色とカタチが踊りだす『マティス 自由なフォルム』レポート 公式アンバサダー・安藤サクラから感動の声も

レポート
アート
2024.2.28
『マティス 自由なフォルム』展示風景

『マティス 自由なフォルム』展示風景

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南フランス・ニースのマティス美術館から、大きなマティスがやって来た。国立新美術館にて2024年5月27日(月)まで開催の『マティス 自由なフォルム』は、本邦初となる「マティスの “切り紙絵” に焦点を当てた展覧会」だと聞いていた。ところが内覧会を取材してびっくり。確かに、切り紙絵がすごい。けれど、それ以外も同じくらいすごい。これはもしかして想像以上に、巨匠マティスを丸かじりできる美味しい展覧会なのではないだろうか。以下、その見どころの一部を紹介しよう。

“奇跡の来日”を果たした大作《花と果実》

本展覧会の目玉のひとつが、日本初公開となる切り紙絵の大作《花と果実》だ。大きさはおよそ、4.1m×8.7m。《ゲルニカ》よりひと回り大きくて、《最後の晩餐》よりわずかに小さいくらいである。視界いっぱいに広がる色彩とリズムは圧巻で、まるで流行りの没入型アートのようだ。

右:アンリ・マティス《花と果実》1952-53年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

右:アンリ・マティス《花と果実》1952-53年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

《花と果実》はニース市マティス美術館の顔とも言える大作のため、こうして海外へ貸し出されるのは滅多になく、今回は貴重な機会だという。少なくとも自分が生きている間に、日本で鑑賞できることはもう無いのでは……なんて思うと、作品の持つ祝祭的なムードがいっそう心に迫る。

公式アンバサダー、音声ガイドを務める安藤サクラ

公式アンバサダー、音声ガイドを務める安藤サクラ

内覧会には、本展の公式アンバサダーの安藤サクラが登場。昨年のカンヌ国際映画祭参加の際にニースを訪れたことがあり、マティスの作品や礼拝堂を鑑賞しているという安藤。折よくこの『マティス 自由なフォルム』公式アンバサダーの依頼が舞い込んだ時には、運命を感じたという。このたび再会した《花と果実》を眺めながら、マティスや本展への想いを語った。

アンバサダー・安藤サクラが熱く語る

ーーマティス芸術の集大成とも言える「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」にも行かれたそうですね。いかがでしたか?

私はすごくアートに詳しいというわけではないんですけど 、マティスは一番興味があって、大好きな画家です。礼拝堂っていう場所は自分にとって身近なものではないので、ちょっと身構えてしまうところがあったのですが……。ヴァンスのロザリオ礼拝堂は、余計な力が全部抜けて心が解き放たれるというか、軽やかに命を讃えてもらっているような気持ちになる、心が躍る特別な空間でした。その感動は言葉では表しきれないけど、忘れられない体験ですね。

ーー展覧会の会場内にある、礼拝堂を再現した空間をご覧になった感想は?

実は今日ここに来るまでは、実際の礼拝堂を見ちゃってるからな〜、そこまで期待するのはなぁ……なんて思ってたんです。でも来てみたら、もう、すごいと思って。自分があの場所で感じた、入った瞬間に心がほぐれていく感じが、そのままここにあって。その場で正直に「実はそんなに期待しきれていなかったというか、怖い気持ちがあったんですけど、すごいですね!」と感動を伝えさせてもらいました。

ーー今回の目玉のひとつである《花と果実》を前にして、いかがですか?

(しみじみと作品を見つめて)素晴らしいですよね……。うん……ね(笑)。私の拙い言葉で語るのはちょっとあれですけど、私はやっぱり、マティスの色彩やフォルムっていうのは絶対に誰にも真似できないものだと思っていて。それを近くでこうして感じられるのは、なかなかもう出来ないことなんじゃないかと思います。だから今、こうしてこの場に立ち会えてすごく幸せだなって。日本にはマティスのファンの方が多くいらっしゃると思いますが、私も今回はすごく特別な展示だと感じて、いちマティスファンとして感動しました。絶対見に来た方がいいと思います。

インタビュアーが「ありがとうございました」と締めくくると、「すごく難しかった……すみません、気持ちがありすぎてうまく言葉にならない」と困りきった様子の安藤。作品と真摯に向き合うその姿に、会場には温かい笑いが起こった。

これが見たかった、マティス1905年の衝撃

展示風景

展示風景

それでは、展示を見ていこう。作品は緩やかな時系列で並んでおり、冒頭ではマティスの「パリ時代」と呼ばれる時期の作品たちを鑑賞することができる。

注目は、それからちょっと進んで、マティス30代半ばの1905年に描かれた《日傘を持つ婦人》と《マティス夫人の肖像》だ。1905年はマティスにとって大きな転機となった、「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれるきっかけとなった秋展の年である。マティスといえば“フォーヴィスムの旗手”という印象を抱きがちだが、意外とあっさり次の表現へ旅立ってしまうので、フォーヴィスムらしい鮮やかで大胆な色彩&大ぶりな筆遣いを堪能できる作品は多くないのだ。

アンリ・マティス《日傘を持つ婦人》1905年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《日傘を持つ婦人》1905年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

《日傘を持つ婦人》は、シニャックの影響を受けて点描風に描いている作品。紫と黄色、緑と朱など、補色の効果を意識しているのが明確だ。けれど色こそ鮮やかなものの、厳密な筆触分割理論に則っているとは言い難く、タッチの勢いが削がれることに描き手は若干のもどかしさを感じているようにも見える。

アンリ・マティス《マティス夫人の肖像》1905年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《マティス夫人の肖像》1905年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

そして同年、次いで描かれた《マティス夫人の肖像》では、補色の効果は取り入れたまま、色の置き方がベターっととんでもなく大胆になっている。夫人の瞳の色は左右で異なっており、よく見ると野獣のようでいて慎重に色彩のバランスをとっている作品なのだが……。とはいえ、女性の顔の陰影を表現するにしては、あまりにも緑色だし黄土色である。現代の柔らかい頭で見ると美しいと思えるけれど、当時のアートシーンが「ナンジャコリャー!」と騒然となったのも納得だ。

左: アンリ・マティス《ジャネット Ⅴ》1913年、中央:《ジャネット Ⅲ》1911年 オルセー美術館蔵(ニース市マティス美術館寄託) (C) Succession H.Matisse

左: アンリ・マティス《ジャネット Ⅴ》1913年、中央:《ジャネット Ⅲ》1911年 オルセー美術館蔵(ニース市マティス美術館寄託) (C) Succession H.Matisse

また本展では、マティスが絵画と並行して創作していた彫刻作品も多く見ることができる。《ジャネット》や《アンリエット》の連作で激しくデフォルメが進んでいくさまを見ていると、モデルの顔に似せること、表面的に人間らしく作ることを放棄して、マティスが生の本質を捉えようと格闘する様子が伝わってくる。

オブジェからたちのぼるアトリエの空気

展示風景

展示風景

今回のもうひとつの見どころとして、実際にマティスのアトリエを飾っていたオブジェたちの展示も見逃せない。画家にインスピレーションを与えたオブジェを併せて鑑賞することで、より深くその世界を理解することができるだろう。例えば右手の壁にかかった布「赤い“ムシャラビエ(アラブ風格子出窓)”」はマティスのお気に入りの品で、隣の《小さなピアニスト、青い服》をはじめとする複数の作品に背景として出演している。

左:「三日月を伴う蓋のある火鉢」トルコあるいはシリア 19世紀、右:「ヴェネツィアの肘掛け椅子」ドイツあるいはイタリア 19世紀  ニース市マティス美術館蔵

左:「三日月を伴う蓋のある火鉢」トルコあるいはシリア 19世紀、右:「ヴェネツィアの肘掛け椅子」ドイツあるいはイタリア 19世紀 ニース市マティス美術館蔵

《ロカイユ様式の肘掛け椅子》に描かれた肘掛け椅子も、絵画作品と併せて実物を見ることができる。背もたれと座面は貝のモチーフで、肘置き部分はドラゴンなのか、イルカなのか……判別がつかず悔しいが、近くで見るとなかなかとぼけた顔をしている。マティスは自らの目指す芸術を“人々の精神や肉体の疲れを癒す、良い肘掛け椅子”と例えていることから、きっとのこの椅子には特別な思い入れがあったのではないだろうか。

「アンリ・マティスの絵具パレット」ニース市マティス美術館蔵

「アンリ・マティスの絵具パレット」ニース市マティス美術館蔵

こちらは実際にマティスの使っていたパレットの展示。5枚並んでいると、これ自体が作品のようで美しい。ちなみに会場併設のミュージアムショップでは、このパレットをモチーフにしたノートなどが販売されていて非常に可愛いので要チェックだ。

色彩とデッサンの葛藤をご一緒に

このあとさらに、マティスが1930年代にニースで描いた女性像、1940年代にヴァンス(ニース近郊の田舎町)で描いた室内画の展示が続く。のんびり眺めていても楽しいが、マティスが画業の中でつねに向き合っていたキーワード・“色彩とデッサンの葛藤”を頭に置いて見てみると、より味わい深いと思う。

 アンリ・マティス《青い胴着の女》1935年 石橋財団アーティゾン美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《青い胴着の女》1935年 石橋財団アーティゾン美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

画家は、線を引きながら同時に色を塗ることはできない。そして目に入った色彩が呼び起こす感覚と、デッサン(線が作るカタチ)が呼び起こす感覚は異なるものだ。おそらく、脳の処理するところが違うのだろう。それゆえ絵画が心に届くまでに、色とカタチがぶつかったり、微妙な時差が発生することがある、と思う。マティスはおそらくその点にとても敏感だったようで、キャンバス上で色彩とデッサンを調和させるために様々なアプローチを試みている。

 アンリ・マティス《黄色いテーブルで読書する女》1944年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《黄色いテーブルで読書する女》1944年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

40年代に描かれたこちらの作品では、ザクロ、花瓶、グラスは色を塗られず、輪郭線だけで示されている。対して、女性の指先のカタチは放棄され、色の中に溶けてしまっている。

《黄色いテーブルで読書する女》(部分) (C) Succession H.Matisse

《黄色いテーブルで読書する女》(部分) (C) Succession H.Matisse

なるほどそこに時間差がある限り、形をデッサンした時と色を塗った時で、対象が画家にとって全く同じであるわけがないのだ。色面を背景にして、潔く輪郭線だけで表現するこの方法は1940年代に多く用いられたらしい。

アンリ・マティス《ザクロのある静物》1947年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《ザクロのある静物》1947年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

1947年の《ザクロのある静物》は、マティスの最後の油彩室内画シリーズである「ヴァンス室内画シリーズ」に連なるもの。ルーバー窓の黒のラインやカーテンのジグザグ模様は、自律してカタチの面白さを楽しんでいるようだ。一方、テーブル上の果物は色の塊として、明瞭なラインが生まれないよういびつな余白をまといながら転がっている。色彩とデッサンを、エリアごとに棲み分けさせているような印象だ。

そしてこの色とカタチ問題は、マティスの晩年に一段高いところでめでたく融合を果たす。それこそが “切り紙絵” なのである。けれどそれは、もう少しあとのチャプターで。

移りゆく感情のシネマ

切り紙絵の展示室に行く前に、ぜひご紹介しておきたいのがこちら。1943年に出版されたデッサン集『デッサン ー テーマとヴァリエーション』だ。

『デッサン ー テーマとヴァリエーション』1943年 ニース市マティス美術館 (C) Succession H.Matisse

『デッサン ー テーマとヴァリエーション』1943年 ニース市マティス美術館 (C) Succession H.Matisse

これは同じテーマ(モデル)を少しずつ変奏しながら描いたもので、多いものだとヴァリエーションは19点にも及ぶ。サラ〜っと数本の線で描いたものからガッツリ描き込んだものまであり、必ずしも多く描き込まれたものが後のバージョンとは限らない。視線や姿勢を微妙に変え続けるモデルの姿は、アニメの絵コンテを見ているようだ。けれどマティスがこのデッサンたちによって捉え、伝えたいのはモデルの身体的な動きではない。対象に対する、マティス自身の感情の揺らぎ・関係性の変化である。

『デッサン ー テーマとヴァリエーション』1943年 ニース市マティス美術館 (C) Succession H.Matisse

『デッサン ー テーマとヴァリエーション』1943年 ニース市マティス美術館 (C) Succession H.Matisse

マティスは書簡の中でこれらのデッサンのことを“芸術家の感情の映画”だと表現しているそうだが、まさに言い得て妙。ふとした瞬間に、隣にいる人が想像したこともない表情を見せたり、全く知らない人に見えたりすることはある。ヴァリエーションは、画家がモデルに対して「お前は誰だ?」と問いかけ続けた取っ組み合いの記録なのだ。一枚一枚が絵画として美しいことは別にしても、真摯さに胸を打たれる必見のムービーである。

舞台や大型装飾画《ダンス》を経て

展示風景

展示風景

ほか、会場ではマティスが1920年代に手がけたバレエ・リュスの「ナイチンゲールの歌」の衣装、装置デザインを見ることができる(展示の衣装は1999年に制作されたもの)。

展示風景 (C) Succession H.Matisse

展示風景 (C) Succession H.Matisse

隣の展示室では、壁一面に横長の映像が上映されている。これは大型装飾壁画《ダンス》のための構想の移り変わりを、実寸に近い形で映像化したものである。なんと実際の壁画はこれよりさらにもう少し大きいらしい。横に、マティスが長い竹竿に木炭をくくりつけて粗描きする姿の写真が展示されていたが、スケールの大きな、しかも高い位置に置く作品を制作するのって本当に大変なんだ……としみじみ実感した。

マティスは最適な構図を効率よく探るため、色を塗ってモチーフを切り抜いた紙をカンヴァス上で動かしたり、形を調整したりしていたという。大きすぎていちいち描き直すのが大変だから……と始めたこの手法が、のちの切り紙絵に繋がり、画家の創造性を大爆発させることになったとは面白いものである。マティスの時代に画像編集ソフトがなくて本当に良かった。

そんなわけで、切り紙絵という最適解

展示風景 (C) Succession H.Matisse

展示風景 (C) Succession H.Matisse

お待たせしました、いよいよ切り紙絵のゾーンである。書物『ジャズ』はもちろん、ニース市マティス美術館の誇る切り紙絵の名作コレクションが勢揃いだ。

 アンリ・マティス《クレオールの踊り子》1950年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《クレオールの踊り子》1950年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

注目は、まず《クレオールの踊り子》。モチーフを反復させない独立した切り紙絵の中では、かなり大型の部類に入る作品だ。明るさ、躍動感がとにかく強く、一瞬で心にスッと入ってくる感覚がある。色を塗った紙に直接ハサミを入れてフォルムを切り取っているため、もはやタイムラグは無く、色=形なのだ。一見すると単純な創作方法にも見える切り紙絵が巨匠マティスの“到達点”と言われるのは、このためである。

アンリ・マティス《ブルー・ヌード Ⅳ》1952年 オルセー美術館蔵(ニース市マティス美術館寄託) (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《ブルー・ヌード Ⅳ》1952年 オルセー美術館蔵(ニース市マティス美術館寄託) (C) Succession H.Matisse

もう一点《ブルー・ヌードⅣ》も、ぜひじっくり鑑賞したい作品だ。全部で4つある連作「ブルー・ヌード」のうち、本作は一番初めに着手され、一番最後に完成したもの。他の作品よりも紙の重なり方が複雑で、ブルーの濃淡によってしっかりと人物の肉体のボリュームを感じることができる。背景にオーラのように広がる木炭のラインは、画家が試行錯誤を重ねたデッサンの痕跡だ。

「ロザリオ礼拝堂」の再現が凄い!

「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の内部の再現インスタレーション

「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の内部の再現インスタレーション

そして展覧会のフィナーレを飾るのは、最晩年のマティスが設計を指揮した「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の内部を実寸で再現したインスタレーションだ。木やタイルの質感も実際の礼拝堂に似せて再現されており、展示室の中に別世界が生まれている。ステンドグラス越しに光が射し込むことで色と形が一体となって注ぎ込み、まるで切り紙絵と同じような効果が生まれているのを実感できるだろう。

「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の内部の再現インスタレーション

「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の内部の再現インスタレーション

刻一刻と変化する光は、実際に礼拝堂で24時間の光の移り変わりを撮影し、それをデータ化して早回しで再現したものだそうだ。朝から夕方にかけて礼拝堂は違う表情を見せ続け、どの瞬間も極上の美しさである。ひと目見ただけでは絶対にもったいないので、ぜひ数分間インスタレーションの中に立って、移ろいを実感してみてほしい。国立新美術館の本気を感じる、気合の入った再現展示だった。

あれもこれも、メイドインマティス

アンリ・マティス《蜜蜂》1948年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

アンリ・マティス《蜜蜂》1948年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

再現展示の手前には、マティスが礼拝堂のために用意した様々なパーツの準備習作が展示されている。例えばこの《蜜蜂》は、南側のステンドグラスの第一案として作られたマケット(ひな型)である。最終的に採用されたブルーの《生命の木》も美しいけれど、もしこちらが採用されていたら、一層光のモザイクが複雑でキラキラと眩しかったに違いない。うーん、想像してみると、蜜蜂バージョンもなかなか捨てがたいような気がする。

展示風景 (C) Succession H.Matisse

展示風景 (C) Succession H.Matisse

マティスがヴァンスのロザリオ礼拝堂のためにデザインした上祭服(司祭がミサの時に来る衣装)は6種類。そのうち、本展では5種のマケットを見ることができる。マティスの上祭服はいずれもてるてる坊主のような形状のマントで、前面と背面とで微妙に異なった絵柄を持っている。展示室を囲むようにぐるりと並べられた上祭服のマケットたちはまるで半円形のキャンバスだ。晩年のマティスが、自由な心で装飾を楽しんでいる様子がうかがえる。

左から:アンリ・マティス《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(正面)》、《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(背面)》、《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(背面)》全て1950-52年  ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

左から:アンリ・マティス《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(正面)》、《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(背面)》、《薔薇色のカズラ(上祭服)のためのマケット(背面)》全て1950-52年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

5色の中で特に気になるのが、《薔薇色》だ。他の色だと、植物だとか光だとか、ギリギリ何をモチーフにしている図案か分かりそうなのだが、薔薇色は突き抜けてフォルムが自由で面白いのでご注目を。

想像よりもずっと、マティス丸かじりの展覧会

左:アンリ・マティス《アラベスク》1924年、右:《アフリカのタパの前の人物》1929年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

左:アンリ・マティス《アラベスク》1924年、右:《アフリカのタパの前の人物》1929年 ニース市マティス美術館蔵 (C) Succession H.Matisse

展覧会を鑑賞し終えてつくづく感じたけれど、マティスが見る人に何かを訴えかけ、迫ってくるようなことは、ほぼ無い。見事にノーストレスだ。カンヴァス上にあるのは画家個人の感情や感覚の揺らぎであり、美術史的な背景やお約束ごとの勉強も、無しでだって楽しめる。だからこそマティスの芸術は軽やかで、見る人の心に安らぎを与えるのかもしれない。

本展の会場内では、切り紙絵の大作《花と果実》の前で記念撮影が可能である。長い画業を通じて、つねに装飾性を意識することを忘れなかったマティス。作品が記念撮影の背景になったり、スマホの壁紙をつとめたりすることを、おそらく本望に思うのではないだろうか。だからこそぜひ、またとないこのチャンスを伸びやかに楽しんでみてほしい。マティスはきっと、自分の作品が誰かの和やかな人生の背景になることを望んでいる。

『マティス 自由なフォルム』は新国立美術館にて2024年5月27日(月)まで開催中。

 

(C) Succession H.Matisse
文・写真=小杉 美香

展覧会情報

『マティス 自由なフォルム』
会場:国立新美術館 企画展示室 2E(〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2)
会期:2024年2月14日(水)~5月27日(月)
休館日:毎週火曜日 ※ただし4月30日(火)は開館
開館時間:10:00~18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで開館 ※入場は閉館の30分前まで
主催:国立新美術館、ニース市マティス美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網
特別協賛:キヤノン
協賛:DNP大日本印刷
協力:日本航空、日本貨物航空、ヤマト運輸
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、J-WAVE
お問合せ: 050-5541-8600(ハローダイヤル)
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