坂本龍一が晩年に最も力を注いだ「KAGAMI+」遂に日本上陸 本作の演出家Todd Eckertが作品の意義、そしてその音楽の魅力を語る
トッド・エッカート
坂本龍一が、晩年に最も力を注いだプロジェクトが、遂に日本公開される。「KAGAMI+」は複合現実(MR)の最新技術を使用し、観客は特殊な透過型ヘッドセットを装着することで、驚くほどに鮮明な坂本龍一の姿とピアノの音響を間近で体感できる。前代未聞のアート・プロジェクトとして、2023年のニューヨークでの世界初演から、世界各国で上演されて大きな感動を呼び起こしてきた「KAGAMI」が、日本公演にあたってさらにバージョンアップ。タイトルに「+」が加わった「KAGAMI+」はそういう意味だ。
プロデュースを手掛けたのは、坂本龍一と、アメリカのビジュアル制作チームとして数々の話題作を手掛けてきた Tin Drum 。チームを率いる演出家トッド・エッカートは坂本龍一と30年来の交流があり、坂本龍一の没後もこのプロジェクトを完成・発展させるために尽力してきた。SPICEでは、「KAGAMI+」のプロモーションのために来日したトッド・エッカートをキャッチして、インタビューを敢行。作品の意義、坂本龍一との交流、その音楽の魅力について、たっぷりと語ってもらった。
まずインタビューの前に、実際にヘッドセットを装着してデモンストレーション演奏を体験させてもらったのだが、これが想像以上に凄かった。がらんとしたレコード会社の会議室の真ん中に突然グランドピアノが現れ、それを弾く坂本龍一の姿がわずか数センチの目の前に浮かび上がる。表情や体の動きはもちろん、鍵盤を押さえる指の動き、ピアノ線の動きまでも忠実に再現した技術の高さはまさに驚異的で、ヘッドセットを外して何もない空間に戻った時に、怖さを感じるほどだった。「素晴らしい」と伝えると、トッド氏は笑って「音響も映像も、本番はこんなものじゃないですよ」と言った。RYUICHI SAKAMOTO & TIN DRUM「KAGAMI+」の開催は、2026年6月27日(土)~10月12日(月・祝)で、会場は大阪・うめきた公園 ノースパーク内の文化施設「VS.(ヴイエス)」。百聞は一見に如かず、の言葉はたぶんこの作品のためにある。
――「KAGAMI+」の日本での開催を心より歓迎し、祝福します。「KAGAMI+」はトッドさんのキャリアの中で、どのような意味を持つ作品でしょうか。
「KAGAMI+」は、ここまで「自分が絶対に成し遂げなければいけない」と思うほどのものがあったか?と言えば、なかったと言えるほどの作品です。私は13歳ぐらいの時、とても若い時に初めて龍一の音楽を聴いて、本当に斬新で、バイタル(きわめて重要な)で、美しさと恐れを知らなさとの見事なコンビネーションを感じ取り、それからずっと聴き続けていました。彼の音楽こそ私が思い描いていた理想の世界でした。なぜかというと、長年の間に、彼の作品は常に変化していったんですね。時々ミュージカルっぽいジャンルに入り込んだり、オーケストラ作品を作ったり、ブラジル音楽にチャレンジしたり、ミニマリストになったこともありましたし、マインドがパンクロックのものもあった。「音楽に何ができるか」ということに対して、常に好奇心に満ちていたので、聴き飽きるということはまったくありませんでした。私にとってそれほど、龍一は大きな存在なんです。
――「KAGAMI+」には四つのエレメントがあると私は思います。①価値あるアート作品、②素晴らしい音響作品、③最新の映像テクノロジー、④音楽家・坂本龍一の貴重なレガシーです。それぞれのポイントにおいて、この作品の優れた点と独自性について、語っていただけますか。
まずこれを一つのアート作品と考えて、自分自身が取ったアプローチなんですが、曲によってビジュアル・アプローチを変えようとしたんですね。なぜかと言うと、「ここである男がピアノを弾いている」というだけになってしまうと、単なるクラシックミュージックになってしまうというか、もちろん彼はクラシックミュージックも演奏できるんですけれども、そこに向かうマインドが違うので、彼のことを知らない人が来たくなるような作品にするなら、ピアノとアートを融合した形にしようと思いました。そして、サウンド的には、音響を手掛けた天才的なオーディオ・エンジニア、ZAKの才能が全てですね。冷たいコンクリートの部屋の中で、龍一のピアノサウンドが耳から2ミリぐらいのところで聴こえるような、素晴らしいサウンド作りをしてくれました。
――それはまさに、先ほど体感しました。
設備が整った環境の中でちゃんと聴くと、もっとすごいですよ。さっき聴いていただいたものに、もし感動していただけたら、それはZAKが素晴らしいからです。でもまだまだ、こんなものじゃないです(笑)。そして三つ目の、ビジュアルに関してですけれども、フランスの会社が開発した4DViewsというシステムを使って(*4D View Solutions社による世界初の商用ボリュメトリックビデオ(Volumetric Video)キャプチャシステム)、等身大の龍一がそこにいるかのようなキャプチャをしました。そのテクノロジーを、クレッセント社という日本の映像会社が最善の方法で使うことで、今の形に仕上がったんですが、素晴らしい才能のアーティスト、そしてサイエンティストの組み合わせによって、本当に素晴らしい作品ができたので、それだけ才能ある世界中の方々と繋がれたことに、すごく感謝しています。もう一つ、レガシーについてのご質問ですが、私は元々、龍一のレガシーを守っていこうと考えてはいなかったんですね。なぜかというと、まだ時間があると、まだこの先に続きがあると思っていたんです。なので今回は、彼のキャリアの中でのいろんな曲を集めて作品を作ったんですけど、自分にとってはまだスターティングポイントだったんです。「これからどんどん作っていこう」という気持ちがあったんですけれども、彼には様々な側面があるので、最初はなるべく彼らしさ、「坂本龍一らしさ」にこだわって作ろうと思った、それが結果的にレガシー的な作品になったということだと思います。
トッド・エッカート
――坂本龍一自身がこのプロジェクトに寄せた思い、情熱、コンセプトはどのようなものでしたか。彼との対話の中で印象に残っている言葉があればおしえてください。
元々、龍一とは以前から交流があって、今回のプロジェクト以外にもいろんな会話はあったんですけれども、この作品に関しては、何か新しいものを作っていくことこそが自分のレガシーだと彼は思っていて、一つの作品ごとに、「よし、これが自分のレガシーだ」と考えているわけではなかったと思います。彼はあまりにも功績が多いんですが、過去についてはほとんど話さないんですね。こんなに素晴らしい、いろんな重要なことを成し遂げているのに、常に新しい技術や、新しい音の聴き方や、そういうことにフォーカスしていた。だからこそ彼の作品はエネルギーに満ちているし、そのエネルギーや好奇心自体が、彼のレガシーを作っていったんじゃないかなと思います。「KAGAMI+」では、彼の頭の中の仕組みのようなものを、作品に反映させることができたと思っています。
――坂本龍一の音楽について、トッドさんの感じ方を教えてください。たとえば「日本的だ」と感じることはありますか。
坂本龍一という人は、日本で人格形成をされているんですが、「日本一のプレイヤーだ」と称賛されてしまうと、話が大きくなりすぎてしまう気はします。これは本人から聞いた話ですが、彼はあまり子供らしい幼少時代を送れなかったようで、「学校に行く。家に帰ってピアノの練習。それだけ」みたいな生活だったそうです。でも、だからこそ、「一つの目標に向かって進むストイックさ」のような、私が思う、すごく日本的な感覚を感じられるんですね。でもニューヨークに移住したあと、ニューヨークは日本的な、ストイックなマインドはない場所なんですが、その代わりに世界中の人や文化を体験できる街なので、日本で育っていなければ坂本龍一という人はできなかったけど、そこからニューヨークに来なければ、その後の坂本龍一という人もいなかったと私は思います。
――その分析は、非常に興味深いです。音楽のジャンル的にも、ストイックさと、エクレクティック(折衷的)な感覚と、両方を持っていたように思います。
私が見た、ニューヨークのあるクラブでの一夜を思い出します。龍一はDJをやっていて、一台のターンテーブルではクロード・ドビュッシーをかけて、もう一台のターンテーブルには、サンドペーパー(紙やすり)を乗せていた。そして、2秒で針が壊れた(笑)。でも、それが龍一だと思うんです。彼はドビュッシーにものすごく深い愛とリスペクトを持っていて、決してディスリスペクトでそんなパフォーマンスをやったわけではない。ただ、「真の美と、真のノイズを取り合わせたらどうなるんだろう?」という好奇心をすごく持っていた。それを合わせると、クラシックになるのか、それとも全く新しいものになるのか?と。彼は50年以上も、常に新しいものを追い求め続けていたわけで、たとえばバッハの曲も、完璧に美しく演奏ができるけれども、同時にビル・ラズウェルふうのファンクから始まって、ピアノに移行して、みたいな曲も作れる。彼は全てを網羅しているんですよね。でも、全てを網羅しながらも、自分の中では錯覚を起こしてはいないし、他の要素を無視しているわけではないんです。
トッド・エッカート
――それも非常に興味深いエピソードです。
今朝、「Untitled 01」(1997年)を聴いていたんですけれども、初めは美しいクラシックのような、「Grief」=嘆きのパートから始まるんですね。でもそこから、「Anger」=怒りのパートに変わって、まるでルー・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』のような感じになっていく。一体これは何なのか?と思うんです。
――彼にはジャンルの感覚はなかったようですね。個人的な話ですけど、15歳から坂本龍一を、YMOから始まって、最後のオリジナルアルバム『12』まで、全ての時代が好きです。変わり続ける彼が好きでした。
私は『左うでの夢』(1981年)から聴き始めました。
――おお! 世界中にいるんですね、そういう子供が。
その時僕はテキサスに住んでいて、周りでそんなものを聴いている人は、一人もいなかったんですけどね(笑)。龍一みたいな人は、他に誰もいないと思います。常に変化していったという意味では、デヴィッド・ボウイもそうだと思うんですが、ボウイと違う点と言えば、良くなかった時期がないということです。
――それは…ちょっと共感します(笑)。
もちろんボウイも、基本的に全ての作品が素晴らしいと思いますよ。でも、ほんの束の間だけ、良くなかった時期もあったと思います(笑)。
――話を「KAGAMI+」に戻して。これまでにニューヨーク、ロンドン、マンチェスター、台北、シンガポール、メルボルン、イタリア、香港などで上演されてきましたが、記憶に残るエピソードはありますか。
「KAGAMI」のプレミアは2023年にニューヨークとマンチェスターで行われたんですが、ニューヨークの公演はちゃんと見ていないんです。オープニングだけ見て、すぐにマンチェスターに行ったので、ニューヨークの観客の反応は見ていないんですが、マンチェスターでは時間帯によって観客の反応が違いましたね。朝10時から夜11時までやっていたんですが、夜8時ぐらいまでは、静かに聴きながら、泣いている人もいた。でもそれ以降になると、酔っぱらった観客が現れて、踊り始める(笑)。
――うーん、それは、マンチェスターらしいと言いますか(笑)。
そして今回の作品は、「(ピアノの周りを)皆さんに歩いてもらう」というのがそもそものデザインになっているんですが、「もしも歩かなかったらどうしよう」という懸念があったんです。台湾では、台北の国立劇場(國家戲劇院)で上演されて、何週間も前からソールドアウト状態ではあったんですが、文化的な習慣として、立ち上がって歩いてくれるのか、わからなかった。でも実際に始まって、数秒経ったところで、一人の若い女性が立ち上がってピアノのほうに歩き始めた。それをきっかけに全員がピアノのほうに歩いていった、そにシーンがとても印象に残っています。どの都市でも、皆さんよく歩いてくれます。
――歩きながら鑑賞するものなんですね。「KAGAMI+」は。
そして、私が会場にいると、皆さんが来て、どういうリアクションをしたか、どういう経緯でこのライブを知ったか、という話をしてくれるんですが、ニューヨーク公演の最終日に、ある男性が私に「今まで坂本龍一を聴いたことがなかったけれど、友達に誘われて見に来ました」と言ったんです。そして、パフォーマンスという概念が完全に変わったということ、これまでライブパフォーマンスでは経験したことのないような、エモーショナルな感覚に襲われたということを話してくれて、「今日が3度目です。今回は85歳の母を連れてきました」と言われた時に、自分たちが頑張って作り上げた作品が、まさに龍一と二人で「こうなったらいいな」と思い描いていたものになったということを感じて、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。日本を超えて、アメリカを超えて、白人も黒人も関係なく、坂本龍一を聴いたことのない人たちに影響を与えることができる作品になったということに、本当に喜びを感じています。
トッド・エッカート
――素晴らしいエピソードを、ありがとうございます。最後に、坂本龍一の母国である日本のオーディエンスに、メッセージをいただけますか。どんなふうに楽しんでほしいですか。
晩年の龍一は、コンサート活動はほとんどできなかったので、彼の演奏を見たことがない人もたくさんいると思いますが、彼は世界的に見て、本当に一握りのアーティストしか到達できない文化的な地位を築きました。日本での観客の皆さんが、今まで体験したことのない最高の技術と共に、日本が生んだ最高峰のアーティストのパフォーマンスを、全く新しい方法で体感できるということが、私の最高の喜びですし、どうか心と頭を解放して、自身と坂本龍一さんとの特別な関係を築いていただけたら幸いです。
取材・文=宮本英夫 撮影=大橋祐希