[それは“壮絶”なライヴだった]湯木慧初のホールワンマンライブ『拍手喝采』レポート そこには愛と覚悟と革命と拍手喝采があった
湯木慧
2021.06.05 湯木慧 ワンマンライブ2021『拍手喝采』@日本橋三井ホール
「私はなんでも終わる時が一番楽しくて。作ったものが燃えたり、終わるのが大好きで、そこが一番気持ちいいんです。始まりが一番嫌(笑)。リハをやっているうちに早く聴かせたい、見せたいという承認欲求がどんどん出てきて、それで当日を迎えて、終わった瞬間が自分の中では最高の気分なんです――。」
湯木慧の23歳の誕生日であり、デビュー記念日でもある6月5日に、初のホールワンマンライブ『拍手喝采』が行われた。それは“壮絶”なライヴだった。ライヴ後に彼女自身がSNSで「愛と覚悟と革命と拍手喝采があった。」と呟いていたように、“ただの”久々のライヴではなかった。本当は一年前に行うはずだった同ホールでのライヴ。このライヴも含めて彼女は作った作品を、時間を置くことなくすぐに、きちんと、ファンに届けたかった。「作品を作ることは生きることそのもの」と常々語っている彼女は、コロナ禍と、作品を作っても待ってくれている人に届けられない状況に息がつまり、何度も押しつぶされそうになった。そんな様々な思いを抱えつつも、今見せたい、届けたいライヴをバンドメンバー、ダンサーと共に作り上げることで、希望を感じ、“血が通った”日々を過ごすことができた。
冒頭の言葉はライヴの約一か月前に、ライヴに向けてその胸の内をインタビューさせてもらった際、彼女が教えてくれた創作者として、表現者とし常に感じていることだ。これまで心の中に渦巻いていたことを曝け出し、そして新しい創造の場所を作ったことを発表し、彼女自身もそうだが、お客さんの感情も激しく揺さぶられたと感じる、そういう意味で“壮絶”なライヴだった。
その幕開けは、ショウの始まりを告げる派手な影アナという意外な演出からだった。大きな歓声の代わりの拍手に迎えられ、ステージに登場する。その表情ははっきりとは読めないが、心なしか緊張しているようにも感じた。オープニングナンバーはこの日のために用意した新曲「拍手喝采」だ。「声が上げられない。マスクによって大事なコミュニケーション手段の口を塞がれてしまっている。でも拍手で思いが伝えられるのに、それもやってはいけないと思ってしまうような空気になっている気がして怖いと思った。拍手は思い切りやってもいい、そう思って欲しくてライヴのタイトルに『拍手喝采』というタイトルをつけた」と彼女は語っていた。そのキーになるピアノロックの新曲を、どこか鬱憤を晴らすように歌っているように感じたのは筆者だけだろうか。バンドが作り出す力強いグルーヴと、歌が、この日のライヴを待ちにまっていた客席も潤す。アコギを手にして「極彩」へ。一転して抑え目なボーカルと楠美月のアンニュイな雰囲気のコーラスが印象的だ。この曲を始め、この日のライヴの大きなポイントになっていたのは、変幻自在のコーラスだ。人の声と人の声が交錯し生まれるパワーが、歌をより豊潤なものにしてくれる。
湯木慧
「楽しんでいってください!」と客席に声をかけ「Answer」を歌い始める。ダンサーが登場し、湯木の心の内を映し出すような踊りを披露し、バンドの音とコーラス、そして歌とが完全にシンクロし圧巻の世界を作りだす。湯木がどん底の時期を経て、一歩前に進んだ証でもある「スモーク」では、涙ぐみながら歌を紡いでいく。<君は強い 君は強い>という歌詞はまるで自分自身に言い聞かせているようで、客席に感動が広がっていく。「網状脈」では<動き続けては18年>という歌詞を<23年>と歌い、この日、この時を心から信頼している素晴らしいバンドと音を響かせることができる喜びを、ソロパートを回しながら感じているようだった。ギター・バンマス西川ノブユキ、キーボード3台を駆使しアグレッシヴなプレイを見せるベントラーカオル、ベースよこやまこうだいとドラム奥村大爆発のリズム隊が作り出す太いリズム、楠美月のコーラス…湯木が今描きたい世界、出したい音を共に表現してくれる頼もしいパートナーに囲まれて、幸せそうだ。
ふぅと、ひと息つくと「緊張するんですよ。足が肉ばなれ起こしそうなくらい」と緊張していたことを素直に明かす。青い照明がファンタジーな薫りを連れてくる「アルストロメリア」に続いて、アコースティックギターを抱え「ハートレス」を弾き語りで披露。ダンサーにスポットが当たり、湯木には光が差さない。その表情が見えない中で、緩急をつけた歌に乗って<暗闇にいる人にこそ光を。><生きて><感情を絶やさないで>という言葉が突き刺さってくる。
湯木慧
椅子の上に胡坐をかくいつものスタイルで「色々と話したいことあるんだけど…」と語り始める。<人生は選択の連続でできた物語>と、このライヴを開催するにあたっての彼女が提示したメッセージの中の一節についてを、改めてこの日駆け付けたファン、そしてこのライヴを配信で楽しんでいるファンに説明する。「正しい正しくないは一人一人の中にあって、人々はいくつもの選択をして生きていく。一番いけないのは<選択>しないこと」——そう語り「選択」を、まるでひと言ひと言を確認するように丁寧に歌い、届ける。メジャーデビュー曲「バースデー」は、太い芯を感じるまっすぐな歌声が、会場に響き渡る。赤い照明が妖艶さを感じさせてくれる「金魚」は、打ち込みからよこやまこうだいの太いベースがのっていきグル―ヴを作り、強力なバンドアンサンブルが歌を更に前に押し出す。
「森の中で作った」という「追憶」では歌詞にも出てくる車いすがステージに象徴的に置かれ、そこに座って歌う。会場にいた一人ひとりが様々な解釈をし、それぞれの感情と向き合う。コロナ禍での不安や怒りを素直な言葉で語り、絡み合った様々な思いを丁寧に紐解いていく、力強い歌詞とメロディ、歌がズシっと心に響く新曲「火傷」を披露。ニュースを読むSEから入り、壮大なコーラスが聴こえてきて、最後はバンドの音がまさに剥き出しになってぶつかり合い熱量が高いステージなる。その熱量のまま「一匹狼」へ。ダンサーが3人登場し、いつもとは違う「一匹狼」の世界が展開される。視覚を刺激され言葉の伝わり方がまた変わってくるようだ。「ダンサーさんとステージを作りたかった」という彼女の願いは、作品の中に流れる感情、漂う空気を、余すことなくお客さんに伝えたいという強い思いからくるものだ。
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「音楽そのものを止めようと思ったことも何度もあったけど、一年なにもやっていないのに待ってるよと言ってくれたファンの人がいて乗り越えられた。出会ってくれてありがとう」。溢れる思いを乗せ「一期一会」。4人のダンサーが、溢れて言葉では伝えきれない思いをしなやかなダンスで表現する。ラストの曲の前に、彼女は語り始めた。
「入場時に配られたQRコードが書かれた紙を出し、スマホで見て欲しい」と客席に語り始める。配信で観ているファンは何が起きているのかわからず、ドキドキしたはずだ。QRコードの先に待っていたのは、新レーベル『TANEtoNE RECORDS(タネトーンレコーズ)』発足の発表だった。そして珍しく原稿を用意し、それを読む。「何もできない日々はだんだん水の底に沈んでいくような感覚だった。報われないのは足踏みをしていたこの1年間と、届けることができなかった作品たちです。水の中で酸素ボンベを取り上げられた状態だった」と、作ったものを渡せない苦しい思いとそれを救ってくれたファンへの感謝の気持ちを、客席、そしてバンドのメンバーに見守られながら伝える。現在所属しているビクター・スピードスターレコーズを離れ、新レーベルを設立することを”選択”したことを報告した。
湯木慧
ライヴ前に「未来の為に、大事なリスタートのタイミングにしたい」とコメントしていたが、これがその真意だった。彼女の顔が晴れやかになる。明るい光が差し、まるで森の植物が“生”を享受しているような瑞々しさと尊さを、この時の彼女の表情と放つ空気感から感じることができた。新レーベル名でもある「TANEtoNE」はTANE(種)とNE(根)を合わせた造語で、誕生日でもあり記念すべきライヴが行われた6月5日(土)は二十四節気の一つである芒種(ぼうしゅ)の日で、種を蒔く日とされている。「私についてきてください」という力強い言葉に大きな拍手が贈られる。
湯木慧
最後の曲は新曲「ありがとうございました」。晴れやかな表情で歌う。バンドも彼女の門出を祝福するように、力強く熱い演奏で盛り上げる。歌い終わるとまさに「拍手喝采」だった。素晴らしいライヴへ、そして“次”への祝福と期待への拍手だ。冒頭の言葉にもあるように、彼女は「終わった瞬間が最高の気分」だが、この日は次へのワクワクが止まらない超最高の気分だったのではないだろうか。最後に湯木から、レーベル第一弾作品として新曲「拍手喝采」のリリースを告げるアナウンスがあり、再び「私についてきてください」とメッセージ。自由な創作の場を得た彼女から生まれる作品が楽しみだ。
湯木慧
さらに、映画『光を追いかけて』の主題歌「心解く」を書き下ろしたことも発表された。映画を観、さらにその舞台になっている秋田に行き「唯一無二の壮大な景色と香り」を感じ、紡いだこの新曲も楽しみだ。
湯木慧
取材・文=田中久勝 Photo by 小嶋文子