【話題の浮世絵展の監修者に突撃インタビュー#前編】「みんなが面白い、楽しいと感じるものにしたい」、その想いとは
東京国立博物館 研究員 松嶋雅人/撮影=山岡美香
来月3月より、渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催される美術展「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」。世界有数の浮世絵コレクションを誇るボストン美術館より、1万4千枚を超える作品の中から選りすぐりの歌川国芳、歌川国貞作品170件・約350枚が出展される。本展の監修を務めるのは、東京国立博物館 研究員である松嶋雅人さん。アートに疎い新人シマザキだが、今回の展覧会・作品を知り、魅力を伝えることができるようになるために、お話を伺ってきた。
――まず、今回の展覧会開催の運びを教えてください。
もともと浮世絵展を開催したいという話は出ていたんです。ボストン美術館は世界中の美術館の中でも浮世絵の所有数でいうと一番だと思われるんですが、北斎や写楽あたりの画家の展覧会はしばしば行われているので、そういうものをもう一回するのも面白くないなあと。
――なるほど。
そこで、僕が一番興味をもっているのが幕末の時代だったので、どうせやるならまだやったことのない「幕末の絵師たちの浮世絵展をしよう」とこのテーマが決まりました。
――どうしてその時代に興味を持っていらしたんですか?
幕末って、日本人が持っている文化や価値観が大きく変わった時代でもあるんですよ。それも、いきなり変わったのではなくて、災害があったり、黒船が来たりという「みんな不安な時代」でもあったんです。そういうのが身に沁みている。地震や経済のことなどまさに「今」に通じるものがあるんです。そういう世の中ですが、たくさんの魅力的な浮世絵が現れて、みんなが一生懸命に買い求めた。それも僕たちからみるとすごく楽しい絵ばかりなんです、だからこの時代がすごく面白い。
――不安な時代なのに楽しい絵が多いんですね。
ええ、調べて見方が分かっていくと、当時の人たちはどんな風に浮世絵を楽しんでいたのかがわかる。それは、今という不安な時代にも通用する考え方というかね。ヒントになるようなことがたくさん見つかったんです。僕は単に綺麗だな、という展覧会をするつもりはなく、場所の雰囲気や文化を見る人が一緒に感じられるものにしたいんですね。それが出来る内容が幕末の浮世絵だったというわけです。
インタビューの様子/撮影=山岡美香
――今回監修を務められたということですが、具体的にはどのようなことをされたのですか?
展覧会を作るときにはコンセプト作りが必要になります。それを担うのが監修者です。今回は僕が方向性を示して、Bunkamuraの方、神戸市博の方、名古屋ボストンの方など、いろんな方に一緒にボストンに同行していただいたんです。トータルで5500枚ぐらいある作品の中から、まず2000枚ほどを最初に選びました。
――5500枚から2000枚ですか!?
そこから更に皆さんに面白そうなものを選んでもらって。直感でこれは可愛らしい、これは凄いっていうものを残したんです。結果250枚ほどが選ばれました。普通はこんなやり方しませんが(笑)。
――視覚的にびびっときたものだけを残したんですね。
今回はそういうやり方をしてみたくて。日本に帰ってきたときにそれを並べてもっと絞り込んで、似たような傾向をまとめました。女性だったら女性、という感じですね。国芳も国貞も関係なく。
――作家で分けなかったんですか。
はい。最終的に170件まで絞り込みました、国芳と国貞を85件ずつにしないといけなかったので、最後のつじつま合わせが大変でしたけど(笑)。
シマザキ/撮影=山岡美香
――通常の展覧会ではこのような選び方はしない、と。
普通だったら、監修者が「これで行きます」という形をとるのが多いと思います。ですが今回はみんなが面白い、楽しいと感じるものにしたかった。詳しい人はもちろん、初めて浮世絵を見る人にも楽しんでもらいたい。その為に見た目のインパクトを最優先にして、なおかつテーマ設定の組み合わせをチームで決めていったというのは、他の美術展覧会ではないと思います。
――どうして見た目のインパクトを大事にしようと思ったんですか?
本展はもともと浮世絵が好きな方にはきっと見に来ていただけると思っています。でも年代関係なく浮世絵に対する知識が浅い方は大勢いると思うので、そういう方々が気になるものを作ろう、と考えた結果こんなチラシができちゃったんです(笑)。
『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』ビジュアル
――浮世絵は江戸の庶民の娯楽という印象がありますが、当時浮世絵というのは誰でも描いたり、売ったりできたのでしょうか?
いえ、幕府が決めたルールで検閲を受けなければ出版することは出来なかったんです。出版の“版”は板なんですよ。浮世絵版画は木を彫って、それを持っている人が出版することが出来ます。なので“版権”というんですね。検閲には何々は描いたらいけません、などのルールがきちんとあります。
東京国立博物館 研究員 松嶋雅人/撮影=山岡美香
――どのようなルールがあるんですか?
たとえば、華美な贅沢は禁止。この場合の華美というのは贅沢なものを描くことではなく、贅沢な作り方をするなということです。浮世絵は1枚つくるのに色を一枚ずつ重ねていくので、何十版使ったらすごく経費がかかって1枚1枚の値段が高くなってしまう。ですがそれをみんなが買い求めて、大量のお金を消費してしまったら世の中が乱れる、ということで禁止されていました。
――その中で国芳と国貞が突出したのは何故なんでしょう、技術的になにか優れていたとか…
江戸時代のはじめから版画が描かれはじめるんですが、売れると絵師も版元も摺師もみんな儲かるので、どんどん工夫してどんどん技術が発達するんです。幕末になると細かさが出てきて。
――そう言われたらそうですね、髪の毛とかすごく細かいです。
例えば役者さんを描くとなると、着物を着せて、紋を書いて、見得を切れば役者さん、のように決まった絵だったんです。それが日本の絵の描き方だったんですけど、江戸時代の中期からトップスターの似顔絵が描かれるようになりました。この岩井半四郎さんなんて、そっくりだと思いますよ。おちょぼ口で受け口で目にすごい力を持ってた人っていう。
William Sturgis Bigelow Collection, 11.15096 Photograph © 2016 Museum of Fine Arts, Boston
――どうしてわかるんですか?
幕末明治には後々写真が出てくるので、実際にそっくりだったりします。そこから考えると本当に似顔絵として似ていたのだと思います。陰影とかは何にもないけど、この人を描いているってすぐに分かります。絵としての描写力がすごく高いんですね。その一因として挙げられるポイントがデフォルメです。特徴を強調して、その格好や姿勢だけでわかるようにする。意図的にデフォルメ表現された絵がどんどん洗練されてきて、頂点になるのが幕末なんですね。
――確かに浮世絵は西洋画に比べて漫画っぽいというか、そういう感じあります。
よく日本の絵は人体を描いたら骨格がないと言われますが、見慣れてくるとこれは強調しているんだ、ということが見えてきます。描けないのではなく、強調をしているんです。幕末期はそういう技術が本当に発達して描写の方法論もどんどん変わってきた時代でもありました。
――人々の見る目も徐々に変わって、それが物凄く支持されたんですね。
ええ、だから凄い売れちゃったんですよね(笑)。
▼後編では松嶋先生に聞く、浮世絵に学ぶ生き方のメソッド ほかをお送りします!
インタビュー・文=シマザキ 撮影=山岡美香
会期:2016/3/19(土)~6/5(日)※会期中無休
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)※毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷・東急本店横)
主催:Bunkamura / ボストン美術館 / 日本テレビ放送網 / 読売新聞社 / BS日テレ
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/kunikuni/