今年のVOCAは多様性に満ちた31名の現代アートで未来につながる 『VOCA展2024』レポート
『VOCA展2024』
『VOCA展2024』が2024年3月14日(木)に東京・上野の上野の森美術館で開幕した。30回目を迎えた昨年のメモリアルイヤーを経て新たな一歩となる今年は31名の作家による作品を展示。今注目の現代美術作品を横断して見られる機会となっている。ここでは開幕前日に行われた内覧会をレポート。併せて行われた開会式の様子および展示の一部を紹介する。
31回目の開催を迎えた現代美術の登竜門
40歳以下の若手作家の支援を目的に1994年から行われてきた『VOCA展』。「The Vishon of Contemporary Art」の頭文字を取った「VOCA(ヴォーカ)」を冠した本展は、日本における現代美術の登竜門的存在として、これまでに延べ1000名以上の作家を発掘してきた。今年も本展実行委員が選出した全国の学芸員、研究者などに推薦された31名の作家が平面作品を出展。その中から5名の作品に賞が与えられた。
内覧会のはじめに行われた開会式には、大賞にあたるVOCA賞を受賞した大東忍のほか、上原沙也加(VOCA奨励賞/大原美術館賞)、片山真理(VOCA奨励賞)、佐々瞬(VOCA佳作賞)、笹岡由梨子(VOCA佳作賞)の受賞作家5名と選考委員が出席。
開会式に出席した5名の受賞者。左から大東忍、上原沙也加、片山真理、佐々瞬、笹岡由梨子
最初に本展の選考委員長で国立国際美術館学芸課長の植松由佳氏が挨拶に立ち、開幕に際して各所への感謝を述べた上で次のように語った。
本展選考委員長の植松由佳氏
「今年で31回目を迎えるVOCA展は、次の30年、またそれ以降に向けて新たな1年、そのスターティングポイントになったと思います。多様性を伴った新たな傾向の作品も出てきており、今回の展覧会では、ぜひそういった作家の力作を皆さんに見ていただきたいです」
続いて、受賞者を代表してVOCA賞に輝いた大東忍が登壇。次のように喜びを語った。
「この度はこんな大きな賞をいただきまして、ありがとうございます。先ほどVOCAの開催が31回目と伺いましたが、私は今30歳なので、ほぼ同じ時間を歩んできたのだと考えさせられました。また、私は美大受験をしていて、その頃からVOCAを見てきたので、ものすごく感慨深いものがあります」
歴史に語られず消えていく当たり前の風景を描く
今年のVOCA展では、自らの身体や関わりのある土地を意識し、そこを起点に自分と世界とのつながりを考え、表現を深めていく作品が多く見られる傾向があったという。本展では、受賞5名の作品をはじめ、出展された31名の作品を見ることができる。一部の作品は、アーティスト本人からコメントをもらうことができたので、そちらも交えながら会場の様子をお伝えしていこう。
まず、VOCA賞を受賞した大東忍の作品は《風景の拍子》。愛知県出身の彼女は、三重県の内陸にある祖母の家を訪れた際にそこが限界集落であることを知り、「いずれ村がなくなる」ということに衝撃を受けて、身近にある「はかないもの」を描くことに目覚めた。本作は現在住む秋田県のある集落の風景を木炭画で描いている。
大東忍《風景の拍子》
「有名な場所や珍しい場所ではなく、普段通り過ぎている何気ない場所にこそ、村で感じたような、たくさんの人たちが生きてきた営みが詰まっていて、そうした歴史の中では語られずに消えていく当たり前の風景を描きたいと思っています」と創作への思いを語ってくれた大東。
開会式で挨拶した大東忍
描かれる風景は必ずしも単一の場所ではなく、いくつかの景色を合成して一枚の絵を構成することもあるという。ちなみに、画面のほぼ中央で盆踊りをしている人物は大東本人を描いているといい、彼女はその意味を「供養」という独特の表現を用いて次のように説明してくれた。
「今のドラマで昔の戦争を描くことなど、過去の人やコトを語ることを私は『供養』と捉えていて、私にとってはこうした風景を描くことが、その場所の人の営みに対する供養だと考えています。踊っている“私”は、風景の中にある痕跡を供養するためのツールなんです」
平面作品の概念を超えていく力作たち
VOCA佳作賞を受賞した笹岡由梨子の《Animale/ベルリンのマーケットで働くクマ》は、10点のモニター、ぬいぐるみ、LEDの電飾、古着などを素材に使った摩訶不思議な作品だ。大阪生まれで昨年はドイツ・ベルリンに滞在した彼女は本作の中で、人間社会における人間と動物についての考察から紡がれた物語世界を描いているという。モニターに映像が流れ、奇天烈な音楽が流れる作品は、平面作品の概念を超えようとしている。
笹岡由梨子《Animale/ベルリンのマーケットで働くクマ》
ウチダリナの《聲のしないまど》は、同じ袋にパッケージングされたアイテムが100点並べられた作品。これらはウチダが中国の業者にチャットツールを通じて発注したもので、袋の中には現地で流行っているというスライドや布ワッペン、洋服のタグなどが入っている。
ウチダリナ《聲のしないまど》
研修のため1年間滞在した中国で、現地の低賃金労働者の圧倒的な数に衝撃を受けた彼女は、業者に発注できる最小ロットである100点のアイテムを集めた本作のアイデアを思いついた。それぞれのアイテムには「帰って来るというから山へ行かずに待っているよ」や「正月の飾りを玄関に置くのはいつも母だ」といったテキストが中国語と日本語で書かれているが、本人に尋ねたところによると、そこには「自分との声のないやり取りの中で、このアイテムを作ったり運んだりする人が実家や母親のことを思うことにつながれば」という思いが込められていたという。
ちなみに作品を作るためにかかった費用は日本円で5万円程度だという。
クリアファイルを使った驚きのワザに、イカに人生を捧げた「イカ作家」
山下耕平の《自室の模様》は、アラフォー世代の作家自身が、かつて姉の部屋だった実家の空き部屋を制作場所として使わせてもらっている後ろめたさを表した作品。白と黒で塗った背景の上に薄い膜をコラージュしており、輪郭や色面の表現にクリアファイルを使うという、独自の技法を用いている。
山下耕平《自室の模様》
画面に登場している男性は山下本人で、部屋を使い続けていることを姉は何とも思っていないそうだが、本人の後ろめたさは今だに拭えないそうだ。なお、画面を2分割にした理由を山下本人に尋ねたところ、「祖父が使っていたハーフサイズカメラ(1枚のフィルムを2分割して2倍の枚数が撮れるカメラ)から着想を得た」という。
最後に紹介する宮内裕賀の《生かされていくこと》は、アオリイカの共喰いの場面を描いた作品だ。
1985年生まれの宮内は、20年以上イカを描き続けている「イカ画家」。イカは絵のモチーフであるだけでなく、インクになる墨、甲を乾燥して作る胡粉など、画材の原料でもある。毎日イカを食べて暮らし、その命をいただいて絵を描くという消費から生産へのストーリーは、知れば知るほど、作家のイカに対する愛とリスペクト、そしてとてつもない執着を感じさせる。
宮内裕賀《生かされていくこと》
ここではごく一部の作品のみを紹介したが、会場には、油彩、日本画、版画、写真など、多様性にあふれた斬新な平面作品を多数見ることができる。今後更なる羽ばたきを見せそうな若手現代作家たちの作品を、ぜひ現地で確認して欲しい。
『VOCA展2024』は3月30日(土)まで東京・上野の上野の森美術館で開催中。
展覧会情報
会期:2024年3月14日(木)~3月30日(土) 〔会期中無休〕
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
時間:10:00〜17:00(入場は閉館30分前まで)
入館料:一般 800円、大学生 400円、高校生以下無料