春の上野で、いま芽吹く才能を目撃する 『VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』開幕レポート

レポート
アート
2021.3.19
『VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』 VOCA賞・尾花賢一《上野山コスモロジー》

『VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』 VOCA賞・尾花賢一《上野山コスモロジー》

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上野の森美術館にて、若手現代アーティストの登竜門『VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』が3月12日(金)から3月30日(火)まで開催中だ。授賞式の様子とともに、見どころをレポートする。

上野の森美術館エントランス

上野の森美術館エントランス

What’s VOCA?

VOCA(ヴォーカ)とは「The Vision of Contemporary Art(現代美術の展望)」の頭文字。新しい才能を発掘・顕彰助成するべく1994年にスタートしたVOCA展は、今年で第28回を迎えた。これまでの受賞者には、やなぎみわ(1999年VOCA賞)、蜷川実花(2006年大原美術館賞)、清川あさみ(2010年佳作賞)といった華やかな顔ぶれが並ぶ。

特徴的なのは、まず対象となるアーティストは40歳以下の作家である点。そして、公募ではなく美術関連の専門家の推薦によって作家がエントリーされる点。つまり、作家ひとりひとりが誰か専門家の “推し” だということである。さらに、作品自体にも根本的なルールがある。サイズ250cm×400cm以内、厚さ20cm以内、重量80kg以内……。ざっくり言えば “平面作品に限られる” のだ。平面であれば、絵画でも写真でも、ジャンルや素材は問われない。

1階会場風景

1階会場風景

全国の学芸員やキュレーターが秘蔵っ子を推挙し、作家たちは “平面” というお題で新作を制作する。選考委員はその中から特に優れていると思われる作品を選び、栄えある賞を授与する。そしてそんな受賞作品はもちろん、計30作家による出品作の全てを一度に鑑賞できる(思う存分に見比べられる)のが、このVOCA展なのだ。これは熱い。

1階会場風景 平面作品なので、全て壁に掛けて展示される

1階会場風景 平面作品なので、全て壁に掛けて展示される

くわーっ、シーン、ヒュー

圧倒的多数の支持のもと、本年度のグランプリであるVOCA賞を受賞したのは尾花 賢一の《上野山コスモロジー》。ワトソン紙を使ったペン画と、大小の額縁を組み合わせて構成した作品だ。右下の猿がわかりやすいが、「くわーっ」と大きく描かれたマンガの効果音・効果線に軽くたじろぐ。

尾花賢一《上野山コスモロジー》

尾花賢一《上野山コスモロジー》

情報・感情が濃密に描きこまれたコマを隅々まで目で追ううち、描かれたモチーフはみんな上野の山に確かに存在していた(いる)ものだということに思い至るだろう。カラス、ホームレス、路上の似顔絵描き。有名な彫刻や絵画の一部分。先ほどの “猿” も高村光雲《老猿》がモチーフだったことがわかる。パンダ。よく見ると端には春限定のフラペチーノの姿まであった。

尾花賢一《上野山コスモロジー》部分 マンガの中には作家自身の上野での思い出も織り混ざっている

尾花賢一《上野山コスモロジー》部分 マンガの中には作家自身の上野での思い出も織り混ざっている

制作のきっかけについて作家自身が語る中で、素朴に発した「なぜ、大切にされるものと、消えて無くなっていくものがあるんだろう」という言葉は深く胸に刺さった。

尾花を推した推薦委員の今井 朋氏(アーツ前橋学芸員)からの解説文では「人間の恣意的なものさしによって生まれる現代社会における存在の貴卑へ尾花は疑問を投げかける」とある。今年のグランプリはマンガかあ……と冒頭で不用意にも抱いてしまった感想を、じっとコマの向こうから見つめ返されたような気がした。

厚ぼったくて、うっすり透けて

同じ1階展示室の壁一面を使って展示されているのは、VOCA奨励賞を受賞した、水戸部 七絵《Picture Diary20200910》《Picture Diary20200904》だ。

水戸部 七絵《Picture Diary20200910》《Picture Diary20200904》

水戸部 七絵《Picture Diary20200910》《Picture Diary20200904》

極端な厚塗りの技法に目を奪われるが、描かれた文字にも注目してみてほしい。《Picture Diary20200910》は大英博物館創立に寄与したハンス・スローンの顔だ。2020年夏に人種差別への抗議デモが拡大する中、奴隷主だった彼の胸像は大英博物館のルーム1から撤去された。そして《Picture Diary20200904》はブラジルサッカー連盟が男女の報酬格差をなくす決定をした、というニュースを受けて制作されたものである。これらは、いずれも明確に差別をテーマにした作品なのだ。

水戸部 七絵《Picture Diary20200910》部分 執拗に塗り重ねられた絵具は不思議と美しい

水戸部 七絵《Picture Diary20200910》部分 執拗に塗り重ねられた絵具は不思議と美しい

あまりの厚塗りゆえの重さから、無事に壁に掛けて展示することができるかハラハラしたと作家本人は語っていた。もし重量規定ギリギリだとすれば1枚あたり40kg程度だろうか? 小柄な作家が数十キロの油絵具をキャンバスにぶつける姿を思うと、鬼気迫るものを感じてしまう。

鄭 梨愛《Vision》

鄭 梨愛《Vision》

VOCA奨励賞を受賞したもう一作品は、日韓関係をテーマに制作を続けているという鄭 梨愛の《Vision》。5枚の薄布に画像を転写し、重ね合わせて展示した作品だ。プリントされているのは、日本に渡ってきた自身の祖父母の青年期、老年期の姿、母、そして韓国にある墓標のイメージなど。とは言え、それらのイメージは文字通りヴェールの向こうにあって、見ようと思ってもぼんやりとしか見えない。曖昧な悲しみの気配は、こうして時間のヴェールが重なって行くことで遠ざかり、いつか完全に見えなくなるのだろうか。

平面はクールに熱く語りかける

2階展示室へ進むと、幾何学的に張り詰めた構図が美しい一枚に目を奪われる。VOCA佳作賞・大原美術館賞をダブル受賞した、岡本 秀《複数の真理とその二次的な利用》だ。

岡本 秀《複数の真理とその二次的な利用》

岡本 秀《複数の真理とその二次的な利用》

中央、障子の向こうに広がる白い四角形は丹念に塗り重ねられ、筆の跡ひとつない。白い四角形としか言いようのない匿名性を帯びたその空間は、その先があるのかないのか、その判別もつかない。襖(扉)が左右にスパーンスパーンと開いて奥へ誘われる感覚。しかし、行き着いた先がこの白い四角形なのだとしたら、そこにはどんな物語があるのだろうか。

この作品は巧妙に奥行きを生み出しておいて、こちらがさあその向こうへ、と腰を持ち上げた瞬間に「自分、平面ですから」とクールに梯子を外す。行き場を失った視線は画面の上を滑り落ちていくのだ。

2階会場風景

2階会場風景

2階展示室には、個人的にも気になる一枚がある。VOCA佳作賞を受賞した弓指寛治《鋤の戦士と鉄の巨人》は、児童文学の挿絵にありそうなコミカルにデフォルメされた人物、どぎつい色彩が特徴的だ。

弓指寛治《鋤の戦士と鉄の巨人》

弓指寛治《鋤の戦士と鉄の巨人》

実際に作品の前に立つと、まず絵画としての力強さに驚く。画面上でいかにして遠近感・疾走感を生み出すか、という正攻法の野心に満ちみちている。

弓指寛治《鋤の戦士と鉄の巨人》部分 うっすらピカソやアンソールを思わせる画面左下の民衆

弓指寛治《鋤の戦士と鉄の巨人》部分 うっすらピカソやアンソールを思わせる画面左下の民衆

暴走し、人々の上にまさに倒れ込もうとしているのは南満洲鉄道。本作は満蒙開拓民だった作家自身の祖父に着想したものだという。史実や綿密なリサーチに基づいた描きこみは、あまり語られることの多くない、満州国をめぐる被害と加害という問題を鑑賞者へ直感的に伝えてくれる。

突き詰める作家と、見守る推薦者

本展のうれしいポイントは、全ての作品の隣に推薦者による短い解説パネルが付いているところだ。解説自体がやや難解なこともあるかもしれないが、それでも “なぜ、この作家を推すのか” “これはどういった作品なのか” が文章で用意されていることは、鑑賞者と作品との接続の手がかりになるだろう。

左・ブルーシートを使った、長田綾美《103,000》/右・家庭にある種々雑多なキャラクターグッズたちを首脳会談になぞらえた、今井麗《SUMMIT》

左・ブルーシートを使った、長田綾美《103,000》/右・家庭にある種々雑多なキャラクターグッズたちを首脳会談になぞらえた、今井麗《SUMMIT》

着物が出品されている? と遠目に思ったら、長田綾美の作品《103,000》だった。なんとこの作品は、ブルーシートに絞りの技法でBB弾を縫い付けてあるのだという。作品タイトルの数字である103,000は、そのBB弾の数だ。

長田綾美《103,000》部分

長田綾美《103,000》部分

社会の見たくないものを覆い隠すブルーシートという素材を使い、「気の遠くなるような手作業と時間をかけて制作することで、社会的に付与されたモノの価値観を問い直そうとしている」、と記す国枝かつら氏(京都市京セラ美術館学芸員)の言葉には深く納得。

2階会場風景

2階会場風景

会場の出口付近で異色の存在感を放つ、永畑智大《レーズンラムと申します 5話〜失敗はセイコウの母のすっぱいおっぱい⁉︎の巻〜》は、解説パネルも含めて面白い。推薦者の小川 希氏(Art Center Ongoing代表)は、「つっこみたくなる気持ちをグッと抑えて、とにかく作品に向き合ってみてほしい」と鑑賞者をなだめる。推薦者とアーティストがコンビを組んだこのVOCA展ならではの、熱量あるメッセージだ。

永畑智大《レーズンラムと申します 5話〜失敗はセイコウの母のすっぱいおっぱい⁉︎の巻〜》部分 よく見ると、床の上でお布団に入っているカエルが……気がつくと彼らの術中にはまったのか、隅々まで鑑賞して楽しんでしまった

永畑智大《レーズンラムと申します 5話〜失敗はセイコウの母のすっぱいおっぱい⁉︎の巻〜》部分 よく見ると、床の上でお布団に入っているカエルが……気がつくと彼らの術中にはまったのか、隅々まで鑑賞して楽しんでしまった

平面作品に限ると言えど、このように展示作品はどれもバラエティに富んでいる。作家にとって実に腕の振るい甲斐のある展覧会であり、鑑賞者にとってはボンヤリする暇のない展覧会だ。

もうすぐ春ですね

受賞者(前列左から、尾花賢一、鄭梨愛、水戸部七絵、岡本秀、弓指寛治)と選考委員(後列左から、高階秀爾(大原美術館賞・選考)、前山裕司、家村珠代、水沢勉、小勝禮子)※敬称略

受賞者(前列左から、尾花賢一、鄭梨愛、水戸部七絵、岡本秀、弓指寛治)と選考委員(後列左から、高階秀爾(大原美術館賞・選考)、前山裕司、家村珠代、水沢勉、小勝禮子)※敬称略

授賞式では、大原美術館館長の高階秀爾氏が「4月はもっとも残酷な月」とT.S.エリオットの詩を引用していたのが印象的だった。春になれば「過去の記憶と、未来への願いを混ぜ合わせながら」大きな力に引っ張られるように生命が芽吹いてくる。必ずしもいいことばかりではないとしても、地を破り生まれ出ずにはいられない。若い作家たちの創造力にも、もしかしたら同じことが言えるのではないだろうか。

上野公園では早咲きの桜が。会期中、次々と新しい花が咲き開いていくだろう。

上野公園では早咲きの桜が。会期中、次々と新しい花が咲き開いていくだろう。

『VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』は、上野の森美術館にて3月30日まで開催中だ。気鋭のアーティストそれぞれが切り取った世界の断面を、ぜひ堪能してみてほしい。


文・写真=小杉美香

展覧会情報

VOCA展2021 現代美術の展望-新しい平面の作家たち
主催:「VOCA展」実行委員会、公益財団法人日本美術協会 上野の森美術館
特別協賛:第一生命保険株式会社
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:2021年3月12日(金)~3月30日(火)〔19日間(予定)/会期中無休〕
開館時間:10:00~17:00 ※入場は閉館30分前まで
入場料:一般800円、大学生500円、高校生以下無料
ぴあ(Pコード:685-508)、ローソン(Lコード:35728)、e+(イープラス)・スマチケ、楽天、アソビュー!、主要プレイガイド・コンビニエンスストア店頭などで販売
※手数料がかかる場合あり
※新型コロナウイルス感染症対策の為、開催情報は変更の可能性があります。最新情報をHPでご確認ください。事前予約なしでご覧いただけます。ただし混雑時に入場制限を行う場合があります。ご来場の際は必ずマスクをご着用いただき、検温、手指消毒、会場内での会話を極力控えるなど、感染症対策へのご協力をお願いいたします。
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