『お国と五平』カタキ討ちの後家役で奮闘する女優・七瀬なつみにインタビュー
七瀬なつみ
谷崎潤一郎の『お国と五平』と小山内薫の『息子』。大正時代に書かれた二つの傑作短編戯曲がマキノノゾミの演出により現代演劇として甦り、二作連続で上演される。2016年9月3日より岐阜県の可児市文化創造センター(ala=アーラ)で開幕後、各地での巡演を経て、10月6日からは東京・吉祥寺シアターでも上演が行なれる。本作はalaを運営する公益財団法人可児市文化芸術振興財団がプロデュースする「ala Collection」という演劇シリーズの一環で、公演開幕までの約1ヶ月間は関係者全員が可児に滞在しながら、alaの中でじっくり芝居が作られるのが特長だ。
『お国と五平』のほうに、殺された夫のカタキを討つために旅する武家の後家・お国役として出演するのが七瀬なつみである。このお芝居はタイトルだけ見ると渋い印象を受けがちだが、さすがは谷崎、実は想定外の展開が待ち受ける。佐藤B作演じるカタキ役・友之丞の奇想天外な出方に対して、七瀬の演じるお国が五平とともに、どう太刀打ちするのかがとても興味津々……ということでSPICE編集部は8月に可児市まで赴き、『お国と五平』に取り組む七瀬なつみに話を聞いた。
--七瀬さんは可児市文化創造センター(ala)に2008年の『屋上庭園/動員挿話』で既に来ていますが、その時と今回と合せて、このalaや可児について、どのような感想をお持ちですか?
まず、施設全体がとてもきれいなことに驚きました。もちろん劇場もとても素敵です。また、館内から眺める外の景色もいいですね。広いお庭が美しくて。
製作発表の時に佐藤銀平さんもおっしゃいましたが、付近をちょっとお散歩していると、家の中から出てきた奥さんが「こんにちは」って挨拶してくださるんです。そういうことがこの街では到る所で日常的に行われていて、嬉しかったですね。東京では面識のない人と挨拶するという習慣はなかなかありませんものね。
--今回、可児に一ヶ月以上滞在して芝居創りに参加されるわけですが、このように地方に長期間滞在することはよくあるのですか?
いいえ、初めてです。ドラマの撮影などで一週間や二週間、東京と地方を行ったり来たりということはありますけど、ひとつの作品を創るために一箇所の土地で、ましてや一つの劇場で稽古に打ち込むというのは本当に初めての経験になります。本当に贅沢で嬉しいです。自分の部屋に帰ってからもお芝居のことだけを考えていられるなんて夢のようですね。東京では、稽古場では芝居に集中できるけれど、自宅に戻れば子育てや家の雑事に追われ、「一体どこで台詞を憶えればいいの?!」って言いたくなりますもの(笑)。
--各地で上演することも併せると、約二ヶ月間も家を離れることになりますね。
すごいでしょう? 子供もいるのに。だから、その部分でお引き受けすることにはとても勇気の要ることでした。でも、やはり、この舞台には参加させていただきたいという気持ちが強くありましたし、女優として挑戦する価値のある機会だと判断して決めました。
--ご家族と長期間離れることも初めてですか?
はい。家のことが心配で心配で仕方なかったんですけどね。ここに来ちゃったらどうしようもないので、それはもう断ち切って、家のことは主人に任せています。そちらには一切口出しはしないで、自分の時間をとことん楽しもうと思います(笑)。
七瀬なつみ
--七瀬さんが出演する『お国と五平』ですが、戯曲を読んでの感想は?
最初に思ったのは、「そうか、この時代(江戸時代)はカタキを討つために、何年も旅をしたのか」という驚きでした。それからもうひとつは「こんなに難しい話し方をしていたのか」ということですね。台本に出てくる言葉はお武家さんの言葉ですから難しくて、「これ私、喋れるのかなあ」と少し心配になりました。
物語については、殺された旦那様のカタキを討つという、一途な思いで何年も旅をしながらカタキ相手を探すのだけど、そこは人間だし、やがてお供の五平さんとも思いが通じ合ったりして……「人生いろいろねっ」て思いました(笑)。なんだソレっていう感想でごめんなさいね(笑)。でも、恋をすると人は他に何も見えなくなってしまうという、そういう恐ろしさは誰の身にもあることですから、ゾッとしながら本を読んでました。
--言葉が難しいとおっしゃられましたが、お国の「~だわいの」といった台詞を七瀬さんが話すのは、可愛らしい雰囲気がでると思いますよ(笑)。
ただ、演出のマキノノゾミさんは、今回の舞台をコテコテの時代劇にはしたくないそうなんです。だから台詞回しも、まるで現代劇のように、しっかりと自分の言葉として話して欲しいとおっしゃられています。けれど台本は変えず、そのままなんですね。そうすると例えば「~だわいの」と話す時、それが歌舞伎の台詞ではなく、現代の私が自然に話しているように違和感なくお客様の耳に届かなければいけなくて、そのあたりの兼ね合いが難しいですね。
七瀬なつみ
--七瀬さんの演じるお国は、最初は立派な武家の後家さんとして描かれるのですが、彼女の夫を殺して逃走したカタキの友之丞(佐藤B作)が出てきて、いろいろと不都合な真実を明かし始めると、綻びが生じてきますね。
そうですね。誰しも胸の奥に抱えているものが、きれいなものばかりではないということですよね。だからといって、お国が悪女とか怖い女なのかというと、それはわかりません。お国は、旦那様と結婚する前には友之丞さんが許婚者で、将来のことを真剣に考えていたと思います。でも、それがうまくゆかなくなり、そんな時に旦那様と知り合って愛し合うようになると、そのことが友之丞さんのストーカー心に火を点けてしまった。やがて事件が起こり、お国がカタキの友之丞を追いかけるうち、今度はお供の五平に対して特別な感情が湧いてくる。お国はその都度、自分の思う相手を一生懸命に愛して来たと思うんです。自分に正直に生きて来ただけのようにも思えます。
--そう聞くと、お国にはファム・ファタルのような要素も垣間見えますね。いかにも谷崎らしいというか。一方、この戯曲は、カタキの友之丞が異常なキャラクターであることや、彼の暴露によってお国と五平が慌てる展開など、非常に面白くて、コミカルに、スラプスティックにさえ描ける気もします。ただ、演出のマキノさんは「笑える」といいつつも、きちんとシリアスに描くとおっしゃってますね。
笑わせようとか滑稽にみせようという意図など全くなしに、本気でシリアスに演じた時に出てくるものが実はすごく面白くなると思うんです。人が絶対に言われたくないことを言われた時に、思いがけずとんでもない声が出てしまうとか……私たちに課せられているのは、そういったリアクションを見つけてゆくことだと思っています。それが結果的にとても滑稽に見えればいいと思います。
七瀬なつみ
--佐藤B作さんの演じる友之丞の変人ぶりも期待できますね。
B作さんが機関銃のように喋り出す場面は圧巻だと思いますよ。クライマックスもそれこそドタバタな展開になるかもしれません。それらすべて大まじめにやってこそ、結果的に面白くて、笑えてくるのではないでしょうか。
--衛紀生館長も、よくぞこの戯曲を取り上げた。
本当ですね。プロデューサーさんたちは、そういうことを見る目は鋭いんだなと思います。
--この戯曲は大正11年(1922年)7月に初演され、作者の谷崎潤一郎が初めて演出も手掛けたそうです。そもそも谷崎は小山内薫の影響下で戯曲を書いたようですね。
そうなんですか。谷崎さんのほうが影響を受けてるんですね。
--その小山内薫の、今度同時上演する『息子』のほうは大正12年(1923年)3月に六代目尾上菊五郎、四代目尾上松助、十三代目守田勘弥で帝劇で初演されていますが、後の大正15年(1926年)12月には小山内薫の創設した築地小劇場で丸山定夫、伊達信、滝沢修によっても上演されています。このあたりは、先日『紙屋町さくらホテル』(作:井上ひさし。丸山定夫が参加し広島で被爆した移動演劇隊=櫻隊を描いた演劇作品)に出演していた七瀬さんには、とても馴染みのある名前ばかりでしょう?
はい、(それらの名前は劇中に) いっぱい出てきました。小山内薫先生の……『紙屋町さくらホテル』の時の癖で、つい先生と言ってしまいますが、先生の作品である『息子』を読んで、本当に面白いなあと思いました。息子と父親がお互いをわかったうえで、素知らぬフリして会話をしているという、もうそれだけで泣けて。こういうものを小山内先生が書いていらしたんだなあって感慨深いものがありました。
七瀬なつみ
--今回、ala発で、そういう大正時代の戯曲二作品を上演することについてはどう思いますか。
「大正時代に書かれたものだから、古い感覚のお芝居なのかな」なんて思っていると、とんでもないですよね。『お国と五平』は恋の魔法にかかってしまった人々の変貌ぶりや怖さが描かれますし、『息子』も、いつの時代に読んでも涙を誘う、心に響く作品だと思います。衛紀生さんも製作発表の時におっしゃられていましたが、いずれの戯曲にも普遍的なものを感じます。私たちが知らない素晴らしい作品がまだまだいっぱい存在していることに驚きました。
--後に読者の方々にメッセージをお願いできますか。
『お国と五平』と聞いて、ちょっと難しそうな作品だと思われるかもしれませんが、本当に肩の力を抜いて、笑いながら観ていただけるような舞台になると思います。そして「昔の作品でもこんなに楽しいのか」「こんなに心に響く舞台があったのか」と思っていただけるよう演じてまいります。ぜひ観にいらしてください。
(取材・文:安藤光夫 写真撮影:大野要介)
■出演:佐藤B作、七瀬なつみ、石母田史朗、佐藤銀平、山野史人
■原作:『お国と五平』谷崎潤一郎、『息子』小山内薫
■演出:マキノノゾミ
■日程:2016年9月3日(土)~2016年9月8日(木)
■会場:可児市文化創造センター・小劇場
■公式サイト:http://www.kpac.or.jp/collection9//?fref=ts
■日程:2016年9月15日(木)19:00
■会場:長岡リリックホール シアター
■公式サイト:http://www.nagaoka-caf.or.jp/revue/lyric_revue/17297.html
■日程:2016年9月17日(土)19:00
■会場:黒部市国際文化センター コラーレ(カーターホール)
■公式サイト:http://www.colare.jp/utage/okuni/gohei_set.html
■日程:2016年9月19日(月・祝)14:00
■会場:高周波文化ホール(新湊中央文化会館)小ホール
■公式サイト:http://www.imizubunka.or.jp/chubun/
■日程:2016年9月24日(土)19:00
■会場:日田市民文化会館「パトリア日田」大ホール(やまびこ)
■公式サイト:http://www.patria-hita.jp/
■日程:2016年10月6日(木)~2016年10月13日(木)
■会場:吉祥寺シアター
■公式サイト:http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2016/06/ala-collectionvol9.html