上田誠(ヨーロッパ企画)が受賞した、第61回岸田國士戯曲賞の授賞式レポート

レポート
舞台
2017.5.2
上田誠(上段左から4人目)と『来てけつかるべき新世界』キャストたち。 [撮影]吉永美和子

上田誠(上段左から4人目)と『来てけつかるべき新世界』キャストたち。 [撮影]吉永美和子


ヨーロッパ企画のコント上演も! 文字通り笑いあり涙ありのパーティナイト。

ヨーロッパ企画・上田誠の『来てけつかるべき新世界』が受賞作に決定した、第61回岸田國士戯曲賞。同賞としては珍しく直球のコメディ作品が選ばれたことに加え、首都圏以外を活動拠点とする劇作家としては11年(関西に限定すると19年)ぶりの受賞者となるなど、いろいろとインパクトの強い結果となった。4月17日に日本出版クラブ会館で行われた授賞式の様子を、上田が学生だった頃から取材してきた関西のライター・吉永美和子がレポートする。

岩井秀人と上田誠 [撮影]吉永美和子

岩井秀人と上田誠 [撮影]吉永美和子

2001年に『サマータイムマシン・ブルース』初演を観た時「これは将来の演劇シーンを動かすほどの才能だ!」と確信して追いかけ続け、年を経るごとにその直感に間違いはなかったと自画自賛している私だけど、それでも上田誠のキャリアの中に「岸田國士戯曲賞受賞」の文字が加わるという可能性は、実はあまり考えたことがなかった。彼の作品をよく観ると、現在社会への風刺や皮肉、人間の良くも悪くも普遍的な部分などが意外にしっかり描かれてはいるけれど、舞台全体を包むゆるっとしたムードとバカバカしい笑いの印象の方があまりにも強いため、なかなかその文学性にスポットが当てられることはないだろうなあ……と思っていたのだ。もし戯曲賞を受賞するとしたら、他のコメディ系の劇作家のように、年と共にシリアス味を増すようになってからじゃないかと勝手に考えていたので、まだまだ笑いに特化したこの作品で受賞したことは、本当に嬉しくてたまらない誤算だった。

さてその授賞式。まず岸田國士戯曲賞主催・白水社の及川直志社長から、戯曲の感想として「(本作に出てくる)コンピューターの言語に対抗できるのは、関西弁なのかもと思いました。今の世の中は心の筋肉がこわばっていると思うので、上田さんにはこれからもその筋肉を解きほぐしていただきたい」との言葉が送られ、賞状と副賞が手渡された。

白水社・及川直志社長 [撮影]安藤光夫

白水社・及川直志社長 [撮影]安藤光夫

賞状授与 [撮影]安藤光夫

賞状授与 [撮影]安藤光夫

そして戯曲賞選考委員の一人で、上田を受賞者に強く推したというケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)から、選考経過の報告と祝辞が送られた。KERAは選考会の当日、別の授賞式で遅れて参加したとのことで「途中参加の僕が経過を話すのはどうかと思いますが…」と切り出して、出席者の笑いを誘う。KERAによると、まず始めに受賞候補作を絞り込むために、全委員が各作品に点数を付けるそうだが、次点の候補者が5点だったのに対して、上田はその倍の10点が入っていたとのこと。この数字だけでも、上田が圧倒的な支持を得ての受賞だったということが実感できた。本作を含めた最終候補作品へのコメントや、選考会の今後の課題などの話も出てきたが、その辺りは第61回岸田國士戯曲賞選評のページでご確認いただきたい。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ [撮影]安藤光夫

ケラリーノ・サンドロヴィッチ [撮影]安藤光夫

さらにKERAは、同じコメディ作家として上田作品の笑いの密度とクオリティの高さを賞賛すると共に「これだけのギャグの飛躍と展開の読めなさは、持って生まれた才能もあるだろうけど、相当な努力の上に書き上げられている」とコメント。さらに劇団主宰者の視点から「主宰者としては(ここでKERAが上田に「主宰だよね?」と確認)劇団の人が受賞を喜んでくれるのが一番嬉しい。僕が受賞した『フローズン・ビーチ』は4人しか出ていない芝居で、他の出演してない人が喜んでくれなかったので(一同笑)、劇団の人は本当にお祝いしてあげてください。劇団中心で(芝居を)やってるのは素晴らしいことだし、この受賞がきっかけで他の仕事をやるにしても、劇団がずっと続いてくれることをお祈りします」との言葉を送っていた。

続いて上田の受賞スピーチの時間に。まずTVドラマ『ストリートワイズ・イン・ワンダーランド』のロケの最中に受賞の知らせを聞き、撮影の邪魔にならないよう暗い場所で一人喜びを噛みしめたエピソードを話した後「大阪人情喜劇みたいなのをやろうと思った時に、本屋でドローンの本を見つけて“大阪のおっさんがドローンと戦ってる”という絵が浮かんだ」などの、作品誕生秘話を披露。さらに「美術の長田(佳代子)さんが作った舞台模型から話を考えていったように、僕の本には役者やスタッフの思いつきとか事情などが含まれています。その和音を褒めていただき、このままの道でやってもいいんだよと言われたようです。これからも未開のコメディを開拓していけたらと思います」と、今後への意欲を覗かせたあと「モアイコメディ」「宝石コメディ」「ビックリマンコメディ」などの具体例を次々に上げていき、会場からは感心と温かさが混じった拍手が送られた。

上田誠 [撮影]安藤光夫

上田誠 [撮影]安藤光夫

そして選考委員の一人の宮沢章夫が乾杯の音頭を取り、授賞式は歓談の時間に。合間には幾人かの人々がお祝いのスピーチを行ったが、そのうちの一人は「第57回岸田國士戯曲賞」受賞者でもある岩井秀人だった。以前SPICEで劇団メンバーの土佐和成&永野宗典との対談をぶっつけで実現したように、ヨーロッパ企画と岩井は以前から親しい間柄。岩井は上田の作品作りにつねづね刺激を受けていたそうで、ハイバイの傑作悲喜劇『て』も上田の影響を受けた部分があるということを、このスピーチで明かしていた。

宮沢章夫 [撮影]安藤光夫

宮沢章夫 [撮影]安藤光夫

しかし場が最高に盛り上がったのは、上田の作劇がパソコンゲームのプログラムの影響を受けているという話題の時。岩井は「泣きそうになったらごめんなさい」と断りを入れた上で、昔パソコンのゲームは、プログラムを長々と手打ち入力しないと起動できず、岩井はいつも途中で投げ出したけど上田は泣きながら何回も打ち直していた…という話をしているうちに「その姿を想像して」(岩井談)本当に涙ぐみはじめて、会場は笑いの渦に。それでも最後は「最初に伏線を張ったりなど、戯曲を構造的にとらえているのは、ゲームのプログラミングのからくりに気づいたからだと思うし、人間を集合体としてプログラミングすることで、より人間が見えるようになるという世界を作っている。劇団の一人ひとりがコンテンツを持っていることは集団として幸福なことだし、この幸福のままドローンのような視点で人間を描いてくれたら」と、しっかりと締めくくった。

岩井秀人 [撮影]安藤光夫

岩井秀人 [撮影]安藤光夫

その後は授賞式恒例となっている、受賞作品関係者による出し物のコーナーに。今回は、福田転球を除く『来てけつかるべき新世界』のキャストたちが、本作の番外短編『御堂筋はこんな日も自動運転でスイスイと』を上演した。幼なじみのキンジ(金丸慎太郎)との結婚を控えた主人公・マナツ(藤谷理子)の元に、彼女との交際をあきらめきれないテクノ(酒井善史)が現れ、最新の自動運転車でのドライブデートを申し出る。そこに新世界の住民たち(ヨーロッパ企画の面々)が次々に首を突っ込み、自動運転が本当に安全かどうかを検証する実験を行うことに。この実験の模様をライブ映像で見せつつ、誰かが始めたおかしな行動に周りがどんどん乗っかるという、ヨーロッパ企画ならではの笑いを巧みに凝縮して見せて、会場は喝采に包まれた。

ヨーロッパ企画の寸劇 [撮影]吉永美和子

ヨーロッパ企画の寸劇 [撮影]吉永美和子

ヨーロッパ企画の寸劇 [撮影]安藤光夫

ヨーロッパ企画の寸劇 [撮影]安藤光夫

この出し物からほどなくして、授賞式は終了。多くの出席者が帰路に付く中、役者たちをはじめとする劇団関係者らは会場に残って、金屏風の前で記念撮影大会を行っていた。皆が記者会見のように上田を取り囲んで、口々に「先生!」とはやし立てながら写真を撮っているその姿を見て、KERAの希望通り「劇団の人がお祝いしている」ことと、岩井が言っていた「集団の幸福さ」が十分実現していることが、この一時で伝わった。

[撮影]吉永美和子

[撮影]吉永美和子

上田はこの後の二次会の挨拶で「この受賞を悪用したい」と宣言していた。それは受賞によって「このままの道でやってもいい」という確信を得られたことで、今まで以上に自信を持ってバカバカしいコメディに挑戦できる…ということを意味している。演劇賞においては無冠であることを気にしていたと思われる上田だが、岸田國士戯曲賞という最高のアイテムを手に入れたことで、未開の笑いを探す冒険はよりいっそう果敢なものとなるだろう。その側には「ヨーロッパ企画」という最高のパーティが、常にワイワイとにぎやかに連れ添っているはずだ。

劇団員の永野宗典が表紙イラストを手がけた『来てけつかるべき新世界』戯曲本(白水社・税込2,160円)は、現在各書店で発売中。公演DVDも今年の夏頃に販売されるが、今回の授賞式で上演したスピンオフ作品も、撮り下ろし特典映像として収録されるそうだ。また毎年恒例のヨーロッパ企画の全国ツアーだが、今年は9月末~12月初めに新作を上演する予定。

公演記録
ヨーロッパ企画第35回公演『来てけつかるべき新世界』
 
■日時・会場:
《栗東プレビュー公演》
2016年9月3日(土) 栗東芸術文化会館さきら 中ホール
《京都公演》 
2016年9月8日(木)~11日(日) 京都府立文化芸術会館
《東京公演》 
2016年9月16日(金)~25日(日) 本多劇場
《広島公演》 
2016年9月29日(木) JMSアステールプラザ 中ホール
《福岡公演》 
2016年10月1日(土)・2日(日) 西鉄ホール
《大阪公演》 
2016年10月5日(水)~11日(火) ABCホール
《四日市公演》 
2016年10月15日(土) 四日市市文化会館 第2ホール
《高知公演》 
2016年10月21日(金) 高知県立県民文化ホール グリーンホール
《横浜公演》 
2016年10月27日(木)~30日(日) KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
《名古屋公演》 
2016年11月2日(水) 名古屋市東文化小劇場
 
■作・演出:上田誠
■音楽:キセル
■出演:石田剛太、酒井善史、角田貴志、諏訪雅、土佐和成、中川晴樹、永野宗典、西村直子、本多力/金丸慎太郎、藤谷理子、福田転球(転球劇場)
■公演特設サイト:http://www.europe-kikaku.com/projects/e35/
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