《連載》もっと文楽!~文楽技芸員インタビュー~ Vol. 16 豊竹靖太夫(文楽太夫)
嶋太夫師匠、そして千歳太夫師匠のもとで
2004年、靖太夫さんは憧れの嶋太夫師匠に弟子入りし、初舞台を踏む。嶋太夫師匠にとって、最後に取った弟子だった。
「嶋太夫師匠は入門した時、『自分は器を一から作るのではない。できたものを、こうじゃない、こうじゃないと修正していくのが師匠の役目だ』とおっしゃいました。弟子それぞれについて、今何が大切なのか、あるいは何が足りないのかを考えて教えてくれましたね。それにはまらないとものすごく怒られましたけれども。舞台稽古を師匠が客席で聴いて『一杯』にやっていないと、『今日は舞台稽古だからこんな感じなんやな、明日からはもっと一杯にやるんやな』と、怖いことを言うわけですよ。それだけ、一杯にやることをものすごく大事にしている方でした」
文楽では、持てる力を全て出し切ることを「(筒)一杯(つついっぱい)」と言う。2015年、文楽若手会東京公演2日目、『一谷嫩軍記』熊谷陣屋の段の靖太夫の語りは、まさに一杯と呼ぶに相応しい、渾身の語りだった。
「その若手会の大阪公演の時、舞台稽古だったか初日だったか、終わると師匠がちょっと怒っているんです。で、『もう一遍、上に上がれ』と言われて、三味線弾きさんと一緒に舞台に上がって、稽古してもらいました。今から思えば多分、一杯にやれてなくて、師匠としては許せなかったんでしょうね。兄弟子だった(豊竹)呂勢(太夫)さん兄さんにもそれはよく言われましたし、最近では三味線弾きの鶴澤清志郎さんに『君は嶋太夫師匠の弟子なんだから、もっと一杯に語らなきゃダメだよ、君がやらなくてどうするんだ』と言われました。嶋太夫師匠は一杯に語るその人物表現や技巧がすごく巧みな方でもありましたね。師匠の病院や買い物のお供をすると、例えば街の人に会ってお話しする時も、どなたに対しても、決して大きな声ではないのですがまるで義太夫を語っているように表現豊かに話していたのが、印象に残っています」
2005年、国立文楽劇場での初春公演の初日に、嶋太夫師匠と。 提供:豊竹靖太夫
その嶋太夫師匠は、2016年に引退、2020年に亡くなり、現在は、かつて兄弟子だった竹本千歳太夫の弟子となっている。
「嶋太夫師匠のもとにいた時、下稽古は今の師匠や呂勢さん兄さんがしてくださっていたんです。今の師匠はわからなくても、難しいことも言ってくれる。それが実は根本的なこと、大切なことだからだと思うのですけれども。また、太夫には三段目語り、四段目語りなどという分け方がありますが、師匠はどちらもなさっていますし、幅広く様々なことをご存知なのも大きいですね」
ごく短いフレーズの中で守るべき音程や言い回しが細かく決められている太夫の語りを習得するのは非常に大変な作業だ。
「終わりがないのはどの分野も同じですが、確かに太夫はワンフレーズの中に何をどれだけ込めるかという決まり事が多い。でも、それだけではだめです。千歳太夫師匠がインタビューで言っていたことで印象的だったのは、千歳太夫師匠の師である(四世竹本)越路(太夫)師匠の言葉なのかもしれませんが、『形だけでもダメ、情だけでもダメ』。形の中に情が入ってないといけないんです。形を作るのも大変ですし、情を入れるのも、入れ方ももちろんありますね。今の師匠からは、『拍子を大事にしなさい』『床本を素読みする時も、それを意識しなさい』とも言われます。節にも詞(ことば)にも拍子があり、素読みすると、基本的にその拍子通りに作曲されているのがわかります」
靖太夫さんの語りは地声が活きていて自然な印象を受ける。どのようなことを意識して語っているのだろうか?
「義太夫って、節があって、詞があって、また節になって……という、その連続がすごく大事。例えば急に節になった時、それは登場人物の感情が高まってなっていたりするので、お客様に違和感を覚えさせてはいけないと思うんです。どうしても三味線につられそうになるのですが、この前もある方にお稽古していただいた時、『太夫はスタートしたら最後までずっと自分の中で成立していかなきゃいけない、三味線がどう入ろうと、君は君で最後までずっと自律的に語り続けるんだ』と言われました。もちろん、三味線とはやりとりをしているんですが、時たまご挨拶するような感じと言いますか。嶋太夫師匠と(鶴澤)清介師匠がお稽古場に入って稽古した時、外でなんとなく聴いていたら、ある先輩が『今、二人は並んで一緒に語り出したけれども、ずっと絡み合って稽古しているわけじゃなく、時折、ご挨拶しているんだ』ということをおっしゃっていたのが忘れられません。そこが、弾き語りとは違う、一人ではできない面白さですよね」
では、自律的に語るためにはどうしたらいいのか。
「この文字はこのぐらいの長さで語るとか、三味線がそろそろ来るからここで終わる、とかではなく、この一塊はこういう拍子で語る、ということが太夫にある程度わかっていたら、自律的に語れるのではないかと思っています。義太夫は変化もものすごく激しくて、例えば7文字語ったら、次の5文字は違うリズムになっていたりする。そういうのが僕は今、たまらなく面白いですね。オーケストラをやっていた時も、ハーモニーや強弱や音程など、指揮者の先生や先輩方に注意されながら食らいついていましたが、思えば義太夫に通じるところがあるかもしれません」
2009年のオランダ公演にて、兄弟子だった千歳太夫師匠と。 提供:豊竹靖太夫
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