大衆演劇の入り口から[其之拾五]後編・「役の者と書いて役者」橘炎鷹座長インタビューin浅草木馬館
橘炎鷹座長(2016/6/9)
若手が元気いっぱいの舞台をお届けする。(2016/6/9)
橘炎鷹(たちばな・えんおう)座長率いる「劇団炎舞(えんぶ)」、浅草木馬館にて大熱演中!座長から若手まで舞台を縦横無尽に駆け回る様子は、“今の俺たちの全力を見てくれ!”と叫ばんばかりだ。汗、笑顔、そして客席への愛情にあふれている。
今回は炎鷹座長インタビューにあたって、劇団炎舞の芝居をよく観ている友人2人の協力を得て、3人で6/4(土)に木馬館楽屋にてお話を伺った。
――最初に言おうと思っていたのが、この方(スマホの写真を見せる)、覚えてらっしゃいますか?
橘炎鷹座長(以下、炎) うん、『樹林』のおっちゃんね。
※参照・前回の連載≪大衆演劇の入り口から[其之拾四]・横浜、三吉演芸場とともに 喫茶「樹林」のストーリー≫。筆者はマスターに「来月、炎鷹さんに言っときますよ」と言ったので、無事約束を果たすことができた!
――そうです!横浜の『樹林』のマスター!先月、三吉演芸場とともに歩んできた喫茶店みたいな内容でインタビューをさせていただいたんですけど、そのときに炎鷹さんのことをとても懐かしがっていらっしゃって。炎鷹さんが自分のこと“ちゃん”って呼んでたって、嬉しそうに話していました。
炎 そうそうそう(笑) 三吉のったときには、『樹林』の上のマンション借りとったから。毎朝あそこ寄って、コーヒー飲んでから楽屋入りしてた。
「役の者って書いて、役者」
橘炎鷹座長(2016/6/9)
――炎鷹さんの雑誌とかのインタビューを読み返すと、『役になりきること』っていうのにすごくこだわってらっしゃるなって思ったんです。毎日違う、しかも時には昼夜で違う役に、どうやって自分を持ってくるんですか?
炎 どうやろ…意識かなぁ。前の日から明日の役のことを考えてる。明日はこの芝居、明日は昼夜替わり、これとこれ…みたいな。だから絶対役者って多重人格が多いと思う(笑)
――明日は別の人になるってことですね。
炎 もちろん舞台にかけての話よ?(笑) 多重人格になれるんは。
一同 (笑)
――イメージトレーニングみたいなこともやるんですか?
炎 やる。テレビ見ながらとかやってる。
一同 えっ…?
炎 そのときにはもう、テレビの内容は入ってないんよね。ただ見てるだけ。たとえば今日やるんだったら、もう小鉄のこと考えてる(※翌5日の芝居が『近藤勇と会津の小鉄』だった)。普通に楽屋におっても、笑って普通におるんやけど、声かけられたときに全然聞こえてない。
――芝居が昼夜替わりだと、一日で二人の人間になる。ここに舞踊ショーを合わせたら、色んな人間にたった一日の中で変化する…。すごく疲弊しちゃうんじゃないかなって思うんですけど、それでもずっとやっていらっしゃるんですね。
炎 楽しいからやろね。観てる側の気持ちを考えたら、うわ何これ、さっきあんなんやったのに、今度はこんなんになって出てきた…!って。やってる側としては、どう?みたいな(笑) それが役者…。いつも若い子らに言うんは、“役の者って書いて、役者。だから役の者にならないかんよ”って。俺もまだまだやけど…オールマイティーな役者を目指してる。どこにはめられてもいける、みたいな。
橘炎鷹座長。舞踊中、どんな姿勢でも身体の芯が崩れない。(2016/6/4)
「役に対しての、扉が開かん」
――雑誌のインタビューで、“辛いときは役につまずくとき”っていう答えをされてたと思うんですけど…
炎 うん、あるある。
――役につまずくっていうのは、どうやってもうまくいかないという状態でしょうか。
炎 その役に対しての、扉が開かん。そこに答えがあるんやけど、答えっていうか役があるんやけど、そこになかなか辿り着かない。たとえば顔、声、仕草…そんなんが腑に落ちない。なんで、舞台で演じると気持ち悪いし…
――そういうお役って今もあります?
炎 あるよ。だからめったにせん(笑) 俺、二枚目が苦手なん。たとえば梅川忠兵衛の忠兵衛とか。ああいうもたれ系の二枚目は…
――白塗りの優男みたいな感じでしょうか。たしかにあまりイメージにないですね。
炎 そう。どっちかっていうと敵役のほうが好きなん。
――でも今座長になられて、敵役ってほぼないですよね。
炎 うん、何本かしかないね。だからその何本かは、もう、超楽しい!
一同 (大笑)
炎 性格が悪いんじゃないけど(笑) だから一回やってみたいのが、吉良上野介。お芝居自体一回もやったことないんやけどね…。支度がないから、うち。
――6/12(日)・13(月)には沢田ひろしさんがゲストで来られますね。沢田さんとはもう長いことお付き合いされてるんですか?
沢田ひろしさん(2016/2/24)
※沢田ひろしさん…フリーの役者として、様々な劇団にゲスト出演されている。
炎 そうやね。沢田のお兄ちゃんとは、なんか一番、芝居の波長が合うっていうか。やっぱり俺らって、昔ながらの芝居のやり方で育ってきたから、なんて言うんかな、言い方悪く言えば“クサい”。イコール、わかりやすい。内容が濃いから。の、ほうが、やっぱ俺は好き。今風にドラマ化するよりも…
――歌舞伎がすごくお好きと聞くんですけど、歌舞伎のお芝居でいずれこれをやろうと思ってるのはあるんですか?
炎 歌舞伎は、もう親父の代から好きで。あれをやってみたいんやけどね。『乳房榎』(※)。
※『乳房榎』…『怪談乳房榎(かいだんちぶさえのき)』。歌舞伎で上演されるときは、何役もの早替わりや、大量に水を使用した滝の中での立ち回りが見どころとなっている。
炎 やっぱ舞台関係が難しいかな…。水とか、料亭の場面での階段使っての早替わりとか…。
――でも、すごく似合うと思います。いつか観てみたいです。
変化した『血染めのまとい』
――今回の木馬館公演は、初日が『血染めのまとい』だったんですよね。かなり重いお芝居だと思うんですが…
『血染めのまとい』より。頭の仇を討とうという辰五郎(橘鷹勝さん)に六蔵(橘炎鷹座長)は応じない。※本来は芝居の撮影は禁止だが、劇団炎舞ファンクラブを通して画像を提供いただいた。
『血染めのまとい』より。六蔵(橘炎鷹座長)と辰五郎(橘鷹勝さん)はめ組の大切なまといを共に握る。※上と同様、劇団炎舞ファンクラブに提供いただいた。
※『血染めのまとい』…炎鷹座長が演じるのは、め組の火消し・六蔵。め組の頭が敵対する組に殺されてから、小頭の六蔵はすっかり身を持ち崩す。残された頭の息子・辰五郎(橘鷹勝さん)が仇討ちに協力してくれるよう頼んでも、まったく興味を示さず酒びたり。だが六蔵には、実は心に秘めた本当の思いがあった。
――初日に、このシリアスなお芝居を持ってきた意図は何ですか?
炎 意図?結果、あれ六蔵が死んでしまうから、この木馬館公演は死ぬぐらいの勢いで頑張るよという。
――そういうことだったんですか?!(笑) 何年前になるのか…昔、『血染めのまとい』の芝居風景が『濱の演芸』という番組で放映されましたよね。その映像を観たら、今のやり方と全然違いました。
炎 もう、昔とは全然変わってる。あれはね、元々はある役者さんが、うちにそのまま教えてくれたお芝居なんやけど…俺が一番最初にやったときは、最初に死んでしまう頭と、辰五郎の二役やってた。六蔵は橘ひろとっていうのがやってた。
※橘ひろとさん…以前、劇団炎舞に在籍していた役者さん。今も特別ゲストとして時折出演される。
炎 それから色々変わっていって、俺が六蔵になって、め組の辰五郎をうちの弟・佑之介がやりだして。その頃からちょっと着色していって、ああしていこうか、こうしていこうかって。
――今やってらっしゃるやり方では、「馬が蹴上げた泥水か、折れた線香の一本でも、手向けてやっておくんなさい」っていうセリフがありますよね。すごくヤマ上げ!っていう感じで古典的なセリフだと思っていたのに、映像のほうにはなかったので驚きました。「命はたった一つだぞ」とか、「め組のために死ねるなら…本望でい」とかのセリフも印象的ですが、昔はなかったんですね。
炎 ないない。あんなんは、やりながらアドリブでやりだしていったこと。最初はもっと単純にやってた。だから、もっとホントは短かった。50分くらいで上がる芝居やった。けど、やるにつれて色々肉がついていった、みたいな。やる前にひらめいたことは打ち合わせするんやけど、芝居本番中にセリフ言いながら、これ言えるなって考えたこともあるし。ま、相手にもよりけりやけど、こいつなら返せるなっていう相手やったらやる。たまに、それをわざと、みんなにぶつけてみる。
――それで、その人がちゃんと役の人物になっているかわかるんですね。
炎 そうそう…。返せるかどうか、クイズ形式みたいやけど(笑)
――『濱の演芸』の頃の六蔵は…やっぱり小頭として、頭の仇を討つっていうキャラクターに見えるんです。でも今の演じ方だと、六蔵が頭の代わりになるというか、他の者たちの命を犠牲にしないためにも俺が…っていう父性がすごく大きくなっているように見えます。
炎 でも、今やりながらやけど、六蔵に関して俺がちょっとどうかなって思ってるのは、お客さんにわかりやす過ぎるかなって。ほら、あの位牌見せられたときに芝居するでしょ。あのときに、なんかもっと違うやり方がないかなって悩んでる。わざともっと馬鹿にするか…逆にへらこい男に見せるか…。
――お客さんにわかりやすいかどうか、というのは、どういったところでわかるんでしょう?たとえば送り出しとかで言われるんですか?
炎 ああ、言ってくれる人もおるね…。うん、せやね、芝居をやりながら、次こうなるな、ああなるなっていうのを、先々お客さんに感じさせる芝居はしたくないんよね。たとえば簡単に言うと、子分がおって、親分がおって、その子分が花道なり歩いていくときに、親分から何か声かけられる。そのとき、まだ声かけてないのに、子分がもう止まってる。そういうのはしたくない。うちの若い子にも言うんやけど、芝居の先走りするなって。間があるから、声かけるまで歩けって。
座長の指導の下、グングン伸びていく若手さんたち。左から橘鷹志さん、橘鷹勝さん、橘美炎さん(2016/6/9)
今明かされる“パンツ”の発祥
橘炎鷹座長(2015年11月)はなさん提供
時々女形の途中で披露される“パンツ”は、舞踊ショーでの人気ネタの一つ。華麗な女形が着物をまくると、派手なパンツがぬっと登場する様は絶妙にコミカルだ。
――あのパンツは、決まったサイズとかあるんですか。
炎 ないよ。お客さんが作ってくれる。
――最初見たとき衝撃だったんですけど、誰の発案なんですか?
炎 俺、俺。きっかけは、三重県のユラックスにのったとき。あそこの館内着から始まった。
一同 そうだったんですかー!
炎 ユラックスの館内着は、男が青で女がピンク。最初はあの館内着を履いて舞台に出た。それがウケだして、それを観てたお客さんが、じゃあもう色んな柄作ろう!ってことで。ここ(引き出しを開ける)。
きれいに畳まれているパンツたち。(2016/6/4)
一同 わぁ!(沸く)
炎 だいぶ数が増えてきたから、半分くらいしまったんやけど…。
――あのパンツたちはこんな風にしまわれてるんだ…ちょっと感動しています、今。
炎 ステテコでそんなに感動せんでも…(笑)
川越やつくばのお客さんが浅草へ
――去年の10月から1月にかけて、関東や北陸での公演でしたね。10月が川越温泉湯遊ランド(埼玉県)、11月がつくばYOUワールド(茨城県)、12月が東洋健康センターえびす座(福島県)、1月が大江戸温泉物語ながやま(石川県)。手ごたえはいかがでしたか?
炎 どこでも頑張ってやって…だからそこのお客さんが、みんな今月、川越とかつくばとかから浅草まで来てくれてる。それはもう、本当、ありがたいよね。
――関東での公演だと逆に難しいことってあります?関西ではウケるものが、なかなかこっちではウケないというような。
炎 それが逆なんよね、うち。なんか、関東のほうがウケがいい。関西は、言ったらお客さんがもう見飽きてるみたいな。
――公演が多い関西ならではの難しさもあるんですね…。この6月・7月の東京で、何か決まっている予定はありますか?
炎 新作は何本か出すんやけど。今考えてるのが、俺が飯岡(助五郎)と笹川(繁蔵)の二役のお芝居とか。
――炎鷹さんが書かれてるんですか?
炎 そうそうそう。
――それはいつ頃舞台にかけるんですか?
炎 まだちょっとわからんけど、今月はやると思う。
――それは良いことを聞けました。お忙しい中、本当にありがとうございました!
芝居の幕間、舞踊ショーの最中。木馬館客席にはいくつかの声が漏れる。
「座長の三枚目、かわいいわぁ…」「踊りうまいねえ、体の軸まっすぐ」「若い子がみんな元気で、頑張ってるじゃない」
ハイテンポの曲がかかると、いっせいに手拍子が鳴り出す。ボス・橘魅乃瑠さんの歌のコーナーでは、二階席までペンライトが揺れる。
「“相思相愛”で良かったね、炎舞と木馬館のお客さん」
沸き立つ客席を見回して、友人の一人が言った。生み出されるたくさんの笑顔に、演者の笑顔が重なって返って来る。
橘炎鷹座長(2016/6/9)
今日一日をどうか楽しんで――舞台からそんな慈愛を受け取るようだ。お楽しみ盛りだくさんの東京公演2か月間は、まだまだ始まったばかり!
期間:6/1(水)~6/29(水)
劇場電話: 03-3842-0709
●東京メトロ地下鉄銀座線「浅草駅」下車、徒歩10分
●つくばEX「浅草駅」下車、徒歩1分