望海風斗&明日海りおが切磋琢磨して新シシィへ~ミュージカル『エリザベート』囲み取材&ゲネプロレポート
以下、同日に行われたゲネプロの模様をレポートする。複数キャストはエリザベート=望海風斗、トート=古川雄大、フランツ・ヨーゼフ=田代万里生、ルドルフ=伊藤あさひ、ゾフィー=涼風真世、ルイジ・ルキーニ=尾上松也。
死、それは偉大なる愛
自由を愛し、類なき美貌を誇ったハプスブルク帝国最後の皇后エリザベートと、彼女を愛した黄泉の帝王“トート=死”。トートはエリザベートが少女の頃から彼女の愛を求め続け、彼女もいつしかトートの愛を意識するようになる。しかし、その禁じられた愛を受け入れることは、自らの死を意味した。滅亡の帳がおりる帝国と共にエリザベートに“運命の日”が訪れる―。
物語は、エリザベートを暗殺したルイジ・ルキーニの死の瞬間から始まる。ルキーニは死後の世界でもなお「なぜエリザベートを殺したのか」と裁判官から尋問を受ける。吸い込まれそうな暗闇に向かって「皇后自身が望んだんだ」と主張するルキーニ。彼はその証人として黄泉の帝王トート閣下と、霊廟に眠るハプスブルク家の人々を呼び起こす。これから始まるエリザベートの波乱に満ちた人生の回想劇に登場する人々が、「♪我ら息絶えし者ども」で口々にエリザベートの名を叫び歌い上げ、重厚な旋律に乗せて何層もの複雑なハーモニーを響かせる。このプロローグだけで、退廃的かつ官能的なエリザベートの世界観に否が応でも引き込まれてしまう。
ミュージカル『エリザベート』舞台写真
エリザベートの人生は、彼女を愛し求め続けるトートと狂言回しのルキーニに見つめられながら描かれる。奔放な少女時代、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフとの出会い、皇太后ゾフィーとの嫁姑問題、破綻していく夫婦関係、皇太子ルドルフとのすれ違い、そして死。ハプスブルク家の危機という時代の転換期に生きたエリザベートを取り巻く愛憎劇が、壮大で耽美的な音楽と共に紡がれていく。
宮廷という鳥かごの中に囚われながらも自由に生きたいと願うエリザベートの姿や、時を経て変化していく家族関係の問題など、描かれるテーマは非常に人間味がある。だからこそ、エリザベートとは生きる時代や立場が異なる人々にも強い共感を呼ぶのだろう。さらに、死という抽象的な存在のトートが作品のスパイスとなり、美しい夢見心地な世界へと我々を誘ってくれる。『エリザベート』という作品は、リアルとファンタジーを見事に融合させることで観る者を魅了し続けているのかもしれない。
ここで、『エリザベート』の世界で生きる魅力的な登場人物たちを紹介したい。
物語の中心となるエリザベートを、葛藤を抱えながらも自立した強い女性として演じきったのは望海風斗。宝塚退団後は芯のある大人の女性を演じる印象が強かった望海だが、あどけない表情や愛らしい語り口で少女時代のシシィ(エリザベートの愛称)も見事に体現していた。一幕の「♪私だけに」では清々しい表情で歌い始めたかと思えば、縛られることへの反発を顕にし、最後は自我の芽生えを感じさせる迷いのない瞳で高らかに歌い上げた。少女から自立した大人の女性への成長が手に取るようにわかり、後半にかけても劇中で描かれていない空白の時間すら、彼女の中で確かに生きて板の上に乗っていた。役作りの深さやその的確な表現力が申し分ない、望海らしいエリザベートだ。
本公演で三度目のトート役となる古川雄大は、まるで夜空に浮かぶ月を思わせるような静のトートで客席を魅了。暗闇の中から音もなく現れ、胸の内に秘めた青い炎を燃やしながら静かにエリザベートを見つめる。その美しい眼差しは、一見何を考えているのかわからず掴み所がない。動きや感情が抑えられている分「♪最後のダンス」など激しく感情を爆発させる場面は鮮烈で、強い吸引力で引き込まれる。「♪私が踊る時」に至っては、トートの手を取らずひとりで踊るエリザベートに振り回されているようにも見え、悔しげな表情を覗かせる瞬間も。終始エリザベートに翻弄されながらもそれすら楽しんでいるように感じられ、芯のある望海のエリザベートと好相性なトートに思えた。
2015年公演からフランツ・ヨーゼフを演じ、役を深化させ続けているのは田代万里生だ。エリザベートと出会う頃の若かりし皇帝から、次第に年老いていく変化の演じ分けは流石の一言。とても同じ人物とは思えないほど、一作品の中で声色や声のトーンを使い分けている。幼い頃からゾフィーの厳しい躾を受け、感情を殺して皇帝という重責を抱え、エリザベートとの束の間の幸せを経て、孤独に生きた彼の人生は想像を絶する。閉ざされたエリザベートの部屋の扉に背を向けて去る姿は、何とも切ない哀愁が漂っていた。
若き皇太子ルドルフを演じたのは、本作初参加となる伊藤あさひだ。『1789 -バスティーユの恋人たち-』(2025年)のロベスピエール役を好演していた彼は、時代に翻弄された青年を体当たりで熱演。革命に加担したために窮地に追い込まれ、実の母にまで見捨てられてしまうルドルフ。鬼気迫る表情で破滅へと突き進む姿は、危うさを孕んだルドルフの内面を映し出しているようだ。
この回想劇を始めた張本人であるルイジ・ルキーニを演じたのは、本作には2015年ぶりの出演となる尾上松也。狂言回しとして第四の壁を自由自在に行き来し、舞台と客席の架け橋を見事に務め上げた。歴史の傍観者であり当事者でもある彼は、飄々としながらも鋭い目つきで、真実とは何かを客席に問いかけてくる。ルキーニの代名詞的なナンバー「♪キッチュ」では客席を大いに沸かせ、その存在感を遺憾無く発揮していた。
他にも、厳格な皇太后ゾフィーを迫力満点の演技で魅せる涼風真世、ルドヴィカ/マダム・ヴォルフの二役を活き活きと演じる未来優希らをはじめ、長年本作に携わってきたベテランキャスト陣らの健闘により、作品に安定感がもたらされていたのは言うまでもない。
世界中の様々なカンパニーで上演され続け、多くのミュージカルファンを虜にする作品の魅力を、まざまざと感じさせられた3時間だった。
東京公演は東急シアターオーブにて11月29日(土)まで。その後は北海道、大阪、福岡公演と全国ツアーが年明けまで続き、2026年1月31日(土)に博多座にて大千穐楽を迎える予定だ。なお、本公演のライブ配信(アーカイブあり)とBlu-rayの発売も決定している。泣く泣く劇場へ足を運べない方も、2025年の『エリザベート』をぜひその目で見届けてほしい。
取材・文・撮影(囲み取材)=松村蘭(らんねえ)
公演情報
エリザベート(ダブルキャスト) 望海風斗/明日海りお
トート(トリプルキャスト) 古川雄大/井上芳雄(東京公演のみ)/山崎育三郎(北海道・大阪・福岡公演のみ)
フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト) 田代万里生/佐藤隆紀
ルドルフ(ダブルキャスト) 伊藤あさひ/中桐聖弥
ルドヴィカ/マダムヴォルフ 未来優希
ゾフィー(ダブルキャスト) 涼風真世/香寿たつき
ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト) 尾上松也/黒羽麻璃央
ツェップス 松井 工
エルマー 佐々木 崇
ジュラ 加藤 将
シュテファン 佐々木佑紀
リヒテンシュタイン 福田えり
ヴィンディッシュ 彩花まり
福永悠二 港 幸樹 村井成仁 横沢健司 渡辺崇人
天野朋子 彩橋みゆ 池谷祐子 石原絵理 希良々うみ 澄風なぎ 原 広実 真記子
美麗 安岡千夏 ゆめ真音
五十嵐耕司 岡崎大樹 澤村 亮 鈴木凌平 德市暉尚 中村 拳 松平和希 渡辺謙典
三岳慎之助 傳法谷みずき
加藤叶和/谷 慶人/古正悠希也
■Creative
脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽/編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団)
音楽監督:甲斐正人
歌唱指導:山口正義/やまぐちあきこ
振付:小㞍健太・桜木涼介
美術:二村周作
照明:笠原俊幸
衣裳:生澤美子
音響:渡邉邦男
映像:石田 肇
ヘアメイク:富岡克之(スタジオ AD)
演出助手:小川美也子/末永陽一
舞台監督:廣田 進
オーケストラ:東宝ミュージック/ダット・ミュージック
指揮:上垣 聡(東京公演)/宇賀神典子(北海道・大阪・福岡公演)
稽古ピアノ:中條純子/宇賀村直佳/石川花蓮
制作:廣木由美
制作助手:権藤 凜
プロデューサー:服部優希/江尻礼次朗
スーパーヴァイザー:岡本義次
<東京公演情報>
2025年10月10日(金)~11月29日(土)東急シアターオーブ
SS席 平日 20000円 土日祝日・千穐楽 21000円
S席 平日 18000円 土日祝日・千穐楽 19000円
A席 平日 12000円 土日祝日・千穐楽 13000円
B席 平日 7000円 土日祝日・千穐楽 8000円
*千穐楽公演:11月28日(金)18:00、11月29日(土)12:00
*キャストスケジュールにつきましては、HP をご確認ください。
2025年12月9日(火)~18日(木)札幌文化芸術劇場 hitaru
2025年12月29日(月)~2026年1月10日(土)梅田芸術劇場メインホール
2026年1月19日(月)~31日(土)博多座
製作:東宝株式会社
制作協力:宝塚歌劇団
後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム東京
協賛:LivePocket(KDDI グループ)