井上芳雄「自分たちの話として、劇場で一緒に体験してもらえたら」~出演者が登壇した、『大地の子』製作発表会見レポート

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(左から)山西惇、上白石萌歌、井上芳雄、奈緒、益岡徹

(左から)山西惇、上白石萌歌、井上芳雄、奈緒、益岡徹

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『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、数々の大作を世に出してきた山崎豊子による小説『大地の子』が2026年に舞台化される。本作は、戦争孤児となって中国人教師に拾われた少年が、中国人「陸一心(ルー・イーシン)」として育てられた半生を描いた物語。原作は1987年から「月刊文藝春秋」にて連載された。

執筆の際、山崎豊子は当時外国人に開放されていなかった中国の農村地区に足を運び、多くの戦争孤児から聞き取りを行うことで物語に命を吹き込んだという。この巨編に挑むのは、脚本・マキノノゾミ、演出・栗山民也。さらに井上芳雄をはじめとする豪華スタッフ・キャストが集結している。

『大地の子』PV

この度、本公演の製作発表会見が行われ、会見には、井上芳雄、奈緒、上白石萌歌、山西惇、益岡徹が登壇した。

井上:いつも以上に重責を感じ、しっかり届けなければと思っています。僕自身ドラマを夢中で見て、原作も繰り返し読みました。大切な物語に出演できる、奇跡のような巡り合わせをいただきました。難しい時代になってきていますし、過去を知ることは未来を知ることだと思うので、演劇を通して精一杯伝えていきたいです。

奈緒:こうして皆さんのお顔を見ていると、作品の注目度と期待の大きさを実感します。稽古場で自分自身、作品としっかり向き合っていきたいです。

上白石:戦後80年を迎えた今、この作品を上演すること、私が参加させていただけることに大きな意義を感じています。共演者の皆様、栗山民也さんの言葉を信じて、与えられたものを噛み締めて生き抜きたいです。

山西:大作の大役にご指名いただき震えています。大変な時代になってきているので、こういった物語をしっかり上演できたら素晴らしいなと。栗山さんを信じてみんなで作り上げていきたいと思います。

益岡:原作の小説も読んでいますし、NHKのドラマも毎回感動しながら見ました。その世界を舞台で皆さんにお見せできることに心が震えます。稽古初日までいろいろな時間を過ごせるのではないかと思っています。

井上芳雄

井上芳雄

<演出:栗山民也コメント>

戦争によってかけがえのない命を奪われた人々に、もう一度言葉を送り、全身を与える。これが演劇の一つの仕事だと、ある劇作家の強靭な姿勢から教えられたことがある。生者と死者は、いつも重なり合う。そのことが私の中に「記憶」という大切な言葉となって強くへばり付き、稽古場でのあらゆる事象と出会うたびに、それが今を映し出す「記憶の再生装置」なのだと考えるようになった。

この山崎豊子さんの『大地の子』を随分と前に読んだ時、広く限りなく拡がる黄色の大地の上を、幾万人もの人たちが並んで歩む姿が、生まれては消える影のような運命の残像に見えた。その歴史をどこまでも深掘りした文章の奥には、その時代の陰惨な幾つもの光景が刻まれている。満蒙開拓団のリアルな歴史が、一人の青年を通して明らかにされていくのだが、お国のためにという大義のもと、それは国をあげて推し進められた開拓という占領政策であった。そして、棄てられていった。写真と文章で綴る江哉常夫さんの「シャオハイの満州」という、旧満州の姿を映し出した記録の本が、わたしの机の上にある。この物語を考える中で、何度もページを開き、そこに写された残留孤児たちの顔を見つめる。今、何を語り掛けようとしているのか。そのぼんやりとどこか漂うような目の奥から、こちらに向かって厳しく無数の感情で問いかけてくる。

―誰も置き去りにしてはいけない。誰もが世界から必要とされているのだから―

そんな死者たちの無数の声が聞こえてくる。

この「シャオハイ」という言葉は、中国語で子供のことである。

稽古に入る時、いつもこんなことから始める。物語に描かれた時代を見つめるため、その時代のその場所の真ん中に自分を立たせてみる。そこで見えてくるもの、聞こえてくるもの、肌で感じるもの全てを、全身で受け止める。時の記憶、場所の記憶を自ら体験してみることから始める。

素敵な俳優たちが、揃った。みんなで、この物語をしっかりと丁寧に力を込めて、嘘のない舞台にしたいと思う。

奈緒

奈緒

<質疑応答>

ーーオファーが来た時の思い、原作やドラマの感想を教えてください。

井上:原作もドラマも見ていたので、お話をいただいた時はびっくりしました。ドラマも家族で毎週見ていたので、まず両親に知らせました。両親も「元気でいなきゃね」と喜んでいます。

奈緒:オファーをいただいた時、「本当に私に?」と思いました。それくらい大きな出来事で、栗山さんとお話しした時にようやく実感が湧きました。物語の中には自由に受け取っていただくのがいいものもたくさんあると思いますが、この作品は一種の正しさを私たちが強く持って届けなければならないと思うので、稽古場で探したいと思います。

上白石:お話をいただいた時は、山崎豊子さんの壮大な世界に飛び込めるのかという不安もありました。でも、私にとって演劇の神様のような存在である栗山さんとご一緒できるのが本当に楽しみです。井上さんは勝手に親戚のような親しみと心強さを感じています(笑)。原作の小説とドラマ、漫画などを拝見しましたが、何度も心が痛くなりつつ、読み終えるとどこか温かさや清々しさを感じました。(一心は)過酷な運命に翻弄されながらも、手を差し伸べてくれる人がたくさんいて、その手を握って自分の人生を直向きに歩んでいく。その姿に感銘を受けましたし、自分も手を差し伸べる役を与えられていると思います。稽古までの間も原作を読み返し、稽古中に栗山さんからいただく言葉を咀嚼していけたらと思っています。

山西:お話をいただいた時は「できるのか?」と思いました。でも、栗山さんとは10年以上の仲で、彼に会う前と会った後で自分の俳優人生に紀元前・後くらい違いがある(笑)。それくらい信頼をおいている演出家です。中国の方の役ですが、中国語は喋らなくていいらしいので、そこは安心しました。栗山さんのマジックですごい作品になる予感があるので、早く稽古が始まらないかなと思っています。

井上:山西さんから「中国語の勉強した方がいいのかな」と連絡が来ました(笑)。

益岡:僕の台本には「ここは中国語で」と書いてあるセリフがありましたよ。

井上:情報が錯綜している(笑)。

益岡:ドラマだと10話ほど、原作はさらに膨大な作品を2、3時間にまとめている台本が素晴らしいなと思いました。それを今の時代にお見せできるのは素晴らしいこと。真実として稽古を積み重ねていけたらと思います。

上白石萌歌

上白石萌歌

ーー栗山さんの演出における印象的なエピソードを教えてください。

山西:一緒に稽古した方はみんな思っているでしょうが、「栗山語録」という本を出してもいいんじゃないかと思うくらい名言が多いです。僕が一番印象的だったのは、「稽古っていうのは、その役の声を探す時間なんだよ」という言葉。あと、「“今日”って一言で明治っていう時代が見えないかな」とか(笑)。「そんなこと言うならやったろか!」と思う言葉を言ってくれる。ここまでは演出家の仕事、ここからは俳優の仕事と明確に提示して、きっかけになる言葉を投げかけてくれる演出家です。

山西惇

山西惇

ーー本作に取り組む上で大変そうだなと思っていること、大きなチャレンジになりそうなことがあったら教えてください。

益岡:時勢が行きつ戻りつするので、お客様にしっかり分かってもらうことを信じて挑戦していくことになると思います。

奈緒:舞台化にあたって、私が演じる張玉花がストーリーテラーとなっています。皆さん私と同じ目線で物語に触れてくださると思いますが、やったことがない役割なので大きな挑戦です。

上白石:基本は日本語ですが、役名や地名は中国語かもしれないと伺っています。大学時代に少しだけ勉強しましたが、発音で意味が変わることもあるのでちょっと復習しておこうかなと思っています。

井上:中国語のセリフがあるみたいな流れになってきてない?

一同:(笑)。

井上:素晴らしい俳優が揃っているので、皆さんの手を握りながらやりたいです。原作を読むと、陸一心は壮絶な体験をしている。舞台では全ての事柄を描けないですが、だからこそ自分が板の上に立った時に説得力を持ちたいです。みんなでそれを出すのが一番のチャレンジかと思います。

益岡徹

益岡徹

ーー同世代や若い方に伝えたい作品の魅力を教えてください。

井上:まずは見て知っていただきたいです。実際にあったことをもとにしている物語を、演劇としてエネルギーがある魅力的なものにしたい。個人的に思うのは、決して遠い話ではないということ。満蒙開拓団は各村から人員を出さなければならないし、満州には希望があると言われていた。僕がその状況に置かれていたら行く可能性はあるし、親が行くとなったら子供はついて行くしかない。「昔って大変だったんだな」ではなく自分たちの話だと若い世代に伝えて、繰り返すべきではないということを共有したいです。

奈緒:私が今年出演した『WAR BRIDE-アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン-』という舞台も戦争を題材にしていました。自分自身、無知って怖いと思いながら生きてきました。この1年、戦争を題材にした作品に向き合ってきた中で、無知は余白なんじゃないかと感じるようになりました。その余白を優しいもので埋めていくため、この舞台に触れてほしいです。「戦後」という言葉を続けるためにも、想像し続けることが必要。皆さんと一緒に、祈るような気持ちでこの舞台を共有できたらと思います。

上白石:5年前に栗山さんと舞台『ゲルニカ』でご一緒した時も、戦争が題材でした。その時も、平和ってなんなんだろう、人が人らしく生きるってどういうことだろうと考えを巡らせました。私自身戦争を直接経験した時代ではありませんし、経験した方も少なくなっている。その中で、役者が語り部となって伝えていくべきものもたくさんあるんじゃないかと思います。戦後80年の今、改めて考えながらお届けできたらと考えています。

(左から)上白石萌歌、井上芳雄、奈緒

(左から)上白石萌歌、井上芳雄、奈緒

会見後には、井上芳雄、奈緒、上白石萌歌による囲み取材も行われた。

ーー役作りはどのように考えていますか?

奈緒:今回は栗山さんが稽古場にいるのがすごく大きいと思います。栗山さんの演出の時って、最初からセットがある印象。栗山さんの脳内にあるものを楽しみにしたいです。今回の作品は、役者としてもそうだけど、自分自身がどのように物事を捉えて生きているかが反映されるのではと恐れを感じています。舞台に立つまでにしっかり作品と向き合いながら生活したいです。

井上:栗山さんのコメントにあった『シャオハイの満州』を僕も読んでいますが、残留孤児それぞれに違う人生がある。いろいろな人の人生や思いを受け取れるだけ受け取ってエネルギーにし、誠実に挑みたいと思っています。

上白石:父が社会科の先生をしていたので、当時の中国情勢などたくさん質問しているところです。でも一番は、お稽古で栗山さんからいただいたヒントをどれだけ自分のものにできるか。できるだけまっさらな状態で稽古に入りたいと思っています。

ーー楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。

井上:一見難しそうに感じますし、実際に軽い話ではありません。でも、皆さんが興味を持ってくださっていることが感じられて勇気が出ました。発表されてからも「見に行きたい」という声をたくさんいただいて、すごく嬉しいです。自分たちの国、自分たち人間がしてきたことを演劇にするという大事なことをさせていただくので、共有しにきていただけたら幸せです。

(左から)山西惇、上白石萌歌、井上芳雄、奈緒、益岡徹

(左から)山西惇、上白石萌歌、井上芳雄、奈緒、益岡徹

本作は2026年2月26日(木)~3月17日(火)まで、明治座にて上演される。


取材・文・撮影=吉田沙奈

公演情報

『大地の子』
原作 山崎豊子『大地の子』(文春文庫)
脚本 マキノノゾミ
演出 栗山民也
出演   
井上芳雄 奈緒 上白石萌歌 山西惇 益岡徹
飯田洋輔 浅野雅博
増子倭文江 天野はな 山下裕子 みやなおこ 石田圭祐 櫻井章喜 木津誠之 武岡淳一 ほか
 
日程 2026年2月26日(木)~3月17日(火)
会場 明治座 
2025年12月6日(土)一般前売開始
 
主催・製作 明治座 東宝
お問合せ 東宝テレザーブ 0570-00-7777(ナビダイヤル/11:00~17:00)
 
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