野村家親子三代でお届けする「祝祭大狂言会2023」~ 野村萬斎と野村裕基に聞いた ~
野村裕基、野村萬斎(左から) 写真提供:フェスティバルホール
人間国宝の野村万作、野村萬斎、野村裕基の野村家狂言三代を中心に一門が揃い、2年に一度、客席数2700席を誇るフェスティバルホールの大空間で行われる「祝祭大狂言会2023」が、2023年4月23日に開催される。
野村萬斎と野村裕基に話を聞いた。
―― 野村家親子三代での大狂言会ですね。
野村萬斎 親子三代が揃って出演出来るのは大変めでたく、ありがたいことです。3歳から始めた父は92歳で、間もなく舞台生活90年を迎えます。裕基は24歳、私は57歳です。芸を花に例えた世阿弥の言葉を借りるならば、裕基は若々しい桜、私は技術と経験のバランスが取れていないといけない成木、そして父は老い木に一輪、二輪と朝霞の花が咲いている風情ということになりましょうか。自分たちのことを花に例えるのもおこがましいのですが、今回は年代に応じた芸の在り方がよく出る番組になっています。フレッシュな芸から、枯れた芸まで、私は中間管理職でございますが、そういった芸の変遷を観て頂くには良い機会となります。それぞれの芸をお楽しみください。
野村万作(人間国宝)、野村萬斎、野村裕基(左から) (C)政川慎治
―― 上演されるのは三演目です。
萬斎 「棒縛」は謡や舞が非常に楽しい、狂言らしい笑いに満ちた曲で、狂言の代表的な作品の一つです。「奈須与市語」は平家物語で奈須与市が弓で扇子を射止めるくだりを、語り芸で聴かせます。「博奕十王」は、狂言ならではの荒唐無稽な世界です。今回はこの三曲を「祝祭大狂言会2023」のために用意しました。
今回の祝祭大狂言会では「棒縛」「奈須与市語」「博奕十王」をお届けします。 写真提供:フェスティバルホール
―― ではそれぞれの演目について教えてください。「棒縛」で太郎冠者を演じられるのは裕基さんですね。
野村裕基 自分の留守中、酒を盗み飲んでいると知った主人が、飲めないようにと太郎冠者と次郎冠者の二人を縄で縛って外出します。二人は、縛られた不自由な状態でも酒を飲みたいと、知恵を出し合って器用に酒を飲んでいる所に主人が帰って来るという、ドタバタ劇が魅力的な演目ですね(笑)。普段の能楽堂と比べて格段に大きなフェスティバルホールなので、客席からの見え方などを意識しながら、基本の芸を忠実にやらせて頂きます。
「棒縛」で太郎冠者を演じる野村裕基 (C)政川慎治
―― 「奈須与市語」は万作さんによる語りです。
萬斎 今年92歳の父が15分くらいの間、フェスティバルホールの広い空間を身一本、扇一本で語り尽くす、まさに狂言の真骨頂とも言える究極の芸です。オペラで言えば、最高の見せ場で歌われるアリアですね。まだまだ衰え知らぬ「奈須与市の語り」ですので、今回はこの演目がメインディッシュで、私どもはツマやデザートかも知れません(笑)。
「奈須与市語」を演じる野村万作(人間国宝) (C)政川慎治
―― 「博奕十王」は萬斎さんが主演を演じられます。
萬斎 ギャンブラーが地獄に落ち、閻魔大王や地獄の鬼どもを相手にサイコロ博奕を始めるという話しです。照明を使い、煉獄の炎が立ち上がるような豪華な舞台になると思います。会場に合わせて、大きなサイコロを使用して、お客様にも博奕に参加していただくような演出も考えています。
「博奕十王」で博奕打を演じる野村萬斎 (C)政川慎治
―― フェスティバルホールで狂言をされるうえで、いつもとの違いはありますか。
萬斎 通常、舞台向かって左側にある橋掛かりを左右両側に取り付けて、さらに中央の奥にも取り付けます。広いフェスティバルホールの空間を有効に利用するのと、遠近感を見せるためにも、橋掛かりは有効となります。橋掛かりが三本あるという事は、三方向から人の出入りが行われます。人が交差する所でドラマが起こるという事で、動きが立体的になります。
野村萬斎 (C)政川慎治
―― 裕基さんは2022年の春に慶応大学を卒業されました。
裕基 学業と狂言の二足の草鞋はなくなりました。2022年の10月に大学の卒業論文のような位置付けの「釣狐」という秘曲を開かせていただきました。大学を卒業した事以上に、「釣狐」を開いたからは、覚悟を持って狂言をしていかないといけないという、自覚が生まれました。
―― 「釣狐」を開くというのは、狂言師にとってどんな意味があるものでしょうか。
裕基 「釣狐」は「奈須与市語」「三番叟」をやってからでないと開く事が許されない秘曲です。祖父は二十何回やっていますが、一般的には狂言師が人生で1度か2度しか開くことを許されない大曲です。何と言ってもそれに相応しい実績がないと師匠からも許可されませんし、体力も精神力も必要となる演目です。今回はこの演目を得意とする祖父について、徹底的に勉強させて頂きました。
2022年10月に秘曲「釣狐」を開かせて頂きました。 写真提供:フェスティバルホール
―― おじい様やお父様と同じ舞台に立つことで、見える景色もあると思います。芸の教え方などで、お二方の違いなどありますか。
裕基 同じ舞台に立ってみて、祖父や父の凄さを実感する日々です。観客に対する芸の見せ方に、絶対的な経験値を感じます。主に祖父には、謡と舞を、父には狂言を教えて頂いています。祖父からは「私の言うようにやりなさい。動きをなぞるように真似なさい。」といわれています。父からは、自身の演劇経験などを踏まえ、カメラワークやスポットライトの位置を計算し、ここはカメラで顔のアップを抜かれているシーンだとか、ここは自分の言葉で、相手が驚く表情をカメラは抜いている、といったように、演劇的にわかりやすく教えてもらっています。祖父は優しいですが、父は厳しいです。
萬斎 私にはとても厳しかった父も、孫には優しいという事ですね(笑)。子供の頃に狂言の型をしっかり身に付けさせることが必要です。徹底的に同じことを繰り返す。それは人さまからは、調教のように映るかもしれません。しっかりと基本の型が出来て初めて、それを崩すことが出来ます。父の芸を見ていると、完璧な型の中に自由さが感じられます。楷書がしっかり書けてこその草書ということです。
野村萬斎(人間国宝) (C)政川慎治
萬斎 父も祖父(六世万蔵)も、公演後には決まって鱈と白菜の入った湯豆腐を食べていました。適度なビタミンと良質なたんぱく質やアミノ酸も摂取できるからでしょうか。私はそういった習慣はありません。気分転換は、エゴサ―チですね(笑)。あとは、仕事と関係のないインスタグラムやTikTokを眺めていますね。
裕基 良く寝ます。周囲の人に驚かれるほど寝ます(笑)。他には、甘いものが得意ではないですし、お菓子や間食はほとんど食べないことが健康管理に結びついているのかもしれませんね。あと、狂言の事を敢えて考えない時間を作るようにしています。友達と集まると、普通の23歳として遊んでいます。
萬斎 今回の演目でも、主人に叱られても酒をやめなかったり、地獄にまでギャンブルをやめずに持ち込んだり、懲りない? へこたれない人間が描かれて、生きることは滑稽だけどいいものだなと思えるのが狂言の魅力です。登場人物を自分だと思って笑い飛ばし、元気になって、免疫力を高めてお帰り頂きたいです。フェスティバルホールでお待ちしています.
「祝祭大狂言会2023」にお越しください。お待ちしています。 写真提供:フェスティバルホール
取材・文=磯島浩彰
公演情報
■会場:フェスティバルホール
■番組:解説:野村萬斎
『棒縛』野村裕基、石田幸雄、野村太一郎
『奈須与市語』野村万作
『能楽囃子』
『博奕十王』野村萬斎、深田博治、中村修一、内藤連、飯田豪、岡聡史、高野和憲
■料金:S 8,000円 A 6,000円 B 4,000円 SS 10,000円 BOX 12,000円
S席バルコニーBOX(2席セット)16,000円 A席バルコニーBOX(2席セット)12,000円
■問い合わせ:フェスティバルホール 06-6231-2221
■フェスティバルホール公式サイト:https://www.festivalhall.jp/events/1077/