ニット・インベーダーの本意は、違和感が生む”気づき”である 【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.1 力石咲(美術家)
長崎市歴史文化博物館に降り立った自動編み機
美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、美術家の力石咲さんがご自身も関与された「アートプロジェクト」について、語ってくださっています。
はじめまして! 美術家の力石咲です。”世界を編み包む”というテーマのもとに、ニットをメディアとして作品を作っています。この記事を書いている今日はちょうど長崎と高崎でのプロジェクトの間です。今回は私の自己紹介の意味も込め、一旦完了した長崎でのプロジェクトのことを書こうと思います。
さて、私が作品を発表する場は主に屋外で、しかも作品を展示するために用意された空間ではありません。住宅街だったりオフィス街だったりそこで生活する人にとっては日常の空間が私の作品発表の舞台です。
そして作品形態もちょっと特殊です。作品は作家が作り展示して、鑑賞者は鑑賞したり体感するものですが、私の作品には一旦私が作った作品を鑑賞者が発展させるという形態のものもあります。
長崎でのプロジェクトはこの特殊な二つの要素が盛り込まれているものです。
長崎市は毎年県内外から現代アーティストを招聘し、市民の生活圏内で作品を共に作りながら発表するという「長崎アートプロジェクト」という事業を開催しています。目的は、市民に気軽にアートに触れてもらうことです。今年は、過去に私がとある街で展開していた《ニット・インベーダー》という作品を鑑賞・体験してくれた市の方から、長崎市内での《ニット・インベーダー》開催を委託されました。
《ニット・インベーダー》とは、自動編み機から紡がれた糸が街を徐々にインベージョン(編みくるむ)していくプロジェクトです。街の景色を新鮮なものに変え、街と人との新たな関係性を生み出そうという目的があります。インベージョン作業は舞台となるエリアの住民たちと行うことが基本です。普段街に積極的に関わることのない市民が直接作業に関わることでも、街への気づきが生まれるからです。自動編み機と作家、作業に関わる住民皆がインベーダーとなります。
市民とのインベージョン作業の様子
長崎での舞台は寺町というエリアです。プロジェクト開催にあたり、その街の歴史を調べたり住民へのヒアリングを行いプロジェクトのストーリーを立てますが、寺町でのストーリーはこうです。
住民の生活圏内で行う《ニット・インベーダー》は、制作過程までもが作品です。ある日突然見慣れた風景がニットで包まれ、日に日に増殖していく様子はインベーダーそのものです。インベーダーたちには日に日に使命感が生まれます。道行く人にも声をかけられコミュニケーションが生まれ、インベージョンは周囲を巻き込みながら遂行されていきます。住民からは街についての新たな歴史や個人的なエピソード、美味しいごはん屋さん情報などをもらって作家である私自身も街についての知識を日に日に深めていきます。
インベージョンされた眼鏡橋
さて、長崎でのプロジェクトで日に日に増していったものといえばもうひとつ、プロジェクトに対する市民からの評価の声です。
賛同の声も批判の声も、街に違和感が生まれたことによる民衆の街への気づきです。さまざまな意見が生まれていることはこのプロジェクトの本意ですし、ここからあとは住民たちが主体となって作品が発展していけばと願っています。作家が作った作品が、街の住民の手に渡って発展していく。論争されながら住民がどんどん巻き込まれていく。これも《ニット・インベーダー》というプロジェクトのひとつのコンセプトなのです。
展示は10月25日までです。みなさんも機会があったらぜひ長崎・寺町を訪れてみてください。インベーダーとなった街の住民たちから作品についての解説を聞けるかもしれません。
ではまた次回のコラムでお会いしましょう!
《ニット・インベーダー in 長崎》
期間:2017年9月18日〜10月25日
詳細:http://www.muknit.com/blog/project/knit-invaders-in-nagasaki/