『仮名手本忠臣蔵』初心者セミナー体験レポート

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北潟喜久氏

北潟喜久氏


国立劇場開場50周年記念公演の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』~三ヶ月連続完全通し上演【第一部】が10月3日から上演を開始した。この公演に関連して10月4日、イープラスの企画・主催による『仮名手本忠臣蔵』初心者セミナーが、国立劇場に隣接する伝統芸能情報館で開催された。講師は芸能研究家であり芸能学会常任理事である北潟喜久氏。『仮名手本忠臣蔵』のチケットを購入したイープラス会員のみを対象として企画された、文字通り初心者向けに作品をガイドする会員限定の講座だった。今回は、この模様をレポートする。


今年、開場50周年を迎えた国立劇場。これを記念して、人気演目『仮名手本忠臣蔵』の通し上演が行われる。しかも、今回は上演可能な場面をすべて網羅した“完全通し上演”である。現在の歌舞伎公演ではこのような試みはほとんどないので、貴重このうえない。10月に第一部、11月に第二部、12月に第三部と、三カ月連続の完全通し上演となる。

この日(10月4日)、国立劇場に併設された伝統芸能情報館の3階は、多くの人がごった返していた。『仮名手本忠臣蔵』の初心者向けセミナー(といっても歌舞伎通の方々も少なからず参加していたようだ)に集まった約80人のお目当てといえば、かつて国立劇場で古典芸能後継者養成の教務、古典芸能の調査研究、歌舞伎公演の制作業務などを担当し、現在では古典芸能や民俗芸能関係の執筆・講演活動を積極的に行なっている北潟喜久氏の講演にほかならなかった。

今回の聴衆は、イープラスでチケットを購入したイープラス会員だけが供与される特別なギフト(贈り物)を手に入れた幸運な方々である。そして、いよいよ彼らの期待感が会場に満ちる。北潟氏が登壇したのだ。挨拶に続き、まずは『仮名手本忠臣蔵』の歴史から語り始めた。

北潟喜久氏

北潟喜久氏

北潟氏曰く、「この『仮名手本忠臣蔵』が上演されたのは、赤穂浪士の事件から“47”年目に当たります。これは偶然かもしれない」と話し始めると、ここからは仮名手本忠臣蔵のネーミングの由来に。

「『仮名手本忠臣蔵』という名前の「仮名手本」は、難しいことをわかりやすく、子供でもわかりやすく、親しみやすく、という意味でつけられました。そして、「忠臣蔵」と言うのは、忠臣たちの話がたくさん詰まっている「蔵」と言う意味にもなっています。しかも、大石内蔵助の「蔵」を連想させる。さらに、江戸時代の倉庫街の蔵には「い、ろ、は」と書かれていました。そんな「いろは蔵」も連想させる巧みなネーミングでもあるのです」

『仮名手本忠臣蔵』の初演は1748年。人形浄瑠璃として公演されると、またたく間に好評を得て、歌舞伎で上演されたという。大人でも子供でも楽しめる、赤穂浪士の実話を基にした歴史物の要素もあるのだ。

ストーリーは、主君・塩冶判官の無念を晴らそうと、大星由良之助が仲間とともに高師直を打ち倒すというもの。ご存じ忠臣蔵である。モデルとなった史実が、高家旗本の吉良上野介(きらこうずけのすけ)を斬りつけたとして切腹に処せられた播磨赤穂藩藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の仇を討つために、家臣の大石内蔵助以下47人が吉良邸を襲撃した「赤穂事件」である。

これがいわゆる「忠臣蔵」という名前になって、映画やテレビドラマとなって日本中に広がっていくのも、「仮名手本忠臣蔵」の大ヒットからつけられたのだそうだ。

北潟喜久氏

北潟喜久氏

「みなさんのよく知っている忠臣蔵は『仮名手本忠臣蔵』が大当たりしたのでつけられたのです。もともとは赤穂事件などと呼ばれていました」

その記念すべき第一部(10月)では、塩冶判官が切腹する事件の発端から、由良之助(松本幸四郎)が師直(市川左團次)への復讐を誓うまでを上演する。

しかし、聴衆もここまではよくわかっているようだ。さすが、歌舞伎通の人も集まっているだけある。ただし筆者には、知らないことだらけだったが……。とはいえ北潟氏は、『仮名手本忠臣蔵』のジャングルを駆け巡る探検家・研究家でもある。一枚上手なのだ。さらに、この演目に関する奥深い話をしてくれた。

今回での見どころは、しょっぱなから観ることのできる大序の鶴ヶ丘社頭兜改めの場。これは、現在の歌舞伎の「忠臣蔵」ではなかなか上演されないそうだ(上演時間の制約、上演プログラムの制約など、現代の演劇システムの問題と関係がありそうだが……)。さらに大序の前に、人形が出演俳優名を読み上げる「口上人形」、これは浄瑠璃人形版の影響からきたものだが、これがまた、そうそうお目にかかることはできないそうである。そのことは北潟氏の次の発言からもうかがえる。

「実際の赤穂事件は2年にわたるものですが、仮名手本忠臣蔵は1年間の事件に圧縮して、春夏秋冬で表現しています。今月の第一部は『春』に当たるわけです。普通はストーリーをはしょったりするものですが、国立劇場では、これを3ヶ月間かけてじっくりと上演します。大序では、春なのに舞台にあるイチョウの木がすでに黄色いのです。これは江戸時代から指摘されていますが、舞台の美術上での演出なんでしょうね」

北潟喜久氏

北潟喜久氏

「開演の15分ぐらい前に口上人形と言って、三色の定式幕をめくって人形が出てきます。これからやる芝居の出演俳優の名前を読み上げていきます。これをやるのは忠臣蔵の大序だけなので見逃せません。これを知らない人が多いんです。だから、開演前にもうやっていると文句を言う人もいるほどです。ですが、これは幕が開く前の儀式なんです。だからどこにも書いてない。でも、これが昔からのやり方なんです。国立劇場では昔のやり方でやります。口上の後、まず『天王立下り羽』という曲が鳴り始めます。幕が下手からゆっくりと開きます。そして、幕が開くまでに47の拍子木を鳴らします。幕が開きますと、『七五三』の置鼓、つまり、七回、五回、三回に分けて鼓が打たれます。それが終わりますと『トザイ、ト~ザイ~!』という『東西声』がかかります。左側の奥の方で7つ言います。そして舞台の真ん中の後ろで5つ、上手の右側の方で、3つ言います。はじめの左側の奥の「東西声」の後から義太夫が入ります。役者はみんな人形のようにこうべを垂れています。そして義太夫から名前を呼ばれると顔を上げていきます。一番最初は足利直義(中村松江)という殿様が顔を上げて物語が始まっていきます」

さすがにここまで知っている聴衆はなかなかいないようで、思わず「へえー」と頷く人も多くいた。もちろん、歴史の話だけではなく、『仮名手本忠臣蔵』にまつわるトリビア、またはおもしろ話に、笑い声をあげる人も数多くいた。

「大序は絵として美しい。色彩の鮮やかさ、色の取り合わせ、そういうところも見てほしい。ストーリーを追いかけるだけが歌舞伎ではないと言うこと、あんまりあらすじを追いかけないで、そう言うところも見てほしいな」と締め括られ、講座は拍手喝采で終了した。

こうして今回の講座の聴衆は、北潟氏による『仮名手本忠臣蔵』のさらなる前口上を体験することができて大いに満足している様子であった。購入チケットにこのような特典が付くことは、たいへん有意義であり、実に「お得」だと感じられた。イープラスは今後もこうしたチケット購入者特典をどんどん設けていくとしている。

チラシ

チラシ

(取材・文・写真撮影:竹下力)

公演情報
通し狂言「仮名手本忠臣蔵」〜三ヶ月連続完全通し上演【第一部】四幕九場
 
大序  鶴ヶ岡社頭兜改めの場
二段目 桃井館力弥使者の場
      同 松切りの場
三段目 足利館門前の場
      同 松の間刃傷の場
      同 裏門の場
四段目 扇ヶ谷塩冶館花献上の場
      同 判官切腹の場
      同 表門城明渡しの場
 
■会場:国立劇場 大劇場
■日時:10月3日(月)〜27(木)
開演時間:午前11時(ただし、口上人形読み上げはすでに始まっているので、もしこちらも観劇したい方は、開演前に入場をお勧めする)
 
作:
竹田出雲
三好松洛
並木千柳
 
出演:
松本幸四郎
中村梅玉
市川左團次
坂東彦三郎
中村扇雀
中村錦之助
市川團蔵
 
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