人間への深い洞察をベースボールに重ねた圧巻の舞台『テイクミーアウト』

レポート
舞台
2016.12.23


公演中に、第51回紀伊國屋演劇賞の団体賞を主催団体が受賞したというニュースが飛び込んできた。その舞台『テイクミーアウト』が、称賛の中で12月21日、東京公演を終了した。このあと12月23日、24日の兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールでの公演へ、その熱い勢いとともに乗り込む。

『テイクミーアウト』は、2003年トニー賞作品賞&助演男優賞を受賞した傑作で、人種のるつぼアメリカが抱え続けている問題を、ベースボールという国民的スポーツを題材にリアルに突きつけてくる。日本版は小川絵梨子が翻訳、演出は藤田俊太郎という演劇界注目の才能で、その瑞々しい2つの感性が、台詞に演出にみごとに生かされ、戯曲の根底に流れる人間そのものへの深い洞察が、国や人種の違いを超えて、明確に伝わってくる。

【物語】
ある球場のロッカールーム。ある日、「エンパイアーズ」のスター選手で黒人の母と白人の父を持つダレン・レミングが、マスコミの前で、自分が「ゲイ」であることを告白する。敵のチームにいる親友デイビー・バトルに感化されたのだ。それは150年の歴史を持つメジャーリーグの歴史を揺るがすスキャンダルだった。チームメイトたちの反応は様々で、好意的なものもいれば、あからさまに不快さや敵意を示すものもいて、その混乱により、次第に「エンパイアーズ」は負けが込んでいく。

そんなときにチームに参加したのが、天才的だがどこか影のあるリリーフ投手のシェーン・マンギット。彼の力でチームは再び快進撃を始める。だがある日、全国放送のインタビューで、シェーンは「試合のあと、ホモ野郎とシャワーに入るのは気持ちが悪い!」と発言、チームはさらに混乱を深めていく──。

舞台装置はセンターステージを挟んで対面になっていて、観客はそのまま球場の客にも見立てられる。ほとんどのエピソードは球場内のロッカールームで起き、登場人物たちは肉体だけでなく精神まで丸裸にされていき、その中で、人間のアイデンティティや差別意識、さらには愛や友情の本質まで剥き出しにされていく。だが、この戯曲の素晴らしさは、人間というものの傲慢さ、偏狭さ、弱さなどの負の部分を焙り出すだけでなく、人間がなぜ野球というスポーツに夢や憧れを抱くのか、その考察も会話に落とし込まれていて、野球というスポーツの持つ平等さや人間らしさ、そしてそれを愛する人間の心そのものに美しい光をあててみせるのだ。

タイトルになっている「テイクミーアウト」は、直訳では「私を連れ出して」という意味で、パンフレットに書かれた小川絵梨子の言をかりれば、この話には「野球という楽園から出た選手」と「日常から連れ出された観客」が出てくる。つまり、野球という世界から「アウト」する人間と「イン」する人間である。そして、「アウト」する人間ということでは、自らゲイをカミングアウトしたダレンも当てはまるのだが、彼よりも明確に球界からはみ出してしまうのがシェーンだ。一方、意図せず「イン」してしまった人間としては、ダレンのビジネスマネージャーに就任した会計士、メイソン・マーゼックが出てくる。

メイソンは、観客の目線を保ちながら、物語の後半では展開の舵をとる重要な役で、演じているのは良知真次。良知はストレートプレイは本作が初めてだが、ミュージカル界ではキャリア十分の俳優で、演技力でも高い評価を受けている。彼のメイソンはチャーミングで温かく、同時に内面の繊細さや翳りなどものぞかせながら、観客が野球とスター選手に抱く愛と憧憬をあますところなく演じてみせる。今回の役柄について、稽古中に良知真次から話を聞く機会があり、こんなふうに語ってくれた。

「演出の藤田さんのこの作品に賭ける思いをすごく感じています。作品を信じている熱さがすごい。そういう意味では僕が演じるメイソンは、藤田さんにリンクするんです。稽古場で藤田さんが熱く語る姿を見て、付いていきますと思うこの感覚は、ダレンがメイソンに勇気づけられる気持ちと一緒だと思っているんです」

この言葉通り、ダレンが周囲の混乱ぶりに絶望して、球界を去ろうとするとき、メイソンは野球を愛する観客の立場から、ダレンを励まし説得する。その場面のメイソンの言葉は、愛に満ちあふれていて美しく、また、2人がグラウンドに寝転がって空を仰ぎ見る姿は、ベースボールファンならずとも心震わされずにはいない。

一方の「アウト」してしまう選手、シェーン役を演じているのは、ユニークな存在感で俳優としても注目度を増している栗原類。オーディションでかち取ったというだけに、役への思いも深く、取り組みをこんなふうに語っている。

「シェーンは差別主義者ですし、色々な面で僕とは真逆な人間です。また、孤児院にいたシェーンは、親の愛情を注がれない状態で育ってきた。そういう人間にはどういう表現が必要かなと考えました。たとえば”死んだ魚”のような目をしているかもしれないし、誰に対しても表情を変えないだろうなと。ただ、物語が進む中で、シェーンなりに変化があり、感情が爆発するところもあります。そこをシェーンのキャラクターとブレない表現で見せていければと思っています」

異常なまでの潔癖症で他人との接触を恐れる、コミュニケーション障害の青年。だがピッチャーとしては天才的で、野球という世界でなら生きていける。そんなシェーンが、ゲイをカミングアウトしたダレンへの嫌悪から、あり得ない事故を招いてしまう。その痛ましさと病んだ心を、栗原類は独自の身体表現で的確に表現してみせる。

この作品には、2人以外にもチームメイトや監督など9人が登場。それぞれに個性的でポテンシャルの高い役者ばかりで、1人1人が見逃せない。
事件のきっかけになるダレン役を演じて、大リーガーのプライドと葛藤を鮮やかに体現する章平。自分の好悪をむき出しにする若者トッディ役を、ストレートに明るく演じる多和田秀弥。ダレンに友情を示すキッピー役と物語を進行させるナレーションで、力強く物語を牽引する味方良介。キャッチャーならではの包容力とユーモアが印象的なジェイソン役の小柳心。マルティネス役の渋谷謙人とロドリゲス役の吉田健悟は、それぞれラテン系の陽気さの裏にマイノリティの屈折を込める。ダレンの親友デイビー役で、”善きアメリカ人”の保守性を表現するSpi。カワバタ役の竪山隼太は、アメリカ球界での日本人投手の孤独と忍耐を伝えてくる。そしてこのバラエティに富んだチームを私心なく勝利へと導こうとする監督スキッパー役を、滋味を感じさせて演じる田中茂弘。
 
どのピースが欠けても成立しない緻密さで組み立てられた戯曲世界を、心地良いリズムとスピード感、そして高い熱量で生き抜く11人。彼らが見せてくれる個々のアイデンティティをかけた試合=舞台に心からのエールを送りたい。

【文/榊原和子 撮影/岡千里】 〈公演情報〉

『テイクミーアウト』
作◇リチャード・グリーンバーグ
翻訳◇小川絵梨子
演出◇藤田俊太郎
出演◇良知真次、栗原 類、多和田秀弥、味方良介、小柳 心、渋谷謙人、Spi、章平、吉田健悟、竪山隼太・田中茂弘
●12/23、24◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
〈料金〉1階席6,000円  2階席3,000円 ステージシート6,000円 [当日指定席](全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉芸術文化センターオフィス 0798-68-0255
http://www.takemeout-stage.com

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