「まつもと市民オペラ」というジャンルを目指す

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 イラストレーション:田之上尚子

イラストレーション:田之上尚子

市民オペラなのだから、市民が主役になってほしい

 まつもと市民オペラ『フィガロの結婚』が上演されます。「ん、市民オペラ?」と、この記事を飛ばさないで(笑)。まつもと市民オペラは、2007年に『こうもり』で産声を上げました。音楽を通じて心豊かな人間を育てることを目的とする教育法のスズキメソードのおひざ元であり、世界的指揮者・小澤征爾が総監督を務めるサイトウ・キネン・フェスティバル松本(今年からセイジ・オザワ 松本フェスティバルに改称)が21年も続いている松本。小さいころからクラシックに触れるチャンスも多く、合奏も、合唱もとても盛んな地域です。しかもそのレベルが高い。そこに、まつもと市民芸術館がオープンしたことで(まあ、2004年のことですけど)、ここでの市民オペラ上演について待望の声が上がっていました。そして『こうもり』の後も、2009年の『椿姫』、2012年の『魔笛』、2013年の『カルメン』とおよそ2年に一度のペースで上演され、今回の『フィガロの結婚』で5回目を迎えます。

白井晃演出『魔笛』が、まつもと市民オペラの転機

 『フィガロの結婚』を手がける指揮・城谷正博さん、演出・白井晃さんのコンビは『魔笛』に続く、2度目の登板です。実は、この『魔笛』が、まつもと市民オペラのターニングポイントになったのです。「松本にやってくるソリストの皆さんをおもてなしする」というコンセプトで手がけられた『魔笛』は、まつもと市民オペラ合唱団が大活躍だったのです。舞台は、小さいころに習字の練習で使った、水で濡らした筆で書くと黒く文字が浮き上がり、乾くとまた白くなるという素材が使われていました。オープニングでは、合唱団のメンバーがモップや刷毛で舞台の床面に松本の風景を描きます。夜の女王が登場するシーンでは、それが真っ黒な闇に塗りつぶされます。そんな具合に、シーンに合わせさまざまな絵が描かれていきました。またザラストロと動物のシーンでは、ダンボールで作られた動物の人形を合唱団が操ります。松本の夏祭り「松本ぼんぼん」の踊りの振り付けのシーンなんていうのもありました。舞台の両側に待機している合唱団のメンバーは、歌うだけではなく、あらゆるシーンで“舞台作り”を担っていたのです。そして写真を観ていただけば、オペラに詳しい方は驚くのではないでしょうか。なんとオーケストラ、これも地元で活躍する松本室内合奏団というチームですが、オーケストラ・ピットに入るのではなく舞台奥に配置されるというウルトラCを実現させました。客席とステージの一体感を生み、オーケストラが演奏する様子も見ることができました。これも、演出の白井さんによる「“まつもと市民オペラ”というくらいですから、ぜひ合唱団と合奏団が主役になるものを目指したいというのが出発点」というコンセプトからです。

まつもと市民オペラ『魔笛』 撮影:山田毅

まつもと市民オペラ『魔笛』 撮影:山田毅

まつもと市民オペラ『魔笛』 撮影:山田毅

まつもと市民オペラ『魔笛』 撮影:山田毅

今までにない丁寧な作り方ができた(城谷)

 指揮者の城谷正博さんは、新国立劇場の音楽チーフとしてすべての演目に携わり同劇場の音楽的な責任を担っている存在。オーケストラの位置の変更は、指揮者もソリストもお互いを見られないという難しさがあったわけです。もちろん白井さんの申し出に当初は戸惑ったようですが「さまざまな無茶な挑戦をし、やってみたらできたという経験を多数している自分だからこそ挑戦できるのでは」と、これを承諾しました。そして結果は大成功。ソリストとも合奏団とも「あうん」の呼吸でいけるまで練習を積んだ賜物と言います。「『魔笛』ではテキストの一つ一つを読み込んで、ここはどういう反応をするだろうとかディスカッションしながら演技を作っていくことができた。本来の作り方、みんなで作るということがここまでやれたのは僕の経験でも初めてでした」との感想を残しています。

 この公演は、音楽評論家・音楽ジャーナリストの故・佐川吉男氏の業績を関係者の心に留めるとともに、氏が特に専門としていたオペラなど音楽活動の振興を目的とする佐川吉男音楽賞、松本市文化芸術奨励賞を受賞するという成果を得ました。まつもと市民芸術館の串田和美芸術監督は「この時に、まつもと市民オペラは変わった」と感じたそうで、白井さん、そして『カルメン』を演出した加藤直さんとともに「市民オペラとはどういうものだろう」と何度か話し合いを持ったそうです。

将来は市民からソリストが生まれて…

 さて、『フィガロの結婚』です。結婚を目前にしたフィガロとスザンナ。ところが二人の雇い主アルマヴィーヴァ伯爵は、スザンナに何かとちょっかいを出してきます。そしてなんと結婚に際して花婿に先立って花嫁に対して持つ初交の初夜権の復活を企んでいるのです。フィガロはあの手この手を使って浮気者の伯爵をスザンナから遠ざけようとしますが……。

 実は、まつもと市民オペラ合唱団から希望演目として挙がってきた『フィガロの結婚』は、合唱曲が少ないオペラです。「じゃあ、この合唱の少ないなかで合唱団が活躍するにはと考えて、扉や壁を合唱団の方々が持ち込んでいくとか、またいろいろ変わったことを考えているんですけど(笑)」(白井)。“変わったこと”というのは、『フィガロの結婚』を演目に掲げた合唱団が、ソリストたちを迎えて、本番に向けたリハーサルをしている、という設定を物語に付け加えたこと。時には、ソリストの一緒に合唱団もアリアを歌ってしまうという場面もあるようです。

 串田芸術監督は言います。「僕らがやっていることは、もしかしたら、ある人たちから見れば、それはオペラじゃないよと言われるものかもしれない。だったら、“まつもと市民オペラ”というジャンルを作ってしまえばいい。いつか市民合唱団からソリストが出てきて、市民が作る市民オペラになったら素晴らしい」

白井晃(左)と城谷正博 撮影:山田毅

白井晃(左)と城谷正博 撮影:山田毅

 
イベント情報
まつもと市民オペラ「フィガロの結婚」

◇日時:2015年12月6日(日)14:00開演(13:30開場)
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
指揮:城谷正博 演出:白井晃
出演:太田直樹(伯爵) 天羽明惠(伯爵夫人) 九嶋香奈枝(スザンナ) 山下浩司(フィガロ) 澤村翔子(ケルビーノ) 牧野真由美(マルチェリーナ) 長谷川顯(ドン・バルトロ/アントニオ) 上原正敏(ドン・バジリオ/ドン・クルツィオ) 肥沼涼子(バルバリーナ) 合唱:まつもと市民オペラ合唱団 演奏:松本室内合奏団
◇全席指定・税込 SS席10,000円/S席7,000(U25-5,000)円/A席5,000(U25-3,000)円/B席3,000(U25-1,000)円/C席1,000円 ※未就学児童入場不可
◇お問合せ:まつもと市民オペラ実行委員会(まつもと市民芸術館内)Tel.0263-33-3800
まつもと市民オペラ合唱団公式サイト:http://www.matsumoto.city-opera.jp/
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