【コラム】第67回グラミー賞では何が起きたのか? 音楽ライター/ジャーナリスト・粉川しのが総括する
ビヨンセ Photo by Blair Caldwell for Parkwood Entertainment
人気・実力共に世界トップレベルのスーパースター達がこぞって主要部門にノミネートされ、激戦が予想された第67回グラミー賞。LAの山火事の影響で一時は延期や中止まで危惧された今年の授賞式だが、蓋を開けてみればそうした逆境を引き受けた上で人々の団結を促す愛に溢れたメッセージ性へと昇華した、素晴らしい式典になったのではないか。
ウィナーの顔ぶれからスピーチ、パフォーマンスまで、今年も様々な話題に事欠かなかったグラミーだが、まずは主要部門の結果から振り返っていくことにしよう。第67回グラミー賞主要部門の最大の注目ポイントは、やはり何と言ってもビヨンセが『Cowboy Carter』で悲願の「最優秀アルバム賞」を受賞したことだろう。彼女がグラミーの最多受賞者にもかかわらず、これまで「最優秀アルバム賞」を獲ったことがなかったことは、人種やジェンダーの問題も含めてグラミーの悪しき保守性としてしばしば批判されてきただけに、正直「やっとか……」と溜息が出なくはないが、『Cowboy Carter』が「最優秀カントリー・アルバム賞」もかっ攫ったのは痛快だった。昨年11月開催のカントリー・ミュージック・アワードではノミネートすらされなかった同作だけに、ビヨンセの受賞はグラミーとカントリー・ミュージックという二つの保守の壁を突き破った快挙だったと言える。
一方、ビヨンセからテイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュ、ザ・ビートルズまで交えて最大の混戦となった「最優秀レコード賞」を制したのは、ケンドリック・ラマーの「Not Like Us」だった。同曲は筆者も最優秀レコード賞の最有力候補だとは思っていたが、まさか「最優秀楽曲賞」まで獲るとは! 最優秀楽曲賞は作詞作曲を重視したソングライター寄りの部門で、ラッパーにとってはけっして有利なカテゴリーではない。実際、ヒップホップ・アーティストが獲得するのは2019年のチャイルディッシュ・ガンビーノの「This Is America」以来6年ぶりのことだった。リリックの大半をドレイクに対するディス=悪口が占めた同曲が作詞面で評価されたというのもシュールだが、それだけ同曲のカルチャー・インパクトが大きかったということだろう。ケンドリックは他にも「最優秀ミュージック・ビデオ」他5部門を受賞し、主要2部門を含む今年の最多受賞者となった。
今年の主要部門でアルバム賞に次いで事前予想が盛り上がったのが「最優秀新人賞」だ。というのも、「Espresso」が2024年にSpotifyで最も聴かれたナンバーとなったサブリナ・カーペンターと、新世代のクイア・アイコンとして圧倒的な存在感を示したチャペル・ローンという、2024年のポップ・シーンの台風の目だった二人の女性アーティストの事実上一騎打ちの舞台となったからだ。結果はチャペルの勝利となり、「駆け出しのアーティストに対して生活できる賃金と生活保険の補償」を音楽レーベルに求めたスピーチも時代の変化と、現代の若者の問題意識を体現したものに。こうしてビヨンセ、ケンドリック、チャペルという、アメリカの社会的マイノリティである黒人アーティストとクィア・アーティストが主要4部門を独占したことは、後にグラミーの大きな転換点として語られることになるはずだ。
なお、サブリナ・カーペンターは「最優秀ポップ・パフォーマンス」他ポップ部門を制し、「brat」が世界的流行語になるなど、音楽的にも社会的にも高い評価を得たチャーリーXCXの『BRAT』は、「最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム」他ダンス部門を制した。また、ドーチ(Doechii)が『Alligator Bites Never Heal』で女性ラッパーとしては史上3人目となる「最優秀ラップ・アルバム」を受賞したのも大きいだろう。こうして振り返ってみると、やはり今年も昨年に引き続き今年も圧倒的に女性アーティストの活躍が目立ったグラミーだったと言えそうだ。
1万人以上の音楽業界関係者からなる会員投票で受賞者が決まるグラミーは、その会員の大半が白人男性であることも含めて、長らく多様性の欠如を批判され続けてきたアワードだ。ビヨンセとケンドリックにアルバム/楽曲の最高賞をもたらした今年は、そんなグラミーが構造変化をアピールしたい年だったのだろうし、結果として例年以上にメッセージ性の強い授賞式となった。それは式典でのパフォーマンスやスピーチにも明らかで、特にメッセージの中核をなしたのが前述のとおり、山火事で甚大な被害を受けたロサンゼルスへの支援だった。レディ・ガガとブルーノ・マーズによるママス&パパスの名曲「夢のカリフォルニア」のカバーや、実際に火災でスタジオや自宅を焼失したバンド、ドーズのメンバーや、シェリル・クロウ、セイント・ヴィンセントらによる「I Love L.A.」など、山火事被災者に寄り添い、チャリティを呼びかけるパフォーマンスが胸を打った。ちなみに授賞式のハイライトである「最優秀アルバム賞」のプレゼンターは、山火事と闘ったLAの消防士達が務め、彼らが登場するとスタンディングオベーションに。受賞したビヨンセがスピーチで真っ先に語ったのも、「私たちの安全を守ってくれる消防士の皆さんへの感謝」だった。
山火事の影響が色濃く残るタイミングでの授賞式は、トランプ大統領の就任後、DEI(多様性・平等・包括性)政策の停止や、性的マイノリティの人々の権利制限などが次々に打ち出され、アメリカ社会に広がる動揺の最中で開催された授賞式でもあった。「性別は男と女の2種類のみ」を政府の公式見解とした新政権に対し、「最優秀ポップ・グループ賞」の受賞スピーチで「トランスジェンダーは透明な存在ではない」と痛烈に批判したレディー・ガガや、「グローバルインパクト賞」を受賞したアリシア・キーズが「DEIは社会の脅威ではなくギフトなのです」と語ったように、今年は「2度目のトランプ政権下のアメリカ」とエンターテインメントはいかに対峙するべきか、が示されたグラミーでもあった。そんな年のサプライズ・ゲストとしてザ・ウィークエンドが登場し、グラミー賞との確執の解消が示されたことも、大きな「前進」を印象付けるものだった。
文=粉川しの
主要6部門 受賞結果
▼年間最優秀レコード
ケンドリック・ラマー/Not Like Us
▼年間最優秀アルバム
ビヨンセ/COWBOY CARTER
▼年間最優秀楽曲
ケンドリック・ラマー/Not Like Us
▼最優秀新人賞
チャペル・ローン
▼年間最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)
ダニエル・ナイグロ
▼年間最優秀ソングライター(ノン・クラシック)
エイミー・アレン