【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』【第14回】ウォーバックスの財力と華麗なる元カノ遍歴
(PHOTO:MITSUO ANDO)
アニーになりたい筆者 としては、“ダディ”ウォーバックスについて、もっと語らずにはいられない。
ローズベルト大統領の友達で、ホワイトハウスに出入りしているウォーバックス。ドイツからナチス台頭の不穏な足音が聞こえる時代、初代FBI長官のジョン・エドガー・フーバーに私用を指示するウォーバックス……。
「ウォーバックスとは誰か」ということについては、既に【第12回 】で私見を述べた。今回はさらに、作家リアノー・フライシャーによる映画版『アニー』(1982年)のノベライズ本(ハヤカワ文庫。以下<ハヤカワ版>)および、ミュージカル版『アニー』の脚本を担当したトーマス・ミーハン自身によるノベライズ本(あすなろ書房。以下<あすなろ版>)を読みながら、彼のゴージャスな暮らしぶりに着目してみたい。
■なんで「モナ・リザ」の絵を持っているの?
ミュージカル『アニー』のワンシーン。孤児アニーはクリスマス休暇を大富豪ウォーバックスの家で過ごすことになった。
「ここは駅か何か?」孤児院から出たことのないアニーが、ウォーバックス邸に着いたときに出てしまうセリフだ。
お屋敷には執事のドレーク、女中頭・お風呂係のグリア、食事係のピュー、寝室係のアネット、洋服係のセシルら多数が働いており、テニスコートやプールも備えている。
人々が家や仕事をなくしている1933年(【第4回】参照)において、自宅にこれだけの人を雇い、そして何社もの工場を経営しているウォーバックスなのである。
そんな彼が長期出張から豪邸に帰ってくる。壁に飾られた絵を一瞥するが、あまり気に入らない様子である。それはどうやら、この家に到着したばかりの絵らしいのだが……えっ、これって、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」じゃない?!
ミュージカルの舞台では一切説明されないが、<ハヤカワ版>によると、これはレプリカではなく本物。ウォーバックスが独力でフランスの国家経済を助けたお礼に、ルーブル美術館が、値段がつけられないほどの価値を持つ「モナ・リザ」を手放したというエピソードなのだ。ウォーバックスはフランス一国家よりもスゴイ……!
■水泳のコーチもオリンピック選手!
そんなウォーバックス邸にアニーがやって来る。ミュージカル『アニー』2017年新演出版には、テニス経験のないアニーのコーチとして、世界的プレイヤー「ドン・バッジ選手を」とオーダーするセリフがあった。
このセリフは、1977年オリジナル・ブロードウェイ・キャスト版CD(音源・歌詞カードとも)から入っている。つまり『アニー』開幕当初からの設定である。筆者が小学生時代に夢中になった、1982年製作のミュージカル映画『アニー』 でも、そのセリフを聞き取ることができる。(ただし昨年までの演出では、秘書グレースが「すぐにプロみたいにうまくなるわ」と言うものの、具体的なコーチ名は出てこなかったと記憶する。)
ウォーバックス邸にはテニスコートのほか、プールもある。ということは、水泳の選手もアニーのコーチとして招かれているはずである。ミュージカルの舞台ではカットされているが、<あすなろ版>では、アニーの水泳コーチとしてジョニー・ワイズミュラーが登場する。1924年のパリ・オリンピックでは3つの金メダルと1つの銅メダルを、1928年のアムステルダム・オリンピックでは2つの金メダルを獲得した水泳選手で、のちに俳優(主にターザン)として活躍した実在の人物だ。
孤児院から出たことのないアニーは当然テニスも水泳も経験はない。なのに、いきなりプロ選手が教えてくれるという、この贅沢!
それにしても、『アニー』において実在の人物の登場はお家芸ともいえるほど出てくるので、「アニーって、本当にいたんじゃない?」と錯覚してしまいそうになる筆者である。個人的には2017年現在ウォーバックスを演じている元水泳選手の藤本隆宏(1988年、1992年オリンピック出場!)こそ、「アニーの水泳コーチ、出番ですよ!」と言いたいところだ。
ジョニー・ワイズミュラー主演映画『類猿人ターザン』
■映画が大好きなウォーバックス
昨年(2016年)までのミュージカル『アニー』の舞台において、ウォーバックスは秘書グレースを伴い、アニーをブロードウェイのマジェスティック・シアターでのショーへ連れて行った。
ところが、2017年新演出版から、タイムズスクエア近くのロキシー・シアターへ映画を観に行くことになった。ミーハン自身のノベライズ<あすなろ版>に忠実なのは、【第9回】でも述べたとおり、映画を観に行くほうである。<あすなろ版>によれば、ウォーバックスは大の映画好きなのである。
同<あすなろ版>によると、ロキシー・シアターでアニーが観せてもらった映画は、キャサリン・ヘップバーン主演の『若草物語』だった。感激したアニーは、ウォーバックスに言う。「これまで作られた映画をぜんぶ観たい!」
ウォーバックスはそのリクエストに応え、アニーに少なくとも1日1本の映画を観せてやるのだ。もちろんレンタルやインターネット配信もない時代、映画館に連れて行ってのことである。天才子役シャーリー・テンプルの『可愛いマーカちゃん(Little Miss Marker)』から、有名な喜劇俳優兄弟マルクス・ブラザースの『我輩はカモである(Duck Soup)』まで、あらゆるものを観せた、とある。そのマルクス兄弟のひとりが、「ウォーバックスの長期出張中に電話があった人」として劇中に名前が挙がるハーポ・マルクス(【第9回】参照)である。ウォーバックスは、彼が親しくしていたハーポの映画も、もちろんアニーに観せたのだった。
『若草物語』『可愛いマーカちゃん』『吾輩はカモである』
一方<ハヤカワ版>では、ラジオ・シティ・ミュージックホールの夜8時の映画券を買い占めて、お屋敷の全員で映画の前にロケットダンスを観るシーンがある。これが、昨年までのジョエル・ビショッフ演出版内『タップキッズのショー』の元になったのだろう。
ロックフェラー・センターにあるラジオ・シティ・ミュージックホール。5933席収容の同劇場を貸切にするとなると、いくらかかるのだろう? ロックフェラーといえば、「ウォーバックスの長期出張中に電話があった人」(ロックフェラー、マハトマ・ガンジー、ハーポ・マルクス)のうちの1人なので、友人割引があったのかもしれない……なんて思うのは庶民の発想か。現在の価値で少なく見積もっても、日本円で200万はするであろう……。
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■失敬な歯みがき粉会社を秒速で買収!
しかし200万円程度でビビッてはいけない。なにしろウォーバックスは、「世界一金持ちの男」(【第4回】参照) なのである。
アニーを気に入ったウォーバックスは、彼女を養子にしたいと思うようになる。しかし「本当の両親と暮らしたい」という彼女の本当の気持ちを知ったウォーバックスは、自分の気持ちを抑えてアニーの両親を探す決意をする。
ウォーバックスとアニーは、歯みがき粉会社提供のラジオに出演する。全米ナンバーワンの人気を誇るその番組ならアニーの両親を見つけられるのではないか、という理由だ。
しかし<ハヤカワ版>では、ウォーバックスのことを「イメージに合わない」と、出演を渋るのだ。それに対してウォーバックスが激怒、歯みがき粉会社を秒速で買い取って出演したという記述がある。お金持ちって、怒りのスケールが違うよね!
さてこの番組で、ウォーバックスはとんでもないことを口にする。アニーの両親には5万ドルの賞金をつける。ついては心当たりのある人は「私の自宅」へ連絡をくれ、と。
■ウォーバックス邸の財産
「5番街987番地」……軽率にも全米人気ナンバーワンのラジオで、自宅の住所を明かしてしまうウォーバックス!
1933年のご時世、5万ドルが欲しい人は山ほどいる。ウォーバックス邸にはアニーの両親を名乗る男女が殺到した。朝から面接しても面接しても終わらない……しかも結局全員、ニセモノのウソつき。
ミュージカルの舞台では描かれていないが、<ハヤカワ版>には、お金がほしいだけのウソつきたちが、ウォーバックス邸を荒らしていく場面がある。
しかしウォーバックス邸の家財は、さきほどのレオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」をはじめ、お金では価値が計れないものばかり。なので、保険をかけることができなかった(ので、かけていなかった)……という恐ろしいくだりがある。
ミュージカルの舞台でも語られる「レンブラント(絵画)やデューセンバーグ(車)」、その他ウィリアム・ターナー、エル・グレコ、トマス・ゲインズバラ、ハンス・メムリンクの絵画が飾られているウォーバックス邸はどうなってしまったのか。来年の舞台ではぜひ、そのあたりも描いてほしい!
■5番街987番地って、どこなの?
5番街987番地は架空の地名だ。しかし筆者は、かつてニューヨークに行った際、アニーの気持ちを体験してみようと、「マジェスティック・シアターから45ブロック」「5番街」というヒントに沿いながら、歩いてみた。すると目の前に現れたのは、壮麗なメトロポリタン美術館。またすぐ近くに、2015年日本公開映画『ANNIE』にも出てきたグッゲンハイム美術館もあった。そこは、いかにも大富豪が住んでいそうなエリアだった。そのことは以前【ここ】で述べたとおりである。
昨年までのミュージカルの舞台美術から推察するに、ウォーバックス邸の窓からセントラルパークが見えることもわかっている。さらに<あすなろ版>の小説には「5番街と82番通りの、メトロポリタン美術館の正面」と書かれている。もうこれで完全特定できた!やはり、かつて歩いてみたとおりの場所だった。アニーになりたい皆さん、ウォーバックス邸はここ↓だよ!
ウォーバックス邸の位置(google mapより)
■ウォーバックスの生い立ち
さて、フランス一国家を救うほどの財力を持ち、大恐慌時代の1933年でさえ破産を免れるどころか、経済的余力をみせつけるウォーバックス。その財はどうやって成したのだろう?
ウォーバックスは、バーナード・バルークをモデルとする武器商人だったのはないかと筆者は推測しているのだが(【第12回】参照 )、今回は、それ以前の子ども時代について補足する。
ミュージカル『アニー』の舞台では、ウォーバックスが身の上話をするシーンがある。それによるとウォーバックスの生まれはニューヨークのヘルズ・キッチン。今でこそレストランも立ち並ぶオシャレな場所だが、1933年当時は「アメリカ大陸でもっとも危険な地域だった 」という。
昨年までの演出では、「私は、地獄の台所で生まれた……」と言うので、釜茹でか何かにされそうなニュアンスだったが、2017年新演出版から「ヘルズ・キッチン」となった。Hell's(ヘルズ=地獄の) Kitchen(キッチン=台所)という地名を今までわざわざ翻訳していたのである。
ちなみに<ハヤカワ版>ではイギリスのリバプール出身なのだが、いずれにせよ次のサクセス・ストーリーは共通する。「10歳頃から20歳前後までの間に100万ドルをこしらえ、次の10年でそれを1億ドルに増やした。当時としては、すごい財産だよ」
いやいや、今でも、すごい財産なんだけど……。っていうか、1億ドルは武器商人として増やしたにせよ、100万ドルのほうはどのように作ったのか?! 謎だ……。
ちなみに<ハヤカワ版>によると、1933年の時点で次にウォーバックスが目をつけているのは「ナイロン100パーセントの水着」。先見の明、ビジネスの才覚があります!
■筆者の大好きなウォーバックスのソロ曲
毎日サントラを聴いていても飽きないミュージカル『アニー』。その中でも、ウォーバックスのソロ曲「Something Was Missing」に、筆者が大好きなフレーズがある。
The world was my oyster but where was the pearl?
シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち(The Merry Wives of Windsor)』の「The world is mine(my)oyster」を踏まえた一節。ここにウォーバックスの知性を感じ、ウットリしてしまう。このフレーズと、それに続く内容を紹介する。
世界は自分のものだと思っていた。だけど、力で貝をこじあけても、そこに真珠はなかった。こんなに小さな女の子の中に宝石があったなんて、誰が知っていただろう? 自分には何かが足りないと思っていた。それはアニー、君だったんだよ。
こんなに綺麗な「あなたが大切だ」というメッセージって、あるだろうか! そしてなんといってもこの曲は、間奏だけでも美しい。2017年新演出版を担当した山田和也が「音楽はオリジナルのスコアに立ち返る。それでいてオーケストラは今らしいゴージャスなアレンジを加える」と製作発表の場で語っていた。その予告どおりのアレンジが際立ったのが、「Something Was Missing」だった。間奏で、アニーがウォーバックスとワルツを踊る。アニーがウォーバックスの手から回転しながら離れてゆく。沈黙の2人、ウォーバックスを見つめるアニーの横顔、最高潮に高まるオーケストラ!心と音が合致した新演出に、筆者も涙があふれて止まらなかった!
■ゴージャス過ぎる、ウォーバックスの元カノたち
「本当の父さんと母さんが見つからないなら、私が父さんになってほしい人はただ一人、ウォーバックスさんだけだよ!」
アニーにそう言ってもらったウォーバックスは、アニーとの養子縁組パーティーを開こうと思い立つ。2017年新演出版で、ウォーバックスはアニーにこう尋ねる。「(養子縁組のパーティーに)誰を呼びたい? ベーブ・ルース? ロックフェラー? 蒋介石夫人?」(【第12回】参照)
<あすなろ版>によるとウォーバックスは、アニーとの養子縁組パーティーに、さらにあと2人、映画俳優を呼ぼうとしている。
1人はもはやおなじみ、ハーポ・マルクス。もう1人はクラーク・ゲーブルだ。1939年の代表作『風と共に去りぬ』(レット・バトラー役)以前の時期ではあるものの、1931年から映画スターとして活躍していた彼を、プライベートすぎる養子縁組パーティーに招待するなんて!
しかしこれで驚いてはいけない。<あすなろ版>にはウォーバックスの歴代の恋人が列記されており、その名前が超ゴージャスなのだ。
まず、1934年まで主にサイレント映画で活躍したグロリア・スワンソン。ミュージカル『アニー』の舞台は1933年であるが、1950年の映画『サンセット大通り』にて、忘れ去られた女優・ノーマ役を演じた、といえば、わかる方も多いだろう。次に1933年まで同じくサイレント映画で活躍し、「アメリカの恋人」と呼ばれた大女優のメアリー・ピックフォード。そして、サイレント映画からトーキー映画初期までを華やかに飾った大スター、グレタ・ガルボとお付き合いしていたという。
ウォーバックス、フィクションとはいえ、恋に落ちすぎである。しかも大物映画スターとばかり! まあ、ウォーバックスが映画好き、というよりも、作者のミーハンが映画好きなのだろうけれど……。
スワンソン主演『サンセット大通り』、ピックフォード主演『じゃじゃ馬ならし』、ガルボ主演『アンナ・カレニナ』
■そもそも、なぜ孤児を招待したの?
それにしても疑問が残る。ウォーバックスは金儲けに夢中で、人には興味がなかったはずだ。それなのになぜ孤児をウォーバックス邸に招待したのか?
<あすなろ版>によると、広報担当のコンサルタントが、「クリスマス休暇に親のいない子どもを預かったらどうか」と提案したそうだ。つまり、イメージアップ戦略だったのだ。
では、なぜ劇中でウォーバックスは「孤児っていうのは男の子だろう」と言うのか。<あすなろ版>にはこの続きのセリフが載っている。「オリヴァー・ツイスト(チャールズ・ディケンズの有名な小説の主人公の孤児)みたいに」
ミュージカルの舞台ではこのセリフがカットされているため、赤毛の孤児が「(孤児といえば)男の子じゃないのかね」と言われる『赤毛のアン』へのオマージュ、という見方もできるという(【第3回】参照) 。
しかしミーハンは、<あすなろ版>のあとがきで「孤児アニーはまさに、二十世紀アメリカ版ディケンズのキャラクターだ」と明記しているので、ここはディケンズへのリスペクト(孤児といったら少年孤児オリヴァー・ツイストである)のセリフだと考えるのが妥当であろう。
金儲けにしか興味がないように見えるウォーバックスだが、実は映画が好きで、シェイクスピアのセリフを引用し、ディケンズの話をする。成りあがりだが教養深く、芸術が好き。<あすなろ版>では、そうした人間性を有する人物として描かれているのだ。
孤児を招待したのも、最初はただ単純に「イメージアップ」だったのかもしれない。だけどアニーと出会い、アニーと暮らし、グレースと一緒にアニーをベッドに入れて、愛に目覚めてゆく。アニーの勇気と力と独立心と知性にひかれる。
その過程が実に丁寧に描かれているのが<ハヤカワ版>だ。グレースとの恋愛も<ハヤカワ版>のほうが濃厚。ミュージカルの舞台では描かれないキスシーン描写も色っぽい。<ハヤカワ版><あすなろ版>とも、アニーになりたい人はぜひお確かめを。
■ごほうび人事発令!
ミュージカル『アニー』の舞台で、アニーは最後にウォーバックスからクリスマスプレゼントを受け取る。それは、アニーが孤児院を脱走中に出会った犬のサンディだった。
さらに<あすなろ版>では、ウォーバックスはもうひとつ、アニーにプレゼントを贈っている。クリスマスパーティーの場に、フーバービルの皆を呼んでくれるのだ。
ここで少しおさらいしておこう。【第13回】において、アニーの脱走期間は1年にもおよんだこと、そしてフーバービルでリンゴ売りをしながら生活したことを述べた。そのフーバービルにウォード巡査部長らがやってきて、アニーは孤児院に連れ戻されることになる。
その時フーバービルの皆は、どうなったのか? ミュージカルの舞台では描かれないが、どうやら逮捕されてしまったようなのだ。
<あすなろ版>によると、ウォーバックスは彼らを刑務所から出す手配をした。そしてウォーバックスが経営する会社のニューヨーク本部の仕事を与え、たっぷりお給料を払った。さらにはリバーサイドパーク沿いの広々としたアパートに住まわせ、それぞれに最高級の洋服まで用意した、という。アニーが、フーバービルの皆に親切にしてもらった話を聞いていたからだ。
フーバービルに踏み込んで来たウォード巡査部長に、アニーが叫んだ。「この人たち、浮浪者じゃないよ!」
それは、「この人たちは、私の友だちだよ!」と言いたかったのかもしれない。リンゴ売りの仕事をしながら、ともに生きてきた仲間だった彼らに。
■時代のキーワード・リンゴ売り
さて、リンゴ売りといえば、【第2回】でも紹介した、「I Don't Need Anything But You」の動画を見ていただきたい。
ウォーバックスは1:04~の部分で、「手に触れたものすべてを黄金に変える王・マイダスよりもリッチだ」と歌い、どれほどお金持ちかを自ら述べている。そして聴いていただきたいのはこの後、1:11~。日本版歌詞だと「明日全てをなくしても」となっている部分だ。
And if tomorrow, I'm an apple seller, too(もし明日、私もリンゴ売りになっていたとしても)
オリジナル歌詞では「全てをなくす」ことの例えとして、「リンゴ売り」と表現されているのだ。
アニーがリンゴ売りをしながら生活してきたことは【第13回】で述べたとおりだが、ここはアニーとウォーバックスのデュエット部分。「私も(あなた同様)リンゴ売りになっていたとしても」とお互いに言い合っているのだ。ひょっとしたらウォーバックスさんも、最初はリンゴ売りだったのではないか? と連想してしまうのは果たして筆者だけであろうか。
「I Don't Need Anything But You」の日本語訳に、今回紹介した「王・マイダス」や「リンゴ売り」といったワードは全く反映されていない。しかし「リンゴ売り」は、『アニー』の、そしてこの時代のキーワードなのだ。
だから、2017年新演出版でカットされてしまった、筆者の大好きな「アニーとリンゴ売りのおじさん」のかけあい、すなわち、
「ねえ、おじさん。みなしごのピクニックのために、リンゴを1つ、寄付してくれない?」
「……いいよ、どうせ1つも売れないんだ。ところでお嬢ちゃん、その、みなしごのピクニックとやらは、いつ始まるんだい?」
「あたしが、ひと口かじった時からだよ!」
の部分は、来年以降ぜひとも復活させてほしいところだ。
■ウォーバックスの総資産は? ~丸美屋的ソリューション~
さて最後に、ウォーバックスのセレブっぷりについておさらいしよう。彼はいちいちスケールの大きな男だ。大恐慌時代の1933年における、「モナ・リザ」に相当するフランスへの経済援助、長期出張の飛行機代、アニーの洋服・映画・テニスや水泳のコーチ代、アニーを探させるためにFBI捜査官50人を私的雇用、歯磨き会社の買収金、フーバービルの皆の保釈金、そして全社員(大人数)の給料総額、などなど、「いったい、いくらかかったのか?」と小市民な筆者は考えてしまう。
そもそも彼の総資産は、はたしてどのくらいなのだろうか。その試算は容易ではない。
この問題に関して、【第13回】同様、スポンサー・丸美屋食品工業の手をお借りしてみてはいかがであろう。
というのも、丸美屋の現社長・阿部豊太郎氏は、大学卒業後、日本長期信用銀行(長銀)に入行。1984年は長銀ニューヨーク支店勤務だったが、前社長が亡くなったことで退職。翌1985年に丸美屋食品工業に入社した。
大企業のトップとして会社を経営のみならず、アニーやウォーバックスたちが生きたニューヨークで一線の金融系ビジネスマンだったのである。経済の知識と経験が並大抵ではないことは言うまでもない。
来年のミュージカル『アニー』のパンフレットには、ウォーバックスの財力について、ぜひ経済通の阿部社長による解説を盛り込んでいただきたい。
2017年版『アニー』製作発表で阿部豊太郎・丸美屋食品工業株式会社代表取締役社長を囲む出演者たち
次回につづく
リアノー・フライシャー著 山本やよい訳『アニー』(1982年、早川書房)
トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
CD『アニー オリジナル・ブロードウェイ・キャスト』ブックレット内 歌詞(2004年、ソニーミュージック)
http://www.suginamigaku.org/2015/01/s-marumiya-corporation.html
http://www2.suginamigaku.org/imgs/pdf/026_abe.pdf
<THE MUSICAL LOVERS ミュージカル『アニー』>
[第1回] あすは、アニーになろう
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(前編)
[第3回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(後編)
[第4回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル~
[第5回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
[第6回] アニーの情報戦略
[第7回] 『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回] 祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間
[第11回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!
[第12回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その5>ウォーバックスにモデルがいた?
[第13回] ブラックすぎる!? 孤児院の実態
[第14回]ウォーバックスの財力と華麗なる元カノ遍歴
※上記のうち2017年4月21日以前の掲載内容は新演出版と異なる部分があります。
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月) ※公演終了
■会場:新国立劇場 中劇場
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)
ダンスキッズ
<男性6名>
大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)
<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)