井上ひさしの”幻の新作”『私はだれでしょう』が開幕! こまつ座ゲネプロレポート

レポート
2017.3.5
『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子


井上ひさしによって書かれた『私はだれでしょう』が、2007年の初演以来、初めての再演となった。本作は、初演時に脚本執筆の遅れから初日が1週間以上遅れ、のべ3千人が観劇できなかったことから「幻の新作」と言われて続けてきた作品だ。今回、3月5日の再演初日を前に行われた総通し稽古=ゲネプロ(3月4日)の様子を、事前取材を交えながらお伝えする。

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

1946(昭和21)年7月、日本がまだ戦後の混乱と困窮のなかにあった時代。ラジオ番組「尋ね人」を制作する日本放送協会の脚本班分室が物語の舞台となる。朝海ひかる演じる脚本分室長の川北京子、分室員の山本三枝子(枝元萌)と脇村圭子(八幡みゆき)の3人は、戦争で離れ離れになった肉親や知人の消息を尋ねる人々の投書をラジオを通じて全国に届けている。​

ある日、玉砕したはずのサイパン島で生き残り、記憶をなくした「山田太郎?」(平埜生成)が脚本分室に現れる。「ラジオで私を探して欲しい」という彼の依頼から、周囲の人々も自分を見つめることになり、川北京子は大きな決断をする……というあらすじ。​

15分の休憩を含む約3時間の舞台。あらすじは、あくまであらすじであって、国籍や放送用語問題など考えさせられる「論点」が多分に含まれており、一人一人の登場人物に焦点を当てながら丁寧に物語は進んでいく。朴勝哲のピアノに合わせてポップに歌って踊るシーンが象徴的だが、その裏で語られるメッセージは重く厚い。

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

「今回の戯曲を見て、井上ひさしさんが何かにとても怒ってらっしゃるなとすごく感じました」と語るのは、吉田栄作。吉田は、占領下日本の放送を監督するCIE(民間情報教育局)のラジオ担当官・日系2世のフランク馬場を好演している。「世界が、そしてこの日本が岐路に立っている中で、今こそやる意味のある戯曲なんじゃないかと思います。強烈なメッセージがあるセリフ劇ではあるんですが、その反面音楽劇でもあり、エンターテイメント性がある。そのバランスが絶妙だなと思います」とも見どころを語ってくれた。

初演に引き続き演出をする栗山民也は、次のようにコメントをしている。

今回、10年ぶりに『私はだれでしょう』と向き合いながら強く思うのは、井上さんがまるで今回の公演のために書き下ろした台本のように、恐ろしいほど「今」の日本を鮮烈に描き出しているということです。「終戦から二年で、また元に戻るの?」という象徴的な台詞が劇中にありますが、戦争責任の在処も曖昧に、宙ぶらりんのまま歩みだしてしまった日本と日本人の無責任が、そのまま今の私たちの姿だと、強い怒りを持って戯曲は書かれています。昨今のこの非常識で最悪な政治状況のいくつもの断面が、見事に映し出されています。そんな井上さんの「今」の声が聞こえてくるのです。​

 日本と日本人が、無責任と曖昧を生きる術に選んだ過去は変えられないけれども、そのことに気づき、新たな歩みを考え、これからを選ぶのは私たちの課題でしょう。この舞台が、その一つのきっかけになることを心から願っています。
『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

『私はだれでしょう』のゲネプロの様子

記憶を喪失した「山田太郎?」という難しい役どころを演じる平埜は、演出の栗山に「お前は俳優の仕事をしていない」と言われたエピソードを語り、「本当にその通りで今まで何をしていたのかなと絶望の稽古場を過ごしてきまして(笑)。でも山田太郎?という再生する男の役作りかもしれない」と話した。作品の魅力については「母国語である日本語を喋ることがこんなにも難しいことで美しいことなんだということをすごく感じました」と語る。​

凛とした立ち姿と生き様が印象的な川北京子を演じる朝海。栗山の演出について「やはり戦争の話が出てくると、メッセージを伝えようとして私たちは力強く演じてしまうんですけれども、何より大事なのは普通に会話したり生活したりすること、これは普通に生活している時間の中の話だということを仰っていたのが印象的でした」と振り返る。そして、「この時代の、そして川北京子という女性の生き方や思いを皆さまにお届けできるように頑張りたいです」と意気込みを語った。​

労働組合活動に燃える高梨勝介役を演じる尾上寛之 は「常々演出の栗山さんから舞台上で生きること、聞くことを言われ続けてきました。井上さんの戯曲から伝わってくる思いや栗山さんの演出の思いを、舞台上で生きている僕たちが新鮮にちゃんと聞いて、そこで魂のぶつかり合いが起こる稽古をずっと重ねてこれたと思うので、本当に楽しみにしていて下さい」と話した。​

ゲネプロ前に取材に応える、平埜生成、吉田栄作、朝海ひかる、尾上寛之(左から)

ゲネプロ前に取材に応える、平埜生成、吉田栄作、朝海ひかる、尾上寛之(左から)

取材・文・写真撮影:五月女菜穂

公演情報
こまつ座第116回公演『私はだれでしょう』
 
■脚本:井上ひさし
演出:栗山民也
出演:朝海ひかる、枝元萌、大鷹明良、尾上寛之、平埜生成、八幡みゆき、吉田栄作、朴勝哲(ピアノ演奏)

《東京公演》   
日時:2017年3月5日(日)~3月26日(日)
会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA



《山形公演》
日時:2017年3月30日(木)18:30開演
会場:山形県の川西町フレンドリープラザ・劇場

《千葉公演》
日時:2017年4月8日(土)15:00開演 
会場:千葉県の市川市文化会館大ホール


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