分断と融和の歴史の1ページを鮮明に映し出す、ミュージカル『ラグタイム』日本初演開幕〜ゲネプロ&囲み取材レポート
ミュージカル『ラグタイム』日本初演が、2023年9月9日(土)に東京・日生劇場で開幕する。
本作は、20世紀初頭という激動のアメリカを生きる人々の姿を珠玉の音楽に乗せて描くミュージカル叙事詩。1998年のトニー賞ミュージカル部門で13部門にノミネートされ、最優秀脚本賞・最優秀オリジナル楽曲賞など4部門を受賞した傑作だ。物語の中心を担うキャストに石丸幹二、井上芳雄、安蘭けい、演出に藤田俊太郎を迎え、世界初演から20年以上の時を経た今、満を持しての日本初演となる。
初日前日に行われたゲネプロと囲み取材の模様をレポートする。
アメリカの移民の9割がやってきたとされる20世紀初頭。差別や偏見が色濃く残る時代を生きたユダヤ人のターテ、黒人のコールハウス・ウォーカー・Jr.、白人のマザーという異なる人種の3人を軸に物語が紡がれていく。
本作が真っ向から人種問題を描いていることは一目瞭然だが、物語の舞台のアメリカと比べて人種的多様性が決して高くはない日本でこのテーマを扱うことは容易ではない。しかし、本作は練り込まれた演出手法によって人種の違いを鮮やかに舞台上に乗せ、さらに分断だけではなく融和の瞬間をも描き出すことに成功していた。
まずわかりやすいのは衣装による区別だ。役者の肌の色を変えるのではなく、身にまとう衣装の色彩を人種毎に変えている。ユダヤ人は影を感じさせる灰色、黒人は色とりどりの原色、白人は純白の白といった具合だ。これは効果絶大で、物語を追っていく中で誰がどの人種なのか迷うようなことはほとんどなかった。また、照明やセットにおいても人種毎のテーマカラーが取り入れられることで、各々の世界観が生まれていた。劇中で3つの人種の人々が入り乱れて歌い踊るシーンでは、衣装のコントラストが映えて視覚的な美しさも加わるという相乗効果も感じられた。観客は冒頭のタイトルナンバー「Ragtime」でその効果を目の当たりにすることだろう。
「ラグタイム」とは、19世紀末〜20世紀初めのアメリカで黒人音楽の影響を強く受けて誕生した音楽のジャンルのひとつだ。主にピアノで演奏され、鋭いシンコペーション(拍子・アクセント・リズムなどの流れを意図的に変えること)のメロディーが特徴とされている。もちろん本作もラグタイムの曲が何度も登場するのだが、シンコペーションが生む独特なリズムは非常に中毒性があり、観劇後は思わず口ずさんでしまう程。
人種の違いを描く手法として、本作では音楽と振付にも工夫が施されている。楽曲には人種の特性を活かした拍子が組み込まれており、時に登場人物の感情の動きに合わせてそれは変化していく。振付は劇中ナンバーでのダンスの振りはもちろん、芝居における動きやリアクションも人種毎に特徴づけられているという。登場人物の仕草を注意深く見ることで、それぞれの文化的背景が感じられる瞬間があるはずだ。ぜひ劇場で確かめてほしい。
3つの人種を中心となって担う登場人物たちを紹介しよう。
ラトビアからアメリカにやってきたユダヤ人のターテを演じるのは、石丸幹二。幼い娘のために差別や貧困と闘いながら泥臭く生き抜こうとする姿は、深い愛と熱い生命力に溢れていた。ユダヤ人が背負ってきた歴史を担う重要な役どころを、丁寧に細やかに演じていることが伝わってくる。ターテは切り絵アーティストでもあり、後に切り絵を発展させたムービーブックから映画の世界で活躍する人物でもある。物語の冒頭や劇中に登場する、切り絵をモチーフにした斬新な演出にもご注目。
新しい時代の到来を夢見る黒人ピアニストのコールハウス・ウォーカー・Jr.を演じたのは、井上芳雄だ。とても正義感の強い青年で、真っ直ぐ遠くを見つめる瞳が印象的だ。どんなにひどい差別を受けようとも己の信念を曲げずに突き進む姿は、時に狂気をも感じさせる。時代に翻弄されながらもがくひとりの黒人の生き様を、豊かな歌声と誠実な芝居で体現していた。
大きな愛で子どもたちを優しく包み込む白人のマザーを演じた、安蘭けい。慈愛に満ちた穏やかな眼差しや美しい立ち居振る舞いが目を引く。裕福で恵まれている人物というだけでなく、ひとりの女性として抱える葛藤が垣間見える瞬間も。孤独や悲しみを知っているからこそ、他者に優しく接することができるのかもしれない。そう思わせてくれる奥行きのある芝居で魅せてくれた。
この3人を取り巻く人物たちも、それぞれ鮮烈な印象を残した。
コールハウス・ウォーカー・Jr.の恋人のサラを演じた遥海は、生まれて間もない我が子を一度は捨ててしまった母親の苦悩を、切ないメロディーと情感たっぷりの歌声に込めた。マザーの弟ヤンガーブラザー役の東啓介は、抜群のスタイルでブルジョワの衣装を着こなし、純粋な青年から確固たる信念を持つ男への変化を緩急ある芝居で表現。
ユダヤ人アナーキストのエマ・ゴールドマン役の土井ケイトは、言葉の力を信じて人々を勇気づけ、新しい時代を切り開こうと闘う知的な女性をしなやかに演じていた。ホワイトハウスに初めて招待されたアフリカ系アメリカ人で教育者のブッカー・T・ワシントンを演じたのはEXILE NESMITH。彼の胸の奥底まで響くような深い声が説得力をもたらしていた。
他にも、当時アメリカのモデル・女優として君臨していたイヴリン・ネズビットを華やかに演じた綺咲愛里、「脱出王」の異名を持つユダヤ人奇術師ハリー・フーディーニ役で存在感を示した舘形比呂一、マザーの夫ファーザー役で不器用な父親を好演した川口竜也、グランドファーザーとヘンリー・フォードの2役を貫禄たっぷりに演じた畠中洋、様々な人種を代わる代わる見事に演じ分けたアンサンブルキャスト陣など、実に多彩な人物が登場する。事前に公式サイトの人物相関図や当時のアメリカの歴史を予習しておくと作品理解がより深まるだろう。
本作は人種問題という社会的テーマを扱っている作品だが、劇場を出るときに大きな感情の渦に包まれながらも人生の歓びに想いを馳せることができるのは、ラグタイムという音楽の力に依るところが大きいのではないだろうか。これぞまさにミュージカルの醍醐味だ。
>(NEXT)囲み取材の模様を紹介