新国立劇場「イェヌーファ」のキャスト、スタッフが稽古場でキックオフ

レポート
クラシック
舞台
2016.2.5
飯守泰次郎、エヴァ=マリア・アベライン、そしてジャンルカ・ザンピエーリ(シュテヴァ役)らキャスト、スタッフが集合した

飯守泰次郎、エヴァ=マリア・アベライン、そしてジャンルカ・ザンピエーリ(シュテヴァ役)らキャスト、スタッフが集合した

2月28日の初日に向けて、キックオフ

大盛況に終わった「魔笛」の千秋楽から一夜が明けた1月31日の午後、新国立劇場の稽古場には次なるプロダクションのキャスト、スタッフが集結してオペラ「イェヌーファ」の顔合わせが行われた。先日まで上演されていたモーツァルトの代表作と比べるまでもなく、「イェヌーファ」は日本ではそれほど知られているとは言いがたい、しかし近年では世界的にヤナーチェクの代表作と認められている作品だ。

今回上演される舞台は、ベルリン・ドイツ・オペラで2012年に初演されたクリストフ・ロイの演出によるものだ。このプロダクションは世界的に高く評価されており、ベルリン公演を収めたDVDは今年のグラミー賞にもノミネートされている。新国立劇場での上演では、キャストもベルリンの舞台に登場したメンバーを多く招き、指揮もバイエルン国立歌劇場などでチェコ・オペラ、特にもヤナーチェクのオペラを多く演奏してきたトマーシュ・ハヌスを迎える。


(ベルリン・ドイツ・オペラ上演の際のトレイラー/ベルリン・ドイツ・オペラ YouTubeチャンネルより)
 

この日集まったキャスト、スタッフを前に「この作品がこれだけのメンバーで上演できることには、まるで夢がかなったように思う」と新国立劇場オペラ芸術監督の飯守泰次郎は語った。

キャスト、スタッフを鼓舞する飯守泰次郎芸術監督

キャスト、スタッフを鼓舞する飯守泰次郎芸術監督

続いて、ベルリンでロイのチームで働き、今回の新国立劇場の上演では演出補を務めるエヴァ=マリア・アベラインにより演出コンセプトが説明された。

エヴァ=マリア・アベライン(演出補)によるレクチャーは作品の前史から始まった

エヴァ=マリア・アベライン(演出補)によるレクチャーは作品の前史から始まった

19世紀のスロヴァーツコ地方の農村が舞台となる「イェヌーファ」だが、今回の舞台は場面を具体的に示すのではなく「テラリウム」(アクアリウムの地球版、といったニュアンス。無理に訳せば”地球槽”となるだろうか)だという。登場人物たち、その生きる社会を俯瞰し、さらにより詳しく見つめることができるようにするための舞台として構想されている。

また、物語の語りはコステルニチカの回想の形をとり、このドラマの中で「本当に起きたことは何だったのか」を問うような構成になる、という。そこで原作戯曲のタイトル「彼女の養女」が示す「彼女」とその「養女」、二人の女性に焦点が充てられる。「養女」がオペラのタイトルのイェヌーファを指し、「彼女」はイェヌーファの継母、コステルニチカを示す(ちなみにコステルニチカは人名ではなく、「教会のおばさん」という意味)。この二人の女性を対照的な存在として描き、彼女たちと深く関わる二人の兄弟も対照的に浮かび上がる。村社会の中の複雑な人間関係、その中で生きる個人の責任なども浮かび上がるように作られている、とエヴァ=マリア・アベラインは話した。

(ベルリン・ドイツ・オペラでの上演より) (c)Monika Rittershaus

(ベルリン・ドイツ・オペラでの上演より) (c)Monika Rittershaus

このあとのリハーサルを第一歩とし、順次指揮者、キャストが揃い、そしてその後に東京交響楽団とのリハーサルが始まり、……と日夜磨きをかけられて新国立劇場の「イェヌーファ」は2月28日(日)の初日を迎えることになる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

さて、舞台初日まで約ひと月の間に、新国立劇場ではいくつかの注目すべき関連イベントを開催する。2月2日(火)にはその皮切りとして映画「白いたてがみのライオン ~大作曲家ヤナーチェクの激しい生涯~」上映会が中劇場にて開催された。「イェヌーファ」の成立から晩年まで、ヤナーチェクの後半生を描いた映画の上映会は、昼夜の二回とも多くの観客を集めて開催された。入場無料の上映会ではあるが、劇場未公開作品の作曲家の自伝映画上映にこれだけの人が集まったのは「イェヌーファ」への関心からだろう。

開場を待つ来場者の列は長く続いた

開場を待つ来場者の列は長く続いた

村上春樹の小説「1Q84」に登場したことで、彼のオーケストラ作品「シンフォニエッタ」(1926)を聴かれた方も少なくないだろう。作曲家レオシュ・ヤナーチェクは、1854年に生まれ1928年に没した。今でこそチェコを、いや中央ヨーロッパを代表する20世紀に活躍した作曲家と評価されているが、生前はもっとローカルにブルノの、もう少し広く見てもモラヴィア地方の作曲家とみなされていた。

そんな彼の代表作とされる作品は、「シンフォニエッタ」もそうだがほとんどが「イェヌーファ」完成の後に書かれている。50歳近くまではその地域の中でのみ評価されていた彼が、「イェヌーファ」をひとつのきっかけとして大作曲家のひとりと評価されていくようになるわけだ。

作曲中に三女オルガの死という悲劇にも襲われながら、長年をかけて完成させたオペラ「イェヌーファ」(1903、以後複数回の改訂が行われる)は、地元ブルノで初演してから首都プラハで上演されるまでには13年もの時間が必要だった。そんな「イェヌーファ」成立までの悲劇的な前半生(といっても転機となる「イェヌーファ」作曲当時、彼はすでに50歳前後なのだが)と、奇妙なほどに奔放な後半生を、事実を元に描いたこの映画には驚かれた方も多いことだろう。つい「火宅の人」などと嫌味の一つも言いたくなるほどの晩年の女性遍歴の時代は、しかし彼にとっては作曲家としての全盛期でもあった。作中でも使われていた二つの弦楽四重奏曲や狂詩曲「タラス・ブーリバ」、ヴァイオリン・ソナタ、「シンフォニエッタ」にグラゴル・ミサ、……など等、それらの傑作すべてはその時期に作曲されている。そんな作曲家の自伝的事実を枉げず、ときに幻想的な描写を交えて実在感ある人間としてレオシュ・ヤナーチェクを描いたヤロミル・イレシュ監督の手腕の光る一作だったかと思う。

映画を見られた皆さんは人間ヤナーチェクをどう感じられただろうか?

映画を見られた皆さんは人間ヤナーチェクをどう感じられただろうか?

新国立劇場ではこの上映会に続いて、2月13日(土)にはオペラパレスのホワイエを会場に、オペラトーク「イェヌーファ」を開催する。今回は音楽・文芸批評家の小沼純一を迎えてのトーク、そしてカヴァー歌手たちによる第二幕抜粋の歌唱が楽しめる。こういったイベントも含めて、ぜひともこの傑作に触れてもらえれば、と私からもお薦めさせていただきたい。知られざる20世紀の傑作オペラを、最高に充実した舞台で楽しめるまたとない機会なのだから。

公演情報
新国立劇場 [新制作]「イェヌーファ」

レオシュ・ヤナーチェク作曲 歌劇「イェヌーファ」
全三幕 チェコ語上演・字幕付き

●日時:
2016年2月28日(日)、3月5日(土)、11日(金) 14:00開演
2016年3月2日(水)、8日(火) 18:30開演
●会場:新国立劇場 オペラパレス
 
指揮:トマーシュ・ハヌス
演出:クリストフ・ロイ
美術:ディルク・ベッカー
衣裳:ユディット・ヴァイラオホ
照明:ベルント・プルクラベク
振付:トーマス・ヴィルヘルム
演出補:エヴァ=マリア・アベライン
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
キャスト:
ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ:ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
粉屋の親方:萩原潤
村長:志村文彦
村長夫人:与田朝子
カロルカ:針生美智子
羊飼いの女:鵜木絵里
バレナ:小泉詠子
ヤノ:吉原圭子

シェア / 保存先を選択