尾崎裕哉は父・尾崎豊の代表曲に今何を思い何を歌うのか、その言葉に耳を傾ける
尾崎裕哉
尾崎裕哉が4曲入りの新作EP『I LOVE YOU』をリリースする。タイトル曲は言うまでもなく、父・尾崎豊の代表曲のカバーだ。尾崎豊の没後30年に合わせた『OZAKI30 LAST STAGE 尾崎豊展』の開催をきっかけに、ファンが待望してきた尾崎裕哉バージョンの「I LOVE YOU」がついに音源化された。しかもカップリングは同じく尾崎豊の代表曲「OH MY LITTLE GIRL」。さらに自ら作詞作曲を手掛けた新曲2曲を加えた4曲は、歌い継ぐ者の使命と、自ら生み出す者の衝動とを併せ持つ、アーティスト・尾崎裕哉の存在証明と言ってもいい。彼は今何を思い、何を歌うのか。その言葉に耳を傾けてみる。
――「I LOVE YOU」は裕哉さんにとっても大切な曲だと思います。初めて音源化するに至った経緯について教えてもらえますか。
前作EP(2021年/『BEHIND EVERY SMILE』)を出したあと、次の作品はどうしよう?と考えていた時に、ちょうど『OZAKI 30』(『OZAKI30 LAST STAGE 尾崎豊展』)という、尾崎豊が亡くなって30年というタイミングが来たんです。その展覧会に自分も行ったり、それに関係する仕事をしていて、2022年には「Mステ」とかにも出て、「I LOVE YOU」を歌うことがあったんですね。そこで「昭和の名曲ベスト100」みたいなランキングで、ずっと1位を取っていることを知って、その時に初めて「そういえば音源化してないな」と思ったんですよ。
――そうなんですよね。裕哉さんが「I LOVE YOU」を歌うのは、テレビやライブで過去に何度も見ましたけど、裕哉さんバージョンで音源化はされていない。
音源化するタイミングは、もうないなと思っていたんですよ。自分の中で決定打がなかったというか、きっかけがなかった。たとえば、デビューした年(2016年)に「I LOVE YOU」をテレビで歌った時とか、もっと前で言うと、CMで「I LOVE YOU」を歌った時(2010年)とか、そういう時がたぶんベストのタイミングだったと思うんですね、注目度的に。でもそれは昔のことだし、「もう音源化するタイミングはないだろうな」と思っていたんですけど、『OZAKI 30』で「I LOVE YOU」をたくさん歌っていく中で、これまで自分が歌った「I LOVE YOU」の音源を振り返ってみたんです。ライブだったり、デモだったり。
――デモがあるんですね。
僕が14,15歳の頃に、須藤(晃)さんの事務所に顔を出して、「音楽をやりたいんだったら一緒にやってみようよ」ということで、二人でスタジオに入ったことがあるんですよ。その時に、じゃあ「I LOVE YOU」を歌ってみようということで、歌ったやつがあるんです。その時の音源と、それから20歳、25歳とか、5年おきぐらいの音源を聴いていたら、(声が)全然違うんですよね。当時はもっと尾崎豊に寄せて歌っていたし、必要以上にヴィブラートをかけたり、すごく意識している。それを聴いているうちに、自分の声が変わって来たことに気が付いて…今は尾崎裕哉としてそれなりに活動してきて、声も尾崎裕哉のものになってきている中で、ちょっとした淋しさみたいなものもあって。
――淋しさ、ですか。
尾崎豊を目指して音楽を始めようとした部分が、自分の中にまだ残っているので、そこから離れていくことに、ちょっとした淋しさがあるんですね。理想像というか、原体験ですから。そうやってどんどん変わっていく中で、この先僕が40歳、50歳になった時に、同じことをやっても、全然違うものになってしまうなと思ったんです。だから、デビューして数年経った今が、ある意味一番ちょうどいい熟し方をしているのかな?と思って、音源化に至ったということですね。
尾崎裕哉
――たぶん一番多く歌ってきたカバー曲ですよね、「I LOVE YOU」は。過去にはいろいろとアレンジを変えて歌ったこともありましたけど、今回の「I LOVE YOU」は、音色は現代ですけど、アレンジそのものはオリジナルに忠実だなと感じました。アレンジは、尾崎豊のプロデューサーだった須藤晃さんのご子息、トオミヨウさんです。
須藤さんとも話したんですけど、別に誰とは言わないけれど、「I LOVE YOU」をカバーする時にガラッとアレンジを変えてしまうのはどうなんだろう?という思いもあったし、結局は原曲を超えられないということに至ってしまう、それは僕の場合にも起こりうると思ったんですね。であれば、「I LOVE YOU」といえば、あのピアノじゃないですか。あのイントロを、みんな聴きたいと思うんですよ。だからそこを大きく変えないほうがいいよね、という部分もあるし、あと、僕にとってこれはリスペクトのEPなので、そこには自分の歌い慣れたものを含めたいし、原曲に近いままで行くことが、何て言うのか、いろんな人が変な気持ちにならないというか。
――わかります。
あと、逆に音源に忠実なほうが、差分が見えやすいということもあると思うんですね。声の違いや、時代の違いが。言ってもミュージシャンが全然違うし、こっちはクリックを使って録ってるし、向こう(原曲)には生のバンド感があるし、そういう作り方の違い、マイクの違いとか、雰囲気は全然違うと思うので、どっちがいい悪いではなく、「今再現するとこういうふうになるんじゃないか」という仮説ですかね。
――歌い慣れている曲ということで、歌入れはすぐにOKという感じでしたか。
そうですね。基本、3テイクぐらいでやりました。「I LOVE YOU」も「OH MY LITTLE GIRL」も。「何度も歌って、直す感じじゃないよね」というのは、トオミさんの中にもあったし。僕は気になれば何回でも歌い直すタイプなので、全然平気ですけど、そういうことじゃないだろうなとは思っていました。
――あらためて、いい曲です。これぞ名曲。
やっぱり、昭和の名曲のトップに入り続けるというのは、それだけ当時の人の心に残る曲だったということですよね。
――40年前に、当時17歳の少年が作った曲が、今やスタンダードになっている。この曲が名曲であり続ける理由を、どんなふうに解釈しますか。メロディなのか、歌詞なのか、サウンドなのか。
全部だと思うんですけど、やっぱり、出だしに「I LOVE YOU」と言っているところじゃないですか。玉置浩二さんが言われていたことがあって、この曲が(歌うのが)難しい理由は、冒頭に「I LOVE YOU」というフレーズがあるからだって。「今だけは悲しい歌聞きたくないよ」から始まっていたら、もっと簡単なんだよって言っていたんですよね。普通だったら、出だしに「I LOVE YOU」というフレーズは入れないっぽいです。
――それは、曲を作る側のセオリーというか、方法論として。
そうです。それで冒頭にタイトルが来るのもキャッチーだし、あと、サビで盛り上がらないというのも、なかなか意表を突くところではありますよね。(メロディが)上に行かないという。でも下であたためていくエネルギーというか、そういうメロディの上下の流れが、歌詞とぴったり合っているところなんだと思うんですけどね。
――伝説によると、1日か2日でこの曲を作ったという話がありますよね。ちょっと信じがたいですけれど。
須藤さんが、『十七歳の地図』にあと1曲バラードが足りないから、書いてきてくれない?と言って、次の日にできたみたいな感じらしいですけどね。ある程度脚色されているところはあるけれど、でも大まかなことはたぶん本当じゃないかな。元々アイディアはあったと思うんですけど、本当に1日2日でパッと書いたんじゃないかなと思います。十七歳なので、どこまで自分の体験が入っているのかはわからないですけど、イマジネーションと、自分の体験と、憧れと、全部がミックスされたものが、こういう切ない歌に込められてるんじゃないかな?と思いますね。
――そこが、時代を超える理由の一つかもしれないですね。体験でもあるし、イメージでもあるから、いろんな人が思いを込めやすいのかも。
この歌の根本は、切ないところをちゃんと切なく歌っているというところかなと思います。そこが声にもマッチしている。でも、オリジナルのボーカルを聴いたんですけど、やっぱり、きちんと商品に仕上げられたんだなという気はしますね。ミックスって大事だなというか。尾崎豊の切なさとして、周りをうまく削って削って、さあどうぞと差し出している感じはあります。それはたぶん、誰においてもそうだと思うんですけどね。それがマイケル・ジャクソンであっても、ミックスがちゃんとしてなかったら、マイケルの声にはならないだろうし。
尾崎裕哉
――もう1曲の尾崎豊カバー「OH MY LITTLE GIRL」も、アルバム『十七歳の地図』に入っているラブソングのバラードで、屈指の人気曲。
もう1曲は、「15の夜」か「OH MY LITTLE GIRL」か、どっちにします?っていう感じになったんですよ。でも「15の夜」は、僕はタッチできないなと思うんですね。もうちょっとやさぐれてたり、根本にロックがあったら、いろんなバリエーションを考えられたんでしょうけど。単純に「OH MY LITTLE GIRL」のほうが、自分の声に合っているなと思ったし、トオミさん的にも、「十五の夜」のアレンジするのは、たぶん相当の難関だと思うので(笑)。こっちのほうがアレンジの幅は出しやすいかなと。1曲はオリジナルに忠実に、もう1曲はもうちょっと遊ぼうと決めていたので、遊びを入れた感じになりましたね。
――これも本当にいい曲。スタンダードだと思います。
本当ですよね。みんな大好きな曲かなと思います。
――これも、かなりの回数、歌ってきてますよね。
そうですね。でも「I LOVE YOU」よりは、たぶん…「I LOVE YOU」は歌いすぎて、自分の癖が付いていたんですよ。メロディを微妙に変えていたり、原曲と違うところもけっこうあって。それをレコーディングで矯正しながら歌ったので、「I LOVE YOU」のほうが時間がかかっていて、「OH MY LITTLE GIRL」は2、3テイクぐらいかな? めちゃ早かったです。
――「OH MY LITTLE GIRL」は、切なさに溢れた「I LOVE YOU」と比べると、幸せを感じる歌ですよね。この先どうなるかはわからないけど、今この二人はとても幸せという感じが伝わってくる。
うん。その刹那的な、「暖めてあげよう」とか、「素敵な君だけを」とか、そこだけにフォーカスを当てた曲ですね。「離れないと誓うんだ」という希望があるから、ポジティブなヴァイブスを入れていると思います。アレンジ面で言うと、トオミヨウさんのアレンジが上がってきた時に、ほぼこの形だったんですけど、ブルーアイドソウルというか、エリック・クラプトンとか、もっと昔のR&Bのイメージが出て来たんですね。昔のR&Bで、イントロにシタールを入れたものが何曲かあるんですけど、そのイメージが出てきたから、「シタールを入れたらどうですか?」と提案して、重ねてもらったりしました。怪しげな雰囲気にはなりましたけど、きれいになりすぎずに、ちょっと汚した感じがいいのかなと思います。