タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』芳村宗治郎×山﨑光×川野快晴インタビュー 時間と国境を越えた葛藤と客席へと通じる共感をともに抱えてー
左から川野快晴、芳村宗治郎、山﨑光 写真/塚田史香
2023年9月28日(木)より東京芸術劇場 シアターイーストにてタカハ劇団の『ヒトラーを画家にする話』が上演される。本作は、昨年7月の中止を受けて公演を延期、約1年越しに全キャストが続投の上、待望の開幕を迎える。脚本・演出・主宰をつとめる高羽彩が物語の題材に選んだのは、そのタイトル通り、芸術への野心を燃やした在りし日のヒトラー。1908年のウィーンにタイムスリップした現代の美大生たちがまだ何者でもないヒトラーや彼と同じく芸術を志す若者たちとの出会いを通じて、葛藤と奔走を繰り返す姿が描かれる。
キャストには、名村辰、芳村宗治郎、渡邉蒼、犬飼直紀、川野快晴、山﨑光、重松文の近年ますますの活躍を見せる若手俳優に加え、異儀田夏葉、柿丸美智恵、砂田桃子(扉座)、結城洋平、金子清文、有馬自由(扉座)といった実力派の頼もしい顔ぶれが名を連ねる。1年の時を経て再び動き出した稽古場で、現代の美大生を演じる芳村宗治郎、ヒトラーと近しい関係を築く芸術家を演じる山﨑光、川野快晴の3名に話を聞いた。
なお、本公演では視覚・聴覚のバリアフリーに対応する【鑑賞サポート】を実施するほか、25歳以下・高校生以下に向けた割引の販売を行う。
■タイムカプセルのような稽古時間を経て
――『ヒトラーを画家にする話』、いよいよ1年越しの上演です。まずは、稽古が再始動した今の心境をお聞かせください。
山﨑 まずはやっぱり、メンバー全員が再び揃って舞台へ臨めるということが本当に嬉しいです。去年の中止にはもちろん落ち込みはしたのですが、結構早いタイミングで再演が決定したこともあり、モチベーションを保てたというか……。「よし、今年の分も含めて来年めちゃくちゃ頑張ってやるぞ」って切り替えられたんですよね。むしろ、「期待値上げていくぞ!」って意気込みで。
芳村 稽古が始まって感じたのは、去年の時間がそのまま続いているような感覚でした。稽古を長くかけているような体感があって、「止まった」という感じはしなかったんですよね。それはきっとこの1年ずっとそれぞれの中にこの作品があったからなのだと思います。
川野 僕も中止になった時は本当に落ち込みましたし、他のお仕事に向けて「切り替えなきゃ」という気持ちで過ごしてはいたのですが、それでもやっぱりこの作品がずっと胸の中にあって、まさに1年間を一緒に過ごしたような気持ちでした。だから、再び始まるのがめちゃくちゃ楽しみだったし、稽古初日はみんなに会えたことも、去年築いた関係性や稽古場のムードがしっかり引き継げていたこともすごく嬉しかったです。
山﨑 うんうん。「去年よりも絶対いいものが作れる」っていう確信のようなものが稽古場に流れてました。骨組みができているので、ここからは背骨をもっと強くしたり、細部のアレンジを試したりする時間になるのかなって思っています。
芳村 そうだね。去年の中止が割と直前で、最後まで仕上がりつつあったこともあって、「よし、ここから突き詰めるぞ」っていう気持ちでいられるのはすごくいいですよね。中止は残念ではあったけど、こういう状態で稽古に挑めることもそうないから、悪いことばかりじゃないなって。
川野 僕、初日に稽古場に向かうときに、作品のことを色々考えていたこともあって、下を向いて歩いていたんですよ。なのに、気づいたら稽古場に着いていて……(笑)。去年通った駅からの道順を体が完全に覚えていたんです。その時に、芳村さんが言ったみたいな「作品が続いている」っていう感触をリアルに体感したんですよね。
芳村 へえ〜!なんか、すごくいい感性だね。
川野快晴
――開幕直前の中止で悔しい思いもされたとは思うのですが、みなさんがすごくポジティブに作品と歩まれてきた時間が伝わるお話ですね。
川野 あと、やっぱり稽古が再始動して、共演者の方々の表現力の高さや魅力を改めて痛感します。最初の稽古から台本を持っている人が1人もいなくて……。みんなの体の中でそれぞれの役が生きていたんだってことを感じたりもしました。
芳村 そうだね、確かにみんな台本持ってなかったね。なんだろう、役が戻ってくる、っていうよりは、常にそこにあったっていう方がしっくりくる感じがあるんですよね。
川野 高羽さんも「冷凍していたものを解凍する」みたいな表現をされていたんですけど、本当にそんな感じだなって思いました。そう思うと、なんかタイムカプセルみたいな感じですよね。取り戻すのではなくて、そこにあったものを開けた感じというか。みなさんこの1年でいろんな経験をされてこの稽古場に来られているので、ますますのレベルアップを感じます。だからこそ、去年にとらわれすぎず、今年だからこそできる作品にしたいなって。
芳村 そうそう、レベルアップの話で言ったら、この間高羽さんとなむ(名村辰)と3人で話す機会があって、「快晴がめっちゃ大人になったね!」って話になったんですよ。稽古初日の挨拶の時から声の張り方や自信の持ちようが去年とは全然違って。すごいなあって思いました。
川野 わ、そんなことが!嬉しいやら、恥ずかしいやら……!
山﨑 時間を経た分、芝居も全力で頑張らなきゃ、っていうプレッシャーもあるのですが、しっかり役と作品と向き合うための時間をいただいたような。そんな気持ちですよね。役へのアプローチとしても、去年は見つけられなかった角度から向き合うことができ、じっくりと時間をかけた役作りができる喜びがあります。
■“まだ何者でもない青年”であったヒトラーへの葛藤
――時間をまたぐタイムトラベルの物語で、奇しくもその創作がタイムカプセルの様に動き出したこともとても感慨深いエピソードに感じます。改めて、みなさんの役柄についてもお聞かせいただけますか?本作は現代を生きる日本の美大生が1908年のウィーンにタイムスリップをするお話ですが……。
芳村 僕は現代の美大生のうちの1人、朝利悠人役を演じます。ウィーンパートの登場人物とはまとう雰囲気もやっぱり全然違うのですが、主に名村辰くん演じる僚太と渡邉蒼くん演じる板垣と行動を共にしていて、3人の関係性に各々の個性が宿っていくのかなって感じています。朝利は、ただの美大生ではいたくない、将来的にこういうことをやってみたい、といったモチベーションがある人間なのですが、それ故の悩みや葛藤も抱えている。そんな人間だと思っています。
山﨑 現代パートの美大生を演じる3人は、稽古場でもシーンについてすごく話し合っているイメージがあります。
川野 そうですよね。どんなことを話しているんですか?
芳村 この間は「3人の関係性って一言で言ったら何だろう?」って話をしていて、そこで一つ行き着いたのは、僚太が子どもだとしたら、朝利がお父さんで、板垣がお母さんなのかなっていう説でした。構図としては、僚太目線で進む展開をちょっと後ろで見ているという感じ。突っ走る人と、それをどうにかまとめようとする人と、そのまとめに現実的な疑問を切り込んでくる人、みたいな……。
山﨑 言われてみれば、たしかに! そう考えると、ある意味バランスのいい関係なのかも……。
――対して、山﨑さんと川野さんはともにタイムスリップされる側。ウィーンに生きる登場人物としてそれぞれ違った角度からヒトラーと接する役柄を演じられますが、やはり適宜集まってシーンについて話し合いをされたりもするのですか?
山﨑 セリフを通した交流はあるのですが、ウィーンパートみんなで話し合う、ということは少ないかもしれないです。というのも、僕の演じるアロンも川野くん演じるクビツェクも個人と個人のやりとりが際立つパートというか、それぞれヒトラーと独立した関係性を築いているんですよね。ヒトラーにないものを全部持っているアロンは、単なる友人関係というよりはライバルの方が近いニュアンスで、どちらかというと孤独な一匹狼タイプなのかもしれません。だからかもしれないのですが、稽古中に芳村くんが初めて話しかけてきてくれた時はすごく嬉しかったんですよ。人との触れ合いが少ないから……。
芳村・川野 あははは!
山﨑 しかも、その内容が「今のシーンってもう恋心はあるのかな?」っていう物語に対する素朴で直球な質問で、それがまた面白くて……。ネタバレになっちゃうので詳細は控えるのですが、去年の台本にはなかった新たなシーンで、そこに唯一の恋愛ドラマ的見どころがあるんですよね。
芳村 いや、実はあの質問にも理由があって、自分の中で朝利を恋愛マスターな大学生にしようかな、ってプランがあって、そうならば、そのあたりの心の動きは是非細かく把握しときたい!と。
川野 朝利としての質問だったのですね!(笑)。
山﨑 でも、めっちゃ嬉しかったです。そんな新展開も含めて楽しみにしていただけたら……。アロンは、いろんな意味で “蚊帳の外”を感じることの多い人物ですが、芸術を志す若者という面では他の登場人物と重なるところもあるんですよね。
山﨑光
――ユダヤ人であるアロンは歴史的な背景も背負っていますし、そこも「ヒトラー」という人物を描く上で重要な部分ですよね。そんなヒトラーと密な交流を重ねるのが、川野さん演じるクビツェク。史実上実在する人物でもありますが、演じていてどんなことを感じていますか?
川野 この物語のクビツェクは、人当たりが柔らかくて、落ち着いていて、同時にすごく強靭な心の持ち主だと感じています。ヒトラーに対して無条件で優しく接しているように見えて、実は全然そうではなく、芸術を志す若者として彼は彼でとても複雑な心でいるとも思うんですよね。クビツェクは画家ではなく、音楽家を目指しているのですが、出自としては家具職人のお家に生まれた子どもだったんですよ。そう考えると、ヒトラーがいなかったら、芸術の道にも進まず、その生涯はガラリと変わっていたかもしれない。そういう意味でもクビツェクにとってヒトラーの存在は大きく、互いに足りないところを補い得るような関係だったのかなと思っています。
芳村 現代パートを演じる側からウィーンの登場人物の様子を見ていると、いろんなことを想像させられます。和やかな雰囲気もあれば、ギスギスしたムードになることもあって、僕たち現代人がそこに身を置くことでの発見もあるんですよね。これは演出面で高羽さんに言われたことでもあるのですが、タイムスリップする側がウィーンの空気に乗っかりすぎると、何かを見失ってブラックホールに突入しちゃう感覚もあって……。「生きている時間の違い」みたいなものが作品そのものの一つの見どころでもあり、挑戦でもあるなって。ウィーンの人々の動きがそのまま現代を生きる僕たちにも影響するというか。
――たしかに、歴史的な事実が忍ばされた作品なので、ヒトラーが後に行ったおぞましい出来事を知っている側と、まだ何者でもない在りし日のヒトラーしか知らない側という差もまた本作では大きなキーになりそうですよね。
川野 それは僕自身が役に向かう姿勢にも通じることで、2023年を生きる僕自身は現代を生きる美大生たち同様にヒトラーがしたことを知ってしまっているんですけど、1908年を生きるクビツェクは当然それを知らないわけで……。「ヒトラーは偉大な芸術家になる!」としか思っていない状態なので、現代におけるヒトラーへの視点を前提にお芝居をしてしまうと、意味合いが全く違ったものになるんですよね。
山﨑 そうですね。それは、アロンも同じかもしれない。「あいつ、なんか感じ悪いな」っていう印象はあっても、「こいつはたくさんの人を殺しているんだ」とは思わないわけだし、何より、本作はヒトラーがそうなるきっかけを食い止める物語だから。
川野 もちろんヒトラーの行いを擁護したり、肯定するつもりは全くないのですが、ステージ上でクビツェクとして対峙する期間だけはヒトラーの歴史を一時的に忘れてアプローチをしないと、クビツェクの思いが全く違うものになってしまう。そこは葛藤でもあり、課題でもあるのかなって思っています。
芳村 そういう立ち位置から繰り広げられるウィーンでのやりとりを見ていると、現代を生きる自分としても、そういった状態の学生を生きている朝利という役としても、つい涙が出てきてしまうんです。それと同時に、現代を生きる大学生としてもちょっとピンときていないところはあるというか、彼ら自身もヒトラーが大量虐殺をしたっていう事実こそ知っているけれど、その背景や行った出来事の一つ一つを熟知しているかと言えば、そうじゃない。なので、「ヒトラーのことを薄くしか知らない」という意味では近しいところもあるんじゃないかなって思ったりもしています。もちろん、彼らは色々と調べて理解はしていくんですけど。
芳村宗治郎
――作・演出の高羽さんも昨年のインタビューで、現代の高校生たちが「ヒトラーそのものを知っていても、アウシュビッツでの出来事を知らなかったりする」といった実情を現役の先生から聞いたことを受けて本作を着想した、というお話をされていました。
芳村 そういう意味でも、現実の残酷さを改めて思い知るというか、稽古が始まってから夜寝る前にそのことを考えていると、稽古場でのアロンやクビツェクの姿が思い浮かんで本当に泣いてしまったりするんですよ。
川野 わかります。クビツェクはあくまで彼の夢を純粋に応援する存在で、そのことに自分自身も支えられている、という関係性ですからね。
山﨑 金八先生だ……。人と人は支え合って人であるという……。
芳村・川野 金八先生……!?
――まさか金八先生が出てくるとは(笑)。でも、台本にもヒトラーを示す言葉に「それは、まだ何者でもない青年」というト書きがあって、そういう意味ではどこにでもいそうな等身大の若者の姿なのだと感じて、ヒトラーが何を以てヒトラーになったのか、を考えさせられたりもしました。
山﨑 そうなんですよね。だから、僕自身もライバルという関係ではあるけれど、ヒトラーに対して同級生のようなフラットな気持ちで投げかけをしたりもしたいと思っているんです。「一緒に頑張ろう!」みたいな、ただの若者同士のやりとりとして。同時に、そんな状態からだんだん世の中が悪い方向にいって街の雰囲気も変わっていく、っていうのがこのお話の大きなうねりだとも思います。アロンがユダヤ人というアイデンティティを背負って発するセリフもたくさんあるので、そういった背景についても考えたいし、考えていただけたらとも思いますね。
■年齢を経た作品、時を越えて生まれる共感
――時間を経たからこその作品の練度、それぞれの役柄への追求について貴重なお話がたくさんお聞きすることができました。最後にここからの稽古で高めていきたいこと、上演に向けての展望や見どころをお聞かせいただけますか?
芳村 出演者全員の個性が見事に違うことがこのカンパニーの強みだと思います。同時に「そのぶつかり合いを渋滞しないように届けないといけない」とも感じます。今まさにそういった部分を高羽さんが一人一人、1シーンずつ修正して下さっているんですよね。だから、安心して積み重ねていきたい。去年の稽古で作った下地を元に、色の塗り方を変えたり骨組みを繊細にするといった工夫をしているので、作品そのものの年齢が上がっている実感があります。みんなの年齢や経験が重なって、作品そのものの厚みになっている。個性の強いキャラクターたちによって生まれていく相乗効果が気持ちよくハマるように、ますます高めていけたらと思います。
川野 観客の皆さんと同じ現代を生きる美大生たちだけでなく、クビツェクもアロンもヒトラーもウィーンの市民の人たちもみんなそれぞれがコンプレックスや葛藤や悩みを抱えているんですよね。「これを成し遂げたいけど、成し遂げられない」とか「これを持っていたのに奪われてしまった」とか、そういう別々の悩みが人物の数だけあって……。それって、時代を問わず今を生きる僕たちにも通じることで、笑顔で過ごしているけど本当は悩んでいたりもするじゃないですか。例えば、「これが得意だけど、仕事にできない」とか「これを仕事にしたかったけど、才能がなかった」とか。そんな風に見る人によって様々な共感が生まれる作品だと思っています。
山﨑 今の若い世代の人たちって、将来やりたいことやなりたい自分の明確なビジョンやイメージが持ちづらいのかなって感じることがあって……。美大生の僚太とかはそういう状態をすごくリアルに背負っているキャラクターだと思うんですよね。対して、1908年のウィーンで芸術を志す若者たちには「泥水啜ってでも画家になってやる!」っていう雑草魂みたいなのがあって、その様子に僚太たちが影響を受けていったりする。そういう意味では、「夢」や「才能」というのも本作の大きなテーマだと思うので、若い世代の方にも是非刺激を受けてもらえたらと思います。
芳村 あと、小ネタや伏線が多く仕掛けられているのもこの作品の魅力ですよね。「ここがそこに繋がってるの?」っていう驚きや発見もあるので、なるべく聞き逃さず、見逃さず、予想をする楽しみも感じてもらえたらと思います!
山﨑 そうですね。何よりシンプルに物語がめちゃくちゃ面白いんですよね。僕は最初にあらすじを読んだ時に思わず「おもしろっ!」って言ってしまったんですよ(笑)。なので、構えずに劇場に来ていただいて、楽しんでもらえたらと思います。
川野 普段はあまり演劇を観ないという人にも楽しんでもらえる作品なので、いろんな境遇の方にこの人間ドラマが響くといいですよね。タカハ劇団は誰もに手が届く、バリアのない公演を目指しているカンパニーなので、そういった意味でも幅広い方に届けられたらと思っています。ぜひ、お楽しみに!
取材・文/丘田ミイ子 写真/塚田史香
公演情報
【出演】
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