角野隼斗、原点に還る夜 即興やサプライズ、遊び心あふれる“Cateen”の世界【レポート】
角野隼斗のサントリーホールでの2夜連続ピアノ・リサイタル。8月19日は“Cateen Orbit”と題され、全曲目および曲順を当日ステージ上で発表するという特別プログラムで開催された。「今日はなにかサプライズがありそうだ」という聴衆の期待を裏切ることなく、冒頭、鍵盤ハーモニカを吹き鳴らす角野が客席後方から登場。「Hi!」とフランクに挨拶し、客席の間をゆっくり歩いてステージへと向かう。
鍵盤ハーモニカをグランドピアノの上に置き、最初の曲は、ガーシュウィン(角野隼斗編曲)による「10のレベルのアイ・ガット・リズム変奏曲」。右手は鍵盤ハーモニカでメロディを、左手はグランドピアノで伴奏を弾く「Level1」からスタートし、フィンガースナップを響かせ、ペダルを踏む足で軽やかにステップも刻む。明るく壮大に展開するクライマックスで「Level10」へと到達し、華やかな幕開けとなった。
「今日は“Cateen(かてぃん)”として、サントリーホールのステージに立っています。YouTuberのCateenとしての自分を忘れたくなくて。だから今日はライブに来た気分でお楽しみください」。椅子に座ったまま客席に語りかける角野は、配信で見せるのと同じリラックスした表情を浮かべている。昨夜の“Chopin Orbit”ではサントリーホールをサロンにした角野だが、今日はサントリーホールをライブハウスにするつもりらしい。
グランドピアノによる切ないイントロに続いて、鍵盤ハーモニカがよく知っているメロディを歌いはじめる。久石譲の「人生のメリーゴーランド」(映画『ハウルの動く城』より)の哀愁を帯びたメロディは、鍵盤ハーモニカの音色にぴったりだ。
一転、低音の連打が強烈なグルーヴを生むカプースチンの《8つの演奏会用エチュード 》より「トッカティーナ」 作品40-3へ。猛スピードで疾走しながら、一瞬ぱっと視界が開けたようなヒロイックな展開になるところは、角野のオリジナル曲に通じるものを感じる。
そのままのノリでフリードリヒ・グルダの「プレリュードとフーガ」。20世紀を代表するクラシックのピアニストでありながら、ジャズ・ピアニストや作曲家としてもマルチに活躍したグルダは、角野にとってロールモデルともいうべき存在かもしれない。同じリズムパターンを執拗に繰り返すうちにグルーヴの輪郭がはっきりしてくるプレリュード、フィンガースナップを機にリズムが変わり、両足でステップを踏みながらジャズのフィーリングあふれるフーガへ。ラストはグリッサンドを煌めかせた。
ここで、Cateenならではのお楽しみ企画コーナー。客席からリクエスト曲を募り、それを即興でメドレーにして披露するという。挙手した人をひとりずつ指名しながら集まった5曲は、「きらきら星」、久石譲「Summer」、ビリー・アイリッシュ「bad guy」、ピアソラ「ブエノスアイレスの春」、ヘンリー・マンシーニ「ムーン・リバー」。ジャンルもテイストも違う曲たちを、さて、角野はどうやってメドレーにするのか?
まずアップライトピアノの前に座って、指の赴くまま静かに弾きはじめる。グランドピアノに伸ばした右手が「サマー」の優しいメロディを紡ぎ、アップライトピアノの左手で伴奏する。そこへ少しずつ「きらきら星」のメロディが混ざっていき、スピードアップ。リズムも重くなっていき、気づけば「ブエノスアイレスの春」へ。エッジのきいたタンゴのリズムの上で、そのまま「bad guy」を展開するアイデアには驚いた。ふたたび「きらきら星」がよぎったあと、ロマンティックな「ムーン・リバー」。宇宙空間を感じさせる響きの広がりが角野らしい。
「僕は音ゲーと言われる、手をキモく動かすゲームが大好きでして」というMCに続いて披露したのが、Virkato(角野隼斗編曲)によるピアノ協奏曲第1番「蠍火」。10代の角野にとって「青春の一曲」ともいうべき作品であり、2019年にピアノ独奏用に編曲したヴァージョンをYouTubeで発表し、大きな話題を呼んだ。まさにCateenの原点に立ち返った選曲だが、世界中でさまざまな経験を重ねてきた今、感情表現の引き出しは格段に増え、その乗せ方もいっそう深みを増していた。
休憩を挟んで、後半はサン=サーンス(角野隼斗 編曲)の「死の舞踏」から。アップライトピアノの内部奏法やグランドピアノの重低音で効果的な音響をつくり、ときに即興もまじえながら、昨日よりもグルーヴィに、ある意味ゲームのような感覚で駆け抜ける。
次は、9月から国立新美術館で開催される『ルーヴル美術館展 ルネサンス』のテーマ曲として書き下ろした新曲「Forma」(ラテン語で「形」の意)。「光のなかで、形が立ち上がる様子を音に込めた」という言葉どおり、薄闇のなか、端正なメロディがスポットライトとともに浮かび上がる。暗めのムーディなライトのまま、角野隼斗/ショパンの「ラルゲット」。お気に入りのグラスを片手に、自宅でCateenの配信を見ているようなチルな気分になる。
ここでまたもやお楽しみ企画コーナー。客席から、「曲名」と「〇〇風に」というジャンル名をそれぞれ募り、角野が即興でふたつを組み合わせて曲を作るというもの。ショパンも昔、サロンでこういう遊びをしていたかもしれない。
客席からのリクエストは、フィギュアスケートの鍵山優真選手のために書いた「frostline」を「ジャズ風」にというもの。「うーん、この曲、ジャズ風になるのかな?」と首を捻りながらも、フィンガークリップを鳴らした途端、即興のメロディが飛び出し、見事なジャズに。
「楽しいからもう1回やろうかな」とふたたびリクエストを募り、 Penthouseの新曲「恋する神様」を「ノクターン風に」という無理難題をゲット。穏やかな波のようなアルペジオの上でメロディが歌う展開にもちこんだかと思いきや、そこからさらに壮大でダイナミックなアレンジへと展開し、無事にミッションをクリアした。
ショパンとCateenの軌道を辿る2DAYSもいよいよ終盤。「クラシック以外の要素も入っている『火の鳥』で円環を閉じたいと思います」と言って、ストラヴィンスキー(アゴスティ編曲)のバレエ音楽「火の鳥」組曲でエネルギーを爆発させた角野。アンコールは昨日と同じ「大猫のワルツ」だったが、最後に「家に帰ったら『大猫のワルツを再生して、チャンネル登録を忘れずに』」と付け加えるところがYouTuberだ。
そして最後にもうひとつサプライズが。客席に盟友、菊池亮太の姿を見つけた角野が「どうですか?」と手招きしてステージに呼び込んだのだ。「スペイン、やっちゃいます?」と言ってチック・コリアの名曲をグランドピアノで弾きはじめた菊池を、角野がカメラを回して撮影する。お互いの出方を見ながらセッションがスタートし、カウントを打ってユニゾンへ。菊池の背中をポンポンと叩き、角野が袖に引っ込んだと思いきや、鍵盤ハーモニカをもって登場。屈託のない笑顔が印象的だった。
「最後に短い変奏曲を弾いて終わります」と言って、「7つのレベルのきらきら星変奏曲」で“Cateen Orbit”が幕を閉じた。次はどんな姿でサントリーホールに戻ってきてくれるだろうか。今から楽しみでならない。
取材・文=原典子 撮影=渡邉隼 / Hayato WATANABE
配信情報
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リピート配信 [1回目]:9月7日(月)20:00~
リピート配信 [2回目]:9月8日(火)20:00~
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