全ての山に登り続けて、北翔海莉宝塚に別れ ラストデーレポート

レポート
2016.11.28


2016年11月20日、宝塚歌劇団星組トップスター北翔海莉が、相手役の妃海風、最後の同期生である専科の美城れん、若手娘役の美都くららなど同時退団者と共に、宝塚に別れを告げた。

1998年『シトラスの風』で初舞台を踏んだ北翔海莉は、翌年月組に配属。期待の新進男役として頭角を現したのち、2005年に宙組へ、2012年に専科へと異動。その時々で多彩で魅力にあふれた舞台姿を数多く残し、2015年満を持して星組トップスターに就任。レジェンドと呼ばれた柚希礼音の後を受け、高い技術力と「みっちゃん」という愛称に相応しい、温かな人柄とで、星組に新たな時代を築いてきた。何よりできないものがないというほど多才な人、しかもたゆまぬ努力の人として知られる北翔が、最近の宝塚トップスターの中では遅咲きの花だからこそ、蓄えた力を存分に発揮している姿には盤石の安定感があり、宝塚がディズニーの世界を歌い上げた『LOVE&DREAM』や、大劇場作品としては久しく上演されていなかった、本格的なオペレッタ作品『こうもり』など、抜群の歌唱力を誇る北翔率いる星組でなければ成し得なかった挑戦を果たして、大きな成果をあげていた。また、相手役の妃海風が北翔を心からリスペクトして、常に愛情のこもった瞳で北翔を見つめる姿が、宝塚ならではの美徳に通じ、常にハートフルで微笑ましい空気が舞台に満ちていたことが、星組の舞台の団結力を感じさせる美しさにつながっていたのも、得難いことだった。

そんな、北翔時代のラストを飾るサヨナラショーは、宙組誕生の曲であり、北翔と美城れん、在団する最後の84期生が初舞台を踏んだ『シトラスの風』から、初舞台生のラインダンスで使用された「It's Today」のコーラスと共に開幕。北翔を筆頭に大階段に男役たちが居並んでのテーマ曲「シトラスの風」が、北翔と美城でパートを分け合うように歌われる。ブルーの華やかな衣装の北翔が一際爽やかだ。曲調は一転して『ノバ・ボサ・ノバ』の「アマール・アマール」へ。北翔の歌声は艶やかに変化。妃海風と二人のダンスも美しい。そのまま1人銀橋に出た北翔が、節目節目で務めてきた星組トップスターとなる前の主演作『想夫恋』から「桜夢幻」、『THE SECOND LIFE』から「君に伝えたいことがある」、『風の次郎吉~大江戸夜飛翔~』から「風をきれ闇を切れ悪を斬れ」をメドレーで。「君に伝えたいことがある」では本舞台で同時退団の美都くららが、七海ひろきにエスコートされてデュエットダンスを披露する餞の場面もあり、なんとも粋なはからい。『風の次郎吉』などは、続編があったらどんなに楽しかったろうか、と思われるエンターテイメント作品だっただけに、ここでの披露が嬉しかった。そこからいよいよ星組時代の楽曲となり、星組生たちと『THE ENTERTAINER!!』から「天翔ける翼」を力強く歌ったあとは、美城れんのソロ曲『タイタニック』の「My Heart Will Go On」。バウホール公演、『One Voice』で歌われた楽曲だが、こうした場で聞くととまた格別の感慨があり、美城の実力を改めて感じさせられた。

銀橋を渡った美城が去ると、大階段にガラスの靴を手にした北翔と、舞台面に紫の美しいドレスの妃海が立ち、『LOVE&DREAM』屈指の名場面、『シンデレラ』の「夢はひそかに」が再現される。北翔のどこまでも柔らかく豊かな歌声が響き、妃海がトップ娘役時代に着用した数々のドレス姿の中でも、最も美しい衣装と言って過言ではない紫のドレスが、夢の世界に誘う。『LOVE&DREAM』は外箱公演の作品だったから、この得も言われぬ魅惑のシーンが、大劇場の大階段を使って再現されるゴージャスさが、目にもまぶしい。
続いて舞台はオペレッタの世界へ。北翔が『THE MERRY WIDOW』から「唇は語らず」を豊潤に歌うと、星組生が加わり『こうもり』の「ワインの火のほとばしりに」へ。次代を担う紅ゆずる、綺咲愛里も掛け合い、賑やかな歌と踊りに場は華やかに盛り上がった。その熱気の後を受けて妃海が水兵服で銀橋に現れ『南太平洋』から「ワンダフル・ガイ」をときめきを込めて浮き立つように歌う。轟悠との共演で若手娘役時代の妃海の代表作でもある作品の楽曲だが、「世界で1番の人よ、好きよ、好きよ、好きよ」と連呼する歌詞が、まるで北翔に捧げられているように聞こえるのは、このコンビが育んできた温かな雰囲気故だろう。

そして、シャープなライティングが映える大階段に、粋なスーツ姿の北翔が登場。『ガイズ&ドールズ』から「運命よ、今夜は女神らしく」をソロで、更に白のドレス姿の妃海と「はじめての恋」をデュエット。ここからサヨナラショーは一気にクライマックスへ。『LOVE&DREAM』で歌われた「サムディ」を英語で披露する北翔の渾身の熱唱に、ボルテージは最高潮に達する。会場に美しいペンライトの灯りが広がる中、最後は『サウンド・オブ・ミュージック』の『Climb Every Mountain』をやはり英語で全員が唱う。「すべての山に登れ」という曲の持つ尊いメッセージは、北翔が星組生に、更に宝塚に残すものとして深く響き渡り、サヨナラショーの幕は下りた。19年間に、宝塚すべての組に出演してきた北翔ならではの、宝塚は1つと感じさせる、素晴らしいショーだった。

劇場中に熱気が残る中、星組組長の万里柚美から退団者の履歴が紹介され、引き続いて準備の整った舞台で、宝塚の正装緑の袴姿の退団者たちが1人ずつ最後の大階段を降りてくる。5年間の幸せを語る美都くららの後に続いた専科の美城れんは、前もって用意した言葉ではなく、今感じる思いを述べたいというスピーチ。同期生の北翔海莉への感謝を語り、最後は退団作品にして文字通りの当たり役ともなった西郷隆盛を思わせる、薩摩弁で締めくくった。同じくトップ娘役の妃海風も今の心境を素直に吐露。訥々とした語り口の中に宝塚愛、何よりも相手役の北翔愛があふれ出ているのが印象的だった。

そして最後にトップスター北翔海莉がやはり緑の袴姿で大階段に登場。階段を降りる歩み、深く一礼する手の位置など、所作のひとつひとつが抜群に美しいのに、圧倒される。万雷の拍手の中、北翔は駆けつけた同期生とバトンを託す紅ゆずるから贈られたカサブランカの花束を手に、21年間の宝塚人生で出会えた縁が、何一つ欠けても今の自分はなかっただろうと語りはじめ、ファンへの感謝の言葉が続く。何よりも最後に「この21年間、とてつもなく苦しい時もありましたが、それ以上にとてつもなく面白かったです!」と言い切った爽やかさが、いつまでも耳に残った。言葉通りに長い道のりに多くあっただろう困難を乗り越えて、山の頂に到達した人にしか、北翔にしか言えない一言が、なんと清々しかったことか。名残尽きぬ客席からは、アンコールの拍手が幾度も繰り返された。

【退団記者会見】 

その後、余韻の冷めやらぬ劇場ロビーで北翔海莉退団会見記者会見が行われた。まず北翔が「皆様の応援と支えのお陰で、本日無事に、宝塚歌劇団男役の北翔海莉卒業することが出来ました。本当にありがとうございました。今の気持ちは皆様の質問にお答えして、色々な思いを伝えていけたらいいなと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します」と挨拶。続いて記者の質問に答えた。

【質疑応答】

──宝塚での舞台を全て終えて、改めて宝塚歌劇とは北翔さんにとってどのような場所でしたか?

今思ったと言うより、数日前に実は舞台機構のトラブルで3号セリが使えない日が1度あったんです。その時、開演時間が30分押してしまいお客様には大変ご迷惑をおかけしてしまったのですが、千秋楽を前にそういうことが起きて、いつもあまり顔を合わせることのなかったスタッフの方々が、本当に迅速にトラブルに対応してくださって、舞台を支えてくださっているスタッフの皆様の景色や、セリが使えなかった時にどうするべきか、共演者との信頼関係や、待っていてくださるお客様の存在を目の当たりにして、卒業を前に、宝塚の縮図を、神様に改めて見せてもらったような感じが致しました。そうしたすべてが凝縮した姿を卒業前に改めて知ることが出来て、本当に良かったなと。皆様よくおっしゃいますが、1人では舞台は成り立たない、宝塚は特に一流のスタッフの方々であったり、この劇場をお掃除してくださる方、販売をしてくださる方、本当に数えきれない方々の支えがあり、サポートがあっての私達の舞台なんだなというのを、こんなに素晴らしいところで(音楽学校時代を含めて)21年間も修行させて頂けた経験は宝物だと思います。

──芸能活動、舞台活動、ご結婚など、今後の活動予定については?

出来れば寿にいってみたかったのですけれども(笑)、まだそのご縁はこれからなんじゃないかなと思います。宝塚歌劇団の男役の北翔海莉としては本日を持ちまして卒業致しましたけれども、これからも世の為、人の為、エンターテイナーとしての北翔海莉で行きたいなと思っております。

──では芸能活動のご予定があるということで、期待していて良いのですね?

はい。

──在団中から芸事にいろいろと取り組まれてきましたが「男役芸」とはどんなものでしたでしょうか?また、今後、それを封印してしまうのでしょうか?或いは活かしていくのでしょうか?

「男役芸」というより「清く正しく美しくいる舞台人」というのが宝塚の伝統芸かなと思います。私は男役ですけれども女役の経験もありますし、それが宝塚の舞台人としての芸のひとつだと思って今まで追求して参りました。男役の魅せ方や男役の美学ではなく、宝塚のモットーに基づいた舞台姿、そして精神的な面をこれからも封印せずに繋げていけたら嬉しいかなと思います。

──星組の後輩たちにエールを送るとすると、どんな言葉をかけられますか?

この1年半様々なジャンルのものに挑戦させて頂きました。今の星組に私は何を残せたのだろうかと考えた時に、自分ではよく分かりませんけれども、挑戦する心、諦めない精神、限界を作らないという部分が、皆の心の中に、どこか頭の片隅に残っていたら嬉しいかなと思います。

──素晴らしいサヨナラショーでしたが、演出の岡田(敬二)先生になにかリクエストされたことはありましたか?

今までの私の主演公演や思い出の作品を入れるというのは、いつものサヨナラショーの作り方として変わらなかったのですけれども、作品と関係なく「Climb Every Mountain」という曲を最後に入れさせて頂きました。岡田先生と一緒にビルボードライブを創らせて頂きました時に、私が専科の時でしたがあの曲を歌いました。その時には、色々な思いもあり、全ての山に登れという曲を歌っておりましたが、卒業の時に、全ての山に登った私が歌うのではなく、今の星組の下級生たちにこれからも色々な困難や試練があると思うけれども、しっかり山を登って行くんだよというメッセージ性も込めて、岡田先生とこの曲を最後にしようと、二人で一致した気持ちでしたので、選びました。

──お花はカサブランカでしょうか。その花に込められた思いと、受け渡しの時に紅さんとどんなことを話しましたか?

(話したことは)秘密です(笑)。お花はカサブランカです。ユリの中でも最も強い花だと言われているもので、どんな綺麗でない水の中でも、どんな状況でも力強く咲き誇るという意味が込められております。この19年間様々な道のりがありましたけれども、自分の義を貫いてきたという意味でこの花を選びました。さゆみちゃん、あ、紅さんからお花を頂いた時に、持ち方をずっとしゃべっていました。いつも通り、楽屋通りの会話でもありました。最後に次代を担う紅さんからしっかりお花を頂けたということは、本当は私がバトンタッチをする側なのですが、幸せなことだなと思いながら受け取りました。

──今現在の心境とファンの方にメッセージを。

今日はどんな1日になるのかなと思っておりましたが、やはり最後の最後まで悔いはないのですけれども、舞台に対してもっとこうしたいという芸事に対するゴールはなく、それに満足する自分ではなく、次につなげて行けるような精神状態だったかなと思います。宝塚の舞台としては最後になりましたけれども、いつも通り役に入ってしまったら邪念がなかったので、桐野利秋としての人生を全うした舞台で、気が付いたら終わっていたという状態でした。けれども、さすがにサヨナラショーの最後、「Climb Every Mountain」で、お客様のペンライトの光の景色を見た時には、皆様の目に見えない力と言いますか、愛を感じて、そこで初めて今までぶれなかった感情がぶれました。こんな私を見付けて頂いて、応援して下さったファンの方々、色々な道のりの中で、ずっと諦めないで、ファンの方々の方が諦めないで、信じて付いてきて下さいました。皆さんの応援がなければ私はトップになれていなかったなと思います。そういう意味では、皆様の応援のおかげだと。また、他の組から星組に参りました私を、星組の皆が温かく受け入れてくれて、しっかりサポートしてくださったからこそ今日の日を迎えることが出来ました。すべてのご縁に感謝する気持ちです。また今日はお天気が本当に良くて、昨日は雨、明日も雨予報という中、今日は雲ひとつない晴天で、本当に皆様のお力で、皆様に守られていることを実感した1日でした。

──宝塚のトップコンビについて、また相手役の妃海風さんについては?

宝塚はどうしても男役がメインになって、添え花のような娘役、相手役というふうに思われがちなんですけれども、私はそうではなくて、妃海風という1人の舞台人と一緒に切磋琢磨できる間柄でありましたし、彼女の一生懸命な姿、共に同じゴールを目指していける向上できる仲でございましたので、そう言う意味では本当にすごい相手役さんだな、素晴らしい人と組ませて頂いたという気持ちでございます。ふうちゃん、妃海さんは、向上心も、芸事に対しての追求心もそうですが、何よりも宝塚を愛する気持ちが強い方なので、そういう部分で、私は宝塚を知らないで入団した、ファン歴がなくこの世界に入ったので、こうしたら宝塚ファンの方が喜ぶということ、お客様の目線からのことを教えてくださいました。学年は下なのですが、私にとっては上の方のような、相手役さんと組ませて頂けたかなと思います。彼女の幸せオーラのお陰で星組がいつも明るく穏やかに過ごせたんじゃないかなと感謝しておりますし、これからも次代を担う紅さん、綺咲さんもきっとそういう部分を引き継いでくれるのではないかな?と思っておりますので、 相手役を尊敬する気持ちを忘れずに、次の世代に繋げていってくれたら嬉しいなと思います。

微笑みながら語る北翔の思いのこもった言葉の数々が聞かれた会見は、終始和やかな空気に包まれて終了した。

この日は、北翔の言葉通り晴天に恵まれ、更に11月下旬とは思えないほどの暖かい夜で、劇場周辺に集結した8000人のファンにも天からの恵みが降り注ぐかのよう。その中で、挨拶の順番に舞台化粧を落とした退団者たちがパレード。その都度大きな拍手と歓声があたりを包み、惜別のセレモニーは最高潮に。その最後に北翔が登場。ファン1人1人と瞳を交わそうとするかのようにゆっくりと一歩、一歩を刻んで進む歩みが美しい。ファンからもお別れの言葉ではなく「みっちゃん、またね!」という大きな声がかけられ、明日への思いも感じさせるスッキリとした笑顔で、北翔は東京宝塚劇場前を歩み去っていった。暖かい夜に相応しい、穏やかな空気がいつまでも残った。

その後、エンターティナーの北翔海莉でありたいという言葉通り、間を置かずにクリスマスディナーショー、更に来春の豪華日替わりゲストと創るライブ活動を行われることがいち早く発表され、北翔は新たな山の頂きへとスタートを切り、宝塚では紅ゆずると綺咲愛里による新生星組が動き始めた。繰り返される出会いと別れの中から、それぞれが進む道が華やぎに満ちたものとなることを期待し、祈っている。

【取材・文・撮影/橘涼香 舞台写真提供/宝塚歌劇団】

演劇キック - 宝塚ジャーナル
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