上野耕平、フレッシュな若々しさに ”円熟味”の色気も デビュー10周年を迎えますます高みへ~”with アンサンブル”コンサート開催
ソプラニーノ・サックスの新たな音色に世界初演も
後半プログラム最初の一曲は、前半の続きで上野と高橋のデュオによる 旭井翔一「Eclogue [田園詩]」。なぜこの作品をあえて別枠の後半プログラムにもってきたかというと、前半のラインナップの流れに沿ったアルトサックスでの演奏ではなく、あえてソプラニーノ・サックスという未知なる楽器を用いての演奏だからだ。上野自身、数年前から開発に携わり、改良に次ぐ改良を重ね、満を持して生みだされたというこの新楽器。実に制御するのが難しく、改良を重ねたことでようやくステージで音を聴かせる楽器にまで進化させることに成功したそうだ。
実際にステージ上で聴くとノンビブラートのような乾いた響きが独特な世界観を生みだし、この [田園詩] という副題が与えられた楽曲の特性を最大限に引き出していた。上野のテクニックと力量をもってしてもフラットな音程に聴こえてしまいがちな、ある種、原始的な響きすら感じさせるこの楽器の音を、上野はむしろ楽器に寄せる愛情をあふれんばかりに表現するかのように効果的に生かし、この作品が全編に湛える「無垢な」色合いを見事に表現していた。
また小さな楽器を力いっぱい響かせるその情熱あふれる息づかいが、この作品の根底にある “命あるもの” を輝かせる。ともすれば無機質ともいえるモノトーンなキャンバス地に潤いをもたらすピアノパートとの相乗効果も見事で、二人はその美点をも十分に熟知し、引き出していたのが印象的だった。
そして、ここからが “with アンサンブル” スペシャルコンサートの本領発揮。次なる ミヨー「スカラムーシュ」では、通常ピアノとの共演で演奏されることが多いこの作品を、あえてクラリネット、ファゴット、ホルン、オーボエ、フルートという木管五重奏との共演で聴かせた。特に第一曲目のVifでは、アルトサックスを囲んで、木管、金管という、いわゆる(サックスの)同族楽器たちが繰り広げる洒脱な会話が不思議と聴き手の想像力を掻き立てる。会場の聴衆もこの作品の魅力を数倍楽しんだことだろう。
本プログラム最後を飾るのは、イベールの代表作「アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲」。当日、上野のために駆けつけた日本を代表する11人の各種弦・管楽器奏者たちがリアルにステージ上に登場し、それだけでも迫力があった。
「イベールは『11人の楽器奏者一人ひとりが主役である』と考えていたのでは……、という信念が以前から僕の中に強くあって、かねがね日本を代表する音楽家の仲間たちとともにその思いを実現したいと考えていました。今日、まさにその夢が実現しました」と演奏前に上野がそう語っていたのも興味深かった。
当作品はサックス奏者にとって、オーディションやコンクールで必ず課題曲や勝負曲として扱われる作品だけに、実は上野自身にとってもあまり良い思い出がないそうで、「だからこそ、この作品の真価を導き出せることをよりいっそうやってみたかった」という。それだけに上野率いるアンサンブルの意気込みが冒頭から伝わってきた。アルバン・ベルクの室内管弦楽曲を思わせる音の厚みと密度の濃い色彩に加え、まさに一人ひとりが主役と感じさせるオーケストレーションの妙で客席を圧倒。魅惑的な音の渦の中で奏でられる上野の音の安定感もまた格別だ。
サックスのソロで始まる後半のラルゲット。前述のように盤石なアンサンブル(オケ)に支えられている安心感からだろうか、上野はひときわスケールの大きいフレージングで腹の底から深い音を聴かせる。続く、アタッカで入るアニマートからは全員が一つになって今日のこのスペシャルなひとときを心から楽しんでいる様子が音にのって伝わってきた。
アルトサックスによるソロ・カデンツァのくだりでは、上野はこの作品が持つ独特の言語を自由闊達に繰り出し、華麗なる技巧で雄弁に語ってみせた。まるで仲間たちに触発されて、上野にさらなるインスピレーション舞い降りてきたかのような得も言われぬ数十秒だった。
互いが刺激し合い、楽しみながら瞬間に火花を散らす喜び——これこそが音楽をする醍醐味なのだと改めて感じさせられる好演。演奏を終えた直後の、「弾き始めると一瞬にして終わってしまうんですね。だから、始めなければよかった……と思うほど、楽しいひとときを過ごしました」という上野の言葉が実に印象的だった。
舞台上の12人に惜しみない拍手が贈られた後、アンコールの一曲を演奏。再びピアノの高橋とともに、近年、(上野に)献呈されたという唯一無二の作品を本日初めてソプラノサックスで演奏した。
新進気鋭の作曲家 山本菜摘による 「上野耕平さんのための」 というこの作品。今回が正真正銘の世界初演だというから客席も大いに沸いた。ソプラノサックス奏者としての上野のアイデンティティを象徴するかのように繊細で歌心に満ちた美しい作品——淡い香りを漂わせる余韻あふれる演奏で上野と高橋は ”特別なひととき” を締めくくった。
終演後のサイン会の様子
取材・文:朝岡久美子
【上野耕平】出演情報
会場:調布市グリーンホール 大ホール (東京都)
鈴木優人(指揮)、上野星矢(フルート)、上野耕平(サックス)、桐朋学園大学シンフォニック・ウィンズ(吹奏楽)、明治大学付属明治高等学校・中学校吹奏楽班(吹奏楽) ほか
[曲目・演目]
モリネッリ:フォー・ピクチャーズ・フロム・ニューヨーク
尾高尚忠(黒川圭一編):フルート協奏曲
ラヴェル(大橋晃一編):ボレロ ほか
※上記以外の公演もございます。詳しくは下記ページよりご確認ください。
【The Rev Saxophone Quartet】出演情報
日程:2024年6月23日(日)12:50 開場 13:30 開演
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール (神奈川県)
[出演]
The Rev Saxophone Quartet(上野 耕平・宮越 悠貴・都築 惇・田中 奏一朗)
ドビュッシー:ベルガマスク組曲
サン=サーンス:動物の謝肉祭 ほか
※曲目は変更になる場合もございますので予めご了承ください
※上記以外の公演もございます。詳しくは下記ページよりご確認ください。
【ぱんだウインドオーケストラ】出演情報
日程:2024年6月30日(日)14:30 開場 15:00 開演
会場:めぐろパーシモンホール 大ホール (東京都)
水戸博之(指揮)
ソリスト:児玉隼人(トランペット)
ぱんだウインドオーケストラ(吹奏楽)
上野耕平(コンサートマスター/サクソフォン)
特別出演:目黒区立中学校吹奏楽部
[曲目・演目]
ホルスト:ハマースミス 吹奏楽のための前奏曲スケルツォ op.52
スパーク:マンハッタン (トランペット:児玉隼人)
リード:エル・カミーノ・レアル ほか