隼人×染五郎、幸四郎×松也、松也×隼人 3組の“2人”に揺さぶられる、歌舞伎座『七月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

レポート
舞台
2026.7.15
昼の部『御浜御殿綱豊卿』(前)富森助右衛門=中村隼人(後)徳川綱豊卿=尾上松也

昼の部『御浜御殿綱豊卿』(前)富森助右衛門=中村隼人(後)徳川綱豊卿=尾上松也

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2026年7月2日(木)に初日を迎えた歌舞伎座『七月大歌舞伎』。昼の部では、大名と太郎冠者の『末広がり』、明智光秀と織田信長をモデルとした『時今也桔梗旗揚』、徳川綱豊卿と赤穂浪士・富森助右衛門の『元禄忠臣蔵 御浜御殿』が上演中。立場の異なる2人の男が3組、三者三様のドラマをみせる。『御浜御殿』はAプロ(片岡仁左衛門、松本幸四郎)、Bプロ(尾上松也、中村隼人)のうち、Bプロをレポートする。

一、末広がり(すえひろがり)

中村隼人と市川染五郎という、若く美麗な2人が軽妙に楽しませる一幕。

幕が開くと、パッと目をひく赤い山台に長唄と囃子方が並び、背景には立派な松が大きく描かれている。能舞台を想起させる舞台で繰り広げられるのは、狂言『末広かり』をもとにした舞踊劇だ。

市川染五郎の大名が語るところによると、竹馬の友の妹が結婚する。お祝いに末広がり(扇)を贈ろうと、太郎冠者(中村隼人)をつかいに出したが、いまだ帰ってこないという……。

昼の部『末広がり』(左より)太郎冠者=中村隼人、大名=市川染五郎

昼の部『末広がり』(左より)太郎冠者=中村隼人、大名=市川染五郎

長唄が華やかに、格調高く舞台を盛り上げる。その中で、時に鼓の響きが、のどかな気分をさらに弾ませる。染五郎の大名が踊り終える頃、花道の方から観客の拍手が広がった。隼人の太郎冠者が帰ってきたようだ。手には傘。様子がおかしい。どうやらお酒を飲んできたらしく……。

怒る大名と、むきになって言い返す太郎冠者。喧嘩なのに可笑しみがあり、セリフの掛け合いはトゲトゲしないどころか楽しかった。かと思えば、隼人の太郎冠者がひょうたんのお酒をあおる姿には色気があった。染五郎の大名は、怒っても可愛らしさがあり、微笑めば優しい。ふたりが扇を広げて「扇づくし」を踊れば、スタイルの良い2人だからこその大きさ、華やかさがあった。結びには、太郎冠者による仕掛けなしの曲芸も披露され、大名も観客も一緒になって楽しむ。「扇がほしかったのに、買えなかった」だけの一幕に、歌舞伎の華やぎが詰まっていた。

二、『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』

松本幸四郎にとって、代々ゆかりの演目だ。主人公は、明智光秀をモデルにした武智光秀。今でいうなら、パワハラ・モラハラ上司・小田春永(モデルは織田信長)と、有能な部下・光秀による会話劇だ。会話といっても極めて一方的なもので、光秀が、皆の前で屈辱を与えられ続けるのを、満員の歌舞伎座で観賞するという趣向。悪趣味だ。しかし五代目松本幸四郎のために、四世鶴屋南北が書いた芝居。非常にしんどい先に、カタルシスが待っている。

舞台となるのは、本能寺。光秀は先ごろ春永(尾上松也)の怒りを買い、蟄居を命じられている。だが、春永が本能寺へ来ると知った妹・桔梗(中村米吉)の願いもあり、光秀はようやくお目通りが許される。

米吉の桔梗は、台詞の繊細な揺らめきで、兄のおかれた状況の切実さを伝え、物語を導く。そこへ松也の春永は、花道からやってくる。眉から吊り上がる線が恐ろしさを強め、市川染五郎の森蘭丸も猛々しさを後押しした。

昼の部『時今也桔梗旗揚』武智光秀=松本幸四郎

昼の部『時今也桔梗旗揚』武智光秀=松本幸四郎

呼び出された幸四郎の光秀は、紫一色の裃。気品に溢れ、時には銀の桔梗の紋がギラっと光る。どこまで頭を低くしても、みすぼらしくはならない。それもまた、春永のお気には召さなかったのかもしれない。「馬盥(ばだらい)」の場は、本作の通称にもなる有名な場面。馬盥とは馬の世話に使う盥のことで、春永はこれを盃代わりに、光秀にお酒をすすめるのだった。

馬盥に口をつける光秀は、困惑しつつも品格を崩さず、酒も屈辱も飲み込もうとする。それでも飲み込み切れない口惜しさ、怒り、悲しみ。次々と巡る感情と戸惑いが、歌舞伎らしい動きによって鮮やかに立ち上がっていた。さらに仕打ちは続く。春永は、光秀の名前を聞くのも嫌だ、という態度。それでいて、光秀を蔑むために白木の箱を用意していたのだから、相当こじれた人間だ。光秀に与えられた、その箱の中身は……。

春永は、自らの品格まで貶めて、光秀に執着しているようにみえた。それでも箱を与えた意図を語った時、春永の真意に触れたようにも感じられ、最後の最後で憎みきれない春永だった。

昼の部『時今也桔梗旗揚』(前)左より、武智光秀=松本幸四郎、小田春永=尾上松也(後)森蘭丸=市川染五郎

昼の部『時今也桔梗旗揚』(前)左より、武智光秀=松本幸四郎、小田春永=尾上松也(後)森蘭丸=市川染五郎

だが、その思いは今や光秀の心には届かない。皆が去った後も光秀は、平伏し続ける。その時間を、観客もリアルタイムで共にする。空気は重く、場内は静かだった。やがて桔梗が「あにさん」と呼ぶ声があり、お客さんのすすり泣く声も聞こえた。ようやく顔を上げた光秀は、怒りとは別の表情を桔梗に向けた。花道での光秀は、この物語が、ここでは終わらないことを予感させた。

昼の部『時今也桔梗旗揚』(左より)四天王但馬守=市川團十郎、武智光秀=松本幸四郎

昼の部『時今也桔梗旗揚』(左より)四天王但馬守=市川團十郎、武智光秀=松本幸四郎

「愛宕山連歌」の場では、光秀の女房皐月(中村扇雀)や桔梗の悲しみが、静かに丁寧に芝居を進めていく。光秀も、心静かに覚悟を決めているように見えた。だが幕切れ、光秀と観客が耐えてきた時間が、一気に破られる。芝居の様相が変わり、四王天但馬守(市川團十郎)の気迫が流れを加速。アドレナリンが急上昇し、ピークに達した瞬間、放り出されるように幕。お芝居はそこで終わってしまうが、興奮を持て余す幕間まで、「馬盥」が続くようだった。

三、元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら) 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)

『七月大歌舞伎』昼の部を結ぶのは、「忠臣蔵」の後日譚。赤穂浪士四十七士の一人となる富森助右衛門が、次期将軍と目される徳川綱豊卿と思いがけず対面する。この日はBプロ、綱豊卿に尾上松也、助右衛門に中村隼人。

女性たちの賑やかな声で幕が開くと、色とりどりの着物に身を包んだ女中たちが、綱引きをしている。ここは綱豊の屋敷。今日は身分の“上下なし”で楽しむ、お浜遊びの日だ。大奥に仕える中臈のお喜世は、綱豊卿のお気に入り。それを知ったお喜世の兄がとある頼みをしに訪ねてくる。そして、“ついでに”お浜遊びの様子を、遠くから見学したいというが……。

昼の部『御浜御殿綱豊卿』徳川綱豊卿=尾上松也

昼の部『御浜御殿綱豊卿』徳川綱豊卿=尾上松也

松也の綱豊はホロ酔いで現れ、優雅な空気を振りまく。「馬盥」での暴君から一転、登場だけで観客を寛いだ気分にする。松也の、お芝居の空気をコントロールする力が存分に発揮される。しかし綱豊は、“兄”が見学をしたがっていると聞くや、酔いが静かに抜けた。お喜世の兄は、富森助右衛門。浅野家に仕えていた浪人だ。そして、この日は浅野内匠頭の仇、吉良上野介も招かれているのだった。

綱豊は、ハレの日の賑わいはそのままに、武士がいて、忠義というものがあった時代の、苦しさと美しさを滲ませていた。そんな綱豊の周りには、知性と情を備えた人々が揃う。片岡孝太郎の江島は、気品と思いやりが溢れていた。ここまでは表向きの話…と事情を察し、ON・OFFを切り替える語りは、何度みても心地がいい。その思いやりに助けられるのが、中村莟玉のお喜世。どれだけ真剣に困っても、怒っても、どこか希望が消えない明るさがある。言葉には真心があり、言葉は決して軽くは響かなかった。綱豊の寵愛も納得の中臈だ。また、中村歌六の新井勘解由は、落ち着いた語りと綱豊との距離感に、日本一の大学者の説得力があった。その落ち着きを突き破るように放たれる、「あっぱれ!」の称賛には熱いものを感じた。

昼の部『御浜御殿綱豊卿』富森助右衛門=中村隼人

昼の部『御浜御殿綱豊卿』富森助右衛門=中村隼人

いよいよやってくる助右衛門は、洗練された綱豊とは対照的に、垢ぬけない。突然の綱豊との対面に焦る気持ちは当然だ。その上、人には明かせない目論見もある。ジタバタし、キョロキョロし、隼人の美貌をもってしても、しっかり格好悪く、客席から好意的な笑いが起きていた。

昼の部『御浜御殿綱豊卿』(左より)富森助右衛門=中村隼人、徳川綱豊卿=尾上松也

昼の部『御浜御殿綱豊卿』(左より)富森助右衛門=中村隼人、徳川綱豊卿=尾上松也

いざ対面となり、面白かったのは、松也の綱豊より助右衛門の方が、わずかに理性的に感じられたこと。綱豊は、時にはイタズラっ子のような顔で揺さぶりをかけつつ、内に秘めた熱を隠しきりはしなかった。助右衛門は体も心も斜めに構え、頑固なまでに冷静さを保つ。「桶」の例えでも、無念を押し殺すように言葉を紡いでいた。だからこそ、ついに“敷居”を跨いだ瞬間、堰を切ったように溢れ出す熱に、こみ上げてくるものがあった。

結びの「能舞台の背面」では、綱豊が能装束で現れる。口元を隠していても、目だけで「綱豊卿だ!」と分かる、美しい光が宿っていた。演じ手によって、印象が大きく変わる芝居。松也と隼人だからこその武士心(さむらいごころ)を、ぜひ客席で見届けてほしい。
 

取材・文=塚田史香

公演情報

『七月大歌舞伎』
 
■日程:2026年7月2日(木)~26日(日)
休演日:7月9日(木)、17日(金)
■会場:歌舞伎座
 
■演目・各配役
 
昼の部:午前11時開演
 
一、末広がり(すえひろがり)

太郎冠者:中村隼人
大名:市川染五郎
 
四世鶴屋南北 作
二、時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)
本能寺馬盥
愛宕山連歌
 
武智光秀:松本幸四郎
四王天但馬守:市川團十郎
小田春永:尾上松也
桔梗:中村米吉
森蘭丸:市川染五郎
長尾弥太郎:中村吉之丞
浅山多惣:大谷廣太郎
連歌師丈巴:松本錦吾
矢代條介:中村松江
園生の局:市川高麗蔵
安田作兵衛:中村錦之助
皐月:中村扇雀

 
真山青果 作
真山美保 演出

元禄忠臣蔵
三、元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)

徳川綱豊卿:片岡仁左衛門(Aプロ)/尾上松也(Bプロ)
富森助右衛門:松本幸四郎(Aプロ)/中村隼人(Bプロ)
中臈お喜世:中村莟玉
おいぬ某:中村陽喜
小谷甚内:片岡松之助
中臈お古宇:澤村宗之助
津久井九太夫:澤村由次郎

上臈浦尾:市村萬次郎
御祐筆江島:片岡孝太郎
新井勘解由:中村歌六

 
 
夜の部:午後4時15分~
 
松岡 亮 脚本
藤間勘十郎 演出・振付

壽三升景清
一、歌舞伎十八番の内 鎌髭(かまひげ)

修行者快鉄実は悪七兵衛景清:中村福之助(Aプロ)/中村鷹之資(Bプロ)
猪熊入道:中村虎之介
下男太郎作実は梶原源太:市川男寅
下男次郎作実は尾形次郎:市川右近
うるおい有右衛門:市川九團次
かわうそお蓮:大谷廣松
鍛冶屋四郎兵衛実は三保谷四郎:市川右團次

 
 
竹柴其水 作
二、神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)
め組の喧嘩
 
め組辰五郎:市川團十郎
女房お仲:中村扇雀
四ツ車大八:中村芝翫
柴井町藤松:中村歌昇
おもちゃの文次:中村種之助
島崎楼抱おさき/背高の竹:大谷廣松
新銭座の吉蔵:中村福之助
三ツ星半次:中村虎之介
二本榎の若太郎:中村鷹之資
宇田川町長次郎:中村歌之助
山門の仙太:市川新之助
辰五郎倅又八:中村秀乃介
左利の芳松:市川右近
御成門の鶴吉:市川男寅
田毎川浪蔵:市村光
芝浦の銀蔵:大谷廣太郎
伊皿子の安三:市村竹松
神路山花五郎:市川九團次
九竜山浪右衛門:市川男女蔵
三池八右衛門:片岡市蔵
葉山九郎次:市村家橘
尾花屋女房おくら:市村萬次郎
露月町亀右衛門:市川右團次
焚出し喜三郎:松本幸四郎
江戸座喜太郎:中村梅玉


 
ご好評にお応えして再演決定!
福地桜痴没後百二十年

福地桜痴 作
三、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

小姓弥生後に獅子の精:市川團十郎
胡蝶の精:市川ぼたん
胡蝶の精:市川新之助
用人関口十太夫:市川九團次
家老渋井五左衛門:市村家橘
 
 
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