佐渡裕の「ウィーン時代」が開幕へ

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2015.7.16

佐渡裕が魅せた、「ウィーンの夏の夜」

 7月11日深夜24時から、NHK BSプレミアムで佐渡裕指揮するオーケストラの演奏会がふたつ放送された。そのうちの前半にあたる「グラフェネッグ 夏の夜のコンサート」と題された、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団との演奏会について少し感想を書きたい。長年務めた「題名のない音楽会」の司会を秋に卒業する佐渡裕は、9月からトーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者に就任するのだから、これは今後を占う注目の演奏会だったのだ。

 ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団は、ニーダーエスターライヒ州の首都ザンクト・ペルテン、そしてウィーンを拠点に活動する、系譜をたどれば18世紀からの歴史をもつオーケストラだ。過去の首席指揮者のポストにはハインツ・ワルベルク、ワルター・ウェラーやファビオ・ルイージほか実力者たちが並び、そして近年はクリスティアン・ヤルヴィ、アンドレ・オロスコ・エストラーダたち若手指揮者が務めている。その列にこれから並ぶ佐渡裕が、師匠バーンスタインが愛されたウィーンで活躍できるのは喜ばしい限りである。そこで「では」、と気になってくるのだ、彼らが作り出す「音」はどうなのだろうか?と。

 放送された演奏会の舞台はグラフェネッグ城の特設野外ステージ、ヴァイオリンのユリア・フィッシャー、そしてエリーザベト・クールマンとピョートル・ペチャワ、二人の歌手を招いての6月19日に開催されたガラ・コンサート。前半はビゼーの歌劇「カルメン」を軸に組まれたソリスト大活躍のプログラム、後半はカールマンのオペレッタ、そしてコール・ポーターのミュージカルからの作品が演奏された。

 芝生席も用意された客席は6月下旬の夕刻とあって少し寒そうではあったけれど、皆くつろいで演奏を楽しんでいたし、画面に映しだされるウィーン・スタイルのオーボエやホルンには「これから佐渡裕のウィーンでのキャリアが始まるのだ」とまるで自分が身内ででもあるかのような感慨が浮かぶ。これがもしオーケストラの本拠地、楽友協会の黄金のホールからの映像だったらそれだけで感動できてしまいそうだ。

 とは言いながら、である。この日演奏されたプログラムのうち、ソリストの「伴奏」ではない、指揮者とオーケストラだけによる演奏はオープニングの「カルメン」前奏曲、中盤のファリャの「火祭りの踊り」とコール・ポーターのミュージカル「キス・ミー・ケイト」序曲、そしてコンサート全体のクロージングとなったエルガーの「威風堂々」短縮版(これは花火との共演によるカーテンコール、というべきかもしれない)、とわずか四曲のみ。そこで彼らの演奏をどうのこうのとあげつらうのは野暮というものだろう。それにこの日の佐渡は、自分の個性を全面に打ち出すのではなく、コンサート全体の成功を見据えた「大人の指揮」で新たな一面を見せていたように思う。聴き手のためによりソリストを、オーケストラを魅力的に示す視野の広さは、これからの佐渡の音楽をより深みのあるものにしていくことだろう。

 このコンサートはあくまで新時代の始まりに過ぎない。これから数々の共演を重ねて、佐渡裕の「ウィーン時代」が到来することだろう。幸いなことに、来年五月にはトーンキュンストラー管との来日公演も予定されているので、その音楽に直接触れる日もそう遠くはない。
新たな「ウィーンでの佐渡裕」の音楽が聴けるだろうその日が、今から待ち遠しい。そう思わせてくれる、素敵な「夏の夜」を過ごさせてもらえたように思う。

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