ピアニスト務川慧悟が語る『ラヴェル全集』とパリでの暮らし、古楽が教えてくれた音楽のこと

インタビュー
クラシック
2022.12.13

時代楽器に触れて、音楽の自由さを知る

――現在はパリ音楽院のフォルテピアノ科に所属されていますね。ラヴェルはエラールというメーカーのピアノを愛奏したそうですが、当時のピアノでも演奏されることはありますか?

そうですね、エラールはほぼ現代ピアノに入るので、古典派時代を中心に扱うフォルテピアノ科では基本的にはやらないのですが、当時のピアノに触れる機会はあります。ちょうど先月、100年前のプレイエルで先生との連弾コンサートをやりました。ラヴェル自身が所有し、演奏していたピアノも触れたことがあります。パリ郊外、車で1時間くらいのところにある、ラヴェルが最後に建てた家にあります。

僕自身は、現代ピアノの可能性を確信しているので、コンサート活動も現代のピアノで行っていくつもりです。しかし、昔の楽器を学んでから、現代ピアノを弾くと、音楽の作り方に幅を持たせられるようになりました。現代ピアノはムラなく均一な響きが出せるように調整されていますが、手作りの楽器が用いられていた時代は、計算どおりではなく、結構自由に音楽が奏でられていたということがわかったのです。

5、6年前までの僕は、ピアノを「決めたように弾く」というスタンスが強かった。 計算して、コントロールして弾くことに安心感を感じていました。でも、古楽をやって、音楽はもっと自由なんだと知った。当時の演奏習慣や規則を学んだことで、それに縛られるというよりは、より自由になった気がしています。

それがラヴェルの演奏でも生かされます。そうそう、現代のピアノ最低音は「ラ」ですが、ラヴェルが持っていたエラールは、さらに一音低い「ソ」まであったので、《夜のガスパール》の〈スカルボ〉では、その最低音が使われているんですよ。通常のピアノでは「ラ」で代用しているのですが。

――今回、「全集」という形にまとめたことで、改めてラヴェル作品について感じられたことなどはありますか?

個々の作品はそれぞれ何年も弾いてきたものですが、およそ2ヶ月間ですべて見直して、レコーディングは6日間続けてやりました。録音が終わったときの感覚っていうのは、どこがどう変わったとはなかなか言い難いですが、やはり集中してやったことで、ラヴェルの作品に共通する語法を、昔よりも手に取るように感じられるようになった気がします。例えば、彼特有の和声の構成があって、その中で重要な音とそうではない音とが、何か立体的に見えてくるようになりました。

浜離宮朝日ホールの親密な空間で届けたいもの

――12月には、いよいよ浜離宮朝日ホールで、ラヴェル作品を中心とした2つのプログラムによる4日間のリサイタルがあります(15・16日、20・21日がそれぞれ同一プログラム)。

弾きたい作品が多くて、2つのプログラムに分けて4日間やります。会場を変えず、4日とも浜離宮朝日ホールで行うのは、このホールは親密な音楽表現が伝わりやすいことが理由です。お客さまとの距離が近く、まるでサロン・コンサートで演奏するかのように、音楽の細部まで伝えられる感覚があります。プログラムはラヴェル中心というのは決めていましたが、それ以外の作品のチョイスは、この親密な空間ありきで決めました。

15・16日の前半で演奏するJ.S.バッハの《フランス組曲》第5番は家庭的な雰囲気のする曲ですし、西村朗さんの《星の鏡》は限られた音数の大変美しい作品です。ラヴェルの世界と遠くないと感じます。モーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調は、フォルテピアノで学んだことで価値観が変わった作品の一つ。諸説あるものの、やはりモーツァルトが母を失った悲しみが反映されていると僕には思えます。当時としては衝撃的な音楽だったことでしょう。

20・21日の前半は、まず多くの方からリクエストのあったラモーの《ガヴォットと6つのドゥーブル》で開始し、シューマンの《クライスレリアーナ》を取り上げます。後者は日本では始めてコンサートで演奏します。同年のショパンとは甲乙つけ難いほどシューマンも好きですが、好きと得意は別問題で…。でも、コロナ禍でコンサートがなかったときに、自分のためだけにピアノを弾いた時間があり、そのときにしっかり向き合った作品です。いわゆるドイツ音楽もレパートリーに増やしていますので、ここで披露したいと思いました。

――最後にあらためて、今回のラヴェルのアルバムやコンサートを楽しみにされている読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ラヴェルは一見とっつきにくいと感じる人も多いかもしれません。非常に完璧主義な人だったし、音楽自体は計算されてかっちりとしたものに聞こえます。でも実は追求していけばいくほど、もっと懐の深いものが感じられると思います。僕のCDやコンサートを、ラヴェルに親しみ、彼の音楽について深く考えるきっかけにしていただけたら、とても嬉しいです。

取材・文=飯田有抄 撮影=荒川潤

公演情報

『務川慧悟 ピアノ・リサイタル』
 
会場:浜離宮朝日ホール
日程:
12/15(木)18:15開場/19:00開演
12/16(金)18:15開場/19:00開演
12/20(火)18:15開場/19:00開演
12/21(水)18:15開場/19:00開演
 
【12月15日・16日】
バッハ : フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
西村朗 : 星の鏡
モーツァルト : ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310
ラヴェル : 前奏曲 イ短調
ラヴェル : 水の戯れ
ラヴェル : 『鏡』より第4曲「道化師の朝の歌」
ラヴェル : クープランの墓
 
【20日・21日】
ラモー : ガヴォットと6つのドゥーブル
シューマン : クライスレリアーナ Op.16
ラヴェル : ソナチネ
ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル : 夜のガスパール
 
料金(全席指定):5,000円(税込)
※未就学児童入場不可
 
★★追加販売決定★★
12/14(水)10:00より、機材席解放につき若干枚数追加販売いたします。

申し込み】イープラス https://eplus.jp/mukawakeigo/
 
問合せ:NEXUS info@nexus.jpn.com
主催:NEXUS/朝日新聞社/浜離宮朝日ホール
協力:イープラス

リリース情報

『ラヴェル:ピアノ作品全集(2枚組)』
 
【出演者】務川慧悟(ピアノ)
【発売日】2022年11月30日
【予定価格】2枚組CD +ブックレット 4,400円(税込)

【収録内容】
ラヴェル作曲
古風なメヌエット
亡き王女のためのパヴァーヌ
水の戯れ
ソナチネ

夜のガスパール
ハイドンの名によるメヌエット
高雅で感傷的なワルツ
ボロディン風に
シャブリエ風に
前奏曲 イ短調
クープランの墓
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