山嵐、バクシン、四星球、ELLEGARDENら出演。秋田の温かなロックフェス『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL』振り返りレポート

レポート
音楽
18:00
『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL vol.15』

『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL vol.15』

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OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL vol.15
2026.7.24,25,26 秋田県男鹿市船川港内特設ステージ

東京から、新幹線と2両編成の男鹿線を乗り継いで約5時間。2026年7月24日(金)からの3日間、秋田県の西部に位置する男鹿半島にはきっと、世界で最も温かな空間のひとつが広がっていた。2007年の11月に男鹿市の小ホールから産声を上げた『男鹿フェス』こと、『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL』である。2010年7月に野外へ会場を移動してから15回目となった今年は、アニバーサリーを祝して4年ぶりの3DAYS開催。全40組が出演した。

OxNxDxA~男鹿ナマハゲ太鼓推進協議会。

OxNxDxA~男鹿ナマハゲ太鼓推進協議会。

「世界で最も温かな空間」という記述はいささか大げさに見えるかもしれないが、誇張ではない。クロークでキャリーケースを預けてみれば、「荷物はバッチリ守るんで!」と頼もしすぎる言葉を貰ったり、物販待ちの来場者とスタッフが「誰を見に来たんですか?」なんて話していたり、スタンディングエリアのスタッフが「行ってらっしゃい!」と拳を交わしていたり。極めつきは、男鹿市長による開幕宣言の一言目が「おかえりなさい!」である。実行委員長である菅原氏のインタビューでも語られているように、土木業者や建設業者など、音楽と密接しているわけではない仕事で暮らす人々が運営するこの祝祭は、「男鹿を盛り上げたい」「男鹿の魅力を知ってほしい」という純朴な願いの上に成立しているのだ。

さらに言えば、こうしたヒューマニズムは会場のレイアウトやラインナップにも色濃く反映されている。前方のスタンディングエリアと中央のいす・シートエリア、後方のテントエリアと分割された区分けは、厳格なルールを設定するためのシステムではなく、「思い思いのペースで楽しんでほしい」という気持ちの表れのはず。また、『男鹿フェス』に名を連ねるバンドたちがラウドなミュージックを響かせてきた猛者ばかりである背景は、3日間を締めくくる山嵐がブッキングに尽力しているからだけではない。ラブとピース、リスペクトを原理とするパンクやハードコアの精神と、男鹿に息づくウェルカムマインドや相互扶助の態度が共鳴しているからであろう。

平日開催、つまりは学校や仕事、家事育児にどうにか折り合いをつけたキッズまみれの初日。「3日間を通して、1番若いのはFOMAREでした!」と語ったFOMAREを筆頭に、フレッシュな顔ぶれが目立った日である。フェスの新陳代謝が可視化されたゆえに、裏面として強調されたのは、続けていくことと繋げていくことの尊さだった。「『男鹿フェス』がずっと続きますように」と、脳天をぶち抜いた衝動がギターをかき鳴らす原点になっていると歌う「Spin」を投下した初出演のKUZIRAは、まさしくそうしたメッセージの体現者だったし、13時台にオンステージしたMAYSON's PARTYにも同じことが言えるだろう。「『男鹿フェス』に戻ってこれるように、全国を駆けずり回ってきます」と演奏した「Carry on」で3人のボーカルが歌声を重ねていく様は、「続ける」を指示するタイトルと相まって、バトンを渡していくようだ。

KUZIRAとMAYSON's PARTY、FOMAREに囲まれた7番走者のgo!go!vanillasも、初めて『男鹿フェス』に降り立った1組。幕開けに据えた「生きもの」や、牧達弥(Vo,Gt)が客席のど真ん中で咆哮した「one shot kill」で2ビートを炸裂させ、このイベントの面々に対抗し得るアグレッシブなモードを見せつけていく。とはいえ、荒々しさに拘泥しないのが彼らの戦い方。E、M、Aのボディランゲージから「エマ」に突入するお馴染みの流れを、O、G、Aのスペシャルバージョンに変え、多幸感に満ちたフロアを完成させてくれた。

至極当然のことながら、若手が自由に暴れられるのは、きっちりとまとめてくれるベテランがいるからこそ。その意味では、一語一句を強調した懐の深い歌唱を届けたかりゆし58のこんな語りは、3日間を貫くワンテーマを提示してくれたように思う。

「昨日までの自分に負けないように、今日を生きることが大事なんじゃないでしょうか。過去の自分に負けないために、ライブはあると思います。ライブをしましょう!」

四星球 photo:Akane

四星球 photo:Akane

一瞬一瞬を全身全霊で楽しみ、より逞しく、懸命に生きる。青臭いほどの命題は、漁船に乗って参上するというまさかのオープニングを展開した四星球によって、コミカルに、しかし確実に現場化されていく。エアギターあり、UFOを呼ぶダンスありの大騒ぎを展開した漢4人が放った「泣く子はいねぇか! 笑ってもらいにきました!」の一声は、先述したMCと重なり合い、「笑って、全力で生きる」という生き様の宣言に聞こえてやまなかった。

バックドロップシンデレラ

バックドロップシンデレラ

2日目。トリを務めたバックドロップシンデレラSHANKの言葉を借りれば「G-FREAK FACTORYのせい(おかげ)」で、一時中断を余儀なくされるほどの豪雨に見舞われた1日である。この日の根底に流れていたのも、新体制で帰還を果たした男鹿へ「お互い歳を取ったな、って笑えるように!」と「Place to Try」を捧げたTOTALFATを一例に、やはり「いかにして、歳を重ねるか」という問いだったのではないか。

こうした疑問に回答を提出してくれた楽団のひとつが、雨の影響で演奏時間も短くなる中、「どうしても届けたい曲だけやって帰るんで」と18時過ぎのステージを始めたThe Ravens。療養からの復活を果たした櫻井誠(Dr)が「生きて、生きて、1日1日を大事に。音楽を愛して、楽しんで生きましょう」と話し、披露されたラストナンバーは「ミルフィーユ」だった。ラジオから流れる音声を想起させるローファイなKj(Vo)の歌が、ゆっくりと胸を2度叩く仕草を合図に、クリアな輪郭を描いて立ち上がっていく。Kjが少し潤んだ優しい表情で真っ直ぐ指を差すと、《生きてやろうぜ》のシンガロングが広がっていったのだった。

The Ravensから襷を受け取ったELLEGARDENもまた、昨日の自分に打ち勝たんと、一世一代の勝負を繰り返している人間集団だ。プロミネンスを思い浮かばせる映像を駆使することも増えてきた彼らであるが、今夜の演出は肉体ひとつ。全身のしなりをダイレクトにストロークへ変換する生形真一(Gt)にしろ、反響を削いだサウンドメイクで打音の核を浮かび上がらせる高橋宏貴(Dr)にしろ、一切着飾る様子はなし。その理由は、「Make A Wish」の直前、細美武士(Vo,Gt)が口にした「自分以外のまともな人間になろうとしてるヤツばっかりの世の中で、自分以外にはならないって目をした漢ばっかり出てる男鹿が好きなんだ」という一言が物語っていたのである。

冷え切った身体を温めるみたいにウンザウンザを踊った、バックドロップシンデレラの熱がまだ残る最終日。その1音目を鳴らしたのは、ミクスチャーロックバンド・NEVER FADEだった。彼らの出身は秋田県男鹿市。紛れもなくこの地、この場所の音楽隊である。主催者の菅原氏によれば、彼らは『男鹿フェス』を出発点に楽器を手に取ったそう。しかし、5人は憧れを直接的に吐き出すことはしなかった。むしろ、台詞なんて必要なかった。パンパンに曲を詰め込んだセットリストや、イントロが鳴った瞬間に乱舞するオーディエンスが、NEVER FADEの覚悟と男鹿で積み上げてきた日々を象徴していたから。そう。『男鹿フェス』は、秋田のバンドにとって羨望の眼差しの対象であると同時に、秋田在住のファンと共に目指す場所でもあるのだろう。

加えて、同イベントには、次なるストーリーを書き出すための工夫が凝らされている。それが、THE VILLAGEエリアに設置されたBAND IN THE BOXだ。トラックの荷台を改造したこの舞台には、レペゼン秋田のバンドマンやご当地ヒーローが登場するのみならず、小中学生が演奏することも。『男鹿フェス』で見つけた夢を、『男鹿フェス』で叶える。そんな円環構造を生み出している。振り返ってみれば、3日間を彩ったなまはげ太皷チームのOxNxDxA~男鹿ナマハゲ太鼓推進協議会。だって、きりたんぽや日本酒といった特産品をプッシュしたフードだって、憧れ、憧れられる循環を視野に入れているはず。OxNxDxA~男鹿ナマハゲ太鼓推進協議会。を契機に、男鹿のなまはげ文化について調べてみる。あるいは、きりたんぽをトリガーに、秋田の農産業について思いを馳せてみる。音楽のみならず、男鹿そのものへの関心を喚起するキッカケが随所に用意されているのは、先述した通り「男鹿を盛り上げたい」からにほかならないし、DAY1で記された「繋ぐ」というキーワードにも結ばれる願いがあるためだ。

山嵐

山嵐

繰り返しになるが、『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL』は、歓迎の精神と人間臭い優しさを宿した男鹿の人々が、ローカルの魅力と底力と体温の発信を通じて、未来を耕すための祭典である。心臓よりも早いビートと腹内を打ち抜く低音を通して、無垢な生き方と笑いを添えて確かめ直す祭りである。であるならば、大トリたる山嵐が、KjとN∀OKIを呼びこんでリリックを紡いだ訳は一意に定まるのではないか。マッシブなミクスチャーサウンドの下、フロウが積み上げられていく光景は、「繋ぐ」の音楽表現化であり、この3日間で目に留まり続けたフェイストゥーフェイスの会話の具象化だった。

山嵐

山嵐

そして、山嵐はこんな言葉で3日間の幕を降ろす。

「野外になってから15回目、男鹿のファイターたち、めちゃくちゃ恰好良いです。男鹿には日本最高峰のローカルフェスがある。なので、秋田在住の皆さん、1年間ライブハウスで遊んでみてはいかがでしょうか」。

バンドマンと全国各地のファンが、男鹿に帰ってくるために。1年後、再び「ただいま!」と言うために。Club SWINDLEやLOUD AFFECTIONで、今日も音楽が鳴っている。7月27日(月)早朝5時、男鹿駅を出るころには、縁もゆかりもなかったこの街がすっかり愛おしかった。

取材・文=横堀つばさ
写真提供=(C)OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL

イベント情報

『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL vol.15』
日程:2026年7月24日(金)・25日(土)・26日(日)
会場:秋田県・男鹿市船川港内特設ステージ

OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL 実行委員会 http://onrf.jp/
公式サイト:https://onrf.jp/
X:@onrf/IG:@onrf__official/
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