ミュージカル『LAZARUS』上演記念特別対談~より楽しみ、理解するために~ 立川直樹×SUGIZOが語る“デヴィッド・ボウイという天才の宇宙” ──音・言葉・時代の軌跡 【連載第2回】
“20世紀で最も影響力を持ったアーティスト”と称される伝説のロックミュージシャン、デヴィッド・ボウイ。彼の遺作であり、このたび2025年5月31日(土)より待望の日本初演を果たすこととなったミュージカル『LAZARUS』。
その魅力を伝えるべく実現した、立川直樹氏とSUGIZO氏との特別対談・連載第2回目。今回は、『LAZARUS』の作品としての魅力、そしてボウイの創作の秘密について対話が展開された。
前回「ミュージカル『LAZARUS』上演記念特別対談~より楽しみ、理解するために~ 立川直樹×SUGIZOが語る“デヴィッド・ボウイという天才の宇宙” ──音・言葉・時代の軌跡 【連載第1回】」より続く。
●初主演映画『地球に落ちて来た男』がベースに
立川(以下、T):『LAZARUS』は、ボウイの初主演映画『地球に落ちて来た男』(※1)がベースになっているミュージカル作品。ボウイは、そこに原作の要素も加味して『LAZARUS』を作ったって言ってるんだけど、SUGIZOが初めて『地球に落ちて来た男』を観たのっていつだったの?
SUGIZO(以下、S):覚えてないんですけど、おそらく10代後半でしたね。ロードショー公開したときではなく、ビデオで観ました。
T:ビデオね。時代だな。観たとき、どんな印象だったの?
S:当時10代の僕には、ストーリーが訳わからなかったですね。エグいクライマックスを含めてわからなかったけど、とにかくボウイが美しくて。その美しいものをただただ見たくて。
T:確かにあの存在感は際立っていた。でもストーリーに関して言うと、20歳上の僕も、ロードショー公開されて観た時はなんだか、よくわからなかった。
S:ただ、今思うと、それがすごくかっこよかったんですよね。あの頃のボウイって、実はドラッグ的にも最も良くなかった頃じゃないですか? 最もジャンキーだった時代で、げっそりしていて。
T:そうそう。
S:本当に生気が無くて。
T:でも、あれがまた、あの映画のキャラクターに合っていたんだよね。
S:もうこの上なく病的な、桁違いのすごい美しさ。自分にとっては何だかたまらなく魅力的でした。ちょうどその時期が、アルバムで言うと『Young Americans』から『Station to Station』の前後くらい。ちょうどボウイがアメリカ在住の時期。その頃のボウイの活動や感覚のことを、僕はその後にとても好きになるので、僕の中では『地球に落ちて来た男』は、その美意識とシンクロしています。
T:ある意味、アメリカの持っている最も病んでいる部分っていうのが、あの映画の中に、断片的に出てくる。その病んでいる部分が、何かボウイのその時の精神状態と不思議とリンクするんだよね。
S:本当にその通りです。そしてその状態の時に、たまらずアメリカを出て、次にベルリンに行くじゃないですか。ドラッグとも闘っていたでしょうし、精神的にもすごく支障をきたしていたと思うので、本人にとっては地獄の日々だったかもしれないけど、そのアメリカにいた頃の最も病んでいて美しいボウイが、映画の中に存分に刻まれているというのが、僕らみたいなファンや後世の者にとっては、まさに奇跡だと思います。
※1:1976年製作のニコラス・ローグ監督の映画作品。デヴィッド・ボウイの初主演映画。
●ボウイのキャリアを“再構築”した舞台
ミュージカル『LAZARUS』ビジュアル。主演は松岡充が務める。
T:『LAZARUS』は、その『地球に落ちて来た男』をベースにしながらボウイの長い音楽のキャリアの“再構築”をしてるところも魅力的だよね。作ったのが2015年?
S:2015年。今年で10年目なんですね。
T:10年前にあれをやったっていうことは、もうその時点で既に時空のズレがあって、それが作品の中でものすごく錯綜しているように見える。そこに『LAZARUS』の魅力がある。
S:時空のズレ。
T:ボウイが作っている過去の作品も、例えばSUGIZOも僕も大好きな『Space Oddity』も同じで、『2001年宇宙の旅』(※2)という、下敷きになっているものがあって、それをボウイが、「キューブリック(※3)をボウイ的感覚で解読していくと、こんなロックンロールができちゃうんですよね」って言ってできちゃうところが、やっぱりボウイのすごさだし、“知力”だと思う。
S:“知力”ですね。いい言葉!
T:それで次には、『Diamond Dogs』でウィリアム・バロウズ(※4)のカットアップ(※5)っていう小説の手法を取り入れたり、ジョージ・オーウェル(※6)に目をつけて『1984』っていう曲をミュージカル用に作る。やっぱり目の付け所がすごいんだよね。それから、さっきSUGIZOが言った『Young Americans』から始まるボウイのアメリカ時代……
S:いわゆるボウイの“ソウルの時代”ですよね。
T:そう。あれも当時雑誌か何かで見て覚えているんだけど、ボウイが「プラスティック・ソウル」(※7)って言い方をしてたのね。
S:そうですね。
T:それが実にボウイらしいと思う。
S:何かいい意味で、阿呆のふりをしている感じで。
T:そうそう。それで、「プラスティック・ソウル」って、なんかポップアートの作品のジャンルにあってもいいような感じの言葉でしょ? ボウイって、全部がなんだかポップアートみたいなところがある。
※2:1968年製作のスタンリー・キューブリック監督の映画作品。
※3:1928年生まれ。アメリカの映画監督、脚本家、映画プロデューサー。1999年没。
※4:1914年生まれ。アメリカの作家。1997年没。
※5:テキストをランダムに切り刻んで断片化した後、再構成して新しいテキストに作り直す文学技法。
※6:1903年生まれ。イギリスの作家。1950年没。代表作は、全体主義国家によって統治される近未来社会を描いた『1984年』。
※7:”紛い物のソウル・ミュージック”の意。デヴィッド・ボウイは、1970年代中頃にリリースした自身の楽曲について、このように表現した。
●ボウイはロック界の“広告代理店”!?
S:アンディ・ウォーホル(※8)の影響もすごく感じますよね。同時に、どの時代もボウイって、これはいい意味ですけど、”本物”じゃないんですよね。デビュー当時は、サイケデリックで、ヒッピーカルチャーを真似している感じだったし。デビュー前、デイビー・ジョーンズ(※9)時代はモッズだったし。だから、これはいつも僕が話すことなんですけど、ボウイは、どの時代も最もアンテナの尖ったところにアクセスして、それを取り入れて、そのまんまになれてしまうという、ある意味”変身の魔術師”だったんじゃないかなと……。
T:そうそう。その通りだね。
S:だからどの時代も、偉大な先人で本人がフォロワーだった人の影響を隠さない。ルー・リード(※10)もそうだし、シド・バレット(※11)もそうだし。歌詞がすごいなと思うし、パフォーマンスもすごいなと思うけど、それぞれのあらゆるルーツがちゃんとわかる。
T:すごくわかりやすいよね。だから、そのボウイがいろんな事を取り入れてる感じが、まさにアンディ・ウォーホル! 『Andy Warhol』っていう曲もあるくらいだし。
S:全くその通りです。真のオリジナルではなくて、影響を受けて、それらをマッシュアップしたり、リミックスしたりすることのセンスが、ボウイにはものすごくあるんですよね。
T:アドバタイジングというか、広告的なんだよね。
S:まさに、そうですね。
T:僕は本人に、「広告代理店みたいなアプローチの仕方だね」というようなことを言ったこともあってね。
S:「ロック界の代理店だ」って言ってね(笑)
T:そうそう。そしたらニコって笑ってさ、「そういうことなんだよ」って(笑)。だから、さっきSUGIZOが言ってた、最初のゲイ発言(※12)というのも、結局、あの時代に自分がゲイだって言わない限り、イギリスの一般紙に自分が取り上げられることはなかったって言ってた。凄いやり口だよね。
S:なるほど。
T:本当に。だって60年代って、同性愛ってイギリスでは犯罪だったんだもの(※13)。70年代が始まった頃に、それを堂々と言って、それらしいようなあの格好で出てきて、それで「TOP OF THE POPS」(※14)でミック・ロンソン(※15)のギターをなめる、みたいな。もう、あれはなかなかできるもんじゃない。
S:なので、アーティスト以前にやっぱり“広告代理店”ですよね。いわゆる真のオリジナルを作る“表現者“というよりは、”リミキサー“とか、なんかそういうイメージがありますよね。
※8: 1928年生まれ。アメリカの芸術家。ポップアートの旗手。1987年没。
※9:1966年にシングル「Do Anything You Say」をリリースした際に「デヴィッド・ボウイ」と名乗り始めるまでボウイが使用していた芸名。
※10: 1942年生まれ。アメリカのミュージシャン。ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカル、ギター。2013年没。
※11:1946年生まれ。イギリスのミュージシャン。ピンク・フロイドの初期の中心メンバー。2006年没。
※12:1972年1月22日付のイギリスの音楽誌「Melody Maker」のインタビューにて、「私はずっとゲイだ。(本名の)デヴィッド・ジョーンズの時からそうだった」と発言。
※13:1967年にイングランドとウェールズで合法化されるまで、英国の性犯罪法では21歳以上の男性同士の性行為は違法だった。(スコットランドでは1980年、北アイルランドでは1982年まで)
※14:1964年から2006年までレギュラー放送されていたイギリスBBCの生放送音楽番組。現在でも毎年クリスマス特番が放送されている。
※15:1946年生まれ。イギリスのギタリスト。1971年から74年にかけてボウイのライヴやレコーディングなどをサポート。1993年没。
●自分の死を意識して作品を創るということ
T:だからボウイは「僕は“創造者”であるよりも、“先導者”でいたい」って言っていたわけだよね。そして「“先導者”で、“職人”でいたい」って。だから多分『ピンナップス』(※16)なんかでも、他の人がやっていたカバーよりも、すごく芯を食ってるんだよ。曲にしろ、何から何まで全部。
S:実はボウイ様はかなりよくわかってらっしゃる。僕からするとやっぱり“リミキサー”とか、“キュレーター”とかそういうイメージ。
T:そうそう。
S:なので、間違いなく死の直前まで新しいこと、尖ったところを探していたはずなんです。それこそ『★(ブラックスター)』(※17)は、参加しているほとんどのミュージシャンがニューヨークの当時の新鋭ジャズ・ミュージシャンだったわけで。その時代その時代で、一番新しいこととか面白いことを常に探していた。ある意味“キッズ”だったんだなと思っています。とはいえ、ロック界ではすでに大スターだったボウイが、死の直前に、最後に実現できた夢の一つが『LAZARUS』だったっていうのは、あの80年代からずっと大ファンだった僕らとしては、感動的なことですよね。
T:よくわかる。
S:それが死して10年経って、なお世界中に広がって、そして、やっと日本版が上演できるいうのは、これはボウイにとって本望なんじゃないかなと。
T:そうだね。自分の死を意識して作品を作った人って、僕の中では、デヴィッド・ボウイとデレク・ジャーマン(※18)だと思っていて、デレク・ジャーマンは、もう完全に自分が死ぬってわかって、それで最後に1本、とにかく映画を遺しておこうとした。だからやっぱり、イギリス人の何か深い知性とか、何かシニカルな視点とかが、全部そこに入っているんだと思う。
S:“自分の死をアートにする”ってことですよね。うん、僕もそこには憧れますよ。
T:だから、『LAZARUS』というのは、ボウイが自分の死期の区切りにしたものなんだよね。『The Next Day』(※19)のときに、もうすでに”死の匂い”がちょっとし始めてはいたんだけど。
※16:1973年にリリースされた、デヴィッド・ボウイによるカバー・アルバム。
※17:2016年1月8日にリリースされたデヴィッド・ボウイ28枚目にして最後のアルバム。リリース日はボウイの69歳の誕生日だった。その2日後に彼は亡くなる。
※18:1942年生まれ。イギリスの映画監督。1994年にエイズにより亡くなる。遺作となった『Derek Jarman's Blue』は自らを苦しめたエイズをテーマにした作品。
※19:2013年にリリースされたデヴィッド・ボウイ27枚目のアルバム。
●SUGIZOを救った名曲『Where Are We Now?』
S:『The Next Day』の話が出ましたけど、ボウイの全キャリアの中でも僕が特に好きな曲が、実は『The Next Day』の中の『Where Are We Now?』なんですよ。
T:あれは、僕も初めて聴いたときに、ちょっとどうしていいかわからなくなったくらいに感動的な名曲だった。
S:僕もどうしていいかわからなかったです。ちょうど2013年、僕が精神的にすごくまずい時期で心療内科に通っていたことがあって、その頃だったんです。もう、この曲に本当に救われたんですよね。この曲が今回の『LAZARUS』の中でもすごく重要な位置になっていて。
T:すごく重要だね。
S:電車や街の映像の使い方が、とにかく素晴らしいじゃないですか。あの映像と相まって、何か心を鷲掴みにされました。
T:『Where Are We Now?』ってさ、レナード・コーエン(※20)っぽいんだよね。
S:そうそう!
T:もう絶対に影響受けてるよね。まさにコーエンだよね。
S:まさにそうです。ボウイの晩年の2枚のアルバムは、僕は傑作だと思っているので。その中でも、やっぱり『The Next Day』ではこの曲『Where Are We Now?』。そして、まさに『★(ブラックスター)』では『LAZARUS』が好き。その2曲がやっぱり群を抜いているんです。他の曲も素晴らしいんですけど、これほど心に響いてくる曲はない。若いファンとか、今のZ世代の音楽ファンにとっては地味かもしれないけど。
T:結局、音楽の“深み”っていうものがあるとしたら、“幅”と“奥行き”の両方が必要なんだよね。今の時代の音楽って結構みんな“幅”はあるんだけど、ボウイのように“幅”も“奥行き”も両方こんなに深い人はいないと思うんだよ。
S:同感です。そして、その“奥行き”がどこで生まれるかというと、僕はやっぱり“知性”だと思うんですよ。
(連載第3回に続く)
※20:1934年生まれ。カナダのシンガーソングライター。2016年没。
構成=立川直樹、志摩俊太朗 注釈=志摩俊太朗
撮影=山崎ユミ
公演情報
※デヴィッド・ボウイの遺志により、音楽パートは英語での歌唱となります。
脚本エンダ・ウォルシュ
演出 白井 晃
出演
松岡 充
豊原江理佳 鈴木瑛美子 小南満佑子
崎山つばさ 遠山裕介
栁沢明璃咲 渡来美友 小形さくら
渡部豪太 上原理生
【ダンサー】 Nami Monroe ANRI KANNA
【演奏】
益田トッシュ [Bandmaster] フィリップ・ウー [Key.] 松原”マツキチ”寛 [Dr.]
Hank西山 [Gt.] 三尾悠介 [Key.] フユミカワカミ(おふゆ) [Ba.]
【スウィング】 塩 顕治 加瀬友音
スタッフ
翻訳 小宮山智津子
音楽監督 益田トッシュ
照明 齋藤茂男
音響 佐藤日出夫
映像 上田大樹
衣裳 髙木阿友子
ヘアメイク 川端富生
振付 Ruu Akiho
振付助手 Kokoro
アクション 渥美 博
歌唱指導 益田トッポ
英語発音指導 六反志織
プロダクションマネージャー 平井 徹
制作統括 笠原健一
制作 原 佳乃子 藤本綾菜
KAAT神奈川芸術劇場 伊藤文一 金子紘子
キョードー東京 兵藤哲史 小川美紀
イープラス 岸 憲一郎 秋元紗矢佳 増田 萌 多々羅あすか
プロデューサー 熊谷信也
宣伝美術 永瀬祐一(BATDESIGN)
撮影 加藤アラタ 宮脇進[松岡充]
宣伝衣裳 青柳美智子(Barchetta.)
宣伝ヘアメイク 川端富生 伊荻ユミ 戸倉陽子[松岡充]
宣伝映像 十川利春
【横浜公演】
日程 2025年5月31日(土)~6月14日(土)
会場 KAAT 神奈川芸術劇場 〈ホール〉
料金(全席指定・税込)
SS席(前方実質3列⽬以内確約&プログラム付き) 18,000円 ※公演プログラムはご鑑賞公演当⽇に会場にて引換を実施いたします。
S席 13,500円 A席 10,000円
主催 イープラス/キョードー東京/KAAT神奈川芸術劇場
後援 J-WAVE
お問い合わせ キョードー東京 0570-550-799 (平日11時~18時/土日祝10時~18時)
【大阪公演】
日程 2025年6月28日(土)~29日(日)
会場 フェスティバルホール
料金(全席指定・税込) S席13,800円 A席10,000円
主催 読売テレビ/サンライズプロモーション大阪
後援 FM802/FM COCOLO
お問い合わせ キョードーインフォメーション 0570-200-888(平日12:00~17:00 土日祝休業)
一般発売日
横浜公演 4月12日(土)10:00発売開始
大阪公演 5月18日(日)10:00 発売開始
公式サイト https://lazarus-stage.jp
公式X @LAZARUS2025
公式Instagram @lazarus_musical