カーチュン・ウォンが日本フィルハーモニー交響楽団次期首席指揮者に 就任発表会見をレポート
芸術性と社会性を兼ね備えた活動展開への期待
会見では、ウォン自らもトランペットを演奏し、かつて(自国での兵役時代の数年間には)軍楽隊にも所属していたという知られざる経歴も紹介されたが、ウォン自身、それらの多様なバックグラウンドを活かし、日本各地での中高生への音楽指導やジョイントコンサート、被災地での演奏・教育活動など、日本フィルがかねてから注力している社会性のある活動にも全面的に共感しているという。この点が今回、首席指揮者指名においての大きなポイントの一つとなったことも明かされた。この点に関してウォン自身もまたこう語っていた。
「日本フィルの存在が社会的な意味を持つことに大きな意義を感じています。我々は芸術家として美しいものを提供する使命があり、被災地での音楽普及・教育活動を通して世代を問わず社会全体に美しい音楽が行き届くように努めていきたいと思っています」
また、ウォンは独自の見解として日本フィルの持つ音の独自性について触れ、それは「さらに深まる余地がある」と、同楽団に大いなる信頼と愛情を寄せていたのが印象的だった。
「世界には素晴らしいオーケストラは数多く存在しますが、得てして同じ音になりがちです。しかし、日本フィルは独自のサウンドを守り続けています。私はその伝統を受け継ぎ、さらに成長させていきたいと思っています。日本フィルには大いなるポテンシャルを感じており、この5年間でさらなる音作りが確立できれば嬉しく思っています」
最後に、質疑応答で寄せられた「マーラー音楽との出合いについて」の応答が印象的だったのでご紹介したい(以下、ウォンによる回答)。
「マーラーの音楽との出合いは、まずトランペット奏者としての出合いから始まりました。しかし、次第にマーラーの音楽が包含する多面的な視点や多様性のある文化的要素に惹かれるようになりました。私自身、多民族国家のシンガポール出身であることからそのような多様性に大変共感しています。
また、マーラーの交響曲は時代を追うごとに、そして、一つの作品の中においても人間のライフステージを捉えているように感じています。例えば、第3番は6楽章構成から成っていますが、木や花、動物、天使、愛と、人間のライフステージにおける様々な出合いを俯瞰するかのように音楽が膨らんでいく様子が私にとって何よりも興味深いのです」
聴けば聞くほど、知れば知るほどに魅力的な若き俊英、カーチュン・ウォン。古き良きものを継承するモダニストが、今後、どのようなユニークで個性的な活動を展開してゆくか楽しみでならない。
取材・文=朝岡久美子 撮影=吉田タカユキ