「歌舞伎座で、夕涼みのすてきな風情を感じて欲しい」~中村米吉に聞く『六月大歌舞伎』、第一部『夕顔棚』の魅力
中村米吉
東京・歌舞伎座で、2021年6月3日(木)~28日(月)まで『六月大歌舞伎』が上演される。その第一部の舞踊『夕顔棚(ゆうがおだな)』に、中村米吉が出演する。舞台上では、柔和で可憐な中にも華のある佇まいで存在感を発揮しつつ、コロナ禍に「Streaming+」ではじまったオンライン配信のトークライブでは、出演のたびに軽快でウィットに富んだトークで、話題となってきた。そんな米吉に『夕顔棚』の見どころを聞いた。
■洒落っ気と風情を楽しむ夕顔棚
初演は1951年で、歌舞伎座での上演は2015年以来6年ぶりとなる。
「『夕顔棚』は、夏の夕暮れに夕顔棚の下で夕涼みをする老夫婦の風情が、大変すてきな作品です。その雰囲気を作るお手伝いができればと思います」(中村米吉。以下、同じ)
配役は、婆に尾上菊五郎、爺に市川左團次、里の男に坂東巳之助。米吉は初役で、里の女を勤める。
「登場人物の誰にも名前がありません。その意味では寓話的とも言えます。ユーモアや洒落っ気のある作品でもあります。お婆さんの役は、ふだんあまりそうした役をなさらない方が勤めることもあります。これまでも、二世松緑のおじさまや猿翁のおじさまなどが勤めていらっしゃいましたね。今回は、菊五郎のおじさまがお婆さん役です。先月、歌舞伎作品の中でも一、二を争う色男、早野勘平をおやりになったばかりですから。お客様にも、ごちそうのように喜んでいただけるのではないでしょうか。お爺さんをお勤めになるのは市川左團次のおじさまです。私は巳之助兄さんと、盆踊りの一節を踊ります。そんな若い男女をみたお爺さんとお婆さんが、在りし日の自分たちを重ねてみる。菊五郎のおじさま、左團次のおじさまという、大先輩とご一緒できますのは光栄なこと。ただ、そのお二人にお見せする形で、踊りを披露するのはやはり緊張します(笑)」
中村米吉
「ふわっとした雰囲気の中に、郷愁を感じていただける作品でもあります。前半はおかしみもあり、最後は大勢で盆踊りを踊りますので賑やかな雰囲気でご覧いただけるのではないでしょうか。夏祭りがなかなかできない世の中、歌舞伎座でその雰囲気を楽しんでいただけますと嬉しいですね」
■古い写真から何を読み解くか
米吉は、曾祖父の三世中村時蔵を中心に、昔の俳優のブロマイドを集めているという。役を演じる際に参考にするというが、写真をそのまま真似るわけではない。
「古い写真で、はじめに目が行くのは衣裳や小道具です。しかし、衣裳は客席との距離や照明によって変わります。顔(化粧)は、時代によって美的感覚が違いますし、顔立ちも人それぞれ。真似をすれば良くなるというものではないように思います。それに昔の方は、演じるたびに衣裳や鬘を工夫し、顔の仕方を変えることも珍しくありませんでした。それは曾祖父の写真をみていてもあることですし、“今月は一演目前に、似た感じのお姫様を勤めているから、髪の飾りを変えてみましょう”などは、今でもあることです。そのような事情も踏まえて、古い写真と向き合います」
中村米吉
「その時に大切なのは、写真のとおりにすることではなく、昔の方々や先輩方の雰囲気を目指し、自分の顔かたちに落としこむことかもしれませんね。坂東玉三郎のおじさまは、写真の方から語りかけてくるくらいまで、よく見るようにとおっしゃいます。私はまだまだですが、やはりいつかは語りかけてきて欲しいです。古い写真は、役作りの資料というよりも、お守りに近いものです」
■コロナ禍でも成長著しい
コロナ禍以前、歌舞伎座は昼夜の二部制で興行を行っていた。複数の演目に出演する俳優が、朝から晩まで歌舞伎座にいるのは、珍しいことではなかった。現在は1日三部制とし、各部ごとに出演者を入れ替えている。コロナ禍で苦労していることはあるだろうか。
「劇場にいられる時間が短くなり、体力的には楽になりました(笑)。しかしその分、経験を積めなくなってしまいましたし、他の部の芝居を気軽に観ることもできなくなってしまいました。また、楽屋挨拶も今はできません。以前ならば先輩の楽屋に伺うことで、“そういえば、さっき芝居を見たんだけれどさ”と、顔を見たついでに教えていただけることが多くありました。今はその機会が失われていることが残念です。僕ら俳優だけでなく、劇場スタッフ、裏方、そしてなによりお客様にもご苦労をおかけしています。はやくご不安なくお越しいただける状況になると良いですね」
現在歌舞伎座は、もし感染者がいた場合も濃厚接触者を最小限におさえられるよう、1日三部制とし、各部ごとに出演者を入れ替えている。
そのような中でも今年3月、京都の南座で出演した『三月花形歌舞伎』は、おおいに賑わった。30歳以下の若手俳優を中心とした座組で、Aプロ・Bプロ、さらに偶数日・奇数日で変わる配役も話題となった。近年演じた中でも転機となった役を問うと、この公演で勤めた静御前(『義経千本桜』の舞踊劇「吉野山」と「川連法眼館(かわつらほうげんやかた。以下、四の切)」を挙げた。
「相手役は、2歳下の中村橋之助くんでした。橋之助くんも初役で、大変喜び、思い悩みながら勤めていたように感じました。僕にとって、大きな役の相手が自分よりも年下という経験は、これが初めてでした。この状況下に初役で静御前を学ばせていただきながら、生意気ながらも先輩として彼が少しでもやりやすいよう考えたり、またダブルキャストの壱太郎のお兄さん、尾上右近くんを、良し悪しではなく意識せざるを得ない状況でもありました。プレッシャーの中で初日を迎えましたが、千穐楽には、まだまだもっとやりたかった! という気持ちになれました」
静御前は、玉三郎に習った。
「初日が開いてからも、何度も何度も動画をお送りしました。おじさまは歌舞伎座で『隅田川』にご出演中でしたが、欠かさず動画をご確認くださり、そのたびにメールやお電話でアドバイスをくださいました」
中村米吉
「玉三郎のおじさまは、橋之助くんと僕に『南座でご覧になった方々が、“この四の切を歌舞伎座でやらせたい”と思ってくださるような四の切にしてくださいね』とおっしゃいました。それは僕たちの意識として、“京都で大きな役をやらせてもらえて良かったね” という時期は、もう通り過ぎていないといけない。もう若手という意識ではいけないよ、という意味でもあります。独特の状況下で、大きなお役を勉強させていただいたこと、若手のみの公演を無事に終えられたこと、後輩が勤める大役の相手役として舞台に立ったこと、京都という土地でできたこと。色々な要素を含んだ公演でした」
米吉には、少女のような可憐な顔立ちもあってか、“近年成長著しい、若手の女方さん” のイメージがあった。この言葉への実感を問うと、「近年近年って、何年も前から言われている気がします。それってどうなんですか? 成長できてますか!?」と笑っていた。歌舞伎座の『六月大歌舞伎』は、6月3日(木)から28日(月)まで。第一部は、『御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)』と『夕顔棚』が上演される。
「『御摂勧進帳』は、『勧進帳』の弁慶さんが敵の首を引っこぬき、大きな桶で洗い、首がポンポン飛び出してくるところが見どころです。僕は何を話しているんだろう……というくらいに意味が分からないですよね(笑)。『夕顔棚』もオチがあるような話ではありませんし、歌舞伎にはストーリー的に優れたものも山ほどありますが、同じくらい、起承転結のないものもあります。それでも体操やフィギュアスケートを見た時、その技がどうすごいのか。3回転なのか4回転なのか。正直分からないけれども、すごいな、きれいだな、と思うことができるように、歌舞伎も、ワーすごい! と感覚で楽しんでいただけますと嬉しいです」
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
判人勘六:嵐橘三郎
―愛を知る鬼(ひと)―
麒麟坊:市川弘太郎