“大阪の女イッセー尾形” 宮川サキ、波乱の一人芝居人生を語る

インタビュー
舞台
2017.5.11
宮川サキ。

宮川サキ。


「お祭りの感覚で参加して“また来たいなあ”と思ってもらえるのが理想です」

冴えない中年サラリーマンからイタいギャル店員まで、多種多彩な人々の日常の一コマを、時におかしく時にセンチに見せていく一人芝居の名手・宮川サキ。その巧みな演じ分けと鋭い人間描写で「大阪の女イッセー尾形」との呼び声も高く、落語家の桂吉弥を始め、彼女に一目置いている表現者も多い。30歳の遅咲きで演劇活動を始め、様々な紆余曲折を経て現在の境地に至った彼女の道のりと、その作品作りのポリシーなどについて、じっくりと聞いてきた。


■三世代を演じたことで、いろんな役を演じ分けるのが楽しいなあと

──一人芝居を始めるまでは、どういう活動をしていたんでしょうか?

20代の頃は吉本(興業)にいて、しゃべくり漫才をしてたんです。コンクールで新人賞までいただいたんですけど、相方が結婚してコンビ別れして、一般の人に戻ろうかなと思ってました。

──芸人だったというのは初耳です。プロフィールにも記載してないですし。

今では芸人さんも普通に芝居やってますけど、私が芝居を始めた頃は「元芸人」って言うと「芸人は芝居心がない」みたいな感じで叩かれたりしたんですよ。私だけ台詞がなくてフリートークになってて、それでも自分なりにやってみると「芸人くさい」と言われたり…。アドリブで言葉を返すのと、台本があって台詞できっちりやり取りする会話の妙って、全然違うじゃないですか? 自分はそれがやりたいのに、したくないことをやらされるのがどうしてもイヤで、しばらく過去を封印してたんです。でももう役者歴の方が完全に長くなって、今までやってきたことを見てもらえていると思うから、もうええかなって。

宮川サキ。 [撮影]吉永美和子

宮川サキ。 [撮影]吉永美和子

──そこから演劇の世界に本格的に入ったのは。

扇町(ミュージアムスクエア。2003年まで大阪にあった小劇場)で、たまたま劇団☆新感線のイベントを観たんです。それまで演劇は学校のお芝居しか観たことなかったし、役者ってもっとカッチリしたイメージがあったんですけど、そこでは漫才や金粉ショーがあって「何だこれ? すごく面白い」と。そこから新感線の本公演や、扇町でやってる芝居とかを観るようになって。それである時、はさみ込みのチラシの中に、アイホールのファクトリー(同劇場が主催していた演劇学校)の募集のお知らせがあったんです。その時の講師陣が、新感線の人とか片桐はいりさんとか、そうそうたるメンバーで。

──今ではちょっと考えられない豪華さですね。

だからすごく受講生の倍率が高くて、オーディションまであったんです。「こら絶対落ちるわ」と思ったけど、その時に受かったから今ここにいると(笑)。でもそこで教えられたことは、本当に目から鱗のことばかりでした。そのファクトリーの解体公演の時に、私だけ一人三役をふられたんですよ。娘と母とおばあちゃんという、三世代の年の違う役を。まだ役作りとか何もわかってなかった頃だったけど、演出の岩崎(正裕/劇団太陽族)さんがうまく乗せてくださって、いろんな役を演じ分けるのって面白いなあと、その時に思いました。

──ファクトリー卒業後、そこからすぐに一人芝居を始めたんですか?

周りは卒業したら劇団に入ったりしてたんですけど、私だけは「30歳から新人ってなあ…」という感じで。そしたら岩崎さんに「一人でやったら? イッセー尾形さんとか観たらいいよ」と言われたんです。ちょうどその頃は、イッセーさんがよく神戸で公演をされてて、ワークショップとかもあったんです。それがすごく面白くて、キャラクター作りのヒントとかも自分の中に取り込めたので、じゃあ一人でやってみようかなあと思いました。

宮川サキ。

宮川サキ。

■世界を見る前に、日本で自分を磨いてベースを確立したかった

──その年にすぐ、カナダの「The Thunder Bay Fringe Festival」 に出ていますよね。

その少し前に、ファクトリーのOB公演で、人の脚本を使って一人芝居をやったんです。それはいくつかの団体が参加していて、観客投票で一位になった所が、次の年にアイホールで再演できるという企画で。でも開票する前に「こいつは一人で公演やったらいい」って、うちだけあえて(投票から)外されたんですよ(笑)。何てひどいことすんねん! って思いましたね。

──でもそれは「この人は劇場がお膳立てしなくてもやっていける」と、相当な実力を認められてのことだったと思いますが。

でもやっぱり悔しいですよ(笑)。カナダへは、最初は国際結婚をした叔母の家を手伝うために行ったんです。その近くに大学があって、手伝いの合間に遊びに行ってたら、生徒さんや先生とも仲良くなって。その学校では交換留学生の人が帰国する前に、自分の国の踊りとかを見せるのが恒例になってたから「私も帰る時に何かやりたい」って言ったんですよ。それで、今でも上演してる『円山』をやりました。英語がそんなに流ちょうじゃないので、開き直って関西弁で、要所に英語を入れる感じでやったんですけど、みんなには結構楽しんでもらえて。それをフリンジフェスの関係者と、映画関係者が観ていて、同時に出演のオファーが来たんです。

──すごいサクセスストーリーじゃないですか!

でも映画は人の台本で、しかも英語を覚えてしゃべらなあかんから、カタコトの変な日本人しかできへんなと。フリンジの方は「その一人芝居をそのままやってくれ」という話だったんで、帰国後に1年かけて旅費を貯めて、翌年出ることになって。会場として「芝居を身近に感じられる小さい場所」をリクエストしたら、めっちゃいかついけどおネエの入ったマスターがやってるゲイバーを紹介されました(笑)。

宮川サキ。

宮川サキ。

──そこでの反応はいかがでしたか?

公演チラシを作ってなかったのもあって、初日は3・4人ぐらいしか来なかったです。でもその中の一人の女の人が「あなたは私の助けが必要だ」みたいなことを言って帰って、翌日その人に頼まれたというスタッフが、すごく渋いチラシを持って来てくれました。それを町中に貼ったんですけど、しばらくしたら全部はがされてて。楽屋でめっちゃヘコんでから舞台に出たら、すっごい人だかりで、みんながそのチラシを持ってたんです(笑)。

──観に来ようと思って、壁からはがしてたわけですね。

そうそう。実はその女の人は有名なデザイナーだったらしく、それでみんなが興味を持って来てくれたと。その後は連日満員で、地元紙に劇評が載ったりしました。公演が終わる時には「ツアーであちこちを回らないか?」と誘われたんですけど、まだ日本でもろくに活動してないのになあ…と。「日本の小さな島国でやっててもダメだ。世界を見ろ!」とも言われたんですけど「うち、世界を見る前に日本も見てないです」って(笑)。今は「よくわからないけどクレイジーなジャパニーズ」という所でしか面白がってもらえてないし、ちゃんとお客さんに通じる芝居がやりたい。日本で…しかも大阪でもう一回自分を磨いて、ベースを確立してきますと言って帰ってきました。

宮川サキ。

宮川サキ。

■維新派の屋台村が、今の一人芝居公演の大きなヒントです

──今でレパートリーはどのぐらいあるんですか?

それ、よく聞かれるんですけどね。一時期長く休んでいたこともあって、正確な数はわからないんです。復活してからだったら、20個行くか行かないぐらい。

──長期休業していたというのは。

日本に帰ってきてから、何年かノンストップで一人芝居をやってきたんですけど、だんだんマニアックな方向に凝り固まってきたんです。骨格がどうとか、重心がこう移動しても関節はこうにしか動かないとか。すごく違う方向に自分が向かってる気がして、公演をやるたびにしんどくなってきたんですよ。それで一人芝居はお休みして、もっと外部の舞台に出ていろんな人に会って、自分の視野を広げようと思いました。その時に出会ったのが、劇団☆世界一団(現sunday)です。

──sundayにはその後入団することになりますよね。

世界一団からsundayになる直前の舞台に呼ばれたんです。一人芝居をそれぞれが持ち寄って、ウォーリー(木下)さんがまとめて一本の芝居にするという公演で。そこで自分がやろうと思っていたネタが、ラジコンカーを使ったりして、自分とは真逆のエンタメ色に味付けされたんですよ。それがすごく面白かったんで、そのまま参加しました。

──そこから一人芝居を再開したのは?

2010年に一度やってみたけど、その時はまだ「んー?」って感じで。2014年に「これからはもっと楽しくやりたい」と決めて再開しました。その大きなヒントになったのが、維新派の屋台村なんです。

──舞台じゃなくて?

それが(劇場の)中には一度も入れなかったんですよ(笑)。でも維新派の公演と屋台が同じ空気のお祭り感で盛り上がって、上演前も上演後もみんなが楽しんでいることに、行くたびにすごく感動してたんです。今まで私はすごく真面目に一人芝居に取り組んでたけど、こんな風に食堂や前説ライブを呼んで、公演全体をお祭りみたいな感じにしたら、もっとお客さんが劇場に来やすくなるんじゃないかなあと思いました。

稽古中の宮川サキ。 [撮影]吉永美和子

稽古中の宮川サキ。 [撮影]吉永美和子

──そこからは軌道に乗ったと。

そうですね。あと「楽しくやろう」と考えるようになったことで、芝居の作り方自体が変わりました。演じるキャラクターの中身というか、根本的な所にやっと目が向くようになったという。昔は表面的なクセとか、お客さんにどう見えるかばかりを気にしてたので。

──さっき言ってた、骨格とか関節の動きを気にするのとは逆の方向に。

思考回路の方ですね。たとえば「オカン」っていうキャラクターがあるんですけど、昔は彼女の面白い部分しか切り取ることができなかったんですよ。でも人間ってみんな、アホなことやってる時もあれば辛い気持ちの時もあったりと、いろんな感情や日常があるじゃないですか? 自分の気持ちを楽にしたら、そのキャラクターのことをワイドに見られるようになって「あ、この人これだけの人じゃないな」とようやく気づいたんです。去年の新ネタの『ひまわり』はそのオカンの後日譚で、成長した子どもを見送る切ない話なんですよ。一つのキャラクターのいろんな日常を切り取れるようになった、今の自分だからできたネタだと思います。

──つまり今までは、ネタが15分あるとしたら、そのキャラクターの15分のことしか見ていなくて、その前後にある日常まで考える余裕がなかったと。

そうそう。その15分を完全に見せるために潔癖なぐらい自分をブラさず、どこから突かれても完ぺきにキャラクターを演じ切るって感じだったんです。でも今は「このキャラクターからどこにでも行ける」という安心感があるから、ちょっとアドリブを入れるぐらいの余裕が出てきました。でも「どこにでも行ける」分、その人の日常のどの部分を切り取ればいいか? の選択肢が増えたという悩みも出てきまして(笑)。笑える所にするのが面白いのか、ホロッとさせる所がいいのか…すでにあるキャラクターも、オカンみたいにまた新たな部分を切り取れると思うので、今年の新作はその方向で作るかもしれません。

宮川サキ。

宮川サキ。

■お茶の間でTVを観ている感じで観てもらっていいんですよ

──東京と大阪では芝居の内容は変わるんですか?

公演の期間が離れているので、それぞれ違う内容で行きます。大阪は全公演ネタを差し替えますけど、東京も極力差し替えたいです。新ネタは毎回大阪で下ろすようにしてるんですけど、今回はそれ以外にオマケのサプライズ的な新キャラを考えたりもしています。

──さっき言ったように、演じる対象がどんどん広がる中で、共通しているポイントや、これだけはブレたらダメみたいに思ってる所はあるんでしょうか。

大事にしているのは、自分はそのキャラクターを愛おしむこと。自分が本人…というかその人なので、その人を客観視したりバカにしたりしたら崩れちゃうと思うんです。お客さんが端から観て「アホやなあ」って笑ってもらうのはいいんですよ。でも自分が絶対バカにしたらあかんっていうのは、いつも気をつけてます。

──前の公演でやっていた、要領が悪すぎるカフェ店員とか、まさにそうですよね。

そうですね。本人は精一杯、誠意を尽くしている…という所から発信しないと、言葉が出てこないんですよ。この人自身はお客さんの機嫌を損ねないように、気に入ってもらえるように振る舞ってるっていう必死さがないと。

──「この女本当にバカでしょ? 面白いでしょ?」って視点で演じたら失敗すると。

私がそう作ってしまうと薄っぺらくなるし、観てても面白くないんちゃうかなあ。それって私が彼女を客観視している状態だし、本人に成りきれてないってことですからね。じゃなくて「自分はちゃんとやってる!」というのを一生懸命正当化しよう、という方向に思考回路が回らないと面白くならないと思います。

宮川サキ。

宮川サキ。

──そう言われると「自分はちゃんとやってる!」は、結構サキさんが演じるキャラの共通項ですよね。

ですよね(笑)。自分はちゃんと地に足をつけて、ちゃんと生きてんねん。それが何か? みたいな感じでやってることを、お客さんに「おいおい、それはちゃうぞ!」とツッコんでもらうという。それをお茶の間でTV観てるような気楽な感じで楽しんでもらって、終演後にも飲み食いしながら「さっきのアレさあ…」みたいに笑い飛ばしてくれるのが、一番の理想です。それで「祭りも明日で終わりだから、もう一回行ってみようかな」とか「また来年も来たいなあ」と思ってくれたらいいなあと思います。

──一人芝居って敷居が高いように言われますけど、サキさんの舞台はピン芸人の延長みたいなものだから気負わなくていい…って言ってしまってもいいんですか?

もう全然、それでいいです。今年からタイトルを「一人芝居」から「キャラクター大図鑑」に変えたのって、まさにそれなんですよ。演劇を知らない人にチラシを渡すと「一人芝居って、一人で朗々と訳のわからないことを言ったりする奴でしょ?」って言われたりするので。一人芝居イコール面白くないというのが、結構芝居を観てない人の共通認識なんですよ。だったらいっそタイトルを変えた方が、もうちょっと気にしてもらえるんちゃうかなあと思って。そしたら実際に、食いつき方が変わってますね。やっぱり芝居を観たことがない人に、もっともっと劇場の生の面白さを体験してほしいし、お芝居を知らない人の入門編みたいな感じで来てもらえたらいいなあと思います。

公演情報
『宮川サキのキャラクター大図鑑2017』
 
《大阪公演》
■日程:2017年5月29日(月)~31日(水)
■会場:インディペンデントシアター1st
※全公演とも「秋津食堂」と応援前説ライブあり。ライブ出演者&スケジュールは公式サイトでご確認を。

 
《東京公演》
■日程:2017年6月3日(土)・4日(日)/10月14日(土)・15日(日)
■会場:下北沢Reading Cafe ピカイチ
※公演期間中毎日、コラボ企画「焼酎亭寄席」を開催。詳細は公式サイトでご確認を。

 
■出演・作・演出:宮川サキ
■公式サイト:http://blog.livedoor.jp/saki_solo/
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