気持ちになります」。 『十六夜清心』十六夜=中村七之助(撮影:永石勝)
理屈のつかない展開、重なりすぎる偶然。飛躍する物語をつなぐのが、役の性根。
幸四郎「『心中物』という言葉があるように、心中がクライマックスとなるお芝居がたくさんある中で、心中から物語を初めてしまうのが『十六夜清心』です。稲瀬川で清心と十六夜が出会ってしまった時に、どれほど好き合っている二人なのか、お客様に伝わらなければ成立しないお芝居です。二人は心中するしかないんだ、とお客様に思ってもらえるかどうかが大切です」
心中に失敗し、別々の場所で生きながらえる二人。しかし、ふたたび運命が重なりあう。
幸四郎「お芝居ですから『たまたま出会う』ことは、よくあります。その“たまたま”を、お客様には『二人に縁があるからこそ、たまたま再び出会ってしまったのだ』とお見せできたら」
清心も十六夜も、決してほめられた人物ではない。自身の役に共感できる部分はあるのだろうか。どんな思いでつとめるのだろうか。
幸四郎「清心は、人間らしい人間なのでしょうね。完ぺきではない、どこか弱さが表れている気がします。このような役は好きです。困った、どうしよう、心中しかない。助かった、お金がどうしてもほしい、くれないか。死んでしまった、自分も死ぬしかない。でも死ぬのは怖い。出来事だけを追うと生々しくもなりえますが、黙阿弥の世界になることで、清心が面白かったり可愛らしかったり、あるいは格好良く見えたりもします」
十六夜は、川で助けてくれた俳諧師白蓮の妾となる。
七之助「十六夜さんに共感できるところは、ありません(笑)。清心さんを思いながらもその場その場で生きていく。川の流れのようにコロコロと変わっていく。(『桜姫東文章』の)桜姫もそうですが、女方は水に流されていくようなところがあります」
そんな十六夜を演じる上で、大切にするのは清心への思い。
七之助「十六夜には『清心が好き』という気持ちしかありません。助かってすぐに妾になりながらも、ずっと殊勝に清心さんのことを思っている。中幕「白蓮妾宅」のように、これといってやることがない場でも、そのように見ていただけないと物語が成立しませんよね」
■幸四郎は大先輩、と七之助
幸四郎と七之助、お互いの印象は。
幸四郎「すばらしい役者さんです。一緒にやらせていただけることがありがたいです。『仮名手本忠臣蔵』の五、六段目から『歌舞伎NEXT 阿弖流為』まで、ふり幅のある共演をさせていただいています」
七之助「僕にとっては大先輩です。小さな頃から、あーちゃんにいにと呼ばせていただき、母も大ファン。はじめて本格的な相手役をさせていただいたのは、2011年の明治座の『牡丹灯籠』だったと思います。死ぬほど早い早替りをみて、自分も心を入れ替えてやらなくては、と思った事を覚えています。いつも背中で見せてくれる先輩です」
公演期間中の1月8日に、50歳になる幸四郎。「50年をふり返って」という質問があがると、七之助が「(年齢の話は)怒るんじゃない?」と笑って目線をおくる。幸四郎は、真顔で「50? なにかの間違いでは」と回答。一同の笑いを誘いつつ続けた。
大先輩と言われ「大……先輩かな」と幸四郎は戸惑ってみせていた。
幸四郎「幸四郎襲名の時は、名前が変わろうと、変わらず舞台に立ちつづけることが大事なのでは、と考えていました。今回は、あえて意識しようとは思っています。あえて区切ることにより、どのような年になるのか」
七之助も、来年40歳という節目の年。「父(十八世中村勘三郎)は、残念ながら還暦まではいなかったのですが」と思い出したように切り出す。
七之助「日本では還暦がひとつ大きな節目ですが、アメリカでは50歳の誕生日が重要なのだそうです。父も(誕生日が5日違いの)江川卓さんと50歳の誕生日を盛大にお祝いをしました。『十六夜清心』はあまりお祝いするような作品ではないのですが(笑)、幸四郎さんの誕生日もぜひ盛大に!」
歌舞伎座の1月公演『壽 初春大歌舞伎』は、1月2日(月)から27日(金)まで。『十六夜清心』の他、幸四郎は、第二部で『壽恵方曽我』に親子三代で出演する。七之助は、第一部の『卯春歌舞伎草紙』と『弁天娘女男白浪』に出演。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
勢左衛門妻おらん:中村扇雀
恵府林之助:中村錦之助
倉田娘おくら:片岡孝太郎
勢左衛門娘おしな:中村虎之介
雅羅田臼右衛門:嵐橘三郎
若い者鉄造:澤村宗之助
親類山本当助:大谷桂三
代言人杉田梅生:市川男女蔵
門戸手代藤太郎:中村松江
毛織五郎右衛門:中村芝翫
寿無田宇津蔵:中村鴈治郎