【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』【第13回】ブラックすぎる!? 孤児院の実態
『アニー』には小説版が2冊ある。
もともとミュージカル『アニー』は、ハロルド・グレイのコミック・ストリップ『小さな孤児アニー(Little Orphan Annie)』を原作として、トーマス・ミーハンが脚本を書いた。そのことは、【第4回】で触れたとおりだ。
それを映画化したものが、かつて筆者がよそのお宅に日参して観まくったミュージカル映画『アニー』(1982年)だった(【第1回】参照)。そして、その映画のノベライズ版が、現在ハヤカワ文庫で出ている『アニー』(1982年発刊、以後<ハヤカワ版>)である。リアノー・フライシャーという作家によって書かれた。
一方、ミュージカル『アニー』の脚本を担当したミーハンが「舞台でカットされてしまった部分を描きたい」と自ら新たにノベライズしたのが、あすなろ書房から出ている『アニー』(2014年発刊、以後<あすなろ版>)である。あすなろ書房……「あすはアニーになろう」書房!?
【第4回】でも触れたが、48年分のコミック・ストリップ『アニー』を読んだミーハンは、「ミュージカルで使えるのは、世界一貧しい少女アニー、世界一の富豪ウォーバックス、犬のサンディだけ」と判断、ミュージカルのために内容のほとんどは新たに創作したという。しかしそのまま上演したら3時間半ものボリュームになってしまうため、大幅にカット。そのカットされた部分をまるまる盛り込んだのが、<あすなろ版>というわけだ。
1982年公開映画のノベライズが<ハヤカワ版>、ミュージカル舞台のカット部分も描いたのが<あすなろ版>
<ハヤカワ版>でアニーたちが暮らすのは、マンハッタン島の西側「ハドソン通り女子孤児院」である。ここでは60人の女子孤児たちが暮らしている。大恐慌時代、仕事がなくなって子どもを預けざるを得ない人、事業に失敗した人、命を落とした人がとても多かったことがシビアに示される数字だ。
一方、<あすなろ版>でアニーたちが暮らすのは、マンハッタン島はイースト・ヴィレッジのセント・マークス・プレイスにある「ニューヨーク市立孤児院」の女子寮となっている。ここにはアニーの他に17人の女子孤児が暮らす。
ミュージカル『アニー』でアニーたちが暮らすのは、名前は<あすなろ版>の「ニューヨーク市立孤児院」だが、2016年の丸美屋食品ミュージカル『アニー』パンフレット内の地図によると、場所は<ハヤカワ版>のハドソン通り沿いとなっている。
さて、人々が家や仕事をなくし、貧民街「フーバービル」が林立するような世界恐慌のまっただ中、孤児院はどのような場所だったのだろうのか。
<ハヤカワ版>と<あすなろ版>を読んでいくと、【第5回】で触れたフランシス・パーキンズによる児童労働に関する法律が、孤児院に適用されている様子はまだない。孤児院はさながら無法地帯、いや、孤児院の院長ハニガンが法律だったと言えよう。(※ちなみに2015年に日本公開された映画『ANNIE』では、キャメロン・ディアスの演じるハニガンは孤児院長ではなく補助金目当ての「里親」となっていた。アメリカの孤児院制度について述べると長くなるのでここでは触れず、<ハヤカワ版>と<あすなろ版>の比較のみとさせていただく。)
■美味しいごはんを夢見て……
<ハヤカワ版><あすなろ版>とも、孤児たちが食べているのは、「マッシュ(mush)」だ。トウモロコシの粉を水で煮たもの。しかも孤児院では、やりくり上手のハニガンが、それをさらに水で薄めている。
日本での上演では長らく「おかゆ」と訳されたが、2017年の新演出から「どろどろスープ」となった(【第9回】 参照)。
新演出において、最後のクリスマスの場面において孤児たちが「ノーモア どろどろ!」と叫ぶシーンは、英語では「ノーモア マッシュ(No more mush)!」と叫ぶ有名なシーンだ(「Annie no more mush」で検索すると、動画が山ほど出てくる)。<あすなろ版>によると、孤児たちにとっては、孤児院をおさらばできる、というより、マッシュにお別れできることが、「いちばんすばらしいニュース」と記されているほどなのだ。
さて、孤児にまつわるミュージカルといえば、少年孤児たちを描いた『オリバー!』がある。チャールズ・ディケンズの『オリヴァー・ツイスト』をミュージカル化したもので、1968年に映画化されている。主演のマーク・レスターが可愛すぎて、筆者も大好きな映画だ。
ミュージカル『オリバー!』では、少年孤児たちが、「グルーエル(gruel)」という、オートミールを薄く溶いたおかゆを食べさせられている。冒頭、「Food Glorious Food」という曲があるのだが、そこには少年孤児たちが「ホットソーセージとマスタード」等といった「ファビュラス」で「マーベラス」で「ワンダフル」な食べ物を夢見る歌詞が出てくる。
■丸美屋的ソリューション
ミュージカル『アニー』も、ニューヨーク、という設定は無視して、「ファビュラス」で「マーベラス」な食べ物を夢見てはいかがだろうか。さらには、スポンサーである丸美屋食品工業を気遣ってみてはいかがだろう。
「あ~あ、丸美屋の釜めし、ってのを食べてみたいよ」
「丸美屋と言やぁ、のりたまも、いいらしいよ」
「丸美屋の混ぜ込みわかめ、ごはんに混ぜてしばらく置くと、絶品なんだってさ~!」
これらを、公演期間中に数回実施される「丸美屋デー」だけでも、セリフに混ぜ込んでみてはどうだろう?
丸美屋デーは丸美屋のおみやげがもらえる特別な日である。宣伝が入ったって構わないじゃないか! ウォーバックスだって、ラジオの『スマイル・アワー』で「オキシデント社」の宣伝を言わされているのだから!
丸美屋の紙袋。「〇」の中に、音符の「ミ」で、「まるみ」屋を表している!
これまで、ミュージカル『アニー』の出演者に選ばれてきた子どもたちは、歌やダンスのレッスンをさせてもらえる、そして家族でミュージカルを観に行ける家庭に育っている子が大半だろう。必ずしも裕福な家庭でないとしても、「アニーに出たい」という気持ちを素直に言える環境であり、その子の気持ちを応援し、レッスン代をなんとか工面しようと努めてくれる家族がいる。そういう意味では恵まれているのではなかろうか。
2017年の『アニー』パンフレットには、子どもたちが普段どんなレッスンを受けているか記されていたが、どの子も5~6種類の習い事をしていた。もちろん食事だって、トウモロコシの粉を水で煮た、どろどろスープであるはずはなかろう。
そんな恵まれた環境に慣れていた子供たちを危惧していたと思われるのが、かつての篠崎光正演出時代(1986年~2000年)だった。演出家・篠崎は、孤児院で暮らす気持ちを孤児役の子らが理解しなければならないと考え、親元を離れての合宿をおこなっていた。その様子が毎年メイキング番組で放送され、篠崎の檄が飛んだ。「ごはんを残すなんてとんでもない!」
これに対し、視聴者の筆者は「そうだそうだ! マッシュやグルーエルを食べさせられているわけでもあるまいし」と篠崎に同意する反面、篠崎の厳しい口調に10代の筆者は震えた。思えばそれは、「アニーになれなくて良かった!」と、自分を納得させていたのだろう……。
篠崎光正『演技術』には、孤児役たちが練習していた「ダゾザド・ドザゾダ」などの演技ハウツーが、浅野和之と東ゆう子の写真付きで解説されている。
■孤児院はつらいよ
「今日はドレスの注文が入っているんだよ!」 ミュージカル『アニー』で、孤児院のハニガン院長が孤児たちに言うシーンだ。
<ハヤカワ版>では、本来孤児院といえど子どもは1日5時間勉強しなくてはならないのに、教室にすべき場所は裁縫室になっている。睡眠時間よりも長く労働させられ、行くあてもない彼女たちは完全に「野麦峠」「女工哀史」の世界だ。お金持ちから洋服をたくさん寄付されても、ドレスをたくさん縫っても、ハニガンが全部売ってしまうから、彼女たちはいつだって一年中おんなじボロボロの服。働き通しでガリガリで、年齢もある程度いってしまった孤児たちは、お金持ちの家に引き取ってもらえることもない(養子にもらわれてゆくのは、たいてい赤ん坊)。売り上げは全部ハニガンのふところへ入ってゆく。
こんな場所が皮肉にも「アサイラム(逃げてきた人をかくまう聖域)」と呼ばれていたという。そりゃあアニーたちも「It's The Hard-Knock Life」と歌いたくなることだろう。
■「ミシシッピ!」スペリング大会での屈辱
一方<あすなろ版>では、孤児たちは学校に通っている(学校のない日はミシン作業があり、8時間縫いっぱなしだが……)。そしてアニーはすごく勉強のできる子だ。しかし、その学校で悲劇が起きる。
アニーたち孤児の通う公立学校で地名スペリング大会が開かれることになった。スペリング大会とは、耳で聞いた単語のスペルを口頭で答えるもの。『スペリング・ビー(第25回パットナム郡スペリング大会)』というミュージカルが創られるほどにアメリカ合衆国ではポピュラーな存在だ。
アメリカ合衆国48州の名前と州都を中心に出題され、優勝商品は美しいイラストつきの地図帳。「お父さんとお母さんが迎えに来ないなら、自分で世界へ探しに行けばいい!」そのために地図帳がほしいアニーは、必死の努力のすえ優勝する。
だが、子どもたちの家族も招待される終業式で、アニーではない別の子が優勝者として表彰されてしまう。アニーは抗議するも、先生は氷のように冷たい目でアニーを見下し、「親御さんがいらしている場で、孤児院の子が賞をもらうのは適格ではない」とはねつけられてしまうのだ。
この小説のエピソードを踏まえると、ミュージカルの舞台において、アニーが「頭のいい子」の証明として「ミシシッピ(Mississippi)」のつづりを、ウォーバックスの秘書グレースに対してアピールする場面は、実に泣けるのである。
また、ミュージカル『アニー』の曲「N.Y.C.」の中で、ウォーバックスが「48」云々と歌っている箇所がある。これは「アメリカ合衆国48州」のことだ(日本語訳には反映されていないが……)。アメリカ合衆国48州の名前と州都を完璧に覚えた末に辛い経験をしたアニーには、「48州」という歌詞に苦い思い出が喚起させられているかもしれないのだ。
■アニーの脱走期間は、ものすごく長かった!
ミュージカルの舞台では、アニーは1922年10月28日生まれの11歳だが、<あすなろ版>では1921年10月28日が誕生日になっている。だから、1933年末にウォーバックス邸にクリスマス休暇で呼ばれるときには12歳になっているのだ。
これは、両親が迎えに来ないことも、自分で地図を持って探しに行けないことも身に染みてわかったアニーが、1933年の1月はじめから1年近くも脱走していたからである。
【第8回】で予告した、【「We Got Annie」が歌われるはずだった大衆食堂の場面】と【「Apples」を歌うリンゴ売り】は、この1年間のアニー脱走期間にかかわる人々である。
アニーが孤児院を脱走した日の夜は気温マイナス17度。アニーはビクスビー食堂のおかみさんに拾われる。そして食堂で早朝から夜中までこき使われる。しまいにはアニーが作る料理が大人気となるのだが、アニーにとっては「孤児院のほうが楽だったのでは」と思うほどの労働量だった。
しかしアニーは、この食堂を脱走したら、食堂の人たちにも、ハニガンにも、もっとひどい目に遭わされると思うと、怯えて出られなかった。
だが孤児院脱走から4ヶ月後の5月初め、ゴミを出しに外に出た際、いじめられているサンディと出会い、放っておけず思い切って食堂を脱走。この時にミュージカルの舞台でもおなじみ、警官に「きみの犬かね」と質問されるシーンがある。
■リンゴ売りのおじさんとの出会いで、アニーがフーバービルへ行く!
食堂を脱走したアニーはレキシントン通りの近くでリンゴ売りのおじさんと出会い、彼のあとについて59番通りに入ってゆく。そしてアニーは、イースト川に向かって東の方向、59番ストリートブリッジの「フーバービル」で暮らすことになる。リンゴ売りのおじさんとタッグを組んで、商売をしながら生きてゆく。
ある日アニーは「フーバービル」に入って来たウォード巡査部長に捕まってしまう。これが12月の半ばだ。<ハヤカワ版>でのアニーの脱走はほんの一瞬の出来事として扱われるのに対し、<あすなろ版>では1月の初めから12月の半ばまでの約1年が脱走期間だったのだ! ミーハンが「このまま上演したら3時間半にもなる」というだけある。
ミュージカルの舞台では、第一幕は1933年12月11日~19日、第二幕は1933年12月21日~25日が描かれる。ゆえにアニーの脱走も数日の出来事として縮められて上演している。だが、「アニーはスペリング大会でつらい思いをしたうえ、1年も孤児院を脱走して、食堂やリンゴ売りで身を立てて大変だったんだな」と思うと、別の味わいが出るものだ。しかもアニーは5月から12月までのリンゴ売りで27ドル貯めていた(本当はもっと稼いでいたのだが、売り上げの半分はフーバービルにおさめなければならなかった)。その27ドルはウォード巡査部長に没収され、ハニガンの手に渡ってしまうという世知辛いオチがつく。
【第8回】で書いた「リンゴ売りのおじさんは、アニーの運命や行動に大きくかかわった人物」の意味、おわかりいただけただろうか。
ただし2017年新演出でのリンゴ売りは、ちょっと出て来ただけで、筆者の大好きな「みなしごのピクニック 」のくだりが全面カットされてしまったのだが……。
■ハニガンの酒隠しから、時代がわかる
孤児院をとりしきるハニガン。常に酒をくらい、完全にアル中の彼女は、<ハヤカワ版>では孤児院の中で酒を密造、<あすなろ版>では密造ウィスキーを買っている。
ミュージカル『アニー』における昨年までの演出では、ハニガンの弟ルースターが、ケーキが入るほどの箱を抱えて孤児院に入って来るシーンがあった。中身は酒。ルースターは刑務所から出て来たばかりである。
2017年の新演出では、このルースターのシーンはカット。かわりにハニガンの酒の隠し場所が以前より多彩になっていた。
これらは、1933年12月まで禁酒法が施行されていたことと関係する演出だろう。第一幕は1933年12月11日~19日の話だ。禁酒法は、1933年12月5日でローズベルト大統領により廃止されたものの、ルースターは刑務所から出て来たばかりでそれを知らなかったのだろう。
ハニガンも、12月5日に禁酒法を解かれたばかりで、酒の存在を秘せねばならない行動パターンをいきなりは変えられないのだろう。考えてみれば、ハニガンだってずっと孤児院に閉じ込められて、子どもたちに悩まされているのだ。酒にも頼りたくなるかもしれない……。
■ヘレン・トレントのラジオドラマ
ハニガンは、昨年の公演まで「ミス・ハニガン」とよばれていた通り、独身である。
ミュージカルの舞台で聴いている「35歳を超えた女が恋をあきらめることはない。35歳女と20歳男の恋は成り立つのか?!」というラジオドラマは、当時流行した「ヘレン・トレント(The Romance of Helen Trent)」というソープオペラ(連続メロドラマ)だ。
ハニガンが聴いているエピソードは、女が35歳になっても愛は不滅だということを証明している。ハニガンは35歳より「かなり上」だったので、「手に入る限りの証明を必要としていた」と<ハヤカワ版>には書かれている。
■ハニガンも孤児だった?
昨年までのミュージカルの舞台において、ハニガンのこんなセリフがあった。「私も孤児です。5分で支度します」
大富豪ウォーバックスの家でクリスマス休暇を過ごす孤児を探しに来た秘書グレースに言うセリフだ。2017年新演出版では、このセリフがなくなってしまったが、はたしてハニガンは孤児だったのか。
ハニガン、ハニガンの弟ルースター、ルースターの恋人リリーの三者が歌う「Easy Street」を英語で聴くと、出だしでルースターが「Sainted Mother(亡き母)」と歌っているので、少なくとも母親とは死別している。
そしてハニガンとルースターが夢見るのは、「Easy Street(左うちわ)」。幼い頃に母親が教えてくれたのは、いかに早く、ずるく、裕福な暮らしにたどり着くかということだった。アニーを使って一儲けしようとする彼らの悪だくみは、母親の生前の言いつけに沿っているともいえる。そんな言いつけがなされる状況とは、すでに父親がいなかったのかもしれない。だから母親と死別したのが姉弟の子供時代なのだとすれば、本当に孤児だった可能性もある。
■ハニガンって、悪人なの?
ミュージカル『アニー』でのハニガンは、お気に入りのサテンのクッションにモリーが嘔吐するわ、ケイトにはねずみの死骸をつかまされ足を蹴られるわと、まさに踏んだり蹴ったり。それでもハニガンは、どの子も放棄せず育てている。それは仕事だからといえばそれまでだが、子どもがいない筆者でさえ大変なことだろうと想像できる。
ハニガンのソロ「Little Girls」の英語歌詞で「how come I'm the mother of the year?(なんで私がマザー・オブ・ザ・イヤーなのよ!)」という部分があるが(日本語訳への反映はないけれど)、筆者はそれは、意外と当てはまっていると思うこともあるのだ。
たとえば2017年新演出では、モリーはハニガンの足元にちょこんと座って、なついているようにも見えた。また、弟のルースターと恋人のリリーが、アニーに危害を加えるそぶりをみせると、ハニガンは「えっ!」と青ざめた表情を見せた。ルースターがアニーの両親になりすまして5万ドルをもらった後、アニーを始末しようと考えていることがわかったからだ。ただしルースターに「俺たちの落ち合う場所は?」と問われれば、「どっこ~?」と、あっさりお金に目がくらんでしまっていたが……。
■洗濯屋との悪魔の契約
……と、ちょっとハニガンをかばってみた筆者だが、<ハヤカワ版>には彼女のずるくて卑劣な描写がある。
孤児院へシーツ交換に来る洗濯屋のバンドルズ。アニーたちはいつも掃除や縫製工場の下請けをさせられているのに、シーツの洗濯だけは外注している。これって、おかしくないだろうか?
ここには、ハニガンが仕組んだからくりがある。ハニガンは、バンドルズが請け負った洗濯物を孤児たちに洗わせ、こっそりマージンを得ているのだ! その仕組みはこうだ。
ハニガンが恐れている孤児院管理局は、孤児の衛生のためにシーツをクリーニングに出すように命じている。その分の費用は孤児院管理局から出る。
そこでハニガンは、シーツを一度クリーニングに出す。この「出費」がないと、帳簿のつじつまが合わないからだ。
しかしハニガンは、バンドルズが集めた洗濯物を全部回収して、孤児たちに洗わせる。孤児院のシーツももちろん全部戻され、結局は孤児たちが自ら洗うのだ。
今のように洗濯機もなく、アイロンは重く、きっとお湯なんて出ない。冬は極寒、夏は猛暑のニューヨーク。しかもドレスの注文をこなしながら、である。孤児たちにとって、小さな身体でその作業は過酷さを極めたことだろう。
■アニーの両親が迎えに来ない理由
1982年の映画『アニー』およびそのノベライズの<ハヤカワ版>において、アニーの両親は火災で死亡している。一方、ミュージカルの舞台をノベライズした<あすなろ版>ではインフルエンザで病死している。つまり、アニーが両親を探しに行こうと決断したときには、すでに亡くなっていた。これでは当然アニーのことを迎えになど来られない。
インフルエンザ流行の記録は1800年代からあり、第一次世界大戦中の1918年に始まったスペイン・インフルエンザ(スペインかぜ)大流行は、それが原因で兵士が続々と死亡、ゆえに戦争終結が早まったとすら言われている。1933年にインフルエンザウイルスに有効なワクチンはなかった。(詳細:国立感染症研究所 感染症情報センター )ゆえにアニーが生きていた時代、現在よりもずっとインフルエンザで死ぬ人が多かった。
ミュージカル『アニー』の舞台でインフルエンザといえば、孤児院を脱走し、ウォード巡査部長に連れ戻されたアニーに、ハニガンがこう言う。「インフルエンザにかかってなきゃいいけど」
そして、「Little Girls」の英語歌詞に、子どもたちに「Send the flu(インフルエンザを送りつけてやろうか)」という部分がある(日本語訳への反映はないけれど)。
ミュージカルの舞台で、アニーの両親の死因は語られない。が、もしそれがインフルエンザによるものだったとしたら、実はハニガンによって2度、ほのめかされていることになる。
■ハニガンの末路は……?
<ハヤカワ版>では、アニーを殺そうとしたルースターを裏切ってくれたハニガンは、無罪放免。クリスマスパーティーにも呼ばれているし、ウォーバックスが、孤児院以外の別の仕事を世話すると言ってくれる。
いっぽう<あすなろ版>およびミュージカルの舞台においてハニガンは、アニーの両親になりすまそうとした弟ルースターとその恋人リリーと共謀したとして、詐欺罪(連邦罪)で逮捕される。その後の「A New Deal for Christmas」の場面、2017年新演出では、ルースター、リリーとともに、天使の姿で登場した。昨年までの演出では囚人服で、手錠どまりだったのに……。
ローズベルト大統領がハニガンに「ゲームオーバーだ」と宣告し、子どもたちに「ハニガンは、もう永久に戻って来ないよ(Miss Hannigan is gone for good!)」と告げていたが、「永久に(for good)」いなくなった、というのは、死?!
筆者は個人的に、ラストシーンはクリスマスなので、「天使の姿は、クリスマス聖誕劇のパロディ」と思いたいところだが……。
「本当は、あんたのことなんて、全然好きじゃなかった」と、最後っ屁を漏らしたハニガンの命運は、神のみぞ知る。
次回につづく
参考文献:
リアノー・フライシャー著 山本やよい訳『アニー』(1982年、早川書房)
トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
Thomas Meehan『Annie -A novel based on the beloved musical!-』(2013年、Puffin Books)
ミュージカル『アニー』パンフレット(2016年版掲載地図・2017年版子役プロフィール、日本公演)
<THE MUSICAL LOVERS ミュージカル『アニー』>
[第1回] あすは、アニーになろう
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(前編)
[第3回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(後編)
[第4回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル~
[第5回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
[第6回] アニーの情報戦略
[第7回] 『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回] 祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間
[第11回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!
[第12回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その5>ウォーバックスにモデルがいた?
※上記のうち2017年4月21日以前の掲載内容は新演出版と異なる部分があります。
ミュージカル『アニー』の振付・ステージング、広崎うらん先生の「子供のためのワークショップinアカデミア」開催
2018年ミュージカル『アニー』大人アンサンブルオーディション開催
書類審査:2017年7月18日(火)必着
実技審査(歌・ダンス・演技):2017年7月28日(金)或いは8月4日(金)を予定
ミュージカル『アニー』の舞台に立てるチャンス!
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月) ※公演終了
■会場:新国立劇場 中劇場
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)
ダンスキッズ
<男性6名>
大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)
<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)