ネヴィル・マリナー(指揮) 世界を魅了してきた名コンビによる待望の日本ツアー
ネヴィル・マリナー (写真:寺司正彦)
バロックから近現代までに及ぶ驚異的なレパートリーの広さ、そして、常に瑞々しい音楽創りで世界中の聴衆を魅了してきたネヴィル・マリナー。4月に手兵・アカデミー室内管弦楽団を率いて待望の再来日を果たし、ベートーヴェンの交響曲第7番を軸に、彩り豊かな佳品を聴かせる。
90歳の大台を超えてなお、その力強さがいっそう増したようだが、「精気あふれる演奏をしないと、お客さんが退屈しちゃうから」と、屈託ない笑顔を見せる巨匠。その語る言葉のそこここに、音楽と人への愛情がほとばしる。
「たとえ私がいなくなっても、アカデミー室内管は存在し続けるでしょう」と熱っぽく切り出した。同楽団は、1958年に創設。
「私たちは毎年、若い楽員を迎えていますが、素晴らしい技量を持ち、加入すると瞬く間に、完璧なアンサンブルを聴かせてくれる。以前はイギリス人ばかりでしたが、最近はヨーロッパ各国からも。そうすることで、ベストな演奏をするための“温度”を保つのです。さらに、小さな楽団で奏者を選ぶには、3つのクァルテットを作るかのように考えてみれば、きっとうまくいくでしょうね」
幅広いレパートリーの巨匠にあって、特にバロックや古典期の作品は重要なウェイトを占めるが、ピリオド楽器の導入は考えなかったのだろうか。
「実はずっと昔、親友のサーストン・ダート(鍵盤楽器奏者で音楽学者)と共に小さなグループを創り、ピリオド楽器に取り組みました。とても楽しい経験でしたが、全ての時代の作品へ奏法と楽器を対応させるのは難しい、と最終的には判断しました。ただ、今でも古楽を研究したことは、非常に役立っていますよ。例えば、特にモーツァルトやハイドンなどの作品では、様式的な面を非常に気遣っています」
アカデミー室内管を率いての初来日は、1972年春のこと。神奈川での公演では、隣の建物でボヤが起きるハプニングも。
「良く覚えていますよ。落ち着いてから、コンサートを再開したけど、まだ停電していたので、スタッフが懐中電灯で照らしてね…」と愉快そうに振り返った。その後は何度も来日を重ねたが、日本の聴衆について「ロンドンやニューヨークと比較しても、より多くの若い人たちがコンサートに足を運んでくれる。それだけでなく、終演後には、大勢の人が私に会いに来てくれます。とても嬉しいですね」と語る。
今回の来日公演ではベートーヴェンの交響曲第7番のほか、プロコフィエフ「古典交響曲」とヴォーン・ウィリアムズ「タリスの主題による幻想曲」を披露する。
「それぞれの作品の“国籍”は違いますが、すべての基本にあるのは、ドイツとイタリアの響き。また、私は現代のレパートリーへ意識的に対峙するようにしています。今回は、ベートーヴェンに、知的で愉しいプロコフィエフとイギリス音楽の代表格たるヴォーン・ウィリアムズ、2つの20世紀作品を組み合わせましたが、これらは、18世紀以前の音楽へ関連づけられています」
また、近年にわかに新校訂譜の出版が相次いでいるベートーヴェンの交響曲について、マリナーは「演奏家は楽譜の問題について、常に敏感であるべきだし、より説得力のあるエディションを探し求める努力を怠るべきではありません」と断じつつも、自身はあえて、ブライトコプフの古い校訂譜を使い続けているという。「確かに新しいエディションには非常に優れた点がたくさんありますが、その一方、余りにもこだわり過ぎると、演奏家を困惑させることにもつながってしまいますから」とその理由を説明する。
これほどの実績を重ねてなお、「新たなレパートリーへの興味は尽きない」と力を込める。中でも、格別のこだわりを見せるのが、何とオペラ。
「特に、プッチーニ《ラ・ボエーム》が大好き。私は90歳を過ぎたけど、10代のミミと出会ったら、きっと、その年齢になれると思う(笑)。ずいぶん前にイギリスで演奏しましたが、いつか、もう一度、やってみたくて…」
会う者すべてを魅了する温かな人柄は、まるで彼が紡ぐ音楽のよう。年齢を重ねても精力的に活動をし続けられる秘訣を尋ねると、「生まれて来る時、慎重に両親を選んだからね」。微笑んで、ウインクして見せた。
取材・文:寺西 肇 写真:寺司正彦
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年3月号から)
(アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ)
ヴォーン・ウィリアムズ:トマス・タリスの主題による幻想曲
ベートーヴェン:交響曲第7番
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