萬壽襲名と、時蔵の長男梅枝、獅童の長男陽喜&次男夏幹の初舞台に万雷の拍手! 『六月大歌舞伎』夜の部観劇レポート

レポート
舞台
2024.6.14
夜の部『山姥』(前左より)卜部季武=中村夏幹、怪童丸後に坂田金時=中村梅枝、渡辺綱=中村陽喜(後左より)藤原兼冬=尾上菊五郎、多田満仲=中村歌六 /(C)松竹

夜の部『山姥』(前左より)卜部季武=中村夏幹、怪童丸後に坂田金時=中村梅枝、渡辺綱=中村陽喜(後左より)藤原兼冬=尾上菊五郎、多田満仲=中村歌六 /(C)松竹

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2024年6月1日(土)に『六月大歌舞伎』が開幕した。中村時蔵が初代中村萬壽となり、中村梅枝が六代目中村時蔵を襲名、新・時蔵の長男小川大晴が五代目中村梅枝として初舞台をふむ。さらに中村獅童の長男・小川陽喜が初代中村陽喜、次男・小川夏幹が初代中村夏幹を名乗っての初舞台でもある。本稿では、16時30分開演の夜の部をレポートする。

一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん) 

江戸時代の大ヒット小説から作られた芝居だ。仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の文字が入った不思議な玉を持ち、名前に「犬」の字がある八犬士たちが登場する。長い物語の中から「円塚山の場」を抜粋して上演する。

見どころのひとつは「だんまり」。暗闇の中、手探りで重要なアイテムを奪い合う場面を表現する歌舞伎独特の演出だ。本作では、八犬士たちが名刀村雨丸を巡るだんまりをみせる。

夜の部『南総里見八犬伝』(左より)娘浜路=中村米吉、網干左母二郎=坂東巳之助 /(C)松竹

夜の部『南総里見八犬伝』(左より)娘浜路=中村米吉、網干左母二郎=坂東巳之助 /(C)松竹

花道より、駕篭かきと浪人の網干左母二郎(坂東巳之助)がやってくる。暗い山道で駕篭を止めると、中から庄屋の娘・浜路(中村米吉)が姿をみせる。左母二郎は浜路を騙して連れ出したのだ。自分の意に従わない浜路に、左母二郎は理不尽な恨みをあらわにする。

左母二郎が「憎さも憎し」と張り上げた声の迫力には、コワイ! とマッテマシタ! の両方の感情で鳥肌が立った。残忍なシーンにもかかわらず、見得が決まるたびに拍手が起こる。米吉の浜路は可憐で、哀れさと比例して強まる艶めかしさがあり、巳之助の左母二郎には歌舞伎らしい形の美しさに裏打ちされた上質な暴力性があった。そこへ犬山道節(中村歌昇)が現れて……。

夜の部『南総里見八犬伝』(左より)犬山道節=中村歌昇、犬江親兵衛=尾上左近、犬飼現八=坂東巳之助、犬田小文吾=中村橋之助、犬塚信乃=中村米吉、犬村角太郎=中村種之助、犬川荘助=市川染五郎、犬坂毛野=中村児太郎 /(C)松竹

夜の部『南総里見八犬伝』(左より)犬山道節=中村歌昇、犬江親兵衛=尾上左近、犬飼現八=坂東巳之助、犬田小文吾=中村橋之助、犬塚信乃=中村米吉、犬村角太郎=中村種之助、犬川荘助=市川染五郎、犬坂毛野=中村児太郎 /(C)松竹

歌昇の道節は、善悪どちらにも見える妖しさを持ち、舞台をファンタジックな色合いに変える。やがて導かれるようにして、犬村角太郎(中村種之助)、犬坂毛野(中村児太郎)、犬田小文吾(中村橋之助)、犬川荘助(市川染五郎)、犬江親兵衛(尾上左近)が集まると、声を発することなく、だんまりで村雨丸を奪い合う。独特の演奏の中、スローモーションのような動きで役者一人ひとりの佇まいに個性が表れる。中でも女方の児太郎が勤める女装の毛野は、舞台に非現実的な雰囲気を行き渡らせた。さらに犬飼現八(巳之助。二役)、犬塚信乃(米吉。二役)が加わり8人がそろう。長い物語をはじめから全て見てきたかのような、「ついに!」という高揚感を覚えた。ラストは、幕外での道節の覇気に客席はどよめき、勢いよくオープニングを飾る一幕となった。

二、山姥(やまんば)

常磐津の舞踊『山姥』は、紅葉に彩られる足柄山を舞台にしている。足柄山と言えば金太郎だ。本作は、金太郎こと怪童丸が、坂田金時の名前を与えられるエピソードを描いたもの。山姥は怪童丸の母親だ。時蔵改め初代中村萬壽が山姥を勤める。

夜の部『山姥』怪童丸後に坂田金時=中村梅枝 /(C)松竹

夜の部『山姥』怪童丸後に坂田金時=中村梅枝 /(C)松竹

浅黄幕が落とされると、山樵峯蔵実は三田の仕(中村芝翫)がどっかり腰を落ち着けて登場する。峯蔵は山で不思議な体験をし、庵に声をかける。そこにいたのが山姥だった。

古風な装いだが、かつては廓の傾城だった。常磐津の語りとともに、四季を描く踊りでは、内側からにじみ出るような輝きにハッとさせられる。怪童丸の話となれば愛情が溢れ、その笑顔につられて歌舞伎座全体がニコニコとしたムードになった。

(C)松竹

(C)松竹

夜の部『山姥』(前左より)山樵峯蔵実は三田の仕=中村芝翫、白菊=中村時蔵、山姥=中村萬壽、卜部季武=中村夏幹、怪童丸後に坂田金時=中村梅枝、渡辺綱=中村陽喜、源頼光=中村獅童(後左より)源賢阿闍梨=中村錦之助、平井保昌=中村又五郎、藤原兼冬=尾上菊五郎、多田満仲=中村歌六

怪童丸は、揚幕から花道へ駆け出して登場する。これが初舞台となる中村梅枝だ。声は良く通り、踊りは大きく丁寧で、立廻りは鮮やかだった。客席から惜しみない拍手が送られ、祖父の萬壽は目尻をさげて見守っていた。梅枝のおじにあたる中村萬太郎の猪熊入道は、萬屋一門にちなんだキーワードを散りばめた台詞で盛り上げた。

夜の部『山姥』(左より)渡辺綱=中村陽喜、源頼光=中村獅童、卜部季武=中村夏幹 /(C)松竹

夜の部『山姥』(左より)渡辺綱=中村陽喜、源頼光=中村獅童、卜部季武=中村夏幹 /(C)松竹

多田満仲に中村歌六、平井保昌に中村又五郎、山姥の義理の妹にあたる白菊には、梅枝の父・中村時蔵が出演し、芝居に厚みを加える。また、中村獅童の源頼光が、渡辺綱と卜部季武を伴い登場する。それぞれ初舞台の中村陽喜、中村夏幹が勤めている。夏幹は陽喜の動きをよく見て楽しそうに後ろに続く。陽喜は兄として凛々しく堂々とした物腰。それでも少し年上の梅枝と比べると、体も歩幅もまだ小さくてあどけない。舞台は可愛いい見どころで大渋滞。そこへきて尾上菊五郎の藤原兼冬が登場、横には中村錦之助の源賢阿闍梨。新たに萬屋一門の歌舞伎俳優となった小さな3人が踊りを披露すると、菊五郎は目を細めてウンウンと頷いていた。打ち上げ花火のように祝福の拍手が続いたお芝居も、紅白の祝幕がひかれてクライマックスを迎える。花道で、ふたたび梅枝が場内の注目を一身に浴び、怪童丸の、そして新たな歌舞伎俳優の希望に満ちた喝采で結ばれた。

夜の部『山姥』(左より)山樵峯蔵実は三田の仕=中村芝翫、怪童丸後に坂田金時=中村梅枝 /(C)松竹

夜の部『山姥』(左より)山樵峯蔵実は三田の仕=中村芝翫、怪童丸後に坂田金時=中村梅枝 /(C)松竹

三、魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)

主人公・宗五郎を演じるのは中村獅童。芝の明神さまのご祭礼の祭囃子で幕が開くと、そこは魚屋の宗五郎の家。宗五郎の妹・お蔦は、磯部家の殿様に見染められてお屋敷に妾奉公に出ていた。しかし、無実の不義を理由に切り殺されてしまう。宗五郎はその悲しみから、やめていたお酒に手を出すのだが……。

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)女房おはま=中村七之助、魚屋宗五郎=中村獅童 /(C)松竹

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)女房おはま=中村七之助、魚屋宗五郎=中村獅童 /(C)松竹

宗五郎の女房おはまに中村七之助。傾城役や赤姫役の時からは想像もできない、生活感のある女房らしさ。お屋敷で宗五郎に追いついてからは、宗五郎とお屋敷の人々を繋ぎ、観客と近い心の距離で話の行く末を見守った。“美しいお女中さん”こと召使おなぎには片岡孝太郎。菊茶屋女房おみつには中村魁春。その娘のおしげは市川男寅。自分があと20年若ければ、と悔しがるお蔦の父・太兵衛には河原崎権十郎。江戸の庶民の風情を、充実の配役で描き出す。中村萬太郎の三吉は、しなやかなタフさを感じさせた。その安心感が芝居を明るく楽しくする。鳶の吉五郎に尾上松緑。獅童の登場に勢いをつけ、江戸のお祭りの匂いを残していった。

獅童の宗五郎は、河竹黙阿弥ならではの七五調の台詞の思いをまっすぐに分かりやすく届ける。そして酔いが回り始めてからの、ふとした瞬間の素の芝居には、距離をグッとつめてくるような解像度の高さが見られた。家族との掛け合いでは観客を自在に楽しませる。歌舞伎に詳しそうなお客さんも、海外からの観光客と思われるお客さんも、同時に声をあげて笑っていた。

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)丁稚長吉=中村夏幹、丁稚与吉=中村陽喜 /(C)松竹

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)丁稚長吉=中村夏幹、丁稚与吉=中村陽喜 /(C)松竹

初舞台となる中村陽喜、中村夏幹は、酒屋の丁稚をふたり並んで勤め上げた。陽喜は初お目見得以降、超歌舞伎や平成中村座などで経験を積んできた。弟を気にかけながら、自身の台詞をしっかりと届け、余裕をも感じさせる。より大きな役での活躍が待ち遠しい。夏幹は自然体がとにかく愛らしく、兄との舞台を楽しんでいる様子。花道近くの客席からは、悲鳴に近い歓声も上がった。今だからこその、ふたりの魅力を見逃さないでほしい。

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)魚屋宗五郎=中村獅童、父太兵衛=河原崎権十郎 /(C)松竹

夜の部『魚屋宗五郎』(左より)魚屋宗五郎=中村獅童、父太兵衛=河原崎権十郎 /(C)松竹

『魚屋宗五郎』は、殿さまの勘違いで、身内の命を奪われた家族の話だ。現代の感覚ならば、めでたしめでたしとはいかないだろう。その感覚のギャップを、浦戸十左衛門(坂東亀蔵)の家老“らしさ”、磯部主計之助(中村隼人)の殿様“らしさ”が埋めていた。当時はそういうものだった、という事実を飲み込んだ、宗五郎とお浜の素直な喜びに、温かい気持ちになった。幕切れには「萬屋」の大向こうと熱い拍手が鳴り響いていた。

襲名披露・初舞台を祝した「祝幕」   原画・提供:ビートたけし((C)株式会社T.Nゴン) 謹製:歌舞伎座舞台株式会社

襲名披露・初舞台を祝した「祝幕」   原画・提供:ビートたけし((C)株式会社T.Nゴン) 謹製:歌舞伎座舞台株式会社

幕間では、「初代中村陽喜 初代中村夏幹初舞台」を寿ぐ祝幕が披露される。ビートたけし氏の原画・提供の祝幕だ。圧巻の大きさの風神と雷神は、朗らかな表情で客席を覗き込む。陽喜と夏幹が、大きな役者になるのを楽しみにしているかのようだった。夜の部の幕間では、萬壽、時蔵、梅枝に向けた祝幕も見ることができる。

歌舞伎座『六月大歌舞伎』は、6月24日(月)までの上演。
 

取材・文=塚田史香

公演情報

『六月大歌舞伎』
日程:2024年6月1日(土)~24日(月)
会場:歌舞伎座
 
【休演】17日(月)

昼の部 午前11時~
 
川村花菱 作
齋藤雅文 演出

一、上州土産百両首(じょうしゅうみやげひゃくりょうくび)
 
正太郎:中村獅童
牙次郎:尾上菊之助
宇兵衛娘おそで:中村米吉
みぐるみ三次:中村隼人
亭主宇兵衛:松本錦吾
勘次女房おせき:市村萬次郎
金的の与一:中村錦之助
隼の勘次:中村歌六

二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
所作事 時鳥花有里(ほととぎすはなあるさと)
 
源義経:中村又五郎
傀儡師種吉:中村種之助
鷲尾三郎:市川染五郎
白拍子伏屋:尾上左近
白拍子帚木:中村児太郎
白拍子園原:中村米吉
白拍子三芳野:片岡孝太郎

六代目中村時蔵 襲名披露狂言
三、妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)
三笠山御殿
劇中にて襲名口上申し上げ候
 
杉酒屋娘お三輪:梅枝改め中村時蔵
漁師鱶七実は金輪五郎今国:尾上松緑
入鹿妹橘姫:中村七之助
おむらの娘おひろ:
初舞台中村梅枝
官女桐の局:中村隼人
官女菊の局:中村種之助
官女芦の局:中村萬太郎
官女萩の局:中村歌昇
官女桂の局:中村獅童
官女柏の局:中村錦之助
官女桜の局:中村又五郎
官女梅の局:中村歌六
烏帽子折求女実は藤原淡海:
時蔵改め中村萬壽
豆腐買おむら:片岡仁左衛門
 
 
夜の部 午後4時30分~

曲亭馬琴 原作
一、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)
円塚山の場
 
犬山道節:中村歌昇
犬村角太郎:中村種之助
犬坂毛野:中村児太郎
犬川荘助:市川染五郎
犬江親兵衛:尾上左近
犬田小文吾:中村橋之助
娘浜路/犬塚信乃
:中村米吉
網干左母二郎/犬飼現八
:坂東巳之助

初代中村萬壽 襲名披露狂言
二、山姥(やまんば)
五代目中村梅枝 初舞台
劇中にて襲名口上申し上げ候

山姥:時蔵改め中村萬壽
山樵峯蔵実は三田の仕:中村芝翫
怪童丸後に坂田金時:
初舞台中村梅枝
源頼光:中村獅童
白菊:
梅枝改め中村時蔵
猪熊入道:中村萬太郎
渡辺綱:
初舞台中村陽喜
卜部季武:
初舞台中村夏幹
源賢阿闍梨:中村錦之助
平井保昌:中村又五郎
多田満仲:中村歌六
藤原兼冬:尾上菊五郎

河竹黙阿弥 作
新皿屋舗月雨暈
三、魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)
初代中村陽喜
初代中村夏幹 初舞台
 
魚屋宗五郎:中村獅童
女房おはま:中村七之助
丁稚与吉:
初舞台中村陽喜
丁稚長吉:
初舞台中村夏幹
召使おなぎ:片岡孝太郎
鳶吉五郎:尾上松緑
小奴三吉:中村萬太郎
磯部主計之助:中村隼人
菊茶屋娘おしげ:市川男寅
浦戸十左衛門:坂東亀蔵
父太兵衛:河原崎権十郎
菊茶屋女房おみつ:中村魁春
 
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