葛飾北斎と印象派の巨匠たちが夢の共演! 『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』をレポート

レポート
アート
2017.10.25

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国立西洋美術館にて『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』(2017年10月21日〜2018年1月28日)が開幕した。本展は、19世紀後半に起きた「ジャポニスム」とよばれる文化現象において、もっとも影響力のある画家・葛飾北斎に焦点をあて、北斎と西洋画家たちの作品を比較・展示するもの。

浮世絵を中心に、日本美術の表現方法を巧みに自分たちの作品に取り入れた芸術家の中には、印象派のモネやゴッホ、セザンヌなどの巨匠も名を連ねている。北斎の代表作『北斎漫画』や「冨嶽三十六景」から着想を得た西洋の作品と、北斎の浮世絵が隣り合わせで展示される豪華な空間にも注目したい。一般公開に先立ち催された内覧会より、本展の見どころを紹介しよう。

会場風景 写真中央:クロード・モネ《黄色いアイリス》1914-17年頃 国立西洋美術館

会場風景 写真中央:クロード・モネ《黄色いアイリス》1914-17年頃 国立西洋美術館

ジャポニスムの流行とHOKUSAIの浸透

西洋の伝統的画法からの脱却を試み、新たな表現を模索していた芸術家たちは、19世紀後半に日本美術と出会う。なかでも、浮世絵の斬新な構図や平坦な色使いは芸術家たちを驚かせた。日本美術のエッセンスを吸収しながら、自分たちの芸術を発展させていった動きは「ジャポニスム」と呼ばれ、19世紀の西洋の重要な美術現象となった。

1854年、長い鎖国時代を終え、日本の品々が西洋に流入するようになると、それまで未知の国だった日本は、たちまち西洋の人々を魅了した。第1章では、西洋の紀行書に描かれた日本の挿絵を紹介しつつ、挿絵の作者・北斎の名前が次第に広まっていく過程を追う。浮世絵愛好家であるモネの食卓に飾られていたものと同様の浮世絵も展示されている。

展示風景 写真手前:葛飾北斎『北斎漫画』十編 1819(文政2)年 浦上蒼穹堂

展示風景 写真手前:葛飾北斎『北斎漫画』十編 1819(文政2)年 浦上蒼穹堂

第2章から第6章にかけては、「人物」「動物」「植物」「風景」「波と富士」といったモチーフごとに章を分けて、西洋芸術家の作品の隣に北斎作品が参照されている。思いがけない比較もあるので、作品同士をじっくり見比べながら鑑賞したい。

人体造形に興味を注いだドガ
人物のありのままの姿を描いたカサット

絵手本として発行された『北斎漫画』には、ユーモラスな庶民の仕草や表情が軽快なタッチで描かれている。人物の動作を正確に、かつ素早くスケッチした北斎のデッサン力は、モデルの身体の動きに注目した印象派のエドガー・ドガを惹きつけた。ドガが数多く描いたバレリーナの構図は、北斎漫画に類似の型を見つけることができる。また、印象派の女性画家メアリー・カサットの描いた子どもや母子の姿も、気取らない人物の「素」を描いた北斎の表現と共通している。

エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》1894年 吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》1894年 吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

左から:メアリー・カサット《母と子ども》1889年頃 シンシナティ美術館、葛飾北斎『北斎画鏡』1818(文政元)年 個人蔵、 メアリー・カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》1878年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

左から:メアリー・カサット《母と子ども》1889年頃 シンシナティ美術館、葛飾北斎『北斎画鏡』1818(文政元)年 個人蔵、 メアリー・カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》1878年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

左から:葛飾北斎『北斎漫画』十二編 1834(天保5)年 浦上蒼穹堂、 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896年 サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)

左から:葛飾北斎『北斎漫画』十二編 1834(天保5)年 浦上蒼穹堂、 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896年 サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)

浮世絵の特徴を反映させたモネ
妖怪画にも相通ずるルドン

絵の中のモチーフを大胆にトリミングするような浮世絵の構図は、モネの《舟遊び》に用いられている。船の先端を描かないことで、画面外まで広がる空間を想像できる。

左:クロード・モネ《舟遊び》1887年 国立西洋美術館(松方コレクション) 右奥:ジェームズ・ティソ《テムズ川にて、一羽の鷺》1871-72年頃 ミネアポリス美術館

左:クロード・モネ《舟遊び》1887年 国立西洋美術館(松方コレクション) 右奥:ジェームズ・ティソ《テムズ川にて、一羽の鷺》1871-72年頃 ミネアポリス美術館

また、「日本かぶれのナビ」とまで呼ばれたナビ派の画家ピエール・ボナールは、浮世絵にみられる平坦な黒塗りを使い、人物のシルエットを描いた。

右手前から:ピエール・ボナール《洗濯屋の少女》1895-96年頃 フィラデルフィア美術館、 葛飾北斎『一筆画譜』1823(文政6)年 個人蔵

右手前から:ピエール・ボナール《洗濯屋の少女》1895-96年頃 フィラデルフィア美術館、 葛飾北斎『一筆画譜』1823(文政6)年 個人蔵

さらに、象徴主義の代表画家オディロン・ルドンと北斎の妖怪画の比較では、幻想的なルドンの画風と北斎の描く不気味な妖怪の姿がシンクロしているようにも思える。

左:オディロン・ルドン 「聖アントワーヌの誘惑」第一集より《Ⅴ.それから魚の体に人間の頭を持った奇妙なものが現れる》1888年 国立西洋美術館 右奥:葛飾北斎《百物語 さらやしき》1831(天保2)年頃 ミネアポリス美術館

左:オディロン・ルドン 「聖アントワーヌの誘惑」第一集より《Ⅴ.それから魚の体に人間の頭を持った奇妙なものが現れる》1888年 国立西洋美術館 右奥:葛飾北斎《百物語 さらやしき》1831(天保2)年頃 ミネアポリス美術館

上:アルフレート・クビーン《出現》1902年頃 アルベルティ―ナ美術館、ウィーン  下:葛飾北斎『北斎漫画』十編 1819(文政2)年 浦上蒼穹堂

上:アルフレート・クビーン《出現》1902年頃 アルベルティ―ナ美術館、ウィーン  下:葛飾北斎『北斎漫画』十編 1819(文政2)年 浦上蒼穹堂

日本の花鳥画に魅せられた芸術家たち

『北斎漫画』には人物だけでなく、動物や植物、風景など、様々な題材が描かれていた。小動物や野に咲く植物に関心を持ち、人間に向ける眼差しと同じ視線で描いた北斎の作品は、西洋の芸術家たちにとって新たな視野を広げるきっかけになった。ドガは競馬場にて動きのある馬の姿を、印象派のポール・ゴーガンは単純な輪郭線で縁取られた愛らしい子犬の姿を描いた。また、アール・ヌーヴォーを代表する工芸家のエミール・ガレは、昆虫や魚の姿をデザインとして取り込んだ。

左から:葛飾北斎『北斎漫画』六編 1817(文化14)年 浦上蒼穹堂 エドガー・ドガ《競馬場にて》1866-68年 オルセー美術館、パリ 葛飾北斎『三体画譜』1816(文化13)年 浦上蒼穹堂 テオフィール・アレクサンドル・スタンラン《ポスター「スタンランの素描と油彩画展」》1894年 サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)

左から:葛飾北斎『北斎漫画』六編 1817(文化14)年 浦上蒼穹堂 エドガー・ドガ《競馬場にて》1866-68年 オルセー美術館、パリ 葛飾北斎『三体画譜』1816(文化13)年 浦上蒼穹堂 テオフィール・アレクサンドル・スタンラン《ポスター「スタンランの素描と油彩画展」》1894年 サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)

ポール・ゴーガン《三匹の子犬のいる静物》1888年 ニューヨーク近代美術館

ポール・ゴーガン《三匹の子犬のいる静物》1888年 ニューヨーク近代美術館

右:エミール・ガレ《双耳鉢:鯉》1878-90年 個人蔵  左奥:アルバート・ロバート・ヴァレンタイン(絵付)ルックウッド・ポタリー製陶所《花器:金魚》1885年 シンシナティ美術館

右:エミール・ガレ《双耳鉢:鯉》1878-90年 個人蔵  左奥:アルバート・ロバート・ヴァレンタイン(絵付)ルックウッド・ポタリー製陶所《花器:金魚》1885年 シンシナティ美術館

西洋絵画の画題が常に人間中心であったのに対して、日本や中国の花鳥画は、植物や小動物そのものが作品の主題になった。日本美術に触れた芸術家たちによって、静物画の中に描かれた切り花は、画面いっぱいに、生命感溢れる花々として描かれるようになった。

左:クロード・モネ《菊畑》1897年 個人蔵 右奥:葛飾北斎《菊に虻》1831-33(天保2-4)年頃 シカゴ美術館

左:クロード・モネ《菊畑》1897年 個人蔵 右奥:葛飾北斎《菊に虻》1831-33(天保2-4)年頃 シカゴ美術館

エミール・ガレ《ランプ:朝顔》1904年頃 ヤマザキマザック美術館

エミール・ガレ《ランプ:朝顔》1904年頃 ヤマザキマザック美術館

自由な構図を求めて

「冨嶽三十六景」では、富士山を様々な場所から捉えた姿が描かれている。その中でも、《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》の、松の木々の間からのぞく富士山の構図は、画面を分断するようにモチーフを配置する斬新な構図として、モネや印象派の画家カミーユ・ピサロの作品の中で応用されている。

左:クロード・モネ《陽を浴びるポプラ並木》1891年 国立西洋美術館(松方コレクション) 右奥:葛飾北斎《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》1830-33(天保元-4)年頃 ミネアポリス美術館

左:クロード・モネ《陽を浴びるポプラ並木》1891年 国立西洋美術館(松方コレクション) 右奥:葛飾北斎《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》1830-33(天保元-4)年頃 ミネアポリス美術館

左:カミーユ・ピサロ《モンフーコーの冬の池、雪の効果》1875年 吉野石膏美術振興財団(山形美術館寄託) 右奥:葛飾北斎《冨嶽三十六景 駿州江尻》1830-33(天保元-4)年頃 オーストリア応用美術館、ウィーン

左:カミーユ・ピサロ《モンフーコーの冬の池、雪の効果》1875年 吉野石膏美術振興財団(山形美術館寄託) 右奥:葛飾北斎《冨嶽三十六景 駿州江尻》1830-33(天保元-4)年頃 オーストリア応用美術館、ウィーン

左:クロード・モネ《ボルディゲラ》1884年 シカゴ美術館 右奥:クロード・モネ《木の間越しの春》1878年 マルモッタン・モネ美術館、パリ

左:クロード・モネ《ボルディゲラ》1884年 シカゴ美術館 右奥:クロード・モネ《木の間越しの春》1878年 マルモッタン・モネ美術館、パリ

北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は
「The Great Wave」へ

北斎の代表的なモチーフとして知れ渡った《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の大波は、「Big Wave」や「The Great Wave」と呼ばれて人気を博した。今にも船を吞み込もうとしている波の姿は、まるで人々に襲いかかる手の形をしているようにもみえる。この特徴的な波の表現に感化された画家たちが描いた、さまざまな大波の姿が会場には多数展示されている。

左:ジョルジュ・ラコンブ《青い海、波の印象》1893年 レンヌ美術館 右:アンリ・ゲラール《波、マルセイユ》1893年以前 フランス国立図書館、パリ

左:ジョルジュ・ラコンブ《青い海、波の印象》1893年 レンヌ美術館 右:アンリ・ゲラール《波、マルセイユ》1893年以前 フランス国立図書館、パリ

カミーユ・クローデル《波》1897-1903年 ロダン美術館、パリ

カミーユ・クローデル《波》1897-1903年 ロダン美術館、パリ

また、「冨嶽三十六景」のように一つのモチーフを異なる視点から描く「連作」の試みはモネや、印象派画家のセザンヌによって実践された。版画家のアンリ・リヴィエールは『エッフェル塔三十六景』を制作し、モネはノルウェーで見たコルサース山を富士山の姿と重ねて、色調や構図を変えながら13点の連作を残した。

アンリ・リヴィエール『エッフェル塔三十六景』1888-1902年 国立西洋美術館

アンリ・リヴィエール『エッフェル塔三十六景』1888-1902年 国立西洋美術館

左:クロード・モネ《ノルウェーのコルサース山》1895年 マルモッタン・モネ美術館、パリ 右:クロード・モネ《ノルウェーのコルサース山》1895年 オルセー美術館、パリ

左:クロード・モネ《ノルウェーのコルサース山》1895年 マルモッタン・モネ美術館、パリ 右:クロード・モネ《ノルウェーのコルサース山》1895年 オルセー美術館、パリ

『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』は、2018年1月28日まで。北斎の類稀なる才能を実感すると共に、西洋画家たちの新たな表現に対する熱量も感じる内容になっている。東西画家による贅沢な共演が見られるこの機会を、ぜひ逃さないでほしい。

イベント情報
北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃

会期:2017年10月21日(土)〜2018年1月28日(日)
休館日:月曜日(ただし1月8日は開館)、12月28日〜1月1日、1月9日
会場:国立西洋美術館
開館時間:9:30〜17:30(金、土曜日は20:00まで開館。ただし11月18日は17:30まで)※入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般1600円(1400円)、大学生1200円(1000円)、高校生800円(600円)、中学生以下無料。
※( )内は20人以上の団体料金。2018年1月2日〜8日は高校生無料(要学生証)
公式サイト:http://hokusai-japonisme.jp
ツイッター公式アカウント:@hoku_japonisme

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